錫メッキ短編集
自分ルール
僕は昔から運がいい。
思えば物心ついたときから幸運が続いている。
最初の幸運は僕がまだ幼稚園の頃。
父と母、つまり家族と北海道に旅行に行ったときだった。
もう当時のことはあまり憶えていないのだが、
父が運転をしていた車のタイヤが雪道でスリップしていまい事故を起こした。
僕はその時、偶々床に落ちていた玩具の人形を拾おうと屈んでいたから助かったらしい。
因みに事故の原因はタイヤに付けていたチェーンが運転中に解けていたから、だった。
次の幸運は多分、小学…3年生の時だったかな?
父と母がその事故で死んでから、
僕は母の姉…つまりは叔母家族に引き取られていた。
僕の叔母は典型的な俗物で、お金と男が大好きな派手な醜い女だった。
まぁそんな嫁がいる家には当然、
叔父もなかなか帰って来ようとはしない訳で、
叔父は叔父で連日仕事を理由に深夜まで飲み歩いて顔を合わせる事もめったに無かった。
そんな最悪な家庭環境で空気のように扱われていた僕だったが、
叔母がギャンブル、叔父が女遊びと金のかかる遊びを際限なくしていたため巨額の借金が見つかった。
最初は二人とも僕の両親の遺産を当てにしていたらしいが、
両親の遺産を僕が自由に使えるのが14歳になってからと知った二人は首を括った。
僕の幸運は、二人が首を括った日。
その日は学校で、
帰り道にあそぼうと公園に寄った時、
急に土砂降りの雨が降ったことだった。
午前中は空がキレイに晴れていたこともあり僕は傘を持っていなかったので、
どうせ帰りが遅くなったとしても僕を叱る人はいないと公園の遊具の中で地面に絵を書きながら雨宿りをしていたのを覚えている。
雨が上がり、だいぶ遅くなった夜道を走って叔母宅に帰ると、
家の中は真っ暗でシンと静まり返っていた。
普段ならこの時間は叔母と叔父が盛大な夫婦喧嘩をしている時間だったので不思議に思った僕は、
足音を立てないよう階段をのぼると、2階の夫婦の部屋をドアの隙間からこっそりと覗いた。
夫婦の部屋は電気がついておらず、
開けられた窓から薄っすらと差し込む月明かりが、
床に転がった瓶の破片に反射して部屋を照らしていた。
そんな雑然とした、夜の美しさが漂う部屋の中心に2人の大人の影が浮いていた。
いや、
正確には吊られていた訳なんだけど、当時小学3年の僕にはそう見えた訳で。
その場で吐こうとしたが胃の中が空っぽで吐くに吐けず、
夫婦の足元にあった3枚の紙切れを回収すると、
階段をズルズルと這うようにして降りた。
降りたあともかなりの時間を放心していたが、
何故かその時両親の遺体と一緒に乗った救急車の事を思い出し電話をかけた。
「もしもし、あの、
えっと、僕の叔母さんと叔父さんが、部屋でずっと浮いていて、動かないんです。」
『動かないんです。』ずっとその言葉を繰り返していたと思う。
10分位だろうか。
繰り返していた電話を切ると、僕は拾った紙切れを粉々に破き、それを残さず口に入れ、クチャクチャと咀嚼する。
口の中の水分がどんどん奪われ、
不快な味が広がっていった。
それでもなんとかして飲み込むと、
再び2階に上がり叔母と叔父をなんとか下ろそうと足を引っ張っていると、サイレンの音と、階段をバタバタとのぼる音がして、振り返ると知らないおじさん達が立っていた。
「何がありました!?
…っ君!離れなさい!」
なんて言葉が聞こえると僕の体が中に浮いた。
知らないおじさんに抱き上げられたのだ。
「おじさん達は誰ですか。
叔母さんと叔父さんをはやくおろさないと。」
そのおじさんの目を見て話していると、
「心配しなくていいよ。」
「安心しなさい、もう大丈夫。」
なんて言いながら部屋から出された。
そこからはあまり記憶がない。
警察にいろいろ聞かれたり、
借金の相続破棄の手続きをして貰ったり、
色々大変だったらしい。
あとで聞いた話だが、
あの日、雨がふらなかったら一緒にいた、それだけの理由で僕も吊るされていたらしい。
あの日、雨が降ったことが僕の幸運である。
その後も幸運は現在、
僕が16歳になるまでちょいちょい続いているが、僕の幸運が続いているのは訳がある。
人は皆自分に何かルールを課していないか?
無意識なやつでもいい。
例えば、『靴下は必ず右足から履く』
とか
『朝電車に乗るときは必ず椅子に座らない』
とか。
僕も自分にルールを課している。
それは『自分を不幸にしない事』だ。
僕は今までそのルールを1度だって破ったことはない。
だから僕は幸福が続くし、もちろん不幸になった事もない。
そして最近、僕は好きな子ができた。
彼女は長い黒髪の似合う淑やかな僕のクラスメイトだ。
普段の僕は、親友と喋りながら教室の片隅で彼女を目で追いかける。
「おいおい、またお前あいつのこと見てるのかよ!熱いな!」
茶化してくる親友に悪気がないのはわかっている。
実際、今もニヤニヤとしてはいるが、純粋に応援してくれているのがわかっていた。
「そんなんじゃないよ。」
そう言いながらいつものように苦笑を浮かべる。
君は知らないだろう。
「そうだ、もうすぐ中間テストだよね。」
「ゲッ!ヤバイ、全然勉強してねぇ!
なぁ、今日親いねぇし俺ん家で勉強教えてくれよ!」
この前彼女が友達と喋ってるとき、
気になる異性で君の名前をあげたことを。
「やっぱり!仕方ないなぁ。」
僕は不幸になったらいけないんだ。
「サンキュー!いつも悪ぃな!」
だから、今までのように
「僕一旦家に帰るけど、何時くらいに行けばいい?」
何時も通りに
「うーん、じゃあ5時に集合で良いか?」
ルール違反を、排除しなきゃ。
「うん、参考書もいくつか持っていくから…」
だから、
「おぅ…参考書…頑張るかぁ…」
だから、
「君の家に、行くね」
キミヲケシニ。
________________
今朝のニュースです。
昨晩、深夜、○○市の一軒家で火が燃え広がり、
住宅1棟が全焼しました。
焼け跡から男性の遺体が見つかっており、
1家の長男の連絡が取れない事から、
警察は身元の確認と発火の原因について調査をしています。
その日は両親が仕事で帰ってきておらず…
________________
僕は昔から運がいい。
だって今まで不幸になったことが無いのだから、それは幸運だろう?
思えば物心ついたときから幸運が続いている。
最初の幸運は僕がまだ幼稚園の頃。
父と母、つまり家族と北海道に旅行に行ったときだった。
もう当時のことはあまり憶えていないのだが、
父が運転をしていた車のタイヤが雪道でスリップしていまい事故を起こした。
僕はその時、偶々床に落ちていた玩具の人形を拾おうと屈んでいたから助かったらしい。
因みに事故の原因はタイヤに付けていたチェーンが運転中に解けていたから、だった。
次の幸運は多分、小学…3年生の時だったかな?
父と母がその事故で死んでから、
僕は母の姉…つまりは叔母家族に引き取られていた。
僕の叔母は典型的な俗物で、お金と男が大好きな派手な醜い女だった。
まぁそんな嫁がいる家には当然、
叔父もなかなか帰って来ようとはしない訳で、
叔父は叔父で連日仕事を理由に深夜まで飲み歩いて顔を合わせる事もめったに無かった。
そんな最悪な家庭環境で空気のように扱われていた僕だったが、
叔母がギャンブル、叔父が女遊びと金のかかる遊びを際限なくしていたため巨額の借金が見つかった。
最初は二人とも僕の両親の遺産を当てにしていたらしいが、
両親の遺産を僕が自由に使えるのが14歳になってからと知った二人は首を括った。
僕の幸運は、二人が首を括った日。
その日は学校で、
帰り道にあそぼうと公園に寄った時、
急に土砂降りの雨が降ったことだった。
午前中は空がキレイに晴れていたこともあり僕は傘を持っていなかったので、
どうせ帰りが遅くなったとしても僕を叱る人はいないと公園の遊具の中で地面に絵を書きながら雨宿りをしていたのを覚えている。
雨が上がり、だいぶ遅くなった夜道を走って叔母宅に帰ると、
家の中は真っ暗でシンと静まり返っていた。
普段ならこの時間は叔母と叔父が盛大な夫婦喧嘩をしている時間だったので不思議に思った僕は、
足音を立てないよう階段をのぼると、2階の夫婦の部屋をドアの隙間からこっそりと覗いた。
夫婦の部屋は電気がついておらず、
開けられた窓から薄っすらと差し込む月明かりが、
床に転がった瓶の破片に反射して部屋を照らしていた。
そんな雑然とした、夜の美しさが漂う部屋の中心に2人の大人の影が浮いていた。
いや、
正確には吊られていた訳なんだけど、当時小学3年の僕にはそう見えた訳で。
その場で吐こうとしたが胃の中が空っぽで吐くに吐けず、
夫婦の足元にあった3枚の紙切れを回収すると、
階段をズルズルと這うようにして降りた。
降りたあともかなりの時間を放心していたが、
何故かその時両親の遺体と一緒に乗った救急車の事を思い出し電話をかけた。
「もしもし、あの、
えっと、僕の叔母さんと叔父さんが、部屋でずっと浮いていて、動かないんです。」
『動かないんです。』ずっとその言葉を繰り返していたと思う。
10分位だろうか。
繰り返していた電話を切ると、僕は拾った紙切れを粉々に破き、それを残さず口に入れ、クチャクチャと咀嚼する。
口の中の水分がどんどん奪われ、
不快な味が広がっていった。
それでもなんとかして飲み込むと、
再び2階に上がり叔母と叔父をなんとか下ろそうと足を引っ張っていると、サイレンの音と、階段をバタバタとのぼる音がして、振り返ると知らないおじさん達が立っていた。
「何がありました!?
…っ君!離れなさい!」
なんて言葉が聞こえると僕の体が中に浮いた。
知らないおじさんに抱き上げられたのだ。
「おじさん達は誰ですか。
叔母さんと叔父さんをはやくおろさないと。」
そのおじさんの目を見て話していると、
「心配しなくていいよ。」
「安心しなさい、もう大丈夫。」
なんて言いながら部屋から出された。
そこからはあまり記憶がない。
警察にいろいろ聞かれたり、
借金の相続破棄の手続きをして貰ったり、
色々大変だったらしい。
あとで聞いた話だが、
あの日、雨がふらなかったら一緒にいた、それだけの理由で僕も吊るされていたらしい。
あの日、雨が降ったことが僕の幸運である。
その後も幸運は現在、
僕が16歳になるまでちょいちょい続いているが、僕の幸運が続いているのは訳がある。
人は皆自分に何かルールを課していないか?
無意識なやつでもいい。
例えば、『靴下は必ず右足から履く』
とか
『朝電車に乗るときは必ず椅子に座らない』
とか。
僕も自分にルールを課している。
それは『自分を不幸にしない事』だ。
僕は今までそのルールを1度だって破ったことはない。
だから僕は幸福が続くし、もちろん不幸になった事もない。
そして最近、僕は好きな子ができた。
彼女は長い黒髪の似合う淑やかな僕のクラスメイトだ。
普段の僕は、親友と喋りながら教室の片隅で彼女を目で追いかける。
「おいおい、またお前あいつのこと見てるのかよ!熱いな!」
茶化してくる親友に悪気がないのはわかっている。
実際、今もニヤニヤとしてはいるが、純粋に応援してくれているのがわかっていた。
「そんなんじゃないよ。」
そう言いながらいつものように苦笑を浮かべる。
君は知らないだろう。
「そうだ、もうすぐ中間テストだよね。」
「ゲッ!ヤバイ、全然勉強してねぇ!
なぁ、今日親いねぇし俺ん家で勉強教えてくれよ!」
この前彼女が友達と喋ってるとき、
気になる異性で君の名前をあげたことを。
「やっぱり!仕方ないなぁ。」
僕は不幸になったらいけないんだ。
「サンキュー!いつも悪ぃな!」
だから、今までのように
「僕一旦家に帰るけど、何時くらいに行けばいい?」
何時も通りに
「うーん、じゃあ5時に集合で良いか?」
ルール違反を、排除しなきゃ。
「うん、参考書もいくつか持っていくから…」
だから、
「おぅ…参考書…頑張るかぁ…」
だから、
「君の家に、行くね」
キミヲケシニ。
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今朝のニュースです。
昨晩、深夜、○○市の一軒家で火が燃え広がり、
住宅1棟が全焼しました。
焼け跡から男性の遺体が見つかっており、
1家の長男の連絡が取れない事から、
警察は身元の確認と発火の原因について調査をしています。
その日は両親が仕事で帰ってきておらず…
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僕は昔から運がいい。
だって今まで不幸になったことが無いのだから、それは幸運だろう?
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