錫メッキ短編集

錫メッキ

酒は飲んでも飲まれるな(落語風)

チャカチャカと鳴る三味線の音に合わせて小太鼓リズム良くなる中、
落語家、錫金亭 鍍金 
が壇上に上がる。

着物の裾を整え座布団に座り、
扇子を丁寧に置くと
聴衆に向け深々とお辞儀をし、話し始めた。


「えー、ありがとうございます。

えー、この時期になると皆さん忘年会で忙しいのか道端に酔っ払いが多い事多い事。

酒は飲んでも飲まれるな。
なんてよく言ったものでね、
この飲まれるなってのが随分と上手いんですよ。

本来なら記憶がなくなるまで酒を飲むな。
なんて意味なんですがね、酒が人間を飲むなんてなかなか面白いこと言うじゃぁありませんか。」


そう言って、手元にあった扇子をパシリと打った。


「さてね皆様。
今回はその酒に飲まれた馬鹿な男の話をしましょうか。」

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夜の…10時位かね、あるおでんの屋台に、大輔と健二ってぇ名前の二人の男が仕事の憂さ晴らしに飲みに来たんでぇ


「お客さん、随分と荒れてますが何か食いますか。」


なんておでんの親父がコップを拭きながら注文を取るんだが、


大輔
「いーや!俺ぁ酒を飲みに来たんだ!ビールをくれ!」


なんて言いやがる。
せっかくおでん屋に来たのにおでんを頼まないとはつらまねぇ事しやがるもんで、


「そうかい。
そちらのお客さんもビールだけで?」


と親父もそのままもう一人の客の注文を取るんだが、もう一人の客は


健二
「なんだ、随分と美味そうじゃないか。
おい親父、俺はビールと大根、あと牛すじを1つくれ。」


なんて嬉しい事を言ってくれるので親父も人間だ。
多少は色もつけたくなるたくなるもので、


「あいよ。ちょっと待ちな。」


なんて言いながらおでんの皿と一緒にビールを少し多めについで渡したんだけどね、


大輔
「…おい、オメェのビールの方がちぃとばかし多くはねえか?」


なんて心の狭いやつほど細かいところに目をつけやがる。
大して変わらないビールの量で難癖を付けられたらたまったもんじゃないと


健二
「いや、お前は先に少し飲んでただろう。
勘違いじゃないのか?
ほれ。」


そう言ってチビリとビールを飲むと大輔のコップの隣に並べた。
すると今度は大輔のビールが少し多いってんで


健二
「おや、俺の方が少ないんじゃないか?」


なんて言うが、
この大輔がこれまた頑固者で認めたくないのだろう。
たかがビールの量まで意地を張る。


大輔
「オメェの一口が大きかったんだろう、どれ俺も…」


なんて言いながらグビリと飲むとビールの量が半分になったコップを健二のコップに並べて、


大輔
「ホレ見ろ。
俺の方が少ねぇじゃねえか。」


なんていけしゃあしゃあと言ってみせるが
これは流石の健二も納得できる筈もなく、


健二
「いやいやお前、
そんなに飲んだら俺の方が多いに決まっているだろう。」


そう言うと、
やってられるかと言うようにコップを一息に空にするんだが


大輔
「あっ!何しやがる!
結局わからなくなったじゃねぇか!」


なんて言ってみせるものだから、これでは切りがないと見ていた親父が口を出す。


「へえ、どっちが多いかなら空けたコップの数で勝負してみてはいかがでしょう、旦那。」


大輔
「おぉ親父、そりゃ良い考えだ!
ビールもう一杯!」


健二
「あぁ親父、俺にも一杯。」


なんて言いながら二人でどんどんコップを空けていくんだがこの速さが尋常じゃない。
あっという間にビール瓶を開けちまうもんで流石の親父もだんだん心配になってきちまう。


「あのぅ旦那達、少しばかり飲みすぎじゃぁないですかい?」


大輔
「だぁいじょうぶだっ!もう一杯!」


健二
「まだまだぁ!」


なんて答えてはいるが二人共もうかなり出来上がってるのか顔は茹でダコの様で呂律もまわっていない。

ちっとも話を聞かない二人に業を煮やした親父は


「おいおい一体全体そんなナリしてどこが大丈夫だってんだい!
それにうちはおでん屋だ!」


なんて怒鳴ってもみるがこれもどこ吹く風でもう一杯、もう一杯とコップを空けていく。

親父も話を聞かない男共にこりゃあ参ったと何時もより少し早めだが店仕舞いを始める。

大輔
「おぃ親父!なにしまい始めてんだ?」

健二「まだ飲んでるだろう!」

急に店じまいを始める親父に気づいた酔払い共がこれまたしつこくて仕方ない
どうにかしてこの酔っ払共を帰らせたい親父が一つ提案をしてみる。


「旦那旦那!
さっきはコップの数だなんて言いましたがね。

どうです、酒をただ開けていくなんてもったいない。
利き酒なんて面白そうじゃありませんかね。」


なんて言うもんだから酔っ払いもこれまた直ぐにノセられちまう。


大輔
「へぇ!そりゃあいい!」


健二
「何かだしてみてくれよ」


すると親父はわざとらしく申し訳無さそうな顔をするんだよ。


「すいやせん。
うちは元々おでん屋ですからね、
酒の種類があまり無いんですよ。

どうです、お互いに店で見繕った酒を出しあってみるってのはどうです?」


なんて言いやがる。親父も親父だが客も客でこれがまた上手い具合にノセられちまうもんで、


大輔
「おもしろそうだ!」


健二
「どれ、早速…」


なんて言いながらフラフラと二人共席を立とうとするんで、親父も慌てて待ったをかける。


「チョッ、旦那!
一度席を立つってんですからお金は払って貰わねぇと!」


大輔
「おぉ!そりゃそうだ!」


健二
「親父、いくらだ?」


「へえ、5000円と5200円になります。」


勘定を済ませた二人は今度こそ酒を探しに意気揚々と席を立つんで、

親父は酔っ払い二人の後ろ姿を見てニヤリと笑うと
早々に店仕舞いをしてその場を離れた。
するとどうしたもんか、道端にさっきの男二人がうめき声をあげながら倒れてるじゃないか。


「おい、旦那!
だいじょうぶですかい!?」


慌てて近寄ってみるとどうやら酒が回って寝コケた様子。
呆れた親父はそのまま二人を寝かせてやる事にしてクククと笑う。


「全く、酒を飲みに来たのに酒に飲まれるなんてとんだ馬鹿話だ。
よく言うだろう?
酒は飲んでも飲まれるなってな。」

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「これにて閉幕。」

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