Copán

1.象

目の前には鼻の無い象がいた。剥き出しになった口は醜く歪み歯は生えたての乳歯のように小さかった。耳にはいくつかの傷があり体は象にしてはいくぶん痩せているようだった。鼻の無い象をはたして象と呼ぶべきか僕には分からなかったがそれは確かに象であった。周りには僕と象の他には誰もいない。それどころか何もない。ただひたすら続く白の中に僕と象はいた。

ここは僕の思考が生み出した世界だ。
確証はないがそう考えるのが一番妥当だった。何故象に鼻がないのか。ただ僕がその長い鼻が嫌いだったからか、あるいはあっても無くてもどちらでもよかったのか。僕がその鼻について考えを巡らせている間も象はピクリとも動かなかった。何かを深く考えているようにも見えるし何も考えていないようでもあった。「やあ」僕は象に声をかけてみた。反応はない。試しに簡単な自己紹介もした。あれだけ大きな耳を持っていて聞こえないはずはないのだがやはり反応はなかった。この世界には僕と象の2人しかいないのだ、もう少し愛想良くしてくれたって良いはずだ。象は依然として沈黙を貫いていた。

僕は象と話すことを諦めこの世界を少し探検してみることにした。あたりは依然として白しかなかったが歩き続ければある時突然もとの世界へ戻れるということもあるかもしれない。しばらく歩くと象の姿は見えなくなり世界は完全な白となった。白い世界を歩くというのは不思議な感覚だった。下を見て足の動きを見ていないと自分が歩いているのか止まっているのかも分からなくなってくる。

どれくらい歩いただろう。もう2日くらい歩き続けているような気もするが実際にはたいして時間は経っていないのかもしれない。どちらにしろこの世界では時間というものはたいして意味を持たないようだ。僕は歩くのをやめゆっくりと腰を下ろした。

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コメント

  • エルス・ギルバート

    像、だけですか...皆に知らせたいのなら冒険系や面白系にした方がいいかも

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