普通な僕の非日常

Kuro

第6話 えっと、ね。

    放課後。それは主婦がテレビを見て、帰宅部が遊んでいる時間だ。・・・・・・これはかなり偏見が入ってるな。
僕は昨日と同じ時間同じ空間、略して時空間。つまりは授業終わりの応接室だ。昨日と異なるのはこの場にいる人だ。人というか下手すると種族が違う。
  一緒にいるのは女神こと桜美さくらみさんだ。
今はいつもと変わらず整った綺麗な顔立ちに絹のように美しい銀髪を携えて、僕の前に佇んでいる。
級長と副級長に選ばれた(桜美さんは立候補だが)僕らは高橋先生の言いつけで、飾り付け用の花(?)を作ることになっていた。・・・・・・これ絶対あの人の仕事だろ。
というか、なんか内職っぽい。
木製のロングテーブルの上には糊とハサミと数え切れない量の色紙。切り貼りして花を形作ればいいようだ。
内容自体は難しいものでも無かったので引き受けるぶんには構わないが、仕事を押し付けられるのはどうも釈然としない。まぁ、桜美さんと共同作業だからいいか。
   高橋先生から渡された量はかなりあって一人でやれば五時間近くはかかるのではないだろうか。
作業時間のことを考えればうんざりしてしまうが、桜美さんといる時間が長くなると考えれば自然とやる気が湧いてくる。不思議な話だ。
だが、そんな嬉しいハプニングも今日に至っては心の底から歓喜に声を上げる気にはなれない。
なぜなら、今日の放課後はもっぱら篠宮さんと話すつもりだったからだ。
それにもかかわらず急に用事が入ってしまったとなれば頷ける話だろう。それがどれだけ他人には得がたい喜び溢れることだとしても、僕にとっての嬉しいこととは篠宮さんと話すことであったのだ。それを妨げられたとなっちゃこちらとしては正直たまったもんじゃない。
    しかし、桜美さんの方はもっと我慢ならないことだろう。
慈しみの心をもってして副級長を立候補したであろうその志を踏みにじるがごとく最初の仕事が雑用であり、作業をする人が冴えない男子ときたらどうしようもない。
だが、きっと、桜美さんはそれすらも宇宙のように広がる壮大な心で許すのだーーーーと、無駄な思考に意識を囚われながら手を動かしていた。
    そんな僕とは違い、それぞれが意志を持ったように尋常じゃない速さを見せる乳白色の指一本一本が目に止まらぬ程軽やかに動き、ハサミで刻まれ綺麗にバランスのとれた花を積み上げていく桜美さん。
既に半分近くまで製作は終えているのだが、これのほとんどが桜美さんがやったものである。全く情けないことだ。ホント、僕の立ち位置ってなんなんだろう。
作業を開始してから数十分が経っているが、僕らは無言だった。桜美さんが発する聖なるオーラに当てられて言葉を出すことをはばかられ続けたのだ。
しかし、折角二人きりになれたのだからこの機会を逃す訳にはいかないと思った僕は、ずっと開きたくても開けなかった重々しい口の中に空気を送る。なんでもいい、とにかく会話を。
「そういえば桜美さんってなんで副級長に立候補したの?」
よし、声が上ずったりせずにしっかりと言えた。それに、結構当たり障りのない話だ。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・えっと?桜美さん?」
「・・・・・・・・・・・・」
あれ。僕って今声出てたかな。
聖母の寵愛を授かる彼女に限って無視することは物理法則が覆るほどにありえないことだ。
それが意味することはすなわち、僕の伝えた空気の振動が彼女の鼓膜を揺らすことが出来なかった事にほかならない。
きっと、話しかけた気になっていたのは頭の中で考えただけなのだろう。数秒間の短い短い夢を見ていたのだ。
どうやら充満するオーラに僕のような矮小な器では耐えきれなかったようだーーーーーーいや、そんなことは無い。
いくら何でもその推測は間違っている。桜美さんに無視されたという事実から逃げたくて逃げたくて震える現状を見たくなくてあのような奇怪な思考を生み出したのだ。
では、原因はなんなのだろうか。結果がある所には必ず原因がある。
今の現状を整理しよう。
まず、桜美さんに話しかけたことは間違いない。次に、桜美さんからの返答がないため名前を呼んだがそれにも返答がない。
これは・・・・・・・・・・・・


明らかに無視されてる。


もしかして嫌われているのだろうか。
いや、人に嫌われない自信が僕にはある。好かれることはなくても嫌われることは今までほぼ無かったと言っていい。
そんな僕が、特に関わりを持ってこなかった彼女に嫌われることは筋が通らない。
それに級長が決まったあとに副級長に立候補したのだから、少なくとも嫌われていない証明にはなる。
だから、この仮定はないだろう。
危ない危ない、精神的に死ぬところだった・・・・・・
ではなぜ話を聞いてなかったフリ(無視)をするのだろう。
    有力な説は二つだ。
一つ、桜美さんに僕の声が聞こえなかった。
詳しく理由はわからない。が、人間関係で無視されたと思ったら実は聞こえてなかっただけというのはありがちだ。
今回は二度の問いかけに答えなかったわけではあるが、たまたま、偶然、聞こえなかったのであろう。

そして二つ目、これは先程より信憑性が薄れるのだがーーーー


「えっと、佐藤さん、先程の話は何でしたっけ?」


僕が二つ目の説を説明し出した時、新たな春の芽吹きを祝う天使の奏でる音楽のような、人を幸せに導く声音が正面から聞こえた。
桜美さんが話しかけてくれた?正確に言えばさっきの返事なのだろうか?すでに僕が声をかけてから数分経っているのに。

・・・・・・そうか!ついにわかってしまった。僕と桜美さんの間の僅か数十センチに時差が生じていたのだ。だから、いっ〇く堂よりも声が遅れて聞こえたんだ!住んでる次元が違うからなせる技だろうか。 
という冗談はこの位にしておいて、会話ができる今ならさっきの原因も説明してくれるはずだ。

「桜美さん、さっきはなんで聞こえないフリをしたの?」
「いえ、ちゃんと聞こえてました。でも、作業中だったものですから」
と言った彼女の横には色とりどりの花がうずたかく積み上がっていた。さっきまで半分しか終わってなかったにも関わらず、僕がしょうもないことを考えているあいだにあの恐ろしい量をすべて片付けたというのだ。
僕に早く返事をするために、彼女は話をかける前の何倍ものスピードで終わらしたのだろう。
「ていうことは、作業を終えるまで話せなかったってこと?」
「はい、その通りです。返答が遅くなってごめんなさい」
「え、いや、こっちこそごめん!」
「何がですか?」
「作業・・・・・・ほとんどやってもらってしまって・・・・・・」
「いえいえ構いませんよ、こういうのは得意ですから」
そう言って微笑みながら顔の横でハサミをチョキチョキ動かす桜美さんはどこか幼く見えて、普段の神秘性から少し離れた愛らしさが垣間見えた。
本当に何をしても絵になる人だ。

「ところで佐藤さん、さっきの話ってなんですか?」
「あ、あぁ、なんで桜美さんは副級長に立候補したのかなーって思って」
「・・・・・・理由は色々ありますよ?」
「じゃあ、一番の理由は?」
そう僕が問うと、桜美さんはいつもの女神の微笑みではなく、妖艶な雰囲気を醸し出しながら不敵な笑みをたたえこう言った。



「佐藤さんが級長になったからです」



その言葉は僕の動きを数秒止めさせるのに十分な衝撃を与えた。まさか、嫌われていないだけでなくむしろ好評価だったとは。
    ・・・・・・いや待てよ、好評価はおかしい。興味だか好意だかは定かではないが、さっきも言った通り関わってこなかった僕に、どちらかさえも持つのはおかしいのだ。興味だとしてもなんの取り柄もない平凡な僕に対して興味を抱くなら電柱にでも興味を持つ方が理にかなっている。好意なら尚更だ。
色々な疑問が頭の中で堂々巡りをする。
よし。
   ・・・・・・考えても仕方ないのならすぐに本人に聞こう。
最近それを経験して学んだので実行に移す。
「桜美さん、それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ?」
「僕が級長になることと桜美さんが立候補することがイマイチ繋がんないんだけど?」

「あ、それですか!興味があるんです。佐藤さんに」

「・・・・・・・・・・・・え?」
思わず間の抜けた声を上げてしまった。
そうなるのも無理はないと思ってくれ。
美少女に、二人きりで、面と向かって、興味があると言われたのだ。
興味があると言われただけでさえ心が高鳴るというのに、まさかこんな美少女から言われるとは。
最近の僕は一体どうしたというのか。

動悸がかなり速い。身体が熱い。血の流れが全身で感じられるほど速く、激しく流れているのがわかる。
もしや、顔が紅潮しているのではないだろうか。
手の先まで熱を帯びてる僕にはそんなことは確かめようがない。わかるのは僕を大きな凛とした黒瞳で見つめている桜美さんただ一人だ。
   自分の心を落ち着けるため、そして発言の真意を探るために桜美さんに改めて問いを投げかける。
「さ、桜美さん。興味って具体的になに?」
「・・・・・・?決まっているじゃないですか・・・・・・」
と、目を見開いたまま一度首をきょとんと傾げた彼女は、勿体ぶるかのように口を引き結んだあと、ゆっくりとその紅く照った唇を開いた。






「佐藤さんがどうしていつもあんな表情でいるかってことです」



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