脇役転生の筈だった

紗砂

5

私と兄は車へと乗り込むとそのまま空港に直行した。


「咲夜、嬉しそうだね」

「はい!
お母様とお父様に久しぶりに会いますから。
楽しみです」


兄に問われて私は笑顔で答える。
兄はそんな私の頭を撫でてくる。
……私が子供扱いされるのは一体何時になれば無くなるのだろうか?


「ご到着致しました。
悠人様、咲夜様」

「ありがとうございます」

「そうか、ありがとう」


母と父は既に到着しているらしい。
もうすぐ下へ降りてくるとの事だ。
私は待ちきれずに車から降り、エントランスへ向かうと仲の良い、父と母の姿が目に入った。


小さい頃であれば遠慮なく抱きついて怒られただろうなぁ…。


「おかえりなさいませ。
お母様、お父様」

「おかえり、父さん、母さん」


落ち着いた様子の兄は使用人に母と父の荷物を持っていくよう指示した後、父と母と抱擁を交わした。


「あらあら。
ありがとう、咲夜、悠人。
大きくなったわねぇ……」

「咲夜、悠人。
迎えに来てもらってすまないな。
咲夜、入学式に行けずすまなかった」


母は成長を噛み締めるようにしみじみと私達のことを見ていた。
その後ろでは父が申し訳なさそうにしている。


「お父様、気にしなくても大丈夫ですわ。
お父様がお忙しいというのは良く分かっておりますから」


仕事を放ったらかしにされても困るしね。

………中学の時に1度やったのだ。
仕事を放ったらかして私の入学式へ来ていて途中で引きずられながら父が帰っていったという事があったのだ。

それを考えると来なくていいと思ってしまうのであった。


「すまなかったな。
…あいつらが邪魔さえしなければ行けたものを………」

「あなた?
それは仕事を放り出していくおつもりだったと捉えていいんですよね?」


母が横目で父を見る。
口元は笑っているのに目が据わっている。

あぁ、キレたな。
父よ……自業自得とはいえ可哀想に。

父をみるとなさけなくあたふたしている。


「あっ……い、いや!
そ、そそそそんなつもりは全くもって……」

「…家に帰ったらお話ししなきゃいけないようね」


……聞かなかった事にしよう。
すぐに記憶から消去しよう。

車に乗り込むと早速父が問いかけてきた。


「咲夜、悠人、入試の結果はどうだった?」


入試は私も兄も問題ない。
毎回必ず3位以内には入っているし。


「今回は残念ながら次席でした」


兄は少しだけ悔しそうに言った。
…兄が次席など2年前の体調不良の時以来じゃないだろうか。
…まぁ、それでも3位だったみたいだけど。


「そうか。
咲夜はどうだ?」

「今回も首席をとれましたわ」


兄と2人きりならもっと砕けた口調でもいいんだけどな。
まぁ、こればかりは仕方ないけど。
それに数日だけだからなんとか誤魔化せる。


「そうか。
2人とも良くやったな」


父は柔和に微笑んだ。
先程までの重々しい空気は私の勘違いだったかと思う程の切り替えだった。
私もこの切り替えの速さだけは見習いたいと思う。

まぁ…母を怒らせるスキルはいらないが。

「悠人、咲夜、何かほしい物はないか?」

「そうね、入学祝いと試験のご褒美ね」


母と父は乗り気だが欲しい物といわれても何も思い浮かばないのが現状である。
……兄と違って私は元庶民なのだ。
今こそまぁ、金銭感覚が今の生活にあってきたとはいえそれでも高すぎると思ってしまうほどなのだ。
そんな私にとって欲しい物と言われても無いに等しい。

私は兄の答えるものを参考にしようと兄が答えるのを待つ事にした。
少し考えて兄が出した答えは何も参考にならないものだった。


「僕は天体望遠鏡が欲しいな」


いや、この頃兄が天体観測にハマっているのは知っていたがまさか天体望遠鏡を欲しがるとは思わなかったのだ。

……考えた末、私が出した答えはお馴染みのマカロンだった。


「渋谷にあるお店のマカロンがいいですわ」

「……本当に咲夜はマカロンが好きだよね」


美味しいんだからいいじゃないか。
兄よ、そんな呆れたような目で見ないでほしい。
……それに彼処のマカロンは1度食べて見たかったんだからいいだろう。
彼処の店の箱も可愛いって評判だし……。
気になるじゃないか。


「分かった。
悠人には最新モデルの物を買ってやろう。
咲夜は好きなだけ買いなさい」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、お父様」


私と兄は本当に嬉しそうに笑い合う。
その様子をみて母と父も顔を綻ばせた。


「父さん、またすぐに海外へ?」

「……あぁ。
明明後日には経つ…。
時間を作ってやれずすまないな……」


やはり父は忙しいようだ。
まぁ、それも仕方ないとは思うが。
客船会社というだけでも大変そうだったのにそこで更に海外でリゾートホテルまで運業しようとしてるからな……。


「父さん、気にしなくていいよ。
僕も咲夜も気にしてないから。
ね、咲夜?」

「はい、お父様がお忙しいのは分かっていますから」


ここは兄の言葉に従っておくに限るだろう。

父はフッと笑みを見せ「そうか」と安堵したような様子をみせる。


「学校はどうだった?
馴染めそうか?」

「馴染む…と言っても僕も咲夜も内部進学ですから特定の友人はいますし、勉強に関しても大丈夫そうです」

「私も大丈夫そうですわ。
新しい友人も出来ましたし、初等部からの友人もいますもの」


…私が初等部からの友人の部分で兄が険しい表情をしたのは気の所為だと思いたい。


「新しい友人?
名はなんという?」


…父も兄と同類だったようだ。
これが過保護というものなのだろうか?
……今に始まったわけでもないのだが。


「黒崎愛音と名乗ってました。
あ・の・神崎と天野の家と同じ2位という結果だったようです」


私より先に兄が父の問いに答えた。
だが、何故『あの』という部分を強調したのかが分からない。
それも、神崎と天野の家という時に忌々しそうに顔を歪めるのは酷いのではないだろうか?
一応、あれでも私の友人なんだが。

あれ?
今思うと私の友人が少ない理由ってこの兄のせいじゃないの?


「そうか!
あ・の・神崎と天野と!
しかも女か!
神崎と天野のような忌々しい男ではなく!」


…父も同類か!!
こうなれば頼れるのは母だけだ!!


「あなた?
咲夜ちゃんの友人を悪く言うのはやめなさいな?
悠人、あなたもよ。
大体、咲夜ちゃんと仲のいいというだけで………」

「い、いや!
私の可愛い咲夜に悪い虫がだな…!」

「そ、そうだよ、母さん。
僕の可愛い咲夜に悪い虫がつくのを見過ごせるわけ…」


父と兄は天也と奏橙の事をそう思っていたのか。
というか、仮にも私の友人に酷い言い草ではないだろうか?


「酷いです!
お父様もお兄様も私の大切な友人に対してそんな事を言うだなんて…!!
見損ないましたわ!」


こうなったら知るか。
反省しろ。


私は悲しそうな表情を作り父と兄に対し、信じないという姿をとる。
すると父と兄は慌てたように私の機嫌を取り始めた。


「さ、咲夜!
済まなかった!
例えあの虫だとしても咲夜の前でいう事では無かった!
だから、そんな事言わないでくれ!」

「そうだよ、咲夜!
あの、悪い虫だろうと咲夜のゆ、ゆ……。
確かに、咲夜の前で言うべき事じゃなかった。
済まない!
マカロンを買ってあげるから機嫌を直してくれ!」


父も兄も反省すべきところが違う!
そして兄はマカロンで釣ろうとするな!
……少し考えたけど。 


「私はそんな、マカロンで釣られる程単純ではありません!
お兄様は私をなんだと思ってるんですか!」

「勿論、僕の可愛い可愛い天使の妹、かな」


……ソウデスカ。
兄に聞いた私がバカだったと認めざるおえないだろう。
いや、でも言わせて欲しい。
こんなシスコンの兄だとは思って無かったんだ!
天使だとか可愛いとか一体誰だよ!
私じゃないし!

兄の中で私はどれだけ美化されているのだろうか?


「本当に悠人と咲夜は仲がいいな」


父と母は微笑ましいといった様子で私達2人を見ていた。
そのせいか、私は羞恥で顔が熱くなる。
そこに救いの手が差し伸べられた。


「到着致しました」

「ん、そうか。
では、行くとするか」


そこは、和食の店だった。
父と母が和食をしばらく食べていないため恋しいだろうと兄がセッティングしたのだ。

そして、その後は何気ない話をして家族水入らずの珍しい食事会が終了した。


……余談にはなるが、その後、久しぶりの和食にテンションが上がったのか父がワインを頼み、その結果、酔いつぶれていて帰った後、人知れず母に叱られていた。

ちなみに私と兄はそれを物陰から見つめていた。

父が悪さをした子供のように縮こまっている姿を見て2人で笑っていたのはこの家にいる少ない使用人達の中での秘密となった。
そして兄はそれに加えスマホで動画まで撮影していた。
兄の性格の悪さを垣間見たような気がする。

ついでにその動画のデータは兄のPCに保存されている。
その時の、


「何かあった時のために父の弱味でも握っておかないとね」


と笑顔で告げた兄は末恐ろしいと思う。
……父には強く生きて欲しいと願っておこう。
というか兄のPCをチラッと覗いた時に『父』というホルダーに色々な父の動画や写真が保存されていたのだが……あれは全て父の弱味になりそうなものなのだろうか?

………今考えたけど、私のそういうホルダーもあるのだろうか?
あるのであれば早急に消し去っておかなければいけないだろう。


それよりも、災難なのは父だろう。
何せ母に怒られたあげく、兄にはあんな弱味まで握られてしまったのだから。
まぁあれだけ大量に保存されていたのが全て弱味だとしたら既に遅いのだろうが。
可哀想に……。
実の息子に弱味を握られる父親もどうかと思うがそれ以上に娘に同情されたりする父親もどうかと思う。
…本当にこれで良く、海野客船会社の社長としてやれたよな。
ある意味感服する。


「ふわぁ……そろそろ私も寝よう」

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