魔王の息子と勇者になろう【凍結中】

決事

第二話 悪魔の瞳は皮肉な色

 
298…299…300!

「はぁ…」

ドォォォオン!

「2本目っと。今日は3本ぐらいでいいか」

目標を呟く。

「あと1本倒してから街に下りるか…」

手の中の斧をグッと握り気合いを入れ直した。
が、ふと目線を下に落とす。
こいつもそろそろ新しいのにするか…。
今日切り倒した2本の木を見やる。
どちらもあまりきれいな切口ではない。
再び斧に視線を戻す。
あと1回でも研いだら薄過ぎて割れてしまいそうだ。
そこで頭を振って考えることを中断し、隣の木を見上げた。
おれは早く街へ行きたいのだ。

「この木は…230回くらいで伐れそうだな」

大体の目安をつける。
長年木ばかり伐っているとどの木が何回ぐらいで切り倒せるかなんとなく分かってくる
のだ。
360度見回してみて、この木が斧を入れる回数が1番少なく済みそうだった。

「よし…っ!」

振りかぶり、斧を木へあてた。
 

「192!193!194!…?」
「待て…っ!」

微かに声が聞こえた。
…誰に待てと?
などと考えながら後ずさり、顔を上げた。
空を見ると全身緑色の女性が向かって来ていた。
ああ、精霊か。

精霊は森の木や河川の水などに宿っている。
偶に人の営みに手を貸したり恩恵を与えたりと気まぐれな、人間の良き隣人だ。

あっ、消えた。
見ていると精霊は消えてしまった。
しかし精霊を追っていたと思しき人影は消えず、此方に突っ込んできた。

「おいおい…!」

バキッッ。

「あっ!」

あと36回で切り倒せるはずだった木は、伐りこんだ所とてっぺんのちょうどど真ん中で
折れてしまった。

 
そして、木を折った張本人を問い詰め、今。

そいつの頭は悪魔を象徴する真っ黒な髪で羊のような角が少しのぞいている。
7分丈のズボンの下は、毛皮に覆われたこれまた羊のような蹄付きの足。
服装は…魔王の息子だと言われれば納得してしまう人の貴族に似た装い。

というより、悪魔が自分たちの手でせっせと織って作っているのか?
…面白過ぎる。

「それはいいとして、魔王の息子なんて危険物を野放しにしていいのか…」
「何か言ったか?」

魔王の息子は自分が折ってしまった木の裂け目をつついていた。

「まあ、人間相手でもこのことは悪かったと思っている。そこでだ」
「金貨をくれるのか!?」
「いや、人間の貨幣の実物を見たことがないから無理だ。が、こいつを元通りにすればいいのだろう?」
「まあ、それはそうだが…。そんな魔法があるのか?壊れたものを直すような魔法が」

今までそんな魔法は見たことがない。
おれがあまり街をうろつかない所為かもしれないが。
そんな返答をすると魔王の息子は首を傾げた。

「そのくらいの簡単な魔法は1般市民の間にも普及していると聞いたが…」

おれは肩をすくめる。

「この通り、おれはこの森の中で1人暮らし。教えてくれる奴なんかいない」
「ん?1人で学ぶものではないのか?」

その言葉に呆れてしまう。

「それは基礎ができている場合だろう。
いや、悪魔は何でも1から自分で考えて自分でできるのかもしれないが、人は誰かに教えてもらわなきゃ学ぶことができない」

おれにはその基礎が無い。
教えてくれる人なんていなかった。
その言葉は呑み込んだ。
言う必要のないことだからだ。

黙り込んだおれの様子には興味がないのか、そうか、とだけ言った。

「木の枝、木の枝…」

いきなり立ち上がり呟き始めた。
おれはそれに疑問を抱く。

「魔法陣を描くのか?魔王の息子なら書かなくてもできるのかと思ったが」

これは決して挑発ではない。
純粋に気になったのだ。
おれでさえ物体を浮上させるぐらいの魔法は陣を描かなくともできるから、おかしな気がした。

魔法陣は悪魔が作り出したものではないのか。
悪魔が先に魔法陣無しでの魔法の行使を可能にしたものだと思っていた。

「確かに、父やその側近達は簡単にやってのける。
2言3言、言葉を発するだけで魔法を行使してしまう。
しかし、我は攻撃魔法以外の魔法は苦手なのでな
こういう日常系は陣を描かなければ行使できない」

今度はこいつが肩をすくめる番だった。
しばらくガリガリ音を立てながら直接地面に書いていき、漸く書き終えたのか体を起こした。

 
「よし。
 
我の魔力を付与する.
そして我の魔の力に応えよ」
 

魔法陣が金色に輝き出す。

…金?
少し離れていたおれはゆっくりとあしを進め、魔法を行使している最中の奴へと近づいた。

金色だった。
 

無表情に木を覗きこむ瞳は、抜き身の剣のような鋭さを持ちながら、風に揺れた小麦の
ように優しい色をしていた。
 

あまり…いや、全然魔法について知らないおれではあるが、魔法陣の発する色が心――大抵は目の色――を反映するということは常識として知っていた。
悪魔、それも悪魔の頂点である魔王の息子の心の色が金、とは。
皮肉なものだ。
もはや笑えてくる。

「これでいいか?」
「っ、ああ。」

思考の沼にはまりかけていたおれは、いきなり声をかけられ息が詰まった。

「1つ頼みがある」
「…聞くだけ聞こう」

悪魔の頼み?
冗談じゃない。
ロクな事ないだろう。
人と対立している悪魔の頼みなど。

「街を案内してくれ。人は金貨を対価として依頼をすると聞いた。
対価を要求するのは当然のことだと。我が折ったとはいえ、魔力を使用してまで直した。
頼まれてはくれないか」

街の案内だけに金貨を払う馬鹿はいない。
教えてやる義理はないが。
それより、人間は他人を親切心で助け、それに報酬は求めないこともあると教えたい。

「断る。今は街に下りる気分じゃない」

明日にでも行くことにしよう。
折れた部分を直してくれたのならもう用はない。

「そうか。それでは…」

そう言いながら魔王の息子は背を向け、軽く右手を上げた。
…魔王の息子が1人で街へ?

「ちょっとまて…」
「ん?どうしたのだ?」
「おれも行く」

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