-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第46話:遊び

 現在、僕と晴子さんは椛の部屋にいる。部屋の主人はお茶を淹れにリビングに向かった。そのせいか、とても気まずい。小学2年生から一緒に生きてきたのに、対立しているフリをしなくちゃいけない。……2人きりなのに、まともに話せないとはね。

 ここは椛の家、僕が家に上がるのを見越して盗聴器やwebカメラでもセットされてたら、僕は普通に振る舞えない。そんな事は、晴子さんもわかっている筈で――

「とうっ」
「……え?」

 子供みたいな声を出し、晴子さんは僕に飛びついて来た。
 ……え?

「……君、何してるのかわかってる?」
「きゃー!! 黒瀬くんに犯されるー!!」
「…………」

 僕は晴子さんの頭に軽くチョップを入れ、それから彼女の肩を持って引き剥がす。

「……おい、神代」
「……。本当だ、奥手だねぇ♪」
「…………」

 晴子さんは僕から離れ、嬉しそうに近くのクッションに腰を下ろす。僕はため息を吐き、スマホのmessenjerを開いた。相手は晴子さん、僕はすかさず文字を打つ。

〈抱きつきたかっただけでしょ……〉

 すると晴子さんもスマホを持ち、返信して来た。

〈バレた?〉
〈なんでまた、そんな事を……〉
〈たまには、甘えさせてくれたってよいではないか。まったく、女の子の住むこんな良い家に何回も来て、キミは手を出さないとはね〜〉
〈……どう思った?〉
〈……ん。関心したよ。キミはキミの中のルールを守る忠実な人間だ。道徳的で自分のルールを持つ人間は本当に信頼できて、私は好きだよ〉
〈……そうか〉

 それならいいけれど、裏を返せば椛に嫉妬してるってだけだろう。思ったより感情的だからな、晴子さんは……。
 再確認も含めていたのなら、何も言うまい。

〈……で、本当になんのつもりさ? 敵の要塞に突っ込むなんて〉
〈なんのつもりも何も、私は北野根くんと話してみたかっただけさ。まともに話し合った事、なかったからね。彼女がどんな人間か知らないのに、無闇に退けるのはよくないだろう?〉
〈……僕に押し付けてるくせに、よく言うよ〉
〈ははっ……ごめんね〉

 その言葉の次に、可愛らしいうさぎのスタンプが送られてきた。貴女はそんな茶目っ気のある人間じゃないだろうに。
 僕は携帯を置いて晴子さんを見ながら、彼女の行動を考察する。

 晴子さんはこういう対人関係について、僕に嘘を吐かない。話したいというのは本当だろう。
 しかし、無闇に退けるのは嫌――無闇じゃなく、確実に退けると見て良い。退けるというのがどこまでやるのかはわからないが、それはきっと、球技大会が終わった後の話……。
 その頃には僕と晴子さんが手を組むのだから、椛は間違いなく勝てなくなるだろう。あとは晴子さんの裁量次第……僕が干渉する必要はないし、危険因子である椛の排除は僕にとっても有益。妨害する理由もない、か……。

 僕は再びスマホを持ち、未だにスマホを弄る晴子さんにメッセージを送る。

〈……面倒だなぁ〉
〈面倒と退屈は紙一重さ。面倒が嫌なら退屈になるしかない。しかし、キミはそんな人じゃないだろう?〉
〈……ここまで来たんだし、もうどうとでもなれって〉
〈投げやりだなぁ。やる気を出し給え〉
〈……無理〉

 今度はうさぎが怒ってるスタンプが送られて来た。怒られる義理はないのにな……。
 ため息を吐いていると、漸く部屋の主人が帰ってきた。彼女の持つお盆には3つの湯のみとふ菓子が何本か皿に乗っていた。……ふ菓子?

「お茶を入れたわよ。……あら、2人ともスマホ見てる。まぁ、貴方達が話す事はないわよね。仮にも私の家だし」
「…………」
「…………」

 メッセージで語っていたが、それをバラす理由もないだろう。僕はスマホを伏せると、椛が置く湯のみで自分に近いものを取った。……見た目、黄緑色の普通のお茶に見える。底には茶葉も沈殿してるし、匂いは緑茶……飲むか?

「……透明だねぇ。最近流行ってるアレかなぁ?」

 晴子さんの声に顔を上げる。どうやら中身が違うようだ。透明……最近あるよね、そういう飲みもの。

「フフッ、晴子さんは初めての客なのだから特別よ。ちゃんと飲んでね」

 椛はにこやかに飲み物を進める。そんな彼女の飲み物は、僕と同じものが入っていた。……明らかに怪しい。晴子さんもそう思ったようで、ブレザーの内ポケットからあるものを取り出した。小さなジップバックに包まれた、1本のワイヤーだった。銀色で、長さは5cm程度。
 その小さな線を、晴子さんは湯のみの中に突っ込んだ。

 すると、中の液体は一部黒くなり、彼女の持つワイヤーは真っ黒になった。

「凄いねぇ……初めて毒につけたけど、本当に黒くなるんだ」

 と、本人は感心して頷いている。
 ……中世ぐらいか、貴族は銀製の食器を使うことが多かったらしい。それは毒、当時主流の毒物だったヒ素が銀に反応して黒くなるからである。それ以外にも硫黄の化合物と反応して黒くなるとか。
 つまるところ、あの透明な液体は硫酸か何かだということだ。飲んだら死ぬだろうに……。

「あら、黒くなっちゃったわね。仕方ないから私達と同じもの入れてくるわ」
「……どうでもいいのだが、この液体の廃液は……」
「大丈夫、業者が回収に来るから」
「そうかい」

 椛は晴子さんの湯のみを持ち、部屋を出て行った。何がしたかったんだ……などと思っていると、スマホが震える。晴子さんからのメッセージだった。

〈いやぁ……私は初めて化学で攻められたけど、怖いね。見た目ただの水なのはずるいよ〉
〈……生きててよかったね〉
〈いや、今のは明らかに私を試したろう……。これでは死なんよ〉
〈彼女が出ている間、部屋の匂いにも気をつけてね〉
〈……キミはよくこんな家を行き来できるな〉

 誰のせいかと言及はしないが、晴子さんがテーブルに突っ伏して細目で僕を見ていたし、申し訳なさそうだったから許した。

 また椛が戻ってきて、淹れたお茶に晴子さんは銀を入れるも何も起きなかった。一応飲んでなかったけど。
 僕は普通に飲んでみるが、特に異常はなかった。

「……一応、話を聞きに来てもらったんですもの。変な状態で聞かれても困るし、今回は何も入れてないわよ」

 警戒する晴子さんを諌めるが、晴子さんはにこやかに笑うだけで湯のみを遠くに置いた。……仲悪いな。
 さっきの事を考えれば仕方ないけど、こうもあからさまだと殺し合いが起きないか怖い。

 さすがの椛もため息を吐き、仕方なしにそのまま話し始める。

「……晴子さんのためにも、簡略的に以前の事をおさらいするわ。私は幼少期から大人として育てられた。社会に出て、勉強と実験を繰り返し、データを取って解析とか、薬品の発注とか、いろいろやったわ。そのせいで、子供さながらの楽しみというのを知らないの。だから私は自分で思う、自分の楽しい事をし始めたわ。別に、人を悲しませるのが楽しいわけじゃないの。人と呼ばれる価値もないもの――ゴミを片してスッキリしたいだけなのよ」
「…………」
「…………」

 どこの小悪党の言葉かと、語るにも及ばず、僕等は口を閉じた。知ってはいたけれど、もう少し言葉を飾らないのか。否、その気持ちが本心だと言うのなら文句の1つもないのだが……。

「……幸矢くんは、人は協力し合うもの、協力すれば楽しめると言ったわ。私もそう思う。仕事をしていた当時、仲間が居た事にどれほど救われたことか。けどね、私を疎んでいる人も多かった。子供だったし、ミスをすればガキ以下か、と叱られる中年世代……。世の中はどっちもどっちね。仲間もいれば敵もいる。当たり前なことよ」
「……キミは、疎まれている事を憎んでいるかね?」
「いえ別に? だからって私に手出しなんてできなかったし……」
「……では、もう1つ問おう」

 晴子さんは息を吸い、椛の目を見て尋ねる。

「キミは、その中年が叱られるためのダシにされた事を、怒っているかね?」
「――――」

 この質問に、椛は閉口し、僕は口を開いた。
 質問の意図は単純、高貴か否かだ。高貴ならば自分を例えに出された事に腹が立つだろう。子供にすら――例えば競華がそんな言葉を聞いたなら、その言葉を吐いた奴をブン殴るだろう。僕もそこまでではないが、とても良い気分ではない。
 果たして椛は、どうなのだろうか……?

「……まぁ、少しは嫌だったけど……今はどうも思わないわ。昔の話だし」

 不思議そうに答える椛だが、僕と晴子さんは視線が交錯する。僕はわかっていたが、彼女にも自分自身にプライドがあるようだった。それは喜ばしい。

「……そうかい。話を逸らして悪かったね。続きを聞いても良いかな?」

 晴子さんはまたいつもの笑みを浮かべて優しく問う。椛はため息を吐き、お茶を一口飲んでから重い口を開く。

「……それで、私は冬休み前に貴女達同様にバレーの練習に参加したわ。協力、連携……学生らしく不出来なボールの扱い。運動神経の問題なのかしら? 運動は並レベルの私ですら戦力になるのに……。これのどこが楽しいのかはわからない。だけど、みんなは楽しそうだったわ。きっと、幸せなのでしょうね」

 滑稽に、嘲笑うかのような言葉。それはそうだろう、みんなができないサーブやレシーブ、椛からすると"こんなこともできないの?"と言うような事だから。
 体に限界はあるからジャンプ力や打球の速度には限界があれど、それでも彼女は"特別"だった。
 だからこそ見せる嘲笑だったが、彼女の表情は笑みから儚く悲しいものへ移っていく。

「だけど、それでわかったのよ……。"遊ぶ"って、なんでも良いわけじゃない。男の子がお飯事ままごとをしないように、できる遊びというのは知能や性別、性格によって違う……。私は……普通の学生とは生活が違った……だから……遊べるものも、違うのね……」

 悲しみに満ちた独白は、部屋の中に溶けて消えていく。悲壮感漂う俯いた少女に、僕はなんて声を掛けられたものか。なんせ――

「――――」

 僕の目の前には、人を導くのが得意な人間が座っていたのだから。

 僕は無言で晴子さんに目配せをする。期待を込めた目で見れば、人の顔から思考を読み取れる彼女は察してくれる。その筈――だった。

「――幸矢くん」

 その言葉は、晴子さんから出た。他人の前では黒瀬くんと呼ぶ彼女が、僕を名前で呼んだのだ。
 この状況で何故そう呼んだのか――困惑から、僕は目を見開いた。

 目の前にいる少女は落ち着いていて、何か嬉しそうにしている。僕には皆目理解不能だった。

「……神、代?」
「……悪いが、私から北野根くんに授ける言葉はない。あるにはあるのだが、これはキミの役目のように思える。だから、キミが言ってやってくれ」
「……いや、何を言うんだ。こういうのは君の役目じゃ――」

 晴子さんは荷物を持って立ち上がり、僕の肩をポンっと叩いて耳元で囁いた。

「……の日に、キミが私に言った言葉を言えばいい。ずっと昔の事だけど、キミは覚えているはず」
「…………」

 それはヒントの筈なのに、あまりにも不明瞭で真意がわからない。ずっと昔の事……それはいつだろうか?
 すぐ近くには、泣いている女の子がいる。遊びたいのに遊べない、そう気付いた少女が。
 ……晴子さんにそんな時があったとしたら、それは――

「……やるだけ、やるさ」
「ん、期待してるよ」

 晴子さんは僕の肩を叩き、部屋を退室した。この状況で1人帰るなんて、どれだけ肝が座ってるんだか……。
 さて、泣いてる彼女を放置し過ぎるわけにもいかない。魔法の言葉になるかはわからないけれど、言うしかないようだ。
 立ち向かおう――小学2年生のあの頃も、高校1年生の今も、僕は僕なのだから――。

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