-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第23話:終わらぬ演劇

 屋上で休んでいると、程なくして競華が屋上に現れた。おそらく晴子さんが連絡をしていたのだろう、事の顛末は理解しているようだった。

「監視カメラで確認したが、北野根は帰ったぞ。2人がかりで虐めるとは、随分大人気ない事をするんだな」
「人聞きが悪いね。虐めではないし、黙認する時点でキミも共犯者ではないか」
「傍観が悪などと浅慮な事だ。今度議論しろ、晴子」
「そうだね」

 晴子さんが頷いて承諾すると、それを合図に僕等は立ち上がる。屋上の散乱物を集めなくちゃいけないが、その前に――

「競華……わざわざそんな事を報告するために、上まで上がってきたの?」

 疑問に思った事を、直接尋ねてみた。そんな報告、messenjerを使えば済む話だ。屋上の事を監視カメラで見ていたとすると、僕等に聞くこともないと思うが……。

「人の敷地内で夜の営みを行われたら困るからな。確実に、家に返しに来た」

 平気な顔をして、競華はそんな冗談を口にした。
 ――目に見えた嘘だ。彼女がそんな下品な事を口にするはずがない。逆に、何かしら僕等の元へ来る口実も作れたはず。何故あえて嘘を言う――?

 風が吹くと、やけに静けさが目立った。僕も晴子さんも、競華を凝視している。
 衆目の的となった競華は不意に笑い、沈黙を破る。

「そう睨むな。面白そうだったから来ただけだ。貴様等の今後の行動、手に取るようにわかる」

 面白そうだから来た、それもそれで理由としては微妙なところだが、競華が楽しそうに笑うぐらいだし、冗談でも言いたくなったのだろうか?
 今はそうして納得するしかないが……。

 競華は、快晴や晴子さんと違い、中学から知り合った友人だ。心は許してるけれど、完全に信用するかというと、疑わしくなって来たな……。

「幸矢を味方にさせ、北野根に信用を得させる。晴子は完全に対立するだろうな。そして、信頼を得た幸矢が北野根を更生させる……。お前は手を下さないんだな、晴子」
「ああ。私はあんなのに構うほどの余暇はないからね。何度も長い寄り道をさせられたらキリがない」
「だが、あの女を更生できれば、お前にとって良い成長になるぞ?」
「必要ないよ。あんな子供、何処にでもいるだろう」

 競華の言葉を、晴子さんはバッサリと切り捨てる。
 晴子さんからすれば、北野根は有象無象と変わらない。少し頭がいいだけで、他の高校生と大差ないから。

 北野根は自分なりの信念がある。彼女は過去に、死について考えさせる発言をした。だけど、その考えがあるからといって、彼女の生きる目的や楽しみが見つかっていないようだった。

 生きる目的がなければ、どれだけ退屈な事だろう。退屈だから、人は楽しみを見つける。それはゲームであれスポーツであれ、変わらない。北野根の場合は、人と知恵比べで遊ぶ事だっただけ。

 晴子さんの言葉に、競華はまた笑った。その笑みは艶やかなものではなく、眼差しは敬虔的なものだっま。

「流石だな、神代晴子。子供相手に、貴様が一々更生していてはキリがない」
「そういう事だ、競華くん。あとねぇ、そろそろ幸矢くんにも成長して欲しいからね。彼のためでもある」
「なるほどな」
「…………」

 僕のためでもあるらしいけど、本気で言ってるのかどうか怪しかった。僕が成長できない……というか、クラスで話すこともできないのは、貴女のせいでしょうに……。

「しかし、北野根があんなにあっさりと動けなくなるとはな。何かトラウマでもあるのか」
「さぁね。それは私の知るところではないし、さして興味もない」
「弱点を知っておいて損はないんじゃないか?」
「構わんよ。直接勝負なら確実に勝てる」

 力のある言葉で、晴子さんは断言した。確実に勝つ、余裕満点の彼女に僕は呆れかえっていた。
 過信はするものじゃない。しかし、晴子さんにとってそれは過信じゃない、事実だ。北野根は卑怯な手を使わないと、晴子さんに勝てないだろう。

 競華も晴子さんの言葉に呆けてしまい、くるりと体を翻した。

「ならば勝手にしろ……。私はもう手は貸さんぞ」
「はははっ。必要になったらまた借りさせてもらうよ」
「嫌だ」

 その言葉を最後に、競華はビルの中へ消えてしまった。彼女はツンデレなところがあるし、どうせ頼んだら手伝ってくれるだろうな。
 それはさておき、また2人きりになってしまう。帰れと言われたからには帰るが、北野根がどこかで待ち構えてる可能性もある。ここは、一人ずつ帰った方がいいし、帰るなら僕からだろう。

「……ねぇ。もう帰っていいよね?」
「んー……そうだね。キミとはいつでも会えるし」
「…………」

 また会うつもりということは、何か話すことがあるんだろう。しかし、今言わないってことは、さほど重要じゃないはず。僕はそれを理解すると、一度晴子さんの方に近寄って、無抵抗を示すように両手を挙げた。
 晴子さんは僕を見て、露骨に目を細める。

「……その諦めたような眼差しはなんだね。機動隊を前に投降する殺人犯か、キミは」
「……それ、なんで警察官じゃなくて機動隊なのさ……」

 ため息まじりに軽口を返すと、晴子さんは拳を振り上げる。ああ、これでも言いたい事は伝わるんだな。

「まぁ……アレだろう? 一発は一発だからね」
「……お手柔らかに」
「いや、キミは乙女の股下を蹴り上げるという大罪を犯したのだ。全力でいく」
「死ぬんだけど……」

 いや、それは言い過ぎか――なんて考えているうちに、晴子さんの拳は僕の頬を殴りつけるのだった。
 F=ma、中学生でも知ってる運動方程式。
 その加速度と質量で、どうしてこんな力が――僕は体を吹っ飛ばされながら、そう思うのであった。



 ◇



 手を上げてたから、肩と頬をくっつけて、首が折れないようにするまでは良かった。ただ、殴られた頬は赤くなり――いや、青あざかもしれない。唇も切れるし、最悪だった。

「……生きているだけマシ、なのかしら?」
「…………」

 顔を抑えてトボトボ歩いていると、道の陰から北野根が姿を現した。
 逃げた割には元気そう――でもなかった。いつも愉しそうに笑う瞳はしょんぼりとタレ目になっている。
 しかし、よく僕を見つけたものだ。ここはまだ駅でもないし、高校から離れてる場所。どうやって待ち構えてたんだか……。

「……なんで、僕が来るのがわかった?」
「駅までの最短ルートは頭に入ってるわ。そして、傷を見せないために人の少ない住宅等を使うのも、なんとなく予想できた……」
「……。そう……」

 それは何のために調べた道なのかはわからない。だけど、話の筋は通るから納得しておこう。

 さて、生きてるだけマシ、と言われると……。

「引き分けだったよ……神代にも一発くれてやった。……彼女の傷は、目につかないけどね」
「……へぇ。一発同士で戦いは終わったのね」
「言い合いが始まると、彼女は怒りながら帰ったさ……。君が理解できない、ってね……」
「…………」

 北野根は僕をまっすぐ見据える。僕を疑ってるのだろう。
 勿論嘘なのだが、僕は表情が変わらないし、わからないはず。北野根は諦めたように目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。

「……そう。運が良かったのかしら、ね?」
「いや。僕は良い加減、決着をつけたいんだよ……。折角二人きりで戦えたのに、彼女は逃げたんだ……。いつも逃げるのは僕だけど……こんな大舞台で、ね……」

 と、晴子さんに言う様に言われた事を口にする。今は10月だけど、これを言う様に言われたのは9月のうちだ。よくここまで、予測できたものだよ……。

 そして、晴子さんから言われた言葉を僕は続ける。

「北野根、君はどうする? 君は正面からじゃ、神代に勝てない。それでも君は、戦うのか――?」

 この2つの選択肢は、今後の彼女を左右させる。晴子さんと戦うのは即ち、僕、晴子さん、競華の3人と戦うに等しい。
 結果は目に見えている。

 争いを止めるというのなら、僕が彼女に付きっきりになるのだろう。それこそ晴子さんを苦しめる事なんだろうが、北野根は僕と彼女が好き合ってるのを知らないからな……。
 どうなるかはわからないけれど――

「――もみじ

 ふと呟かれた赤い枯葉の名前。僕は弱い声で話す少女に、視線を預ける。

「――私のこと、椛って呼んでいいわ。話は、それからにしましょ」

 視線の先に居た少女は艶やかさの無い、年齢に見合った優しい笑みをする女の子だった。

(――こうなったか)

 僕は少し戸惑いながらも、それを顔に表さない様に勤めるのであった。

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