-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第17話:文化祭⑥

「あーっ、シンデレラだー!」

 私のことを見て、幼年の女の子が叫ぶ。私はそれを笑顔で受け入れ、持って来たスタンプカードにクラスメイトお手製の判子を押した。幼児の親には感謝され、世辞の言葉をもらい、笑顔で別れる。

 年の近い人間とは写真を撮ったり、文化祭後のオサソイなんかも断ったり、我ながら普通の振る舞いができてると思う。

(とてもくだらないわね――)

 内心は反吐が出そうなものだったけど、そんなのは我慢した。私が良い人を演ずる、それも楽しかったから。

 人間には立ち位置というものがある。わかりやすく言うなれば、黒瀬幸矢は悪人で神代晴子は善人。その他のクラスメイトは脇役といったところ。その脇役の中でも目を引くのは――移転する者。
 私は幸矢側に立つ人間。だけど、もし私が良い人ぶって晴子側に立ったら?
 必ず神代晴子は私を警戒する。そこから徐々に染めていきましょう。

 だから今は良い子を演じる。人々を笑顔にするのを、お手伝いしましょう。

 それに――今日はもう、私が動かなくて大丈夫。
 競華のせいで大したことはできないけれど、それでも、貴女に迷惑かけることはできる。

 せいぜい楽しみましょう――お互いに、ねぇ……?



 ◇



 北野根くんの狙いが私には見える。キミは私と幸矢くんを牽制し、私と幸矢くんに"敵"かもしれないと思われたいのだろう。自分の立ち位置を変え、北野根椛という人間がどういう思考かわからなくさせる。
 実にいい作戦だ。相手が私でなければ――。

 そもそも学校の善人及び悪人である私と幸矢くんは、既に北野根くんの敵であり、彼女がどっちに転がっても問題ないのだ。私達側にくる? 好都合だ――1月までにはこちら側に染めるつもりだった。

 あとは思考を私と同じようにするのみだが、一筋縄ではいかないだろう。私は善人、彼女は悪人なのだから、更生するのは手間が掛かる。
 それは後々考えるとしよう――。

「あと1時間か……」

 私は時たま歩きながら、偶然目にしたどこかの教室の時計から、残り時間を知る。あと1時間でこのイベントも終わり、平穏に戻るだろう。
 後は何事もなく過ぎ去れば良いのだが――。

「――神代晴子さんですね?」
「ん?」

 突如名を呼ばれ、いつもの笑顔で振り返る。そこに居たのは、ジーンズとパーカーを着て、リュックを背負った中年男性――一般客だった。
 しかし、それにしては不思議なことで、赤ずきんの格好をする私の名前を言い当てた。ただの客ではないのだろう。
 だから私はスタンプカードのことなど言わず、率直に問う。

「何か用かね?」
「用かって、君が呼んだんじゃないか。うわー、実物は可愛いねぇ……」
「――――」

 状況を一瞬で理解する。
 まず第1、私はこの人間と面識はないし、呼んだ覚えなどない。なのに私の名前、顔を知っている。それはつまり――誰かが私の名をかたり、

「じゃあ、後でホテル行こうね」

 援助交際を、勝手に約束したのだろう。
  
 ――ああ、こんな事もあるだろうと視野には入れていた。赤ずきんの格好をしているんだから、私と出会わせることは可能だろう。なるほど、こんな手を使ってくるか。

 ――私の名前を、汚してくるか。

 手が震える。こんな事をされて、怒らずにいられるだろうか?
 私は将来、この国トップに立とうとする存在だ。その私の名に、ネット上で援助交際女と泥を塗るような事をされた。
 私はこれまで、清廉潔白で嚠喨たる振る舞いをしてきた。その経歴を、私のことを何も知らない、人を揶揄からかう事しか知らない女に、汚されたのだ。

 ――泳がすのは止めだ、潰そう。

 その意思が私の中に強く宿った。名誉毀損も甚だしい。公衆の面前で裁きを下そう。
 その前に、しっかりと釈明しなければな。

「――残念だが、私はそんなことをした覚えがない。私を恨む誰かが私の写真と実名を使い、キミをここに誘ったのだろう」

 淡々と言葉を並べ彼の状況を説明する。当たり前だが、彼は驚嘆した。

「はぁ!? 釣りかよ、嘘つくなよ!」
「嘘ではない。確認したいなら、キミのメッセージを見せてくれないか?」
「あ、あぁ……」

 彼はポケットからスマートフォンを取り出し、操作してから画面を私に見せてくる。

 確かに、私の名前と顔写真でチャットされている。赤ずきんを探せば会えるかも、と。しかし、私はこのアプリを持っていない。

「そのアプリを私は持っていない。なんなら私の携帯で確認してみるといい」
「……。おう」

 私がスマートフォンを差し出すと、彼はそれを手にとって画面をスライドさせていく。ホーム画面にチャットアプリのアイコンはmessenjerしかない筈。それを確認すると、男は震えた手で私を指差し、こう尋ねてくる。

「で、でも……アプリは消せるし、アカウントさえあれば……」
「私は本当に、そんなチャットはしていない。キミは知らないかもしれないが、私は生徒会長で学級委員。クラス行事と生徒会行事があるし、そんなチャットをする暇などない」
「ぐっ……じゃあ、本当に釣りかよ」

 男は舌打ちして私にスマホを返し、帰ろうとした。……援助交際をしようとする者だ、礼儀がないのも致し方ない。だけど、このままで済ませるのは私の役目ではない。

「待ちたまえ」

 私は男の方を掴む。彼は不思議そうな顔で振り返り、首を傾げる。そんな彼に、私は笑顔でこう言った。

「騙されたのかもしれないが、せっかく来たんだ。文化祭を楽しんで言って欲しい。あと1時間もある。みんなが頑張って作った祭りなんだ。是非、見て行って欲しい」
「…………」

 視線が交錯する。肩を触る身体的接触、目での訴え、そして――人を安心させるような優しい声で放つまっすぐな言葉。
 これで聞いてくれない訳ないだろう。何度も試して来た魔法のような声掛け。だから――

「……ま、まぁ、いいっすよ。どうせ暇だし……」

 彼は頷いてくれた。私はより深く笑い、手を離して感謝の句を述べる。

「ありがとう。それとできれば、私の名をかたるアカウントは偽物だと、そのSNS上でわかるようにして欲しい」
「そりゃそうするよ。騙されて許せねぇしな」
「助かるよ……。私も、名前を使われて大変遺憾なのだ」
「いや、お前のためにやるんじゃないけどな。まぁ、出来ることはしてやるよ」

 それだけ言うと、再び彼は踵を返して私の元を去って行った。――さて。こういうのがあと何人居るのかな?

 無骨で性欲以上の幸せを知らない男達。私が相手をするには汚な過ぎるが、対応する事で自分の尊厳を守れるなら、そうする他ないだろう。
 あぁ、屈辱だ――。これは私の将来のスキャンダルになり得ない。私が目指すのはひとまず総理大臣だ、その私が過去に援助交際を持ち掛けた疑惑など出ると、くだらぬことで議論しなければならなくなる。
 だから――スキャンダルにしないよう、穴は埋めねばな。

「償ってもらうぞ、北野根くん――」

 私は拳を握りしめ、力強くそう呟くのだった。

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