-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第5話:役割

《貴女の方から電話してくるなんて、珍しいですね》

 電話越しに聴こえる黒瀬瑠璃奈の声は、今日も精力がなく疲れ切っていた。今は手足に余裕があるのか、聞こえてくるキータッチの音は1つだけだった。
 かく言う私も、仕事終わりのオフィスで見回りをしながらの電話だったが。

「今日、幸矢が怪我をしたぞ」
《へぇ。ただの怪我なら大した事ないですね》
「缶ジュースが爆発したそうだ」
《あら、それで怪我で済むのは幸運ですね。名前に幸せが付くのは伊達じゃないです》
「真面目に話せ」
《はいはい》

 テキトーな問答を続ける瑠璃奈に叱責すると、あしらうような生返事が返ってくる。私にこんな態度を取れるのは彼女ぐらいなものだった。

「瑠璃奈、北野根とかいう女は貴様のしている事や晴子の目指している事を知らんのだろう?」
《話すだけ無駄そうでしたから、特には。勝手に推察されてるとは思いますけどね》
「……ならば晴子のやつ、死ぬかもな」
《死んだら死んだで、その程度の人だったと諦めますよ。大丈夫、北野根さんはそんなに賢くありませんから、競華でも片手間で再起不能にできます》
「私のことをなんだと思ってるんだ」
《異端児。それ以上でもそれ以外でもないでしょう》
「貴様にだけは言われたくない。異端児め」
《フフ……普通と違うだけで異端児扱いされるんですから、面白いですよね》
「戯言を……」
《眠いんですよ、勘弁してください》

 画面の向こうから大きな欠伸が聞こえてくる。また何日も寝ていないのだろう。彼女は自分の体を気にせず努力する、そんな人間だから。

《まぁ、大丈夫ですよ。ていうか、そんなに心配なら貴女も北野根さんに接触すれば良いじゃないですか》
「近々そうさせてもらう。危険を感じた場合は処分するが、構わんな?」
《貴女の安全は貴女にお任せしますよ。私の命じゃあるまいし》
「ふん。ならばそうさせてもらおう」

 密約さえ守れば、私は私で勝手に動けば良いだろう。話も尽きると、私は通話を切り上げてビルの管理表にチェックを付けるのだった。



 ◇



 変わらぬ朝がやってきた。朝のランニング、朝食作り、そして登校。昨日に続いて晴れた空はとても爽快で、心が自然と穏やかになる。
 電車を待つホームではサラリーマンや清楚な格好の女性が並ぶ中で、1人だけ同じ高校の制服を見かけた。それは僕よりも頭1つ分小さい少女、富士宮競華だった。

「競華」
「む」

 近くまで来て名前を呼ぶと、軽い右ストレートが飛んでくる。パシッと手のひらで受けると、競華は満足そうに頷いた。

「おはよう、幸矢。矢張りこの時間の登校か」
「おはよう。時間を変える必要はないからね……」

 掴んだ右手を放してやると、彼女は僕の隣に並んだ。わざわざ時間を合わせてくるあたり、何か話があるんだろうが……。

(目つきの悪い僕らが並んでると、人が距離を取るんだよな……)

 なんて、そんな余計なことを考えてしまう。僕も競華も人を寄せ付けないオーラを放っているらしく、普段から人が寄ってこないんだけども……2人揃うと威力倍増というか、今も後ろに人が並ばないし……。

 罰の悪い顔をしているのがバレたのか、競華は肘で僕の脇腹を小突いた。

「なんだ? 不満か? 悪かったな、大好きな晴子じゃなくて」
「……なにさ、大好きって?」
「……もういい。それより、話を聞け」
「はいはい……」

 どうせロクなことじゃないんだろうなと思いながら、僕は嘆息混じりに頷く。しかし、競華の口から出た名前を聞いて、僕の重い口は微かに開いてしまった。

「幸矢、北野根椛に私を紹介しろ」
「…………」
「意外か?」

 僕の極僅かな表情の変化で、驚いてわかってもらえるのは都合が良かった。

「意外としか、言い様がないね……。あの女と会おうだなんて、虎穴に突撃するのと変わらないよ……」
「残念ながら、虎子は得られんがな。興味があるだけさ」
「……昨日の話、そんなに気になった?」
「まぁな。貴様だって気に掛けてるんだろう?」
「……気にかけるどころか、僕は……」

 言葉を区切り、昨日晴子さんと話した内容を思い出す。



 ◇



「幸矢くん、北野根くんと友達になりなさい」
「…………」

 生まれて初めてコーヒーカップを落とした。
 幸いにも殆ど飲み終えていたし、カップも割れなかったので被害はないけど、あまりにも衝撃的な提案だった。

「……つまり、僕に死ねと?」
「何を言うか。キミに死なれたら、私はこれからどうやって生きていけばよいのだ?」
「そのまま平然と生きていけばいいんじゃないの……」
「私が幸矢くんなしで生きられるわけないだろう――っ!」

 ダンッ!とテーブルに手をつき、身を乗り出してくる生徒会長。昔なじみとかそういう贔屓目なしで、こういうところは可愛いと思えた。顔を真っ赤にして、感情剥き出しな彼女はとても人間的で面白い。

 僕が久方振りの笑みを浮かべていると、顔馴染みの店主もひょっこりやって来た。
 ダンディな無精髭のあるオールバックの店主は気さくに 顔が真っ赤な晴子さんへ尋ねた。

「どうした? 晴ちゃん、ついに告白か?」
「ち、ちち違うのだよ! いま大事な話をしているのだ! あっちでコーヒーでも作っていたまえ!」
「大事な話かぁ〜……晴ちゃんも高校生だもんなぁ〜……」
「ッ……もう、はぁ……」

 なんとか店主を追い払ったものの、晴子さんはあからさまに愕然としてテーブルに突っ伏してしまう。

 この人が僕を好きなのは昔から知ってたし、今さらそんな態度をしなくてもいいのに……。

 晴子さんは僕が小学二年生の頃から、僕の事が好きだったと思う。昔は僕に対してモジモジしていたし、今でこそだいぶマシになったものの……未だに彼女の初恋は目の前に突っ伏すような感じで、成就していない。

 それは晴子さんに夢があり、恋人がいるとか結婚するとかいう色事が邪魔だから。

 僕らには理想がある。この国で多くの人が笑顔居られ、全ての人が自分の人生に満足な死を与えられる世界を作りたい。そのために努力をし続けなければならないし、他のものに目をくれてる暇はない。
 だから好き合っていても何も言わない、それが暗黙の了解だった。
 晴子さんは頭を振って顔を上げ、仏頂面で口を開いた。

「……まぁ、芳仁よしひとさんの言うことは気にせず、話を戻そうか」
「うん」

 店主の存在は頭から忘れよう。
 北野根椛と僕が友達になる、そんな摩訶不思議な関係を求める理由を知りたい。

「北野根くんはおそらく、独自の価値観と倫理観を持っている。それを簡単に曲げるのは難しいし、彼女は人を傷付けるすべを持っている。ともすれば、クラスメイトの"良い人"と仲良くさせるのは些か危険だ。寧ろキミと北野根くんが一緒にいる方が安心できる」
「でも、僕は嫌われ者だろう……? 北野根が、僕と仲良くするメリットはない。上手くいくかな……?」
「北野根くんの転校、キミの話と総合して考えて、元々は私目当てなのだろう? 私という天才がどんな人物であるか、それが見たかったに過ぎない。――天才なら、幸矢くんでも競華くんでもよいのだ。それに、君の親戚と面識もあるんだろう? 幸矢くんには興味があり過ぎて困っているはずだ。仲良くできるさ」
「…………」

 一応、話の筋は通っていた。よく言葉の意味を考え、咀嚼するようにコクコクと頷く。ただ、それでいいんだろうか。

「僕と北野根さんが仲良くなって、それはいい事なの?」
「ああ。彼女が学校を爆発させたとしても、北野根くんが全体から見て敵だと認識されていれば被害を最低に抑えられるだろう。だって、君が止められるからね……。幸矢くんだって、長らくぼっち生活を続けて来たんだ。友人ができるのもやぶさかではあるまい」
「ぼっちなのは貴女のせいだろう……」

 まぁ、それが晴子さんにとって都合が良いなら引き受けるけども、ハッキリ言って北野根みたいなタイプは友人にしたくない。僕が譲歩するしかないんだろうけど、考えるだけでため息が出る……。

「さて……そんな所かな。あくまで台本アジェンダは崩さず、私達は目的を果たそう」
「君の力はもうよくわかったし、これ以上はいいと思うけどね……」
「だからこそ1月までなんじゃないか。さぁ、まずは文化祭だ。キミはもちろん――」
「協力しない」
「わかってるならよろしい。共に頑張ろうではないか」

 にこやかに笑い、握手を求めて右手を差し出してくる。握手は、信頼の証だったか……。
 頼られたなら仕方ない、期待に応えるようにしよう。
 だから僕は、その手を取った。

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