俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めんたま

憧れの先輩 前編

「くぅ〜!いい朝!」

少し涼しい朝方に感謝しながら今日も私は起床する。体を伸ばしつつ、ビールを一気飲みした後のおばさんのような声を出すのは毎朝の癖みたいなものだ。治したい。

「うわぁ...寝癖が凄すぎてもはや芸術的じゃん」

ベッドから起き上がり、姿見を見てそんな事を口にする。周りからよく言われるのだが私は昔から少し独り言が多いのだ。治したい。

「...学校行く準備しますか」

言葉にする事により自らを喚起させる。
起きる瞬間は気持ちいいけどそこから行動するのは苦手だ。何度経験しても朝はいつも辛い。
鉛のように重い足を引きずるように動かし私は一階のリビングへと向かった。



「行ってきま〜す!」

朝ご飯と着替えを済ませ、大きな声でそうお母さんに言った私は今日も学校へと向かう。
学校は比較的近くにあるので徒歩通学だ。

気持ちの良い朝日を全身に浴びながら歩を進める。

私の名前は橘美柑たちばなみかん。現在中学校3年生の受験生だ。とは言ってもついこの間まで勉強なんて殆どしていなかった。しんどいし、楽しくないし勉強なんて嫌いなのだ。志望校に落ちたら落ちたで別に構わないと思っていた。そう、ついこの間までは。

勉強を頑張ろうと決意したのはほんの最近の事だ。その日はちょうどスポ男の発売日であり、定期購読者である私は毎度のごとく朝一で近所の本屋へ向かった。意気揚々と購入し、ササっと帰宅し今月号にはどんな美少年がいるのかワクワクしながら本を開いた。


そして、私は見たのだ。見てしまったのだ。
信じられなかった。本当に、綺麗だったから。
その日初めて知った。


『美天使』前原仁先輩を。


イケメン?美少年?
違う、受けた衝撃はそんな生易しいものじゃなかった。ネット界隈で騒がれている通り、あの人は正しく天使。人間の範疇に留まるような美貌じゃない。上手く言えないけど、あの人だけ他の人とは違う。

私はそれはもう無我夢中に記事を読みふけった。少しでも前原先輩の事を知りたかったから。

分かったことはいくつかあった。どうやら前原先輩は女性にとても優しいらしい。性格まで天使とかそろそろ実在を疑うレベルだ。
そして、重要なのが次の情報。

前原先輩が春蘭高校の生徒であるということ。

この情報を見た時はこれもう運命なのかなって調子に乗りそうになってしまった。だってこんな偶然あるわけない。この国にいくつ学校があると思っているのか。

そう、実は私の志望校は春蘭高校だったのだ。私が春蘭高校に決めた理由は親友がそこを目指していること、イケメンの生徒会長がいるという噂を聞いたことの2つくらいで、大した思い入れなんてなかった。でも前原先輩のことを知った今、私は絶対に来年春蘭高校の校門をくぐってみせる。


通学路を歩きながら私は決意を新たにする。
私は絶対に前原先輩のお嫁さんになるんだ!
頑張ろう。

「前原先輩と結婚したら幸せなんだろうな...」

私が、実現する確率が雲を掴むほどの妄想をして顔をだらしなくさせていると、

「おはよう蜜柑。...また独り言?」

後ろからそんな声が聞こえてきた。
この冷たい蔑むような声色には聞き覚えがある。

「おはようなぎ。癖なんだから仕方ないじゃ〜ん」

クルリと向き直ると、其処にはやはり見知った顔があった。
この黒髪の日本人形みたいな髪型をした女子は東堂凪とうどうなぎ。幼稚園から一緒の幼馴染であり、親友だ。先ほど言った春蘭高校を目指している親友というのは凪の事だ。最も、凪はとても頭がいいから春蘭高校には十中八九受かるだろうけど。

「その癖治した方がいいわよ?...気味が悪いから」

「は〜い」

凪はいつも通り道端のゴミ虫を見るみたいな目でそう言う。この子は昔からすごく口が悪いし、とても冷たい表情をするのだ。本人曰く悪気はないらしいけど、凪は絶対ドエスだね。私には分かる。
まあそんな凪なんだけど、実は性根はいい子なんだよね。面倒見はいいし、真面目だし、ここぞという時は頼りになるし。

「...何ニヤニヤこっち見てるのよ。気持ち悪いからやめなさい」

「は〜い」

ただこの子はちょっと素直じゃないだけだから。そう考えたらとても可愛らしく見えてくるのだ。

「...まあいいわ。学校行きましょ」

「行こう!」

そんなこんなでいつも通りのやり取りを交わした私達は学校へと向かった。
性格は正反対のようで意外と気が合うんだよね。



「そういえば春蘭高校の説明会今週だけどちゃんと覚えてる?」

「覚えてるよ!私が春蘭高校の事を忘れるわけないじゃん!」

「...前原先輩がいるから?」

「そうだよ〜」

「本当に好きね」

「あはは」

タイムリーな話題である春蘭高校や前原先輩の事について話しながら登校する。前原先輩の事は毎日のように凪に話してるからそろそろ怒られそうだ。と言っても私が通う中学校全体でそんな感じだから仕方ないと思う。今月のスポ男が発売された時から学校の話題は先生生徒問わず前原先輩一色なのだ。まあそれは当たり前だと思う。世の中にまだあんな天使が眠っていたなんて驚異の大スクープだよ。

「そういえば説明会の参加者が増えた事知ってるかしら?」

「何それ?」

改めて前原先輩の偉大さに感銘を受けていると、凪が唐突に話を振ってきた。
知らない事なのでとりあえず問う。

「何でも春蘭高校の説明会参加募集はもう締め切っていたのに、前原先輩が載ったスポ男が発売された瞬間参加希望者が波のように押し寄せたらしいのよ。それでやむなく其処から抽選で追加参加者を決めて定員ギリギリで説明会を行う事にしたらしいわ」

「へぇ〜そんな事があったんだね」

それは知らなかった。私と凪は前原先輩の存在を知る前から志望校は春蘭高校だったからね。今思えば早めに参加希望出せて良かった。

「浅はかな連中よ全く。何しに高校へ行くつもりなのかしら?恥を知ってほしいわ」

凪はもはや十八番となりつつある蔑みの顔でそう1人愚痴る。確かに私が言えた事じゃないけど、男目当てで志望校を決めるのはちょっと軽いよね。凪の気持ちは分かるよ。


...でもね、凪?私は知ってるんだよ?
この前凪の部屋に遊びに行った時に偶然見つけちゃった。
ベッドの下に丁寧に隠されていたみたいだけど、親友の私相手にそれは通用しなかったみたい。
私は見た。


スポ男の前原先輩の写真の切り抜きが丁寧にファイリングしてあるものを。

さらに何故か今月号のスポ男が3冊も置いてあった事を。私の予想ではファイリング用と観賞用と閲覧用とか?まあこれは想像の域を出ないので一旦置いておく。

とにかく!普段澄ました顔をして毒舌を遺憾なく発揮する私の幼馴染凪は、前原先輩のファンなのだ!
凪は私にバレてないと思ってるみたいだけど、甘すぎるよ!そういうところも本当に可愛いんだよね。

「...何ニヤニヤしてるのよ。さっきも言ったけど気持ち悪いからやめなさい」

「は〜いっ」

おっと、あまりにも可愛いらしくてついニヤニヤしてしまった。
とりあえず凪の秘密は知らない程にしておこう。知られたくない事の1つや2つあるよね、うん。


さてさて、今週の説明会楽しみだなあ。祝日だし前原先輩に会える事はさすがにないと思うけど、先輩が実際に通っている学校にお邪魔できるってだけでテンション上がっちゃうよ!あと生徒会長がイケメンらしいから、それもちょっとだけ楽しみかな?生徒会が説明会を行うらしいから、恐らく見れるだろうしね。...まあ、本当は前原先輩に会いたいんだけどそれは仕方ない。


「前原先輩待ってて下さい!私!絶対に会いに行きますから〜!」

届け私の想い。
青く晴れ渡る空へと精一杯叫ぶ。
「うるさいわね...」と隣で呟く親友の事は気にしない。気にしないったら気にしないのだ。


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