クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零18-7・私達]


0Σ18-7

 身を翻しマントをはためかせ、杖を払い自分の中の脈動を感じる。恐怖や躊躇いの感情を頭から追いやって決意した事に全神経を研ぎ澄ませる。足の爪先まで力を込めて踏み込む。杖を構えて焔を生成する。頭は冴えてる、冷静でロトの動きもよく見えている。まるで自分の中の熱が全て焔に変わってしまったかのようで。
 熱線。杖を構え撃ち出した一閃。その出力に振り回されない様に足を踏み込んでロトの傍らを狙って薙ぎ払う。

「道を開けてやる……!」

 相手の進行方向を固定する為にロトの周辺をわざと狙って熱線を撃ち込む。それを躱したロトが私への最短距離を突っ込んでくる。真正面のルート、狙い通りの行動。その退路を塞ぐ為に彼女の後方へと焔を撃ち込む。その熱風に煽られてロトが更に一歩大きく踏み込む。

 ロトが斬り込んでくるのを私は真正面から立ち向かう。息を呑み全身に力を込める。その一瞬がスロウモーションであるかの様に見える。
 ロトが刀を突き出し叫ぶ。

「綺麗事を! この世界に、現実に! 奇跡などない!」

 初めに感じたのは衝撃、そして一拍遅れて熱さと痛み。身体の中に、異物が入り込んでくる感触。血液が沸騰して暴れまわっている様な衝撃と、遅れて響きだす激痛。血液が零れていくのも分からない程の感覚は麻痺していて。手から零れ落ちた杖が床を思い切り叩いて金属がかち合う音が響き渡る。その甲高い音の反響ですら私の痛覚を逆撫でる。

「っそうだよっ!」

 私の身体を貫いた刀をハッキリと認識して、それでも怯まずロトの手首を掴む。私の身体を貫いた一瞬に生まれた完全なる隙、確実に動きが止まった瞬間を狙って、全ての痛みの向こうに私は踏み込む。刀が更に胴へと深く刺さり皮膚が裂けて血が噴き出していくのが分かる。筋肉の繊維が破けて神経が断ち切られていく。痛みと熱が身体中をのたうち回って、私はそれを咆哮で抑えつける。

 この一瞬ですら、これを選んだ事ですら。私の感情が為し得た物なのだろう。痛みも恐怖も全部呑み込んで奥底へと沈めて、そうしてまで私がこれを選んだのは。
 怒りではあるだろう、嘆きでもあるだろう。正義感でもあって、使命感もあって。激情があって、そして愛情があって。それが私の背を押して、手を引いたのは何度も語られてきた希望の言葉で。

 きっと私も彼女も同じだけれども。私は彼女や彼女の様に祈りを呪いや嘆きへと変えてしまった人とは違う。
 明瀬ちゃんとの約束の為に、私はまだ世界を諦める訳にはいかない。
 レベッカに貰った言葉に、私はまだ応えていない。
 だから、私にはまだ祈りを重ねる覚悟がある。

「確かにこの世界は不条理ばっかりだよ! っでも!」

 逃れようと身を捩ったロトへと、私は拳を握り締めて振りかぶる。

「いつだって私達は、神話を壊す為に綺麗事を吐くんだ!」

 私達の世界は科学で成り立っていて、世界の隅から隅までを解明していって、全てを数式と言葉で説明してしまった。

 そこから外れていったモノは、いつしか私達の世界から追いやられていった。科学という数式が存在しなかった時代において、説明が出来なかっただけのものだったと片付けられた。存在しないものとして私達の社会は片を付けた。

 それが遺した痕跡だけが、形と舞台を変えて語り継がれていって。例えば御伽噺の中で、例えば映画の中で、例えばゲ-ムの中で。科学で説明の出来ないモノを指す言葉へと変わり、夢物語の象徴になった。

 けれども。それが本当は実在すると私達は信じている。社会の表舞台から姿を消しただけで、世界の隅っこの方に残っている事を無邪気に信じている。
 だって人々はその言葉を捨てなかった。いつだってその言葉に夢を語り夢を見て想いを込めた。存在しない筈だと語り悟り捨てようとしても、いつだってその言葉は私達と共にあり続けた。
 例え形が違っても。それでもこの世界にその言葉が存在する事を、それが語る奇跡を起こる事を信じている。

 だから私達は祈りを重ねる。例え綺麗事でしかなくたって、只の祈りでしかなくたって。いつかそれが叶う事を信じて、それを可能にする力がある事を願って。
 人が人を超えていく為の力、全ての哀しみを否定する力、世界を変えることが出来る力。

 この世界が零和だという神話を、いつか否定する力。
 私達は、いつかそれを魔法と呼ぶのだろう。


「穿焔-うがちほむら-!」

【零和 拾捌章・私達は、いつかそれを魔法と呼ぶのだろう 完】

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