クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零7-5・侵略]

0Σ7-5

 ダイサン区画上空にヘリが到着する。立ち並ぶ摩天楼の姿を足元にすると、その異様な風貌と光景がより一層真に迫る。各員がAMADEUSを起動させてヘリから飛び降りる準備を始めた。ダイイチから借り受けた一個分隊をウンジョウさんが指揮する。
 ダイサン区画側と連絡が取れないと機内は忙しなくなっていた。当初予定していた侵入経路を諦め別のルートをウンジョウさんが指示する。
 私が彼に続こうとすると肩を叩かれる。

『ヘリで待機しておけ』
「でも」
『頭数は足りている、不馴れな者を連れていくリスクは避けたい。何かあった時に備えて待機だ。おい、ムラカサ。なんだその仰々しい装備は』

 ムラカサさんがライフルではなく、巨大な箱状のバズーカらしき物を抱えていた。

『ダイニのゼイリオジサンに作ってもらったの。WIIGを応用したゾンビ捕獲用ワイヤーガン、めっちゃ良さそうでしょ』
『捕獲の余裕はないと散々言っただろう。火器を持て』
『屋内かつ数が限られている今こそ、ほんっと捕獲のチャンスなのよ』
『安全に仕留めるチャンスという事でもある』

 暫くの口論の後にムラカサさんが渋々とそれを私に預けてきた。見た目の割に重量はそこまでではないものの、大きすぎて簡単に振り回せそうな代物ではない。これを持ってAMADEUSを使用する時点で無理がありそうだ。
 引き金を引けばカーボンナノチューブ製のネットが前面に打ち出されてゾンビを捕獲しようという代物らしい。ネットとバズーカ状の射出機はカーボンナノチューブで繋がっていて、捕獲後に引き寄せる事を想定しているようだ。ムラカサさんが私にそんな説明をしている内に、ウンジョウさんが降下の準備を終える。

『いくぞ』

 ヘリがビルのすぐ側まで接近する。ウンジョウさんの後を追い続々とヘリから降下していく姿を私は見送る。レベッカが降下の直前に私の方を見たが何も言わずに飛び降りていった。暫くしてウンジョウさん達との無線は途切れ機内に取り残された私は、この作戦が無事に終わることを祈った。
 そんな時。ヘリのパイロットが無線越しに怒鳴る。

『フレズベルクが!』

 弾かれるように私は外が見える位置に走る。ヘリに向かって真っすぐ飛んでくる一羽の怪鳥の姿に、私は困惑する。
 大型の輸送ヘリは全長20m近い、フレズベルクの体長の二倍はある。そんな相手に向かっていくものだろうか。縄張り意識が強いとしても、無謀過ぎないか。

『ローターが破損すればヤバい! 追い払ってくれ!』

 パイロットに言われるまでもなく私はサブマシンガンを抱えて、機体側面の扉を横に引く。強烈な風圧が機内に押し込まれてくる。それに煽られて銃身が暴れる中、抑えつけるようにして銃口を正面に向ける。
 引き金を引くと同時に衝撃が手の中から私の身体まで這い廻る。風音を銃声が押し退ける。薬莢が足元に落ちて私のブーツを叩く。互いに飛んでいる相手かつ高高度の風の中、まともに狙いが付けられなかった。
 当たっていないとは言え、こちらの銃撃に全く怯む様子もなくフレズベルクは真っすぐ飛んできていた。明らかにヘリを狙っている軌道だ。衝突でもしようものなら、ローターの破損どころではすまないかもしれない。巻き込む恐れもある。
 だが、銃弾が風で流される中、当てるのは至難の業だった。仮に直撃させても、弾速が減衰した中では致命傷にならない。直前まで引き付けて撃ち落とすとしても、失敗すれば後はない。
 どうする、と自身に問いかけると同時に思い付いた可能性。私は覚悟を決めて一つ深呼吸をする。傍らに立てかけた可能性に手を伸ばす。

『早くしてくれ!』 

 ヘリのパイロットが悲痛な叫びをあげる。銃声が止んだ事に彼は動揺して悲鳴にも似た声を出す。フレズベルクは機体の直ぐ側まで接近してきていた。

『何やってるんだ! 近付かれてる!』
「いや」

 私はムラカサさんに渡された巨大なバズーカを担いだ。足元を蹴る。

「これで良い」

 機体から飛び出して空中に躍り出る。目の前まで接近してきていたフレズベルクに向けてバズーカの引き金を引く。鈍い摩擦音と共に勢いよくネットの塊が打ち出されて大きく広がる。視界一杯に黒い網が現れて、その中にフレズベルクの姿を捉えた。咄嗟にフレズベルクが逃れようと動きを見せたがそれを逃さずネットがそれに絡みつく。その巨大な翼ごと絡みついたネット。ふり解こうとフレズベルクが大きく羽ばたこうとして、それに引きずられるように私は空中で姿勢を崩した。バズーカを握り締めたままだったが、ネットに巻き込まれてもフレズベルクは暴れるのを辞めようとせず。空中でもつれるようにして私とフレズベルクが重力に引かれて。

 片手でAMADEUSの出力トリガーを操作する。錐もみ落ちていく中で、私は咄嗟にビルの壁面にワイヤーを撃ちこむ。フレズベルクが暴れてバズーカを引っ張られるも私はそれを握り締めたままで、引きずられて私の落下は止まらない。落ちる先に別のビルの屋上が見えた。暴れるフレズベルクの重量に引かれてワイヤー巻き上げが間に合わず、ワイヤー最大長の直前にバズーカを放り投げる。ネットの絡まったフレズベルクがそのまま落下して、それは勢いよく屋上に叩き付けられた。

 ビル壁面に打ち込んだアンカーがワイヤーをようやく巻き上げて、私の落下は緩やかに止まる。フレズベルクがまだもがいているのが見えて、私はワイヤーを伸ばして高度を下げながら、その屋上に降り立った。ネットの下で暴れまわるフレズベルクに向けて、サブマシンガンの引き金を引く。銃声が数度轟いて、その身体に弾丸がめり込む。
 その時、奇妙な音が響いた。

「何?」

 フレズベルクの中に打ち込んだ弾丸が何かとぶつかった様な音。それはまるで金属同士がかち合った様な音。
 弾丸を撃ち込まれ動かなくなったフレズベルクに私はゆっくりと近付く。その黒い羽の下に煌めく何かが見えて。
 何故か、私の中の本能がそれに反応しているようで。それを見て背筋を冷たい何かが伝う。嫌な予感が走る。確かめなくてはならないという衝動と、見てはいけないような違和感と。

「なんだ、これ……」

 その翼の下に銀の煌めきがあって。それは確かに金属製の物質で。

 神話より名を授かった怪鳥は、機械仕掛けの器官を抱えていた。


【零和 七章・機械仕掛けの神を冠して 完】

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