クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零1-3・生存]

0Σ1-3


 エレベーターは問題なく動き続け、4階から5階にかけて上昇しているところだった。エレベーター内はどの壁もステンレス調の銀色で、窓はない。廊下のものと同様に天井自体が光っている様な様子で、照明が埋め込まれているのだろう。建物全体の意匠だろうか。先程から気になってはいたものの、やはり建物内部の電源が生きているということになる。
 先程の部屋のドアや今乗っているエレベーターが何よりの証拠だった。建物自体が発電能力を有していると考えるべきかもしれないが、エレベーターの運行や廊下全体の照明はかなりの電力を必要とする筈で。そこまで考えて、私のなかに多少の希望的観測が芽生える。パンデミック発生後に電力が復旧した可能性はないだろうか、と。もしくは、復旧または停電に陥っていない地域に居るのではないか、と。

 前者にせよ後者にせよ、それは歓迎すべきことではあるものの、仮に前者であるとしたらその復旧までの時間にどれ程かかったのか。つまり私はそれほど長期的に気を失っていたのではないかという疑念が残るし、仮に後者であれば此処はそもそもどこであるのか、ということになる。少なくともスプリンターと遭遇した以上、この一帯も感染者で溢れている可能性が高い。未知の土地で、明瀬ちゃんとも離れている、あまり歓迎できない事態だった。

 エレベーターが5階に到着した。足元が静かに揺れて、到着を知らせるランプが軽快な音と共に点く。エレベーターの階数表示を見て、この建物が真新しいものではないかと私は思った。通常のエレベーターであれば、階数表示の数字が点滅するのはLEDランプか液晶部分であるはずだが、このエレベーターは壁自体が数字を表示しているように見える。ステンレスのような銀の壁自体が、どういう仕組みか液晶の様な役目を果たしている。旧い製品、というよりも今まで私が知る限り、このような技術が使われているのを見たことがない。

 エレベーターを出るとそれはそのまま、何かの部屋と直結していた。三十畳程はあろうかという広い部屋で、幾つかの変わった形状の机が並ぶ。それらは何れも金属製で、部屋の照明を受けて銀色に艶やかな光を返す。机は「S字形」に湾曲した見た目をしており、床に固定されていていた。
 天井は相変わらず、廊下の時と同じような意匠で天井全体が光って白色の照明になっている。壁には掲示物や何らかの装飾もなく、殺風景というよりも整然とした部屋である印象を受けた。奥の壁は一面が窓ガラスになっていて、ビルらしき建物がそこから覗く風景を埋め尽くしている。
 エレベーターの方に背を向けるようにして、机は並んでおり、それぞれ横二列、縦四列と計八脚の机が並ぶ。それの上には透明なガラス板の様な物が並んでいた。机の上の両端から生えるように、金属製の細い棒が二本平行して立っている。その間にその透明なガラス板は収まっていた。高さとしては大体50cm程。
 私が近づいてみると、それは微かに光を帯びた。淡い緑色の光が点滅を繰り返して、机の上に線を描き出す。記号と矢印、それと数字が描かれ、それを幾つもの正方形が囲む。ガラス板から発せられた光線によって、机の上に描かれたそれを見て、私はキーボードであると気が付いた。

「PC?」

 ガラス板の部分が液晶で、机に投影されたのがキーボードということだろうか。今まで見た事のないタイプだった。内装の造りからも思ったが、かなり最新鋭の施設であるように思える。今まで目にしてきたものの全てが、その材質からして見慣れているものとは大きく違う。

「海外の大学とかかな……!?」

 部屋全体が振動したかと錯覚するほどの、衝撃がエレベーターの方から聞こえてきて。部屋の壁が突如崩れ落ちる。瓦礫が飛び散って、その破片が細かく割れていく。その向こうで呻き声がした。
 ゾンビの群れが壁を崩し室内へと雪崩れ込んでくる。数にして十体程。壁の向こう側は廊下であった様で、私を追ってきたらしい。咄嗟に息を呑んで、室内を振り返る。出入口は私の正面、ゾンビの群れの向こう側にあるだけで、後退してもこの狭い部屋では逃げ場がない。窓の向こうに見える青空が、私の閉じた世界を強調する。
 雪崩れ込んで来たゾンビ達は、身を起こしながら頭を動かした。そして、私の姿を明らかに捉えた。

「……見えてる?」

 そう、捉えた。
 その瞳は白濁していて光は無い。だが、確かにそれは私の方を向いていた。
 アダプター以外のゾンビは視力が低下して聴覚と嗅覚に頼って行動している節がある。視力はかなり落ちている筈だった。とは言えゾンビが嗅覚と聴覚だけを頼りにしていると言っても、この至近距離ならばゾンビ側はかなり正確に此方の位置を把握は出来る。しかし。
 その目は私を確かに見ていた。嫌な考えが脳裏を過る。対峙したゾンビが全てスプリンターであった事、そしてその目が私を見ている事。

「穿焔! ……なんで!」

 逃げ場はなく、私は再度魔法を撃ち出そうと叫ぶ。けれども何も起きなくて。焔を創り出すイメージは明確に出来ているのに、そんなものは無いと世界に否定されているようで。ゾンビが走り出した。私は咄嗟に窓の方へと駆ける。その窓ガラスに身体をぶつけて、鈍い痛みが走る。部屋の机の上を飛び越えてゾンビが猛烈な勢いで迫る。私は右手を翳す。逃げ場はない。此処でゾンビを倒すしかない。何度もやってきた事の筈だった。私にはいつだって逃げ場なんて無くて、脅威はいつも迫ってきて、この手には魔法があって、戦って生き残ってきた。私の手で、私の力で。

「穿焔!」

 発動しない魔法を何度も叫んで。それは最早、悲鳴と同義で。眼前に迫ったその存在に、私は。

「その場に伏せて下さい!」

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