クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『24-2・差異』

24-2

 彼女の言葉と共に明瀬ちゃんが激しく咳を続け、その場に崩れ込んだ。私が彼女の額に手を遣ると、発熱がより酷くなっている。喉が枯れた声になっていて、呼吸に詰まっていた。意識は朦朧としているようで、寒気から身体を小刻みに震わせている。
 慌てる私を前に、三奈瀬優子は言う。

「抗体があったとしても、感染しないわけではない。その彼女のように」
「え?」
「抗体はあくまで感染に対してその効力を抑えるというものだ。彼女は二回噛まれたといったから、その免疫力を超えてしまったのだろう」
「そんな……」
「普通の人間より症状悪化は緩やかだろうが、後に彼女も発症する」

 目の前が真っ暗になりそうだった。動揺して、明瀬ちゃんの手を握り締める。私が手を握り締めると、弱々しく握り返された。手の平が熱くて、火傷しそうに感じる。
 三奈瀬優子は先程言っていた。
 血清は完成していると。

「血清があるって言ってましたよね」
「渡すとは言っていないがね。この事態で生き残れなかった者にこそ責任がある」

 私は明瀬ちゃんの手を離した。立ち上がり、三奈瀬優子の方へ向き直る。視線は外さず、私は左手を動かした。手の平を広げた上で炎が揺らめく。それを見た三奈瀬優子が、楽し気に言う。

「それが君の魔法か」
「寄越せ、とは言いません。明瀬ちゃんを助けて下さい」
「頼む態度には見えないね。悪い事だとは言わないが」

 三奈瀬優子が肩をすくめて言う。私の反応を探っている様にも思えた。

「私は別に誰かを救うために血清を造ったのではない。私自身のメリットの為だ。君を助けた所で何かメリットがあるのかな」

 私は唇を噛む。明瀬ちゃんの荒い呼吸の音が、私の名前を呼ぶ力ない声が耳に刺さる。右手では杖を握ったまま、左手の炎は燃え続けたまま。私は口を開いた。

「あなたが怪我をせずに済みます」
「素晴らしい答えだ。人はそうあるべきだ」

 轟、と炎が勢いを増して舞った。それを見た三奈瀬優子が飛び退き、其処を火の手が舐めた。先程までとは違う、明らかに直撃を狙ったその炎を見て、彼女は笑う。私は苛立ちを抑えきれずに声を荒げる。

「あなたには、誰かを助ける事が出来る力があるんじゃないですか。それなのに、何故」
「今のやり方をとった君がそれを誹る事が出来るとは思わないが、答えてあげよう。それは私が魔女だからだよ。」
「魔女だから?」
「ゾンビが蔓延る世界で、生き残るのは誰だ。価値がある者は誰だ。抗体を持つ人間、そしてそれを使いこなし、人より進んだ人間。つまり魔女だ」

 弱者を切り捨てて、彼女は生きていく。そういう旨の事を言っていた。部屋の隅へと歩いていく彼女は、そのまま言葉を続ける。私に向かって、諭すような物言いなのが気に障る。

「私と君の様な人間がこの世界の上に立つのだよ。それを阻むような事を何故、よりにもよって私がやる必要がある」
「……沢山の人を見殺しにすることになります」
「世界の構造が、抗体を持つ者と持たない者という強弱に変わるだけだ」

 会話を続けながら、私は明瀬ちゃんを部屋の隅へと引きずっていった。並ぶ机の陰にその姿を隠させる。明瀬ちゃんの額に手を遣って、額の汗で張り付いた前髪を優しく払った。私は其処から離れて杖を持ち上げた。三奈瀬優子が部屋の一番奥まで歩いていくと、此方を振り返る。

「世界の構造は既にとっくに歪んでいる。今に始まった事ではない」

 彼女が右手を振り上げた。その周囲にあった長机とパイプ椅子が数脚、突然空中に持ち上がる。何も触れている物が無いにも関わらず、それは浮遊していた。彼女の手が振り下ろされたと同時に、空中に浮かんでいたそれは一斉に飛んできた。
 まるで弾丸の様に、勢いよく。
 私は咄嗟にしゃがみ、机の陰に身を隠す。飛んできた椅子が頭上を行き、私の近くの机にぶつかり跳ねていく。飛んできた長机が激しく音を立てて、他の机にぶつかりひしゃげた。
 当たれば痛いでは、済みそうもない。金属同士がぶつかった派手な音が収まって、私は立ち上がる。
 今見せてきたのは、間違いなく魔法だった。手を触れずとも、物を動かせる魔法ということだろうか。

「念動力……」
「持つ者と持たざる者、人はその差を捨て去る事は出来ないからだ。私と君の様に」


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