クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『13-1・雷光』

【13章・その邂逅は世界を結ぶ/祷SIDE】

13-1

 私の前に立った少女は、手にしたチェーンソーへと片手を伸ばし。彼女がチェーンソーのスイッチを入れると、機関部が唸りを上げ始める。真っ直ぐに伸びた鈍い鋼色の刃が、回転を始めて反射する光を散らす。チェーンソーを支える彼女の左手から、再び青白いパルスが散った。

「魔女だ」

 私の呟きは、ゾンビの呻き声に塗りつぶされた。跳躍、私達へ向かって、対面していたゾンビが勢いよく跳ぶ。その勢いに、私はたじろいて。そこへ、チェーンソーを持った彼女は、勢いよく地面を踏み締めて半身を捻る。チェーンソーを後方へと思い切り引くと、横薙ぎに振り抜いた。嘶く[いななく]鋼の刃がその鈍い光沢を返して、旋風を巻き起こす。

 飛び掛かってきたゾンビへと、それは勢いよく振り抜かれて。ゾンビの身体を空中で叩き斬り、それを一瞬で肉塊へと変える。粘度のある赤い液体が破裂するようにして散って、水気を含んだビチャビチャという音を立てながら黒ずんだ肉塊が地面に落ちた。血の雨が彼女に降り注いで、ジャンパーの上を滑り落ちていく。裾から零れ伝っていく血は、脂肪と皮の混じったねとつくもので、ひどくゆっくりと彼女の脚を汚していた。
 それに全く動じず彼女は私達に言う。

「あたしに、ついてきて」

 彼女はチェーンソーを構えたまま走る。彼女に言われるまま私と明瀬ちゃんはその後を追った。複雑に入り組んだ迷路の様な道であったがまるで、一本道かの様に。彼女は明確にルートを把握しているようで、迷いなく進んでいった。時には車のボンネットを乗り越え、時には残骸の下を潜る。車で行き止まりになっているように見えて、その隙間を抜けていくルートは、ゾンビの足止めの為だと私は気が付いた。
 少女がチェ-ンソ-の電源を切るとベルトを利用して背中に担ぎ、車の上をよじ登っていく。振り返ればゾンビが車にぶつかって、体当たりを繰り返していた。その大量の群れが押し留められて停滞しているさまは、その色も相まって土石流みたいに見える。
 チェーンソーの彼女は私達に言う。

「あと少しだから」

 ホームセンターの建物は、確かに彼女の言う通りすぐ近くにあった。そんな時、明瀬ちゃんが私の名前を叫ぶ。

「祷、走れるやつだ!」

 金属を叩く大きな音と、車体が揺れては軋む音。振り返ると、ゾンビが一体、車の山の上に着地した。跳躍を繰り返してきたようで、着地の勢いに車の山は大きく揺れている。跳躍が可能と言う事は、明瀬ちゃんの言う通り走れるタイプのゾンビだった。
 ゾンビの姿を認めて、チェーンソーの彼女は叫ぶ。

「もう一体いたわけ!?」

 彼女は背負っていたチェーンソーに手を回すも、跳躍を繰り返すゾンビの姿は私達の眼前に既にあった。その大きく開いた口から濁った唾液を飛び散らせ、飢えた獣にも似た短い呻き声が続く。彼女の動きでは間に合わないと私は判断して杖を構える。

「祷!?」

 明瀬ちゃんのその驚いた声は、おそらく私の魔法使用に対するものだった。使っていいのか、という制止の意味も大いに含んでいたと思う。しかし、明瀬ちゃんは気が付いていないものの、チェーンソーを使っていたあの時、確かに魔法の力である様に思えた。
 彼女の身体から散っていた青白いパルスは、それを起こす外的要因が見当たらず、彼女自身から発している様に見えた。そして、その事に一切の躊躇いが無い。ならば。

「……詠唱省略、穿焔-うがちほむら-!」

 杖を翳し炎が巻き起こる。炎が、轟、と空気を震わせる。その一瞬で周囲の空気を焼いて。その炎は空中で滾り、燃え上がり、その身を激しく震わせて。杖を振り切ると同時に、その炎は塊となって勢いよく弾き出された。直径30cm程の炎の塊が、空中を激しく燃やし尽くしながら轟音を鳴らして真っ直ぐに飛翔して。
 鋭く撃ち出した炎の塊が、飛び掛かってきたゾンビにぶち当たる。火の粉を空中に撒き散らしながらゾンビの身体は燃え上がり、その焼けた亡骸が瓦礫へと落ちていった。
 燃やすものを失くした炎が消え失せると、残り火となった火の粉が空中へ散り消えた。

 その一瞬の攻防を見て、チェーンソーの彼女は私の方を見て口を丸くしていた。

「あなたも魔女なのね。まぁ、妙な格好をしてるとは思ってたけど」

 あなたも、と彼女は言った。先程のは、やはり魔法に間違いないようだった。そして何より、彼女は魔女という存在を知っている。
 佳東さんが魔法の力が発現した時、彼女達は魔女というものを知らず魔法であることも理解出来ていなかった。それ程までに魔法、そして魔女という存在は空想世界のものだ。葉山君が、現実的な折り合いを付ける為に選んだ単語が超能力だった様に。
 そこまで考えて、私はふと、あの時見落としていた違和感に気が付く。
 あの時の葉山君の言葉。彼の言っていたシンギュラリティという言葉は、結局はその意味は不明だったが、彼がその言葉を再び口にした時があった。小野間君のゾンビ化によって、私が教室を脱出した時。彼はシンギュラリティが「いた」と言っていた。「いた」という事は人物だ。ならば、「特異点」という単語は佳東さんを指していたのではないだろうか。そう呼ばれるに相応しい人物は、魔法を明かしていない私を除くと、あの場には佳東さんしかいない様に思える。

 超能力という単語とシンギュラリティという単語、彼は何故使い分けたのか。あの緊急事態で出た言葉がシンギュラリティならば、咄嗟の内に無意識に出た言葉であったならば、彼にとって佳東さんは本来そう呼ぶべき人物であったのではないだろうか。彼は超能力という単語を、何らかの意図をもって使っていたのではないか。

「とにかく、話は後で。ホームセンターの中に案内するわ」

 チェーンソーの彼女の言葉で私の思考は途切れた。彼女はハッキリとした言葉で私に言う。

「あたしは加賀野桜。あなたと同じ魔女の家系の出身」


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