クラウンクレイド
『13-2・状況』
13-2
魔女の家系の出だと名乗った加賀野さんに案内されて、私達はホームセンターの建物の側まで来た。ホームセンター1階の正面口にはシャッターが下りていて、その前には木材や塩ビ材を組み合わせた堅牢なバリケードが築かれていた。組み上げられたバリケードは、鋭く尖ったパーツで出来ており、その先端には赤黒い血の跡が残っている。駐車場の車の残骸と、ホームセンター入り口のバリケードによって強固な守りを保っているようであった。
ホ-ムセンタ-の2階の窓から縄梯子が垂れている。
建物1階部分の侵入経路を閉鎖して、2階から縄梯子での出入りのみに限定していると加賀野さんが説明した。確かにゾンビの運動能力であれば、2階への侵入は難しいだろう。縄梯子なら使用時以外に格納も楽に出来る。
加賀野さんが縄梯子に手をかけて、悠々と登っていった。あっという間に2階の窓から滑り込んでいった彼女、暫くしてから顔を出し、私達に手を振る。
少し迷ったが、私が先に上る事にした。ゾンビが追いかけてきている気配はなく、途中の瓦礫の迷路で引き離すことが出来ている筈だった。それならば、あまり考えたくはないものの、危険性が高いのはホームセンター内部だと私は考える。ゾンビだけが脅威というわけではない。
杖を担ぐと縄梯子に片足を乗せた。地面についていた足をゆっくり上げて体重を掛けると、縄梯子が揺らめき動く。下を見ないように、頭を上げて進むと、下に居た明瀬ちゃんが私の名を呼ぶ。
「祷ー、大丈夫ー?」
「うん、平気」
「パンツめっちゃ見えてるけど」
「見ないでよ」
縄梯子の先、2階の窓に手を掛ける。窓から中の様子が見えた。加賀野さんが立っていて、その横に大柄な男性が居た。彼は私に気が付くと手を貸してくる。正直な所、見た目はあまり善良な人物である様に見えず、手を借りることに戸惑う。そんな私の手を勢いよく取って、彼に手を引かれる。
ホームセンター2階に転がり込むと、今の彼と加賀野さんの他に生存者がいるのが分かった。計5人の顔ぶれを私は見渡す。加賀野さん、大柄の男性、それと高校生くらいに見える男子学生と女性。女性が小さな少女と手を繋いでいた。ひとまず問題は無さそうに見える。背に回した手で、杖に軽く触れながら私は下にいる明瀬ちゃんを呼ぶ。
明瀬ちゃんは難なく縄梯子を登ってきた。私が手を貸そうとするいたが、明瀬ちゃんはするりと窓を飛び越える。
帽子を外して、とりあえず私から名乗る。
「私は祷、彼女は明瀬ちゃんです」
「俺は三奈瀬。二人とも、今までよく無事だったな」
三奈瀬君は高校生だという。彼の側にいた女性は、大学生らしく樹村さんと名乗った。樹村さんと手を繋いでいる幼い子供が梨絵ちゃん、横にいる大柄な男性が鷹橋さんとのことである。樹村、という苗字に少し引っかかるものがあった。
2階窓から駐車場の状況を見張っていた加賀野さんが、私達の事に気が付き救援に入ってくれたらしい。私達も高校生だと言うと、三奈瀬君が口を開く。
「高校生って言ったよな。何処の高校?」
「内浦です」
内浦高校という名前に彼等は少し動揺したようだった。何かあったのだろうか、と私は首を傾げる。そんな私に、梨絵ちゃんと手を繋いでいた樹村さんは言う。
「この子のお兄さんが内浦高校らしいの。葉山君って言うらしいんだけど。二人とも知らないかしら?」
「葉山……?」
葉山、という少し珍しい苗字。そして妹。当てはまる人物を私達は、いや私はよく知っていた。そして彼の奇妙な言葉をよく覚えている。妹を助けに行かなければならないのか、という妙な「気付き」の言葉。情報の不足を口実にそれを諦めていた、何処か他人行儀な言動。だが、その違和感も、今はただ、認めたくない事実を補強するだけだった。
葉山君の妹だ、この幼い子供は。
私達が、樹村さんの問いに応えられずにいると、三奈瀬君が口を開く。
「俺も内浦高校なんだけど、あの日は学校にいなくて。学校はどうなったんだ」
私達の表情が曇ったのを見て、彼は察した様子だった。明瀬ちゃんが梨絵ちゃんの前にしゃがみ込む。「ごめんね、会ってないんだ」という言葉を、明瀬ちゃんは努めて平静に口にした。その言葉に梨絵ちゃんの表情が歪みかけて、樹村さんが梨絵ちゃんの手を引く。
「梨絵ちゃん。おねぇさん達のパーティーしよっか」
「パ-ティ-するの?」
「そうだよ、パーティの準備しようね?」
二人が何処かに消えていくのを見送ってから、明瀬ちゃんは口を開く。
「学校がゾンビに襲われて、私達以外の生徒はみんな……。葉山君も」
「いや、こっちもよく考えるべきだった。すまない」
三奈瀬君が、重たい息を吐き出してそう言った。そう、全員があの場で犠牲になった。彼も内浦高校の生徒であるなら、何か思う事はあるのだろう。彼の沈黙は、この場の沈黙へと変わった。それを加賀野さんが破る。フロアの説明をする、という彼女の言葉に、三奈瀬君がそれならば、と返す。
「案内する、付いてきて」
私と明瀬ちゃんは彼についていく。ホームセンターは地上2階、地下1階建ての構造になっていた。2階は家具と生活雑貨を扱う売り場フロアであったようで、見渡す限りベッドや棚、タンス等の家具が並んでおり、フロアの半分程は食器類を始めとした生活雑貨のスペースになっていた。店舗面積はかなりの広さがあると言えるだろう。この人数で生活していたならば、パーソナルスペースの確保も十分出来ている筈だった。
2階フロアへの進入経路は非常口を兼ねている階段と、電気が通っていない事で停止したエレベーターとエスカレーターの三か所。だが、その何れも、箱や棚を並べてバリケードにして閉鎖されている。特にエスカレーターに関しては、テーブルや棚で完全に「蓋」がされているような形で、1階フロアの状況は確認出来なかった。実質的に侵入経路は一か所のみ、縄梯子にて窓から出入りする他ないようだった。
2階の一角には家具や生活雑貨を揃えているフロアには不似合いな、食料品の段ボールが山の様に並んでいた。レトルト食品や缶詰と袋菓子、飲料水にもかなりの量がある。近頃のホームセンターは食品を売っている事も多いが、この量は店舗在庫の殆どと言えるのではないだろうか。この人数で運んでくるのは骨だったであろう。
2階を回り終えて、三奈瀬君は言った。
「これで2階は全部だが、1階は駄目だ。ゾンビが居る」
「今も、という意味で?」
「今も生きている状態で、だ」
【13章・その邂逅は世界を結ぶ 完】
魔女の家系の出だと名乗った加賀野さんに案内されて、私達はホームセンターの建物の側まで来た。ホームセンター1階の正面口にはシャッターが下りていて、その前には木材や塩ビ材を組み合わせた堅牢なバリケードが築かれていた。組み上げられたバリケードは、鋭く尖ったパーツで出来ており、その先端には赤黒い血の跡が残っている。駐車場の車の残骸と、ホームセンター入り口のバリケードによって強固な守りを保っているようであった。
ホ-ムセンタ-の2階の窓から縄梯子が垂れている。
建物1階部分の侵入経路を閉鎖して、2階から縄梯子での出入りのみに限定していると加賀野さんが説明した。確かにゾンビの運動能力であれば、2階への侵入は難しいだろう。縄梯子なら使用時以外に格納も楽に出来る。
加賀野さんが縄梯子に手をかけて、悠々と登っていった。あっという間に2階の窓から滑り込んでいった彼女、暫くしてから顔を出し、私達に手を振る。
少し迷ったが、私が先に上る事にした。ゾンビが追いかけてきている気配はなく、途中の瓦礫の迷路で引き離すことが出来ている筈だった。それならば、あまり考えたくはないものの、危険性が高いのはホームセンター内部だと私は考える。ゾンビだけが脅威というわけではない。
杖を担ぐと縄梯子に片足を乗せた。地面についていた足をゆっくり上げて体重を掛けると、縄梯子が揺らめき動く。下を見ないように、頭を上げて進むと、下に居た明瀬ちゃんが私の名を呼ぶ。
「祷ー、大丈夫ー?」
「うん、平気」
「パンツめっちゃ見えてるけど」
「見ないでよ」
縄梯子の先、2階の窓に手を掛ける。窓から中の様子が見えた。加賀野さんが立っていて、その横に大柄な男性が居た。彼は私に気が付くと手を貸してくる。正直な所、見た目はあまり善良な人物である様に見えず、手を借りることに戸惑う。そんな私の手を勢いよく取って、彼に手を引かれる。
ホームセンター2階に転がり込むと、今の彼と加賀野さんの他に生存者がいるのが分かった。計5人の顔ぶれを私は見渡す。加賀野さん、大柄の男性、それと高校生くらいに見える男子学生と女性。女性が小さな少女と手を繋いでいた。ひとまず問題は無さそうに見える。背に回した手で、杖に軽く触れながら私は下にいる明瀬ちゃんを呼ぶ。
明瀬ちゃんは難なく縄梯子を登ってきた。私が手を貸そうとするいたが、明瀬ちゃんはするりと窓を飛び越える。
帽子を外して、とりあえず私から名乗る。
「私は祷、彼女は明瀬ちゃんです」
「俺は三奈瀬。二人とも、今までよく無事だったな」
三奈瀬君は高校生だという。彼の側にいた女性は、大学生らしく樹村さんと名乗った。樹村さんと手を繋いでいる幼い子供が梨絵ちゃん、横にいる大柄な男性が鷹橋さんとのことである。樹村、という苗字に少し引っかかるものがあった。
2階窓から駐車場の状況を見張っていた加賀野さんが、私達の事に気が付き救援に入ってくれたらしい。私達も高校生だと言うと、三奈瀬君が口を開く。
「高校生って言ったよな。何処の高校?」
「内浦です」
内浦高校という名前に彼等は少し動揺したようだった。何かあったのだろうか、と私は首を傾げる。そんな私に、梨絵ちゃんと手を繋いでいた樹村さんは言う。
「この子のお兄さんが内浦高校らしいの。葉山君って言うらしいんだけど。二人とも知らないかしら?」
「葉山……?」
葉山、という少し珍しい苗字。そして妹。当てはまる人物を私達は、いや私はよく知っていた。そして彼の奇妙な言葉をよく覚えている。妹を助けに行かなければならないのか、という妙な「気付き」の言葉。情報の不足を口実にそれを諦めていた、何処か他人行儀な言動。だが、その違和感も、今はただ、認めたくない事実を補強するだけだった。
葉山君の妹だ、この幼い子供は。
私達が、樹村さんの問いに応えられずにいると、三奈瀬君が口を開く。
「俺も内浦高校なんだけど、あの日は学校にいなくて。学校はどうなったんだ」
私達の表情が曇ったのを見て、彼は察した様子だった。明瀬ちゃんが梨絵ちゃんの前にしゃがみ込む。「ごめんね、会ってないんだ」という言葉を、明瀬ちゃんは努めて平静に口にした。その言葉に梨絵ちゃんの表情が歪みかけて、樹村さんが梨絵ちゃんの手を引く。
「梨絵ちゃん。おねぇさん達のパーティーしよっか」
「パ-ティ-するの?」
「そうだよ、パーティの準備しようね?」
二人が何処かに消えていくのを見送ってから、明瀬ちゃんは口を開く。
「学校がゾンビに襲われて、私達以外の生徒はみんな……。葉山君も」
「いや、こっちもよく考えるべきだった。すまない」
三奈瀬君が、重たい息を吐き出してそう言った。そう、全員があの場で犠牲になった。彼も内浦高校の生徒であるなら、何か思う事はあるのだろう。彼の沈黙は、この場の沈黙へと変わった。それを加賀野さんが破る。フロアの説明をする、という彼女の言葉に、三奈瀬君がそれならば、と返す。
「案内する、付いてきて」
私と明瀬ちゃんは彼についていく。ホームセンターは地上2階、地下1階建ての構造になっていた。2階は家具と生活雑貨を扱う売り場フロアであったようで、見渡す限りベッドや棚、タンス等の家具が並んでおり、フロアの半分程は食器類を始めとした生活雑貨のスペースになっていた。店舗面積はかなりの広さがあると言えるだろう。この人数で生活していたならば、パーソナルスペースの確保も十分出来ている筈だった。
2階フロアへの進入経路は非常口を兼ねている階段と、電気が通っていない事で停止したエレベーターとエスカレーターの三か所。だが、その何れも、箱や棚を並べてバリケードにして閉鎖されている。特にエスカレーターに関しては、テーブルや棚で完全に「蓋」がされているような形で、1階フロアの状況は確認出来なかった。実質的に侵入経路は一か所のみ、縄梯子にて窓から出入りする他ないようだった。
2階の一角には家具や生活雑貨を揃えているフロアには不似合いな、食料品の段ボールが山の様に並んでいた。レトルト食品や缶詰と袋菓子、飲料水にもかなりの量がある。近頃のホームセンターは食品を売っている事も多いが、この量は店舗在庫の殆どと言えるのではないだろうか。この人数で運んでくるのは骨だったであろう。
2階を回り終えて、三奈瀬君は言った。
「これで2階は全部だが、1階は駄目だ。ゾンビが居る」
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