クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『6-1・盲目』


【祷SIDE】
祷   茜 ―いのり あかね― (17) ・主人公。高校二年の女子高生。炎の魔法を扱う魔女の家系。
明瀬  紅愛―あきせ くれあ― (17) ・祷の友人。スプラッタ-・オカルト映画好き。ゾンビに噛まれたが……。
矢野  七海―やの ななみ―  (17) ・祷の友人。天文部に所属。祷の目の前で死亡した。

佳東  一葉―かとう かずは― (16) ・祷と合流した一年生。水を操る魔法が発現した。気弱な性格。
葉山  颯―はやま はやて―  (16) ・佳東のクラスメイト。異常に冷静な性格。
小野間 遼―おのま りょう―  (16) ・佳東のクラスメイト。乱暴な性格。

【弘人SIDE】
三奈瀬 弘人―みなせ ひろと― (18) ・主人公。学校をサボりがちな高校三年生。年の離れた姉がいる。
樹村  香苗―きむら かなえ― (19) ・女子大生。弘人の幼馴染。混乱を逃れ弘人と行動する。
鷹橋  俊介―たかはし しゅんすけ― (32) ・弘人と合流した男性。格闘技の心得がある。 
加賀野 桜 ―かがの さくら― (14) ・中学生。何故かチェーンソーを持っている謎の少女。
葉山  梨絵―はやま  りえ― ( 6) ・車に取り残され、親とはぐれていた子供。



【判明している用語】

内浦市 ・県南部に位置する人口15万人の市。中心街は商業都市であり、また幾つかの行政機関が集積されている。
内浦高校 ・内浦市北部に位置する県立高校。共学、普通高校。
生存限界 ・人間は、水が無い状態で3日間、水のみで3週間、生存出来るとされる。

ゾンビ(彼等) ・突如出現した化物。人を襲い捕食する。視力と平衡感覚、思考能力の低下が見られ、それを補う様に聴覚と嗅覚が発達している。原因は不明。
感染 ・ゾンビに噛まれることで、他の人間もゾンビ化する。唾液によるウイルス感染が原因と思われる。
抗体 ・ゾンビに噛まれても感染の兆しがなく、明瀬はゾンビ化ウイルスへの抗体を持っている可能性がある。

魔法 ・科学と社会の発展によ歴史の表舞台から姿を消したが、一部に受け継がれていた特殊技能。原理は不明。
魔女 ・魔法の才能と技術を受け継いできた者達。魔女の才能は遺伝し、女性にのみ発現する。祷の家系であれば、炎に関する魔法しか使えない様に、血筋と魔法は大きく関連している。
呪文 ・魔女が魔法を使用する際に用いる文言。魔女は魔法の不用意な発動、暴発を防ぐために、魔法が使えなくなる暗示をかけており、呪文はそれを限定的に解除する。





【6章・荒天、または豪雨の魔女/祷SIDE】
6-1

 私がふと目を覚ますと、明瀬ちゃんの姿が見えた。教室の壁に、もたれかかって静かに寝息を立てている。教室の壁に掛かっている時計を見た。
 時間は20時近い。教室の中は真っ暗で、窓の外からの月明りだけが頼りだった。

 気が付かない内に眠ってしまっていたらしい。ひどい頭痛がして、口の中が乾ききっていた。疲労感が指先まで達していて、目眩がする度に吐き気がこみ上げる。這う様にして私は明瀬ちゃんの側に近寄った。
 明瀬ちゃんは眉をひそめたまま眠っていて、その頬には涙の跡が見えた。規則的な寝息で、葉山君の言っていた様に、明瀬ちゃんの容態が急変するような兆しは見えない。

 良かった、という言葉を呑み込んで。私は胸元で手を握り締める。

「明瀬ちゃん、ごめん……。私、もっと強くなるから」

 目が覚めても、全てが夢だったと片付けられなくて。矢野ちゃんの最期の表情が、私に向かって泣き叫んだ明瀬ちゃんの姿が、何度消し去ろうとしても脳裏を過る。

 もしも、あの時。私が杖を取りに行くことを決めなかったら。
 もしも、あの時。私にもっと力があれば。
 矢野ちゃんは死ななかったのだろうか。明瀬ちゃんは泣かなかったのだろうか。

「もう、明瀬ちゃんを泣かせない。悲しい思いなんてさせない」

 明瀬ちゃんを起こさないようにそっと、立ち上がる。教室を見渡すと、葉山君と小野間君も、床に座り込み眠っていた。

 この状況下でも、ひとまずの安寧を得られた事が私達を眠りに引き込んだのだろう。外の様子を見ようと、窓の方を向く。
 水面を叩くような水音がした。見ると、佳東さんが、バケツに水を運ぶ作業を今も行っていた。外は暗く、魔法で運んでくる空中の水球も良く見えていない筈だ。彼女の手は震えていて、立っているのも辛そうに見える。

「佳東さん? 大丈夫?」
「!?」

 私が声をかけると、佳東さんは飛び上がる程に驚いた。怯える様にしてゆっくりと私の方を振り返る。目元には隈が出来ていて、疲労の色が見えた。

「へ……平気、です」
「佳東さんも休んだ方が良いよ。辛そうだよ」
「でも、みんなが夜までにバケツ一杯にしとけって……」

 私が覗きこむと、バケツの半分くらいまで水が溜まっている。

「で、でも、途中で、何度も割れて、落としちゃって……」

 私にも経験があるが、集中力が途切れると魔法は失敗する。疲労していると尚更だった。
 佳東さんは魔法初心者、しかも今日発現したばかりだ。体系立てて魔法を学んでいないし、直感で魔法を使っている状態にある。それだと疲労も激しくなるだろう、と私は思う。
 佳東さんの魔法については、彼女の為にも詳しく調べる必要があった。

「とりあえず、これだけあれば十分だと思うよ。休んだ方が良いよ。魔法は体力を消耗するから」
「魔法……?」

 口を滑らせた、と私は言ってから後悔する。私が魔法使いであることを明かすのは時期尚早だと思った。
 どう誤魔化すべきか言い淀んでいると、私達の会話の声で目を覚ましたのか小野間君が起き出してきた。彼は佳東さんの足元に置いてあったバケツを覗きこむと、怒鳴りだす。

「全然足りないじゃねぇかよ!」
「ご、ごめ、……めんなさい」
「佳東さんは、もう休ませてあげるべきだよ」

 小野間君の剣幕に怯えた佳東さんを庇う様に、私は二人の間に割って入った。私の顔を見て彼は怒鳴る。

「てめぇなに偉そうに、関係ねぇだろ!」
「疲れていれば失敗しやすくなる。それに、佳東ちゃんに助けて貰ってるのは私達の方だよ」

 私と小野間君のやり取りに葉山君も目を覚ましてきた。

「何の騒ぎだ、小野間」
「何でもねぇ」
「佳東さん、進捗が悪いようだが」

 佳東さんに休息を取らせるように、私は再度言った。葉山君が何か言おうとしたのを、私は目で制する。彼が溜め息を吐いた。

「この量では足りないが、仕方がない。佳東さんには休息を取ってもらってから再開しよう」
「分かってくれて、ありがとう」
「ですが、祷先輩。今は非常事態だという事を忘れないでください」

 私は自分以外の魔女に会ったことがない。祖母から魔法の手ほどきを受けて私は魔法を習得した。佳東さんの様な、魔法が偶発的に発現した例を私は知らない。佳東さんが魔法を自分でコントロールし切れているとは思えず、何処かで不調をきたす可能性が高い。
 小野間君がバケツの水に手を突っ込んで口を付ける。

「まっず」
「仕方がないだろう」
「なぁ、トイレはどうするんだよ」
「バケツがもう一つある。それを使う」

 小野間君が露骨に嫌そうな顔をした。正直、私も表情に出ていたと思う。

「窓から捨てていくしかないだろう。他にどんな方法がある」

 葉山君の言葉に、対案を探すも反論できなかった。途切れた私達の会話に、割り込む別の声。

「地震じゃないから、水道はまだ動いてる筈じゃん?」

 私は慌てて振り向く。明瀬ちゃんが、私達の後ろに立っていた。

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