クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『4-1・景色』

【4章・終点と行き止まりの境目/祷SIDE】
4-1

 A棟校舎建物内には東西2か所の階段が存在しており、私達が3階に上がるのに使用したのは校舎東側の階段である。それと校舎の廊下突き当りにある非常扉から屋外に繋がっている非常階段が東西2か所存在している。
 私達を呼ぶ声に振り返る。校舎西側、1年A組の教室の前に立っている生徒からであった。手を振っている様子や私達を呼ぶ声からして、「彼等」ではないようだった。

 私は床に手をつきながら力の入らない足で立ち上がる。明瀬ちゃんに肩を貸して、私達を呼ぶ生徒の方へ歩いていく。3階は1年生の教室が集まっているが、どの教室にも人は居らず、静まり返っていた。死体も血も存在しない。誰も居ないだけで、普段と何も変わらない学校の景色だった。

 私達を呼んだのは一人の男子生徒で、彼の後ろにも二人の生徒がいた。そのうち一人は女生徒で、男女三人組だった。制服のネクタイの色からして全員1年生だと分かる。1年A組の教室の前に三人組は立っていて、教室近くの西側階段も、防火扉が閉めてあった。
 私達を呼んでいた眼鏡姿の男子生徒が私に問いかける。

「無事ですか」
「まぁ……、大丈夫」
「火災警報が聞こえました、校内で出火してるんですか」

 火災警報の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。私の魔法が原因だと言えるわけもなく、誤魔化す。

「渡り廊下で起きたボヤだから、燃え拡がらないと思うよ」
「下はどうなっていますか。下に降りられますか」

 私が首を横に振ると、彼は溜め息を吐いた。彼の後ろにいる二人の生徒も落胆の様子を見せる。眼鏡の彼は自分を「葉山―はやま―」と名乗った。葉山君は、後ろにいた明るい茶髪の男子生徒を「小野間―おのま―」、黒髪で眼鏡姿の女生徒を「佳東―かとう―」だと続けて紹介する。
 明瀬ちゃんが黙ったままなので、私は明瀬ちゃんの分も含めて自己紹介をした。葉山君は詳しい話は後で、と前置きして1年A組の教室から机を運び出すの手伝って欲しいと言った。

「教室の前にバリケードを作ります」

 葉山君がそう言った。教室から運びだした机を教室のドアの前に並べていく。この教室に籠城するとのことだった。現状、校舎の2階以下には「彼等」で溢れている。階段を上るのを不得意としているようだったが、先程の様に数の力で3階まで上ってくる可能性は高い。それを考慮すると、3階の教室に籠城するのが最善かもしれない。

 葉山君の指示で佳東さんが机の足にガムテープを巻いて固定していく。佳東さんは絶えず俯いたままで、その手は震えていた。上手く巻けずに何度もガムテープが指先に張り付いている。
 小野間君がそれを見てあからさまな舌打ちをした。背が高い小野間君は、派手に茶髪に染めた長髪姿であることも手伝って、少々怖い印象を受ける。葉山君が冷静な口調を崩すことはなく、この状況下にあって落ち着いていることに私は驚いた。

 一先ず、私と明瀬ちゃんも此処に籠城するのが得策である様に思えて、葉山君達に協力する事を私は快諾する。科学室での一件を思い出すに、防火扉を破る事に「彼等」は苦戦する様に思えた。階段が塞がれている以上、下に降りる事は出来ない。
 校舎東西に位置する屋外非常階段はあるが、其処が安全な経路であるという確証も無く、また下まで降りられたとしても危険な状況には変わりないと思った。

「私も手伝うよ。ただ、明瀬ちゃんは怪我をしてるから」
「奴らに噛まれたんじゃねぇだろうな!?」

 私の言葉に、突然にも小野間君が怒鳴った。明瀬ちゃんの肩を乱暴に掴んで、明瀬ちゃんが廊下に倒れる。ふくらはぎに付いた大きな傷跡と乾いた血の跡を見て、小野間君が怒鳴った。

「噛まれてるじゃねぇか!」
「怒鳴るな小野間」

 小野間君を葉山君が諫める。明瀬ちゃんは呆然としていて、床に倒れたままだった。自分が突き飛ばされた事も、あまり気にしていない風で、というよりも何も見えていないかのようだった。

「明瀬先輩でしたよね、噛まれたのはいつですか」

 葉山君がそう問いかけた。明瀬ちゃんは反応せず、虚ろな瞳をしたままだった。私はスマートフォンで時間を確認して、葉山君に対して代わりに答える。

「一時間位前、かな」
「それならば問題は無いでしょう」

 葉山君がそう言い切ったので、小野間君が問い詰めた。

「どういう意味だよ」
「僕が見た中では、噛まれた人間は全員が数分で変異した」
「何言ってんだよ」
「今はバリケ-ドの設置が先だ。そんなに不安ならタオルで縛っておけばいい」

 廊下の向こうで扉を叩く音が廊下に響いた。急げ、と葉山君が声を滲ませる。教室の前の廊下に机と椅子を並べていく。教室のドアは引き戸故に閉鎖しづらい。故に足止めとして廊下に机と椅子を組み合わせて設置するのだという。
 固定するロ-プの類もなく積み重ねても崩される可能性が高い為、動きづらくする目的に留めると葉山君は言った。

 ある程度の設置を終えて1年A組の教室に引っ込んだ。教室の中から引き戸の前に机と椅子を積み上げる。
 椅子と机が引き戸の前に追いやられ、何もなくなり閑散とした教室の真ん中に私達は腰を下ろした。暫く息を潜めていたが、何も起こらなかった。防火扉を叩く音はいつの間にか消えていた。窓の外から消防車のサイレンの音が遠く聞こえる。救助かと思って私は立ち上がって窓の外を見た。

「何、これ」

 B棟の校舎からは中庭しか見ることが出来なかったが、この教室からなら学校の外、街の光景を見ることが出来た。学校の敷地内には生徒が溢れていたが、だがどの生徒も「彼等」と化している。彼等のあの独特な呻き声で溢れていて地鳴りと間違う。3階から見下ろす景色でも、血の臭いが蒸すようで。動き回る彼等の群れが行く宛てなく這いまわっていた。
 だが、それよりも。
 頭の何処かで想像していた事。無意識の内に連想してしまっていた事。否定して、考えないようにして、しかしどうしても拭えなかった可能性。
 学校の敷地の外の道路にも彼等の姿があった。見渡す限りの道の全てが、死体と彼等で埋め尽くされていた。

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