ぼくは今日も胸を揉む
#13 それでは、頂こう
あれから、ぼくとマリアージュさんは一生懸命とある料理を作った。
とは言っても、ぼくは全く料理をせず、全てマリアージュさんに任せっきりなのだが。
つい先ほど、この世界には日本の料理があまり存在しないことを知った。
ぼくは料理をできないが、日本料理は知っている。
マリアージュさんは日本料理を何も知らないが、料理の腕は完璧だ。
今のこの状況を切り抜ける最善の手段は――ぼくたち二人が協力することだと思う。
つまり、ぼくが口頭で大体のレシピを告げ、それをもとにマリアージュさんが調理する。
王様たちはマリアージュさんが作る料理は食べ慣れていて味でバレてしまうかもしれないが、それが食べたことのない日本料理だったなら話は別だろう。
いくらぼくが日本人でも、料理はあまりできないため、詳しい日本料理のレシピを教えることはできない。
しかし、マリアージュさんの料理スキルは想定以上だった。
異世界の食材で日本料理を再現できるのか不安だったが、ぼくが大まかなレシピを言えば、相性のいい食材なんかを選んで、手馴れた動きですぐに調理を開始してくれた。
やがて完成したのは、全部で三品。
一つ目は、味噌ならこの世界にもあったみたいなので、異世界にある海草や獣肉を小さく切ったものなどを投入した、味噌汁。
二つ目は、獣の卵とやらを使用した、卵かけご飯。
そして三つ目は、獣肉のハンバーグや鳥の卵や異世界の野菜などを挟んだハンバーガーだ。
正直、全然合いそうにないメニューだけど、今のぼくにはこれくらいが限界だった。
ぼくだって日本で暮らしていたのはたったの十六年だし、こんな状況ですぐに色々な料理を思い出せるわけがない。
それに、ぼくがある程度ちゃんと把握できているものじゃないと、マリアージュさんに教えることもできないしね。
でもマリアージュさんのおかげで、かなりいい出来になった。
中に入っている具材などは当然日本のものとは違うものの、それでも見た目だけで言うならかなり美味しそう。
特に本来のものを知らない異世界人にとっては、美味しいと感じてくれるはずだ。きっと。
「……完成しました。本当に、これで大丈夫なのでしょうか」
「分からない……けど、マリアージュさんが作ってくれたんだから、きっと美味しいですよ」
「……いえ、わたくしは別に大したことはしておりませんわ。それより、わたくしが知らない料理ばかりですけど、ライム様はどこでこれを?」
「えっ? い、いや、まあ、ちょっとね」
怪訝そうな表情で問われ、ぼくはそうやって誤魔化すしかなかった。
マリアージュさんは日本のことなんて当然知らないだろうし、事実を話したところで信じてもらえるわけがない。
今更だが、本当のことを話せないというのは実に不便だ。
すると、ぼくは何も言っていないのにも拘らず、マリアージュさんは何やら勝手に納得したかのように頷いた。
「なるほど、これらは全てライム様のアレンジですか。全然料理の経験がないと仰ってましたが、嘘だったのですね。感服致しました」
「は、ははは……」
何故か妙に感心されてしまい、ぼくは思わず苦笑する。
料理を作ったのはマリアージュさん自身だというのに、どうしてぼくが持ち上げられたのか。
真相は迷宮入りである。
何はともあれ、ようやく料理は完成した。
絶対に大丈夫などという自信をそこまで抱いてはいないものの、どっちに転んだとしても、ここまで来たらもうやるしかない。
まあ、ほとんどマリアージュさんの力で、ぼくはあまり大したことはしていない気もするけど……。
ぼくとマリアージュさんは顔を見合わせ、同時に頷く。
そして二人で全ての料理を手に取り、ぼくたちは調理室を後にした。
§
食堂に着くと、ドリアン王とネルソン王子、そして見知らぬ者が二人椅子に座って待っていた。
片方は、ウェーブがかかった金髪のロングヘアに、おっとりとした微笑を浮かべている穏やかそうな女性。
もう片方は、巻き髪のツインテールをした……ユズと同じくらい小さな少女だ。
もしかしなくても、ドリアン王が言っていた、あとの二人というのは彼女たちのことだろう。
初めて目にした二人の姿に訝しみながらも、ぼくはマリアージュさんと肩を並べて王たちのもとへ歩く。
全ての料理をテーブルの上に置くと、小さな少女は嘲笑とともに口を開いた。
「……ふんっ。なぁに、これ? 見たこともない変な料理だけど、こんなのを作った程度で、お兄様に相応しいだなんて馬鹿みたい」
「お兄様?」
生意気な言葉に少々の憤りを感じたりはしたが、相手は小さい子供のようだし気にしないでおく。
そんなことより、もっと気にするべきは少女が発した一つの単語だ。
と、マリアージュさんが説明してくれる。
「こちらは、ネルソン王子の妹君であらせられる――シナモン・バピオール王女です」
「へぇー……王女様なんだ」
「どう!? 分かったら、もっと敬いなさい?」
「……じゃあ、こっちの人は?」
「ちょっと! 無視するんじゃないわよ!」
シナモン王女の戯言を悉くスルーし、今度はもう一人の朗らかな女性に目を向ける。
するとマリアージュさんが答えるより早く、ドリアン王が淡々とした声を発した。
「……我が妻、セネカ・バピオールだ」
ドリアン王の、妻。
それはつまり、ここ〈ホームベル〉の王妃ということだろう。
今日だけで王族みんなと顔を合わせるなんて、いくら何でも分不相応じゃないだろうか。
「あらあら、そんなに緊張することないわよぉ? 王妃とは言っても、まだまだ若いただの女の人なんだから、あなたたちとそんなに違わないわぁ」
微笑みながら、そう言ってくるセネカ王妃。
ネルソン王子は十九歳らしいので、その親である王や王妃は明らかに四十代以上いってるとは思う。
しかし、ドリアン王はともかく、セネカ王妃の場合は若い女の人という発言を全くおかしいとは感じなかった。
常に絶やさない、柔らかな微笑。サラサラとした金色の長髪に、ツルツルな白い肌。
顔立ちはとても整っており、二十代以下だと言っても信じてしまうくらい若々しかった。
むしろ、四十以上いっていることが逆にビックリである。
どうやったら、こんなに若々しい体のまま維持できるんだろう。
まあ、まだ若いぼくが言うのも変な話だけど。
「……それでは、頂こう」
ドリアン王が静かに告げ、ネルソン王子、シナモン王女、セネカ王妃は一斉に料理に顔を向ける。
そして、その全員が味噌汁を手に取り――ゆっくりと口に運んでいった。
とは言っても、ぼくは全く料理をせず、全てマリアージュさんに任せっきりなのだが。
つい先ほど、この世界には日本の料理があまり存在しないことを知った。
ぼくは料理をできないが、日本料理は知っている。
マリアージュさんは日本料理を何も知らないが、料理の腕は完璧だ。
今のこの状況を切り抜ける最善の手段は――ぼくたち二人が協力することだと思う。
つまり、ぼくが口頭で大体のレシピを告げ、それをもとにマリアージュさんが調理する。
王様たちはマリアージュさんが作る料理は食べ慣れていて味でバレてしまうかもしれないが、それが食べたことのない日本料理だったなら話は別だろう。
いくらぼくが日本人でも、料理はあまりできないため、詳しい日本料理のレシピを教えることはできない。
しかし、マリアージュさんの料理スキルは想定以上だった。
異世界の食材で日本料理を再現できるのか不安だったが、ぼくが大まかなレシピを言えば、相性のいい食材なんかを選んで、手馴れた動きですぐに調理を開始してくれた。
やがて完成したのは、全部で三品。
一つ目は、味噌ならこの世界にもあったみたいなので、異世界にある海草や獣肉を小さく切ったものなどを投入した、味噌汁。
二つ目は、獣の卵とやらを使用した、卵かけご飯。
そして三つ目は、獣肉のハンバーグや鳥の卵や異世界の野菜などを挟んだハンバーガーだ。
正直、全然合いそうにないメニューだけど、今のぼくにはこれくらいが限界だった。
ぼくだって日本で暮らしていたのはたったの十六年だし、こんな状況ですぐに色々な料理を思い出せるわけがない。
それに、ぼくがある程度ちゃんと把握できているものじゃないと、マリアージュさんに教えることもできないしね。
でもマリアージュさんのおかげで、かなりいい出来になった。
中に入っている具材などは当然日本のものとは違うものの、それでも見た目だけで言うならかなり美味しそう。
特に本来のものを知らない異世界人にとっては、美味しいと感じてくれるはずだ。きっと。
「……完成しました。本当に、これで大丈夫なのでしょうか」
「分からない……けど、マリアージュさんが作ってくれたんだから、きっと美味しいですよ」
「……いえ、わたくしは別に大したことはしておりませんわ。それより、わたくしが知らない料理ばかりですけど、ライム様はどこでこれを?」
「えっ? い、いや、まあ、ちょっとね」
怪訝そうな表情で問われ、ぼくはそうやって誤魔化すしかなかった。
マリアージュさんは日本のことなんて当然知らないだろうし、事実を話したところで信じてもらえるわけがない。
今更だが、本当のことを話せないというのは実に不便だ。
すると、ぼくは何も言っていないのにも拘らず、マリアージュさんは何やら勝手に納得したかのように頷いた。
「なるほど、これらは全てライム様のアレンジですか。全然料理の経験がないと仰ってましたが、嘘だったのですね。感服致しました」
「は、ははは……」
何故か妙に感心されてしまい、ぼくは思わず苦笑する。
料理を作ったのはマリアージュさん自身だというのに、どうしてぼくが持ち上げられたのか。
真相は迷宮入りである。
何はともあれ、ようやく料理は完成した。
絶対に大丈夫などという自信をそこまで抱いてはいないものの、どっちに転んだとしても、ここまで来たらもうやるしかない。
まあ、ほとんどマリアージュさんの力で、ぼくはあまり大したことはしていない気もするけど……。
ぼくとマリアージュさんは顔を見合わせ、同時に頷く。
そして二人で全ての料理を手に取り、ぼくたちは調理室を後にした。
§
食堂に着くと、ドリアン王とネルソン王子、そして見知らぬ者が二人椅子に座って待っていた。
片方は、ウェーブがかかった金髪のロングヘアに、おっとりとした微笑を浮かべている穏やかそうな女性。
もう片方は、巻き髪のツインテールをした……ユズと同じくらい小さな少女だ。
もしかしなくても、ドリアン王が言っていた、あとの二人というのは彼女たちのことだろう。
初めて目にした二人の姿に訝しみながらも、ぼくはマリアージュさんと肩を並べて王たちのもとへ歩く。
全ての料理をテーブルの上に置くと、小さな少女は嘲笑とともに口を開いた。
「……ふんっ。なぁに、これ? 見たこともない変な料理だけど、こんなのを作った程度で、お兄様に相応しいだなんて馬鹿みたい」
「お兄様?」
生意気な言葉に少々の憤りを感じたりはしたが、相手は小さい子供のようだし気にしないでおく。
そんなことより、もっと気にするべきは少女が発した一つの単語だ。
と、マリアージュさんが説明してくれる。
「こちらは、ネルソン王子の妹君であらせられる――シナモン・バピオール王女です」
「へぇー……王女様なんだ」
「どう!? 分かったら、もっと敬いなさい?」
「……じゃあ、こっちの人は?」
「ちょっと! 無視するんじゃないわよ!」
シナモン王女の戯言を悉くスルーし、今度はもう一人の朗らかな女性に目を向ける。
するとマリアージュさんが答えるより早く、ドリアン王が淡々とした声を発した。
「……我が妻、セネカ・バピオールだ」
ドリアン王の、妻。
それはつまり、ここ〈ホームベル〉の王妃ということだろう。
今日だけで王族みんなと顔を合わせるなんて、いくら何でも分不相応じゃないだろうか。
「あらあら、そんなに緊張することないわよぉ? 王妃とは言っても、まだまだ若いただの女の人なんだから、あなたたちとそんなに違わないわぁ」
微笑みながら、そう言ってくるセネカ王妃。
ネルソン王子は十九歳らしいので、その親である王や王妃は明らかに四十代以上いってるとは思う。
しかし、ドリアン王はともかく、セネカ王妃の場合は若い女の人という発言を全くおかしいとは感じなかった。
常に絶やさない、柔らかな微笑。サラサラとした金色の長髪に、ツルツルな白い肌。
顔立ちはとても整っており、二十代以下だと言っても信じてしまうくらい若々しかった。
むしろ、四十以上いっていることが逆にビックリである。
どうやったら、こんなに若々しい体のまま維持できるんだろう。
まあ、まだ若いぼくが言うのも変な話だけど。
「……それでは、頂こう」
ドリアン王が静かに告げ、ネルソン王子、シナモン王女、セネカ王妃は一斉に料理に顔を向ける。
そして、その全員が味噌汁を手に取り――ゆっくりと口に運んでいった。
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