ぼくは今日も胸を揉む
#9 彼女になってほしい
その仮面の下から現れたのは、とても整った美貌だった。
微笑んだ拍子にちらっと見えた歯は白く輝いており、フサフサの金髪や綺麗な肌も相まって、男にしては手入れを怠っていないのだということが分かる。
ぼくより、少しだけ年上だろうか。
目の前の男は、俗に言うイケメンというやつだ。
「王、子……?」
「うん、驚かせちゃったかな。僕が王子だってことがバレないように、仮面をつけてたんだよ」
そうか、あの仮面はそういう意味があったのか。
逆に人々の視線の的になっていた気はするが、それでも「変な人」止まりで済む。
王子というくらいだから顔は広く知られているだろうし。
「僕が一人で城から抜け出したのは、理由があるんだ。それが、君への頼みにも繋がるんだけどね」
どうしよう。少し緊張してきた。
当然ながら城に来たのは初めてだし、王子みたいな権力者に会うのも初めてだ。
しかも、そんな人がぼくにわざわざ依頼をするだなんて。
「僕ね、十九歳なんだ。来年で二十歳になるってことで、父親――この国の王から、僕は見合いをするよう命じられた」
お見合い、か。
ぼくはもちろんしたことないが、王子ともなると王や女王から命じられることもあるのかな。
王族の事情なんか全く知る由もないし、そもそもこの国の王だけ他と違う考えを持っているという可能性もあるけど。
「でもね、正直僕はお見合いなんてしたくない。親が決めた相手だとか、そういうのはちょっと違うんじゃないかってね。僕は、ちゃんと自分自身で運命の相手を決めたい」
その気持ちは、なんとなくぼくも納得できた。
変態なことで知られるぼくだって、そりゃあもちろん結婚する相手くらいは自分で選びたい。
だから、ネルソン王子の判断は正しいことだろうし、もし同じ状況にいたとしたらぼくも同じことを思うだろう。
「そこで、君に頼みなんだけど……僕の、彼女になってほしい」
「……はい?」
ふと発せられた王子の発言に、ぼくは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
えっと……今、この人は何を言ったのだろう。
訝るぼくに構わず、王子は更に続ける。
「僕の父、王はね……結構な頑固者なんだ。僕が少し断っただけでは、なかなか認めてくれない。だから君を僕の彼女なんだと父に紹介することで、お見合いをせずに認めてもらおうってことさ」
あの、本当に何を言っているんだ、この人は。
言葉が聞き取れないわけではない。言っている意味が分からないわけでもない。
ただ、その台詞に納得ができなかった。
「い、いやいやいや、ちょっと待ってください。何で、ぼくなんですか?」
「言ったろう? 僕の父はとても頑固で、そう簡単には認めてくれないんだ。王子である僕に相応しい人でなければ、きっと無理だろう。その点、君は何も問題がない」
「問題がないって……どういうことですか」
「ん? だって君は――とても可憐で可愛いじゃないか」
「……は、はぁっ?」
何故か、顔が熱くなったのを感じた。今、もしかしたらぼくの顔は赤くなっているかもしれない。
くそう。超絶イケメンフェイスで、いきなり何てことを言い出すんだ。
条件反射で、つい照れてしまったじゃないか。
「い、いや、可愛いだなんて、そんな――」
「ははは、謙遜しなくていいよ。君は、僕が今まで出会った全ての女性の中でも秀でている」
初対面なのに、どうしてこんなに口説かれてしまっているのだろうか。
ここまで正直に直接ベタ褒めされると、嬉しいを通り越してただ単に恥ずかしい。
実は男です、なんて言ったら、どんな反応するのかな。
どうせ信じてもらえないし、そんなことをわざわざ言うつもりもないけど。
「それで、どうかな? 何も、本当の彼女になれと言っているわけじゃない。僕の父を認めさせるまででいいんだ」
などと簡単に言ってくれるが、頑固な王様を認めさせることがどれだけ難しいかは、経験のないぼくでも容易に想像できる。
しかも、このぼくが男の彼女として、父親である王に会わないといけないとは。
緊張とか不安とか畏怖とか懸念とか不満とか、様々な感情が綯い交ぜになり、頭がクラクラしてきそうだ。
「ちょっと、耳を貸してくれるかい?」
「……? はい」
言われるまま、背伸びをして彼の顔に耳を近づける。
するとぼくの耳元に彼の吐息がかかり、くすぐったい。
が、身をよじる暇もなく、小声で王子は話す。
「報酬は――――、これくらいでどうかな?」
「……ッ!?」
目玉が飛び出るかと思った。
それくらい、ネルソン王子が告げた報酬は常軌を逸していた。
具体的な数字を言ったわけではない。
でも、それで充分だった。庶民であるぼくの想像を遥かに絶するには。
曰く、家が何十軒も建てられるくらい――と。
さすがは王族、さすがは王子といったところか。
一体、どうやってそれほどまでの大金を用意できるんだろう。
「いいんですか、そんなに……」
「うん。まあ、僕個人のお金だから、ちょっと少ないかもしれないけどね」
「す、少ない!? いやいやいや、全然そんなことないですよ!」
まるで当然のように王子だからこその意見を述べられ、ぼくは思わず突っ込んでしまった。
ぼくが、ここで頑張れば。ぼくが、ここで我慢をすれば。
かなりの長い間、ぼくたちは金の心配をしなくて済む。
だったら――少しくらい、勇気を出してみよう。
王子も、困っているみたいだしね。
「わ、分かりました……。ぼくで、いいなら」
「ほんとかい? ありがとう、助かるよ」
そこで深呼吸をし、ぼくは歩き出した王子の後を追いかけた。
あまりの緊張で、自分の胸を揉む余裕すらなかった。
微笑んだ拍子にちらっと見えた歯は白く輝いており、フサフサの金髪や綺麗な肌も相まって、男にしては手入れを怠っていないのだということが分かる。
ぼくより、少しだけ年上だろうか。
目の前の男は、俗に言うイケメンというやつだ。
「王、子……?」
「うん、驚かせちゃったかな。僕が王子だってことがバレないように、仮面をつけてたんだよ」
そうか、あの仮面はそういう意味があったのか。
逆に人々の視線の的になっていた気はするが、それでも「変な人」止まりで済む。
王子というくらいだから顔は広く知られているだろうし。
「僕が一人で城から抜け出したのは、理由があるんだ。それが、君への頼みにも繋がるんだけどね」
どうしよう。少し緊張してきた。
当然ながら城に来たのは初めてだし、王子みたいな権力者に会うのも初めてだ。
しかも、そんな人がぼくにわざわざ依頼をするだなんて。
「僕ね、十九歳なんだ。来年で二十歳になるってことで、父親――この国の王から、僕は見合いをするよう命じられた」
お見合い、か。
ぼくはもちろんしたことないが、王子ともなると王や女王から命じられることもあるのかな。
王族の事情なんか全く知る由もないし、そもそもこの国の王だけ他と違う考えを持っているという可能性もあるけど。
「でもね、正直僕はお見合いなんてしたくない。親が決めた相手だとか、そういうのはちょっと違うんじゃないかってね。僕は、ちゃんと自分自身で運命の相手を決めたい」
その気持ちは、なんとなくぼくも納得できた。
変態なことで知られるぼくだって、そりゃあもちろん結婚する相手くらいは自分で選びたい。
だから、ネルソン王子の判断は正しいことだろうし、もし同じ状況にいたとしたらぼくも同じことを思うだろう。
「そこで、君に頼みなんだけど……僕の、彼女になってほしい」
「……はい?」
ふと発せられた王子の発言に、ぼくは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
えっと……今、この人は何を言ったのだろう。
訝るぼくに構わず、王子は更に続ける。
「僕の父、王はね……結構な頑固者なんだ。僕が少し断っただけでは、なかなか認めてくれない。だから君を僕の彼女なんだと父に紹介することで、お見合いをせずに認めてもらおうってことさ」
あの、本当に何を言っているんだ、この人は。
言葉が聞き取れないわけではない。言っている意味が分からないわけでもない。
ただ、その台詞に納得ができなかった。
「い、いやいやいや、ちょっと待ってください。何で、ぼくなんですか?」
「言ったろう? 僕の父はとても頑固で、そう簡単には認めてくれないんだ。王子である僕に相応しい人でなければ、きっと無理だろう。その点、君は何も問題がない」
「問題がないって……どういうことですか」
「ん? だって君は――とても可憐で可愛いじゃないか」
「……は、はぁっ?」
何故か、顔が熱くなったのを感じた。今、もしかしたらぼくの顔は赤くなっているかもしれない。
くそう。超絶イケメンフェイスで、いきなり何てことを言い出すんだ。
条件反射で、つい照れてしまったじゃないか。
「い、いや、可愛いだなんて、そんな――」
「ははは、謙遜しなくていいよ。君は、僕が今まで出会った全ての女性の中でも秀でている」
初対面なのに、どうしてこんなに口説かれてしまっているのだろうか。
ここまで正直に直接ベタ褒めされると、嬉しいを通り越してただ単に恥ずかしい。
実は男です、なんて言ったら、どんな反応するのかな。
どうせ信じてもらえないし、そんなことをわざわざ言うつもりもないけど。
「それで、どうかな? 何も、本当の彼女になれと言っているわけじゃない。僕の父を認めさせるまででいいんだ」
などと簡単に言ってくれるが、頑固な王様を認めさせることがどれだけ難しいかは、経験のないぼくでも容易に想像できる。
しかも、このぼくが男の彼女として、父親である王に会わないといけないとは。
緊張とか不安とか畏怖とか懸念とか不満とか、様々な感情が綯い交ぜになり、頭がクラクラしてきそうだ。
「ちょっと、耳を貸してくれるかい?」
「……? はい」
言われるまま、背伸びをして彼の顔に耳を近づける。
するとぼくの耳元に彼の吐息がかかり、くすぐったい。
が、身をよじる暇もなく、小声で王子は話す。
「報酬は――――、これくらいでどうかな?」
「……ッ!?」
目玉が飛び出るかと思った。
それくらい、ネルソン王子が告げた報酬は常軌を逸していた。
具体的な数字を言ったわけではない。
でも、それで充分だった。庶民であるぼくの想像を遥かに絶するには。
曰く、家が何十軒も建てられるくらい――と。
さすがは王族、さすがは王子といったところか。
一体、どうやってそれほどまでの大金を用意できるんだろう。
「いいんですか、そんなに……」
「うん。まあ、僕個人のお金だから、ちょっと少ないかもしれないけどね」
「す、少ない!? いやいやいや、全然そんなことないですよ!」
まるで当然のように王子だからこその意見を述べられ、ぼくは思わず突っ込んでしまった。
ぼくが、ここで頑張れば。ぼくが、ここで我慢をすれば。
かなりの長い間、ぼくたちは金の心配をしなくて済む。
だったら――少しくらい、勇気を出してみよう。
王子も、困っているみたいだしね。
「わ、分かりました……。ぼくで、いいなら」
「ほんとかい? ありがとう、助かるよ」
そこで深呼吸をし、ぼくは歩き出した王子の後を追いかけた。
あまりの緊張で、自分の胸を揉む余裕すらなかった。
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