ぼくは今日も胸を揉む

果実夢想

#6 ぼくの中の何かが勃った

 ミントという名の同居人が増えた後。
 ぼくは、ようやくある程度の家具が揃った部屋に一人でいた。
 夕飯は済んだ。家具を買い終え、ミントの話も終えた。他に、用事はない。
 ただ、一つを除いて。

「……よし」

 ぼくは覚悟を決め、部屋を出る。
 その際、辺りをキョロキョロと見回し、奴が近くにいないことを確認。
 いないと分かれば、すぐさま目的地へ向かう。

 言わずもがな――ミントの部屋だ。
 扉をノックすると、暫くしてミントが出てきた。

「……なに?」

「今、時間ある?」

「……ん。特に、何もしてないから」

「そっか。だったらさ――」

 そこで一拍あけ、ぼくは緊張を悟られないようにしながら言い放つ。

「――一緒に、風呂に入ろうよ」

 そう。それこそが、今回のぼくの目的である。
 せっかく、こうして女の体になったのだ。堂々と女の子と入浴ができるようになったというのに、それをしないのは間違っているだろう。
 据え膳食わぬは、というやつである。

 唯一ぼくが男だったことを知っているのは、ユズだけ。
 そのユズがいない最大のチャンスを、逃すわけにはいかない。

「……一緒に、風呂に入って、いいの……?」

「え? もちろん。むしろ、ぼくが一緒に入りたいって思ってるんだけど」

「……そう。じゃあ、入り、たい……」

 若干小声ではあったが、何とか了承を得ることができた。
 もしかしたらミントにも聞かれてしまうのではないかと思ってしまうくらい、動悸が騒がしく鳴っている。
 ぼくは一回だけ深呼吸で気を落ち着けさせ、ミントと肩を並べて一階に降りる。
 そしてユズが近づいてこないことを執拗に警戒し――ぼくたちは、脱衣所へ足を踏み入れた。

 女の子と二人きりの、脱衣所。
 心臓の鼓動が、更に激しさを増す。
 落ち着け。落ち着け、ぼく。まだ、始まってすらいない。本番は、ここからなのだ。

 などと自分に言い聞かせていたら、躊躇なくミントは服を脱ぎだした。
 いや、女同士だと思っているのだから躊躇なんてあるわけないんだけども。
 自然と、ぼくの視線はミントの肉体に注がれる。

 ミント・カーチスは、ユズほどじゃないにしても割と小柄な体型だ。
 腕や脚などは細く、無駄な脂肪は一切ないと思われる。
 しかし。しかし、である。
 その胸部だけは、確かな存在感を放っていた。
 驚異的な胸囲……とかいう下らない駄洒落を言っている場合ではない。
 少なくとも、Dはあるだろう。意外にも、着痩せするタイプだったらしい。

「……どうしたの」

「い、いや、意外と大きいんだなって」

「……そう?」

 ぼくの言葉に、ミントは首を傾げて自身の胸を手のひらで押し上げる。
 こ、これはいけない。予想以上にドキドキしてしまい、顔が熱くなるのを感じた。
 まだじっと見ていたい気持ちを抑え、ぼくも服を脱ぐ。
 すっかり忘れかけていたが、自分の体にもおっぱいという名の凶器があるんだった。
 嬉しいけど恥ずかしい。
 浴室に入ると、ミントは遠慮がちに口を開く。

「……背中、流す」

「え? ぼくの?」

「……ん。助けてもらったから、その、お礼に……」

 何とも健気な申し出だ。
 可愛い女の子に背中を流してもらうという夢のようなシチュエーションが、今まさに行われようとしている。
 少し恥ずかしいという思いもあるけど、だからといって断れるはずもない。

「う、うん、分かった」

 答え、ぼくは緊張しつつも座る。
 すると、ミントはぼくの背後で膝立ちになった。

 ゆっくりと、女の子らしい力加減でぼくの背中を擦っていく。
 力は強くない。が、それが逆に気持ちよかった。
 背中を流してもらうのって、思っていたよりいいものじゃないか。
 なんて、油断していたら。

 背中に、二つの感触が伝わってきた。
 むにゅっとした柔らかい感触と、それより幾ばくか面積の小さいこりっとした感触。
 間違いない。ミントの胸と、その先にある突起――乳首だ。

 やばい。これは、実にヤバい。まずいですよ。
 気づいていないのか、もしくは気にしていないのか、ミントは今もぼくの背中を洗ってくれている。
 徐々に力が入ってきており、前かがみとなっているから、しきりにぼくの背中に胸が当たってしまっているのだ。

 ふと目の前にある鏡を見れば、そこには顔を赤らめた美少女の姿があった。
 落ち着け、ぼく。この程度で照れたり恥ずかしがっていたら、もっと凄いことなんて永遠にできないだろう。
 いや、でもこんな状況、男だったら間違いなく勃つ。もう既に、ぼくの中の何かが勃った。
 くそう、激しい心臓の鼓動が治まらない。ぼくの童貞チキン野郎め、いい加減にしなさい。

「……終わった」

 ひたすら心の中で格闘しているうちに、ミントは背中を洗い終えてしまったらしい。
 よかった、ぼくは勝ったぞ。勝ち負けの基準が、自分でもよく分からないけど。
 変態のくせに、まさかぼくがここまでチェリーだったなんて。自分のことながらビックリだ。
 まずは、女の子の裸を見たり、胸などの女体が触れたりしても容易には動じない鋼の精神が必要か。
 なかなか先は長そうだけど、頑張らないと。ぼくの目標ができた瞬間である。

 そのあと何事もなかったかのように、二人で湯に浸かった。
 数十分が経過し、ぼくたちは風呂から上がる。
 そして、風呂に入っている間にぼくの警戒心が完全に霧散していた状態で、脱衣所から出た。
 出て、しまった。

「……あ」

 そう。風呂場のすぐ近くに、ユズがいることを全く知らないで。
 ユズの視線は、ミントからぼくに移り、そのあと脱衣所の扉へ行き、またぼくに戻る。
 みるみる、ユズの顔が赤く染まっていく。

「な……な、な……何してたんですか、二人でっ!」

「……? お風呂に、入ってた」

「お、お風呂ですかっ? ちょっとライムさん、どういうことですかっ!」

 赤面したまま、ぼくに詰め寄る幼女神。
 完璧だと思ったのに、まさか最後で見つかってしまうとは。不覚なり。

「……何、怒ってるの?」

「えっ? い、いや、それは、だって」

 不思議そうなミントに問われ、ユズは口ごもる。
 ぼくが男だったことを知っているのはユズだけだし、そのことを話したところで、きっと信じてはもらえないだろう。
 それに、話すとなるとぼくが転生した経緯やユズが神である事実なども話さなくてはいけなくなるかもしれない。
 普通は、男が女になることなんて有り得ないのだから。

 神であることを隠しているユズとしては、いくら仲間となったミントだとしても簡単に話せるようなことではないのだろう。
 ぼくとしては、むしろ好機だった。

「そうだよ! 女同士なんだから、一緒に風呂に入るくらいおかしいことじゃないでしょ! ね、ミント」

「……ん。誘ってくれて、ありがとう……」

「む、むぐぐ……」

 ぼくとミントの絶妙なコンビネーションに、ユズは悔しそうに歯噛みする。
 よし、勝てる。たとえ相手が神でも、ぼくの愛欲の前には敵なんて――。

「……ライムさん、後で話があります」

「……はい」

 まあ、その程度で見逃してくれるわけはなかった。
 さすが神、さすが厳しい。

 このあと、ぼくは一晩中めちゃくちゃ怒られた。

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