ぼくは今日も胸を揉む

果実夢想

#6 およそ15センチ

「何かお探しですか?」

 購入すべきブラジャーのサイズをどうしようかと、一人で思案を巡らせていると。
 悩んでいるのが分かったのか、店員さんが来て問いかけてきた。

「あ、はい。下着を買いたいんですけど、どれにしようか迷ってて」

「お胸のサイズは、幾つでしょうか」

「あー、えっと……」

「……? よろしければ、今からお測りしましょうか?」

「は、はい、お願いします」

「でしたら、こちらに」

 ユズをその場に残し、ぼくは導かれるまま店員さんの後ろについて行く。
 多くは語っていないのにも拘わらず、店員さんはすぐに色々察していただけたらしい。これが、プロの実力か。
 少し緊張したけど、何とか答えることができた。他人からは女にしか見えていないのだから、慌てたりキョドったりしたほうが怪しまれるというもの。
 大丈夫だ。この際、とことんまで女に成りきろう。
 やがて試着室に到着し、ぼくは店員さんと一緒に中へ入る。

「あの、測るときって服は脱ぐんですか?」

「いえ、服の上からなので大丈夫ですよ」

 よかった。店員さんに己の乳房を晒さなければいけないのかと不安になっていたが、どうやら杞憂だったようだ。
 いくらぼくでも、女となった今では他人に胸を見られるのは恥ずかしい。
 その程度の羞恥心くらい、ぼくにもあるんだよ。いや、本当に。

「それでは、測らせていただきますね」

 店員さんは最初にそう告げてから、メジャーを取り出す。
 ぼくは何をしていればいいんだろう。棒立ちでいいのかな。
 などと考えている間にも、店員さんはぼくの背に腕を回してメジャーで測定する。
 その拍子に、手袋に覆われた店員さんの指が、服の上からぼくの乳首に触れてしまう。

「ひぁ……っ」

「……大丈夫ですか?」

「は、はい、すいません」

 は、恥ずかしい。僅かに乳首に当たっただけで言い知れぬ快感が全身に伝わり、思わず変な声が漏れてしまった。
 思っていた以上に、乳首とは敏感な部位だったらしい。
 自分で胸を揉んだときより、他人に乳首に触れられたときのほうがびくっとなる。
 あまりの羞恥で赤面しつつ俯くぼくに構わず、店員さんは測定を終えた。

「トップとアンダーの差はおよそ15センチほどでしたので、お客様の場合はCカップをお選びいただくのがいいと思います。C65が一番ぴったりですかね」

「あ、はい、分かりました。ありがとうございます」

 お礼を述べ、ぼくは試着室を後にする。
 恥ずかしかった……が、何とか自分のカップサイズを把握することができた。
 日本でも、似たような測定方法なのかな。全く同じかもしれないし、全く違うのかもしれない。
 異世界特有の変な道具を使用したりとか、そういうのじゃなくて本当によかったよ。
 正直、この仕事に少しロマンを感じてきた。将来働くなら、ぼくもランジェリーショップで働きたい。

 ユズが待っている場所に行くと、ユズは近くにあるパンツを物色していた。
 うーん、自分がつけることになるであろう下着を見ている女の子って、結構いいかも。

「お待たせ、ユズ。Cなんだってさ」

「そ、そうですか……しー……」

「Aカップだからって、そんなに気にすることないよ?」

「んなぁ……っ!? だ、誰もAだなんて言ってないじゃないですかっ!」

「違うの?」

「確かにAですけど……って、何言わせるんですか!」

 完全に墓穴を掘っている。ぼくは何も悪くない。
 ユズは、からかい甲斐があって可愛い。罰当たりだろうけど、神さまには見えないし。

「でも、ユズならそもそもブラジャーは必要ないんじゃないかな」

「喧嘩売ってるんですかっ!?」

「違うよ! 心の底から、ユズのことを想って忠告してあげてるんだよ!」

「……尚更、質が悪いです」

 半眼になって呟くユズをよそに、ぼくは自分のブラジャーとパンツを選ぶ。
 黒とかの濃い色よりは、白や黄色とか明るい色がいいよね。
 柄や触り心地なども吟味した結果、ぼくはブラジャーとパンツを五つずつ手に取る。
 これだけあれば、とりあえずは大丈夫だろう。

「じゃあ、お願い」

「あの……別にいいんですけど、もう少し遠慮とかないんですか」

「ごめんね、今は一銭もないからさ」

「はぁ……分かりました。それじゃあ、買ってきます」

 呆れたようにため息をつきながらも、ユズはぼくからブラジャーとパンツを受け取ってレジへ向かう。
 街並みは西洋のような感じではあったものの、こうしていると日本で普通の買い物をしているかのようだ。
 まあ、性転換した時点で少なくとも普通ではないけど。

 でも、異世界というからには何かあるのだろう。
 例えば――魔物が蔓延っていたり、ドラゴンが飛んでいたり、人外娘も暮らしていたり。
 そういった、元の世界では有り得ないことが。
 せっかく異世界に転生したのだ。ぼくも、せめて一度は目にしたい。
 なんて、ずっと一緒にいるユズが神だというだけで、充分すごいことではあるんだけど。

 などと考えていたら、袋を提げたユズが戻ってきた。
 無言でその袋を手渡してきたので受け取り、ぼくたちは店から出る。

「あ、そういやブラジャーの付け方分からないんだった。手伝ってね」

「……まあ、いいですけど」

 嘆息して呟くユズは、なんやかんや言ってもやっぱり面倒見がいい。
 これ以上の神さまなんて、どの世界にもいないだろうなー……なんてことを思ったりして。
 ぼくは自分の胸を一揉みし、家へ向かって歩を進める。

「だ・か・ら! そうやって胸をモミモミするのはやめてくださいっ! 特に外では!」

 また怒られた。

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