ああ、赤ずきんちゃん。

極大級マイソン

第6話「シンデレラと昔話」

 昔々あるところに、おとぎの国の王子様がいました。
 王子様は、おとぎの国を治める国王様の息子であり、次代の国王です。そんな彼が理想とする男性像とは、ズバリ【強い男】でした。
 幼少期。妹の白雪姫と変わらないくらいの歳だった頃の王子様は、次期国王として恥ずかしくないよう、毎日たくさんの習い事を受けていました。字の読み方、数の数え方、歴史、政治関係などなど。王子様は真面目な子で、普通なら根を上げてしまうスケジュールを組まれても文句一つ漏らさず稽古に励んでいました。
 そんな数ある習い事の中でも、王子様が一番熱を入れていたのは剣の稽古です。
 悪い輩をやっつけて、困っている人を救う。幼いながらも純粋な正義感を持って、王子様は忙しい毎日でも欠かさず剣を振っていました。いつか強くなって、多くの人々を護れるようになるのを夢見て……。
 そんなある日のこと、王子様の元へ一人の若い騎士がやってきました。国でも指折りの実力を持つとされるその騎士は、王子様に剣の稽古を行う講師として現れたのです。
 騎士は幼い王子様を一目見るや否や、迷いのない一言を口にしました。

 天才騎士「お前、剣の才能無いな」
 少年王子「なっ!? それは誠か、天才騎士よ!」

 年端もいかない王子様は、長身の天才騎士を見上げて問い質します。
 一方で、天才騎士は王子様を意に介さず残念そうに溜息を吐いていました。

 天才騎士「はぁー……何で俺が、こんなこましゃくれたガキの相手をしなきゃならねえんだ。可愛い女の子だったら良かったのに……」
 少年王子「天才騎士! 天才騎士よ、聴いているか!?」
 天才騎士「聴いてます聴いてます。……王子様、はっきり言って王子様には剣の才能がありません。覚えるだけ時間を浪費するだけなので、とっとと諦めてください」

 一刀両断とはまさにこの事。天才騎士は、王子様の本質を勢い良く否定します。
 多くの人々を護りたい、救いたいと願う王子様。
 しかし、お前にはその才能が無いと言われ、王子様は少なからずショックを受けてしまいました。

 少年王子「な、何故、お前はそんな事がわかるのだ?」
 天才騎士「そりゃあ、俺に剣の才能があるからですよ。王子様に才能があるのか無いのかなんて一目見ればわかります」
 少年王子「そういうものなのか……」
 天才騎士「そうです。……王子様からは、うちの騎士団の奴らと同じ匂いがしますね」
 少年王子「王国最強のおとぎ騎士団のことか?」
 天才騎士「正義のため、平和のためと嘯いては剣を振る……自分の実力もわかっていない馬鹿な連中ですよ。王子様は国を背負う偉人として、そういう勿体ない人生は送らないでほしいですね」

 天才騎士は苦笑を浮かべます。彼のその主張には、一切の曇りも見当たりませんでした。
 天才騎士の言い分を一通り聞いて、王子様は天才騎士に興味を持ちます。徹底した実力主義者である天才騎士は、王子様がこれまで出会ってきた誠実で勇敢な騎士達とは全く異なる価値観を持っていたからです。

 少年王子「では天才騎士よ。剣の才能が無い私は、これからどう生きていけば良いと思う?」
 天才騎士「うーんそうですね。……面倒事は家来に押し付けて、自分は美女を侍らせながら悠々自適に過ごしたらどうですか?」
 少年王子「それでは国民の皆を護れない」
 天才騎士「王子様は王子なんですよ? 俺だったら、可愛い女の子を囲って自分だけの楽園を築き上げます。わざわざ下々のために働く理由がわからん」
 少年王子「しかし天才騎士もまた、人々の平和を護る騎士の一人なのだろう? お前は何故、騎士になったのだ?」
 天才騎士「金と名誉と女のためですよ。それらを手に入れるために働いているんです。でも最初から全てを兼ね備えている王子様には必要のない過程ですね。羨ましい」
 少年王子「……私は、金も名誉も女性も、欲しいと思ったことは無いのだが」
 天才騎士「で、代わりに欲しいのが国民の安寧だと? まあ価値観は人それぞれですが、しかし憶えておいてください。結局必要なのは《強さ》なんです」
 少年王子「強さ?」
 天才騎士「この世は弱肉強食、夢を叶えるためには強くなるしかないんです」

 天才騎士は、腰に下げてる鞘から一本の剣を抜きます。
 そして風を裂くような鋭い一振りを放ったかと思うと、二人の目の前にあった大きな木が真っ二つに斬れてしまいました。

 少年王子「おお!」
 天才騎士「これが《強さ》です。腕力、知力、財力、権力など。力には色々な種類がありますが、これを全く持っていない奴は一生経っても夢は叶いません。世の中っていうのはそういう風に出来てるんですよ」

 そう言いながら、天才騎士は適当な感じに剣を縦横無尽に振り回します。彼が剣を振るごとに、周りの木々は面白いくらいに簡単に斬り裂かれ、二人の足元には大量の木の残骸が出来上がりました。

 天才騎士「しかし王子様は立場上、既にいくつかの力を持っています。剣の技力が無くとも、それらの力を使えば国民を護ることだって出来るでしょう。気を落とす必要はありません」
 少年王子「ふーむ……」

 王子様は腕組みをします。天才騎士の話を聞いて、自分なりに事の是非を考えているのでしょう。
 そしてしばらく思案を続けた後、ふと口を開きました。

 少年王子「確かにお前の言う通り、国民を平和に導くならば剣以外にも方法はいくらでもあるだろう。次期国王として、私はこれからも日々学んでいくつもりだ」

 だがな、と。
 王子様は一度区切ってから話を続けます。

 少年王子「……どれだけ才能が無いと言われても、私はこれからも稽古を続けるよ」
 天才騎士「ほう、それは何故ですか?」
 少年王子「決まっている、『漢の夢』だ」
 天才騎士「漢の……夢」

 王子様は、子供らしい澄んだ瞳を見せながら天才騎士にそう答えました。
 彼の言葉を聞いた天才騎士は、しばらく呆然とした表情をしていましたが、やがてニィッと笑みを浮かべ、王子様に好奇の目を向けました。

 天才騎士「なるほどなるほど、そういう考え方は嫌いじゃないぜ。正義だ平和だ言うよりはよっぽど信頼できる」
 少年王子「では天才騎士よ、信頼も深まったところで剣の稽古を頼むぞ。遠慮は要らん、好きなだけシゴいてくれ」
 天才騎士「良いだろう! ならば俺の究極奥義を見せてやる! これを習得すれば、どんな強い敵だろうと一撃で倒すことが出来るだろう!」
 少年王子「おお!」
 天才騎士「だが、そうだなぁ……。王子様がこの奥義を覚える期間はざっと計算して……1000年以上ですかねー? 因みに俺は1年で習得出来ました」
 少年王子「ならば私は、お前より1000倍努力するだけだな! よろしく頼むぞ天才騎士!」



 *****



 王子「……とまあ、こういう出来事があったのだ」
 シンデレラ「王子様にそのような過去が……」

 シンデレラは感極まった表情で王子様を眺めています。
 王子様は、昔あった出来事をシンデレラに話していました。
 理由は特にありません。ただ王子様は、いつも色々な話を聞かされている身としては、偶には自分が話しをしようと思ったのでした。

 王子「シンデレラが聞かせてくれる冒険話は面白いからな。それに比べて、私は大した話をしてやれなくて申し訳ない」
 シンデレラ「そんな事はございません。王子様が私のために自身のお話をしてくれたこと、とても嬉しかったです」

 お城住まいで遠方への外出をほとんど経験したことがない王子様は、人の経験談・冒険話を聞くのが好きでした。
 シンデレラは、そんな王子様に自分の体験談をお話しする事を日課としていました。シンデレラが送ってきた人生の旅路は長く、毎日語ってもネタが尽きる事はありません。
 シンデレラにとって、王子様は特別な人でした。だからこの日、王子様が初めて、自分自身の話をしてくれた事に、シンデレラは大変喜んだのです。

 シンデレラ「……それで、その天才騎士様は今どうしているのですか?」
 王子「奴は、色々あってこの町を離れたよ。今もどこかで暮らしていると思うのだが……」
 シンデレラ「そうですか、また会えると良いですね」
 王子「ああ。……天才騎士は、粗暴な奴ではあったが私にとって良い師であった。奴の言っていた事は決して間違いではなかったからな」

 そう言って王子様は、自分の腰にぶら下げている鞘を見つめます。それは、王子様が何年も修行に使っている愛用の剣でした。

 王子「あれから10年経ったが、やはり私には才能が無いらしい。教えに従い、毎日のように剣を振っているが未だに他の騎士達と共に戦えるだけの技量が私にはない。……師の言う通りだったよ」

 王子様は少しだけ寂しそうな表情を浮かべますが、すぐにいつもの凛とした顔つきに戻りました。

 王子「……私はまだまだだ。だからこそ出来るだけの努力をする。この国を背負う者としての矜持を持ってな!」

 王子様は不器用な人でした。ですが、国民の皆を護ろうという思いは今も残っていました。
 そんな王子様を見て、シンデレラはこっそりと笑みを作ります。

 王子「さて、そろそろ出番ではないか? お前の晴れ舞台、楽しみにしてるぞ」
 シンデレラ「……はい!」

 今宵は天下一舞踏会。
 シンデレラは、その大会の主催者であり、出場する参加者でもありました。
 バッと観客席から舞台に降り立ちます。
 正面には対戦相手。直後、観客席からは国民の声援が沸き起こりました。
 シンデレラはいっぱいの声と視線を浴びながら、胸に手を当て荒ぶる心を整えていきます。

 シンデレラ「……緊張しますね。ですが王子様も観ていますし、恥ずかしい真似は見せられません」

 王子様。彼の事を考えると、自然と心が落ち着いてくる。
 シンデレラは目の前の相手に視線を移し、胸に当てた手を前に構えました。それと同時に、対戦相手は怒号を上げながらシンデレラに突進をします。
 こうして、シンデレラの試合は相手の突進から鳴り響いた轟音と同時に開始されたのでした。



 ……そして、時間にして僅か一分ほど。
 シンデレラは難なく勝利を収め、観客席にいる王子様に手を振りながら、舞台の上を離れていきました。
 次回、第7話「赤ずきんちゃんとかぐや姫」。ご期待ください。

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