ああ、赤ずきんちゃん。

極大級マイソン

第3話「赤ずきんちゃんのお城探検」

 赤ずきん捜索隊編成後、一足先に自宅に帰ったヘンゼルとグレーテルは、自分たちの寝床に着いていました。夜通し森を歩くのは流石にキツイという事で、彼らだけ睡眠をとってから町に行くことになったのです。

 グレーテル「我ながら薄情な事をしている自信はある」
 ヘンゼル「そう言うなよ。人間が睡眠を欲求する生き物である以上、これは仕方のない事なんだ。いくら知り合いが怪しげな奴に誘拐されたといってもな」

 元はと言えば、双子赤ずきんを狩人に売ったことも、さらわれた要因の1つになるのですが、当の2人はそんなことは不慮の事故の範囲内だと本当に薄情に考えていました。
 おとぎの森から町までの距離はそう遠くなく、朝一番で出掛ければ子供2人でも問題なく辿り着けるでしょう。

 ヘンゼル「あー赤ずきんが心配だ。居ても立っても居られないぜー」
 グレーテル「言葉に感情がこもってないぞ」
 ヘンゼル「でもあいつの事だから、誘拐されてもなんだかんだで無事なような気がしてならない。多分大丈夫だろう」
 グレーテル「不審者は、先生も凌ぐ相手だって話だぞ?」
 ヘンゼル「それはそれ。まあ、どうにかなるだろう。世界は、理不尽なようでいて、収まるところには収まるようには出来ているんだから」
 グレーテル「……………………」
 ヘンゼル「…………もう寝ようぜ。お休み、グレーテル」

 自分の身が優先とはいえ、知り合いがいなくなるのは寝覚めが悪い。双子は、明日の捜索に向けて眠りにつこうとします。

 グレーテル(『世界は、理不尽なようでいて、収まるところには収まるようには出来ている』、か……)

 グレーテルは、そのことに覚えがありました。かつて両親に捨てられ行き場を失っていた頃のことを。

 グレーテル(あの頃は、世の中というものに心底絶望していた。先の見えない恐怖と不安。ヘンゼルが一緒にいなかったら、そんな絶望にいつまでも囚われていたのかもしれない)

 しかし、グレーテルは今も生きていて、危険はあれどそれなりに楽しく暮らしています。
 両親といて、家族ぐるみで過ごしていた頃とは違えど、今の生活も悪くないと思えるようぐらいには、グレーテルは考えるようになっていました。

 ヘンゼル「……どうした? なんか深刻そうな顔してるな」
 グレーテル「何でもない。お休み、ヘンゼル」

 グレーテルは布団を被り、改めて眠ろうとします。
 ヘンゼルは疑問そうに首を捻りますが、すぐに彼も横になって眠りました。

 グレーテル(赤ずきん。そんな義理はないけど、助けに行くくらいはしておくか。あいつも一応、私の数少ない知り合いの1人なんだし)

 グレーテルは、あのハツラツした少女の顔を思い浮かべながら、そのまま静かに眠りに着きました。



 *****



 赤ずきん「いやーそれにしても、お城の中っていうのはとても広くて面白いものがいっぱいあるのね!」

 時刻は深夜。赤ずきんは、人気も少なくなったお城の周辺の庭を歩いていました。石造りの外壁に囲まれたこのスペースは、直線一列に並んだ花壇が広がっており、昼間に訪れたらとても華やかな場所であると察します。
 そんな中、この城で使いの仕事をしている少年が、意気揚々の赤ずきんの後ろを付いて行く形でゲンナリしていました。
 そう、時刻は深夜。少年からしてみれば、とっくにベッドに着きたい時間なのです。

 少年「あの、赤ずきん様。そろそろお休みになられた方が……」
 赤ずきん「いやよ。まだ眠くないもん」
 少年「いえしかし、明日は例の舞踏会もございますし、睡眠はしっかり取った方がよろしいかと……。体調不良が原因で、怪我をなされるかもしれません」

 赤ずきんは、うーんと唸っています。

 赤ずきん「その舞踏会なんだけどさ。いつ、どんな事をやるの? 私全然知らないんだけど」
 少年「舞踏会は明日の夜、我が国と近隣諸国から招待した16人のメンバーで競い合うトーナメント戦です。勝負は舞踏会場でのリング戦。相手を戦闘不能にするか、リングアウトにするか、相手が棄権するかで勝敗が決まります」
 赤ずきん「……肉弾戦ガチンコ勝負なの? それって本当に舞踏会なのかしら」
 少年「主催者であるシンデレラ様が提案された事ですので、僕には何とも言えません。優勝者にはどんな願いも1つだけ叶うということで、参加者の多くは血気盛んな方々が集まっているそうです」
 赤ずきん「そんなの、か弱い赤ずきんが敵うはずないじゃない」
 少年「シンデレラ様曰く、赤ずきん様もかなりの実力者だと伝え聞いておりますが」
 赤ずきん「森育ちの田舎少女に何を期待してるの?」

 確かに森である環境上、いくらか腕力と足の速さを身に付けてはいるが、それでも少女の肉体を持つ赤ずきんが、屈強な戦士を相手にどうこう出来るとは思えない。と、赤ずきんは当たり前の事実として答えます。
 赤ずきんの思い浮かべる舞踏会の参加者たち……。強面で、腕は丸太のように太く、身体はゴリラのように筋肉質なのだろうと、赤ずきんは想像しました。

 赤ずきん「絶対無理よ。きっとバナナパンチで一発KOを喰らうわ」
 少年「バナナパンチ? ……一応、棄権という処置はございますので、身の安全を第一に考えるのであれば、それもまた賢明かと」
 赤ずきん「あら、無理やり参加させる訳ではないのね」
 少年「シンデレラ様のお考えではありませんが、僕としては、未だ成長途中である女性に戦わせるのはどうなのかと思っていますので」
 赤ずきん「貴方なかなか紳士ね」
 少年「勿体無いお言葉です」

 そもそも歳の近い者と接点の少ない赤ずきんからしてみれば、少年の態度・姿勢は非常に物腰柔らかくて珍しい印象を抱きました。おそらく彼は、あのヘンゼルグレーテルの双子と同じくらいの年齢だと推測されますが、あの2人と比べて少年は、実に大人然としているというか、育ちの良さを伺えるのです。

 赤ずきん「えっと、貴方は……」
 少年「僕のことは、"少年"で結構です」
 赤ずきん「少年は、ずっとこのお城で働いているの?」
 少年「はい。しかし、いわゆる下働きと言いますか、城のお手伝いをしているだけの見習いなんです。僕の家系は代々、王家に仕える事を生業としていますので」
 赤ずきん「その歳で手に職があるのね。すごく立派なことだと思うわよ。私なんて……」

 と、赤ずきんが続けて言い掛けたその時。外庭の向こう側から誰かが近づいてくるのに気がつきました。遠目から見ても、それが男性であるのがわかります。
 その人物は、地味で動きやすい訓練着を身に付け、腰にはおそらく稽古用と思われる安っぽい剣と鞘が下げられていました。
 しかし、そんな目立たない格好をしていても、現れた人物の容姿は、そんな事を一切問題としないほどの、美形でした。
 短く切られた黒色の髪は、男とは思えないほど艶やかで良質。肌は白く、線の細い身体ながらも腕や足腰は引き締まっており、日頃から鍛えているのがわかります。
 少年は、その人物を見るや否や、驚いた様子で彼を見つめます。

 少年「お、王子様っ!」
 赤ずきん「え、王子?」

 赤ずきんも驚きます。
 一方で王子と呼ばれた青年は、2人の子供たちの前に立って、爽やかな笑みを浮かべました。
 次回、第4話「赤ずきんちゃんと王子様」。ご期待ください。

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