公爵令嬢は結婚したくない!
雨音の日に(11)
馬車は街道を走る。
町に近づいていくと、車輪から聞こえてくる音が硬質のある音に変わった。
「ユウティーシア様、もう揺れはないと思います」
「そうなの?」
「はい。街道はある程度は整備されていますが、ここからは煉瓦で作られた石畳が町の中まで続いておりますので」
エリンさんの言うとおり、馬車の外をチラリと見ると石畳が町まで続いているのが見える。
ところどころ生え際の雑草や苔が見えるけれど、割れているような煉瓦は見当たらない。
少なくともきちんと手入れはしているのは見て取れる。
「本来でしたら、もっと手入れされているのですけど……」
「十分だと思うのだけれど……」
リースノット王国は、軍事・経済と共に大国と肩を並べてはいる。
インフラも、整いつつはあるけど煉瓦作りの道と言うのは、王都の貴族街などの周辺に限っていた。
町の外まで伸びている煉瓦道は、今まで見た事がない。
大抵は踏み固められたものであったから。
それは、海洋国家ルグニカでも同じで――。
「内乱があった為に、雑草が生えてしまっていますので……。それに苔も――、これでは怪我をされる方が出てくるかもしれません」
「――そ、そうなの?」
すごい。
流通インフラに対する考えが、少なくともリースノット王国よりも上。
さすがは、ローレンシア大陸南西の大国であったアルドーラ公国。
リースノット王国の10倍以上の国力を有していただけはある。
「はい! けれど、これからは少しずつ改善されていくと思います。スペンサー様が王位継承権を持っていたらどれほど……」
その呟きに答える言葉を私は持っていない。
私は公爵家の貴族令嬢としての責務を捨ててしまったのだから。
「そこの馬車停まれ!」
外から声が聞こえてくる。
「到着したようです」
エリンさんの言葉通り馬車は門を通り過ぎた。
門を通り過ぎる瞬間、10人以上の兵士の視線が私に向けられてくる。
「兵士の方々が目を丸くしていたようだけど……」
「ユウティーシア様が、アルドーラ公国の王族が着られるドレスを着ていたからでしょう」
「――え!?」
「申し訳ありません! 言い出せずにいたのですが……、すぐに会談用のドレスをご用意できて、しかも丈などが合うのがリースノット王国から嫁いでこられた王妃様のドレスだけでしたので……」
「そ、そうなの?」
エリンさんは慌てて頭を下げてくる。
だけど、それ以上に私には気になっていることがあって。
「で、でも……、大丈夫かしら? これって100年前のドレスなのよね?」
「大丈夫です! それは、嫁いでこられた王妃様が縫われた物ですので! 当時はとても斬新だと言われて公の場で着られることは殆どありませんでしたので!」
「――え? 当時は斬新って……」
たしかに、ドレスの作りは今風になっているし、肩は出ているけどショールもあるし寒くもない。
だけど、それ以上に気になるのが……。
どうして私の体型にピッタリと合っているのかと言う事。
まるで私のために誂えられた物のように思えてしまうのは、考えすぎだろうか?
「それにしても、ずいぶんと手先が器用な王妃様だったのね」
「はい。刺繍などもお得意だったと聞き及んでおります。アルドーラ公国の女性が身に着けている下着も、王妃様が考案なさったとか――」
「へ、へー」
まさかの100年前に下着を発明する人がいるとは……。
私のは、地球に住んでいた時の記憶から、他人の発明を模倣したに過ぎないのに……。
「そういえば、リースノット王国にも下着があるとか」
「そ、そうね……」
「他国では女性用の下着があるのは、三大国家だけど伺っておりましたので……、やはり隣国ですので技術が流れたのでしょうね」
さすがに私が考案したとは言えない手前、無言で返す事しかできない。
「それにしても、王妃様ってどんな方だったの?」
馬車は町の中を走っている。
小麦畑の代わりに両脇の赤い煉瓦作りの建物が風景として後ろに流れていくけど、停まる様子がないことから、少しだけ王妃の事が気になって聞くことにした。
「特徴としては……」
エリンさんが話そうとした所で馬車は丁度停まった。
疑問が解消されない事に少しだけ残念に思っていると、馬車の扉が開くと白い襟詰めの軍服を着た男性が馬車の中に入ってくると私を赤い瞳で見てきたあと驚いた表情をする。
「ガーランド様」
「――ッ! エ、エリンか。久しぶりだな。ところでスペンサー様はどちらに? すでに諸侯が集まっているのだが……」
彼の言葉に、私とエリンさんの視線が、テーブルの影に隠れて膝枕されて寝ているスペンサー王子に向けられる。
「スペンサー様をお預かりしましょう」
そういうと彼はスペンサー王子を抱きかかえて馬車から出ていってしまった。
少しだけ殿方の温もりが無くなったことを残念に思ってしまう自分に気が付いたのだけれど、それを――、頭を左右に振ることで忘れることにする。
「それでは、ユウティーシア様。お召し物が皺になられたら困りますので一度、お部屋の方で確認いたしましょう」
「そ、そうね」
数時間、馬車に揺られていたのもそうだけど、スペンサー王子をずっと膝枕していたのだから、スカートに変な癖がついていたら困るし。
馬車から降りると、そこは大きな教会。・
「レイクアイランド教会です。リースノット王国から嫁いで来られた王妃様のために作られた建物です」
「そうなのね」
私は見上げていると少しだけ近視感を覚えてしまう。
どこかで見たことがあるような気がしたから。
「それでは、こちらに――」
エリンさんに連れられるように教会の中に入る。
白い大理石で壁が作られているだけではなく、綺麗に磨かれていて光沢がありとても神秘的。
エリンさんに案内された部屋は大きな部屋で、壁には大きな姿見が見えた。
だけど、その上に掛けられている絵を見て私は目を見張った。
「ここは、リースノット王国の王妃様が結婚される際に――」
エリンさんが説明をしてくれるけど、どこか遠くの言葉にしか聞こえない。
――だって……。
そこに掛けられている絵は――、人物は――、私そっくりの人物だったから。
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