公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(10)




「……ティーシア……様……。……ティ―シア様……」

 いつの間にか寝てしまっていたのか、私はゆっくりと瞼を開ける。
 口に手を当てながら眠い眼で正面を見るとエリンさんが苦笑しているように見えてしまう。
 
「ユウティーシア様、スペンサー様を起こして頂けますか?」
「え、ええ……。そろそろ到着なの?」
「はい。窓から前方を見て頂けると町の様相が見えてくるかと――」
「そうですか」

 そういえば、スペンサー王子を膝枕したままで、その状態のまま馬車に揺られている間に何時の間にか私は寝てしまっていた。
 私が寝ている間にスペンサー王子が起きていなくて良かったと少しだけ思い。

「スペンサー王子、起きてください」

 私の膝の上に頭を置いて寝ている彼の肩に手を添えながら声をかける。
 なかなか起きない。

「ずいぶんと疲れているのね」
「スペンサー様は、アルドーラ公国内で内乱を起こしていた貴族や関係者と話し合いの場を持つようになってから、ずっと御一人で話し合いをして来られたのです。それは、リースノット王国との交易である塩が他所から入って来たと言う事と、公国魔法師の戦力が上がったことで反乱軍を抑えることが出来たからと伺っています」
「――そうなの? 他の重鎮や王子達はどうしているの?」
「反乱を企てたのがアルドーラ公国の大公の右腕になられる大臣でしたので――、彼の血筋に当たる次期王位継承権を持っていた王子達も反乱に加担していたのです。ですから……」
「つまり、公国の顔になれるのがスペンサー王子以外には居なかったということなの?」
「はい。大公様に何かあれば取り返しがつきませんので……、そこで王位継承権を剥奪されたスペンサー様が応対することになったのです。まだ3歳の王女様には、無理でしょうし」
「そうなのね……」
「はい。スペンサー様は、王位継承権を剥奪された当初は、とても憔悴しきっていたそうです」
「そうなの?」

 出会った当初から見た彼からは考えられない言葉に私は内心首を傾げてしまう。
 だって、最初に会った時は尊大で自分の事しか考えておらず人を奴隷にしようとまでしていたから。

「元来、スペンサー様はお母様が男爵家令嬢と言う事もあり、あまり王位継承権の順位は高くなかったそうです。ですが、本来は、民の事を本当に大切に思う方でした。ですが、隣国のリースノット王国の発展を見せられ脅威に思ったと言う事で、隣国と問題を起こしてしまい王位継承権を剥奪されたと――」
「そう……」

 リースノット王国の発展を脅威に思って……ね――。
 私の膝で寝ているスペンサー王子の寝顔を見ながら私は心の中で思案してしまう。
 もし急速な発展をリースノット王国が遂げていなければ、どうなっていたのだろうかと――。
 元々、リースノット王国は貧しい国ではあった。
 それが、農業や魔道具の開発、白色魔宝石による魔法師の力の底上げ。
 それにより国力と軍事力を高めていった。
 それはローレンシア大陸の覇を唱える帝政国・魔法帝国ジール・軍事国家ヴァルキリアスの三大国家と肩を並べるくらいに。

 ――でも、その反面、隣国のアルドーラ公国では内乱が起きてしまった。

「ユウティーシア様、どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもないわ」

 目の前に座っているエリンさんに考えを悟られないように微笑みながら言葉を返しながら考えてしまう。
 最初は、リースノット王国を豊かにするために何も考えずにウラヌス公爵と共に行動をしてきた。
 だけど……。

 ――それって、本当に正しかったのか……。

 今の私には、判断がつかない。
 魔法も満足に使えなくなって、誰かに守ってもらうしか出来ない身に置かれて、私は自分が今までして来たことが本当に良かったことなのか? その判断が出来ずにいる。
 
「スペンサー王子はすごいのね」

 少なくとも、私とは違って――、彼はアルドーラ公国の貴族として……、そして王族としての責務を果たそうとしている。
 彼が最初にしたことは、間違っていると思うけど……。
 それだって、自国を憂いた事から来ているのだとしたら――。

「はい、スペンサー様は王位継承権を剥奪されても民から蔑まれても民のために寝る間も惜しんで働いていらっしゃいます」
「……」

 以前の私から見たら何の力もない普通の人でしかない。
 王族の肩書を持つだけの……、違う――。王位継承権すら剥奪されたのにも関わらず、スペンサー王子は、国の為に働いているのだろう。
 だから、近しい者からは忌避の目では見られず尊敬されているのかも知れない。

「本当に――」

 私は「私とは違うわね」と、言う続く言葉を呑み込んでしまう。
 
「……ん……っ――」
「スペンサー王子?」
「これは、何だ……?」

 彼は自分が置かれている状況が分かっていないのか手を伸ばしてくると、私の胸に手を添えてきた。

「スペンサー様!?」

 エリンさんが慌ててスペンサー王子の名前を呼んだけれど、彼の手が私の胸を揉むのを止めるには至らず。
 突然のことで頭の中が真っ白になってしまった私は彼の頭を上から抑えつけたけど……。

「い、息が! 柔らかいものが!」

 しばらく手足をバタつかせていたスペンサー王子だったけれど、しばらくして大人しくなった。
 どうやら気絶みたい。

「ユウティーシア様……」
「仕方なかったのよ。それに婚姻前の女性の胸を揉むなんて――」

 結局、胸と膝で押さえつけて気絶させてしまったようなモノだけど、私は何も悪くはないと思う。
 彼が私の胸を揉んだのが悪いのだから!

「仕方ありません、それでは町に到着してからスペンサー様を起こしましょう」
「ええ。そうね!」

 なるべく、いまの記憶が飛んでいることを願うばかりだけれど……。
 飛んでいなかったら、記憶が飛ぶまで殴ろう。




コメント

  • クルクルさん/kurukuru san

    殴っちゃ駄目だよティアちゃんw

    0
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