公爵令嬢は結婚したくない!
雨音の日に(9)
上着の解れを直し終える。
「スペンサーおう――」
他に解れが無いか確認した所で手渡そうと隣に座っている彼――、スペンサー王子の方を見ると、彼は瞼を閉じて寝息を立てていた。
「ユウティーシア様」
スペンサー王子が寝ている事に、気がついていたエリンさんが声を抑えて私に語りかけてくる。
「申し訳ありません」
「――え?」
「せっかく洋服を繕って頂きましたのに……」
どうやら、私が洋服の刺繍などを手直しをしている間に、スペンサー王子が寝てしまったことに怒っているのかと思われているみたい。
「気にしなくていいのよ? だって、馬車の中は心地いい物ね」
電車の中で人が寝てしまうのは、振動が一定だからとどこかで見たことがある。
それと同じことが、貴族が乗るような馬車では作りがきちんとしているから起きているのかもしれない。
ちなみに一般の方が乗り合いに使う馬車などはサスペンションなどが無いので振動が酷くて寝むれない。
「ありがとうございます」
エリンさんが座ったまま頭を下げてくる。
針と糸を金属で作られた箱に戻し、エリンさんへ返したところで馬車がガタッと大きな音を立てた。
一瞬、大きく馬車が揺れ身体強化魔術を使っていない私は、少しだけ仰け反ってしまう。
そして、テーブルとの間に隙間が出来て、その隙間に丁度収まるようにスペンサー王子が倒れてくる。
思わず「キャッ」と小さく声が出てしまい慌てて両手で口を塞ぐ。
……でも――。
「も、申し訳ありません! 御者に!」
「いいから! いいから!」
丁度、スペンサー王子の頭が私のスカートの上にきている。
つまり、膝枕状態になっていて――。
そんな状態を見ながら私は心の中で小さく溜息をつく。
あまり殿方に触れられるのは怖くて嫌なのだけれど……。
彼には助けてもらった恩もあるから……。
「それにしても……、結構揺れたわね」
「はい。エイラハブまでの道は整備されているはずなのですが……」
「そう」
エリンさんと話しながら横目で馬車の外を見るけれど、景色は白い鈴蘭から小麦畑へと変わっている。
後ろへと流れていく景色も一定であることから問題は無いと思う。
問題と言えば、寝ているスペンサー王子を膝枕しているくらい。
「それにしても、よく起きなかったわね」
「スペンサー様は、殆ど国の外交行事をお一人でこなしていらっしゃいますから」
「――え? どういうことなの?」
「それは……」
エリンさんの瞳が泳ぐ。
何か話しにくいことがあるのかも知れない。
「別にいいわよ」
あまり他国の問題に踏み入ってはいけないと思うし、何より何かあるのならスペンサー王子から言ってくるはず。
「そういえば、エイラハブの会談があるって聞いたのだけれど、どのくらいかかるのかしら?」
「白亜邸からは2時間ほどでしょうか? セイレーン連邦は、白亜邸は近い場所にありますので」
「セイレーン連邦から? それじゃ、ここはヴァルキリアス帝国の国境からも近いの?」
「はい。白亜邸は、リースノット王国に近い場所に作られております。ちなみにエイラハブの町は、セイレーン連邦・ヴァルキリアス帝国・リースノット王国の3国と交易を行っている貿易都市となっています」
「そうなのね」
エイラハブの町については、殆ど知らないこともあり色々と学ぶことが多い。
それにしても……。
「サラサラね」
「サラサラ?」
「いえ、こちらの話しよ」
私の膝の上で寝ているスペンサー王子の頭は、テーブルの影に隠れているため、エリンさんから見ることは出来ない。
そして、とくに何もすることが無い時は、私は膝の上に手を置いている。
そのため、無意識的に、スペンサー王子の髪の毛を撫でていた。
まるで犬のように髪の毛がサラサラできちんと手入れをしているのが分かる。
まぁ、エリンさんからは見えないから別に問題ない。
それに、手触りがいいから、手並み草ということでスペンサー王子が起きないくらいの強さで頭を撫でておこう。
「ユウティーシア様って、スペンサー様や貴族様達がお噂しているようにはとても見えませんね」
「噂?」
私は首を傾げてしまう。
「はい。あくまでも貴族様達のお噂ですが、気にいらなかったらリースノット王国のお城の一部を魔法で破壊、山を吹き飛ばし、殿方にも暴力を振るう女傑だと――」
「……そ、そうなの?」
額から汗がたらたらと流れてくる。
思わず、頭を撫でていた手にも力が入ってしまい、一瞬だけスペンサー王子の体が強張ったような気がしたけど、チラリと下を見ると寝顔が見えることから起きてはいないようで……。
まぁ、これでスペンサー王子が起きていたら私が殿方を膝枕して頭を撫でていることが知られてしまうので、その時はお話が必要かもしれない。
「私が、そんな事するわけが……」
「そうですよね! ユウティーシア様は、とても女性らしいですもの!」
エリンさんは、目を輝かせて私を持ちあげてくれる。
実際の私はまったく女らしくないけどね!
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