公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(5)




 微睡の中、寝返りをして薄く瞼を私は開けた。
 まだ寝起きと言う事もあり、ぼーっと天井を見ながら。

「知らない天井です」

 どこかの決めセリフみたく独り言を呟きながら、ゆっくりと体を起こす。
 室内をグルッと見るけれど、薄い桃色の壁に、清潔感のある白い椅子やテーブル。
 それに、白い花柄が縁に飾られた三面鏡のドレッサーも置かれていて、自分の寝ていた部屋がどこなのか見当もつかない。

 コンコン

「失礼いたします」

 私からの返答も待たずに扉を開けて一人の女性が入ってくる。
 紺色のワンピースの上から白いフリルのついたエプロンをつけている姿は、まさしくメイドさんで。
 本当にタイミングよく入ってきたよねと私は心の中で突っ込みを入れつつ、女性をジッと見る。

「あっ!?」
「どうかなさいましたか?」
「――いえ」

 ようやく思い出した。
 昨日、私は男性に乱暴されてスペンサー王子に助けられて、アルドーラ公国の王家が治める天領にある白亜邸に連れて来られた。
 レイルさんに許可は得ていると言っていたけど、本当なのかな? と、心の中で思いつつも嘘をつく理由も見当たらない。
 それに、いまの私は上級魔法師程度の力しかなく利用価値も殆どないと思うし……。

 王位簒奪レースがすぐに開催されることも無いから、しばらく療養することになると、メイドの方と良好な関係を築いた方がいいかもという打算から、彼女の名前を思い出し微笑みながら「リーンさんで良かったかしら?」と声をかける。

「はい。それではユウティーシア様、身なりを整えさせて頂きます」

 彼女の言葉に私はコクリと頷く。
 そういえば……、誰かに身なりを整えるのを手伝ってもらうのは久しぶりかも知れない。
 小さい頃から、ウラヌス公爵家に入り浸っていたし、その後は貴族学院で寮暮らしをしていたから。
 国を出てからも、身なりを整えるのも全て一人でやってきたから……。
 
 ――あれ? そう考えると第三者の誰かに身なりを手伝ってもらうのって本当に久しぶりなのでは?
 少なくとも舞踏会にも出たことも無いし……。

 リーンさんの合図で2人の女性――、メイドさんが室内に入ってくる。
 二人とも、容姿は10代後半と言ったところか。
 小麦色の肌に赤髪を後ろで纏めていて清潔そうな白いエプロンを身に着けている姿からアルドーラ公国のメイドさんの正装が大体理解出来てきてしまう。

 それにしてもメイドさんの服装って、どうして紺のワンピースに白いエプロンなのかな? と、余計なことを考えているとリーンさんに手を取られると、隣接していた浴室で体を洗われた。
 そして、マッサージをしてもらいつつ、他のメイドの方が私の髪の毛にバラの香りがする香油を塗っていく。
 それらが終わったあとは、下着、そして白いドレスを着せられドレッサーの前に座らされた。
 まさか、アルドーラ公国に女性用の下着があるとは思わなかった。
 しかも、サイズがピッタリで……。
 もしかしたら、リースノットの下着産業の情報が洩れているのかもしれない。

 戸惑いを覚えている間に、メイドさん達に軽く化粧を施されていく。
 眉も整えられて手や足の爪も磨かれた。
 そのあと、腰まで伸びている黒髪に櫛を入れられ髪を結わえられたあとアップにされ最後にバレッタで留められる。

「ユウティーシア様は、髪と瞳の色が黒いので白が映えますね」

 リーンさんの言葉に、あとから入ってきた二人のメイドさんも同意しているけれど、私としては、ここまで徹底的に身だしなみを整えられたことは無かったので、少しばかり気後れしてしまう。

「あの……、どこか出かけられるのですか?」
「――え?」

 私の言葉に、リーンさんが意外そうな表情を見せてくる。
 だって、シルバーで作られたと思われるネックレスや、指輪まで用意されているから、普通に考えたら、エライ人に会うのかと思ってしまうから。

「ユウティーシア様が、どこかにお出かけになるという話は伺っておりませんが……」
「ここまで着飾ってしまうと、誰かにお会いするのかと思いました」
「いえ、一般的な貴族の女性の身嗜みとスペンサー様から伺っておりましたので……」
「……」

 へ、へー。
 私は鏡の前に映っている自分自身を見る。
 すごく気合の入った様相で、まるで舞踏会にでもいくような恰好。
 透けるようなストールとかもすごく高そうだし、絹で作られていてたくさんのフリルがついているドレスとか、私が普段着ているワンピースの100倍くらいの価値はしそう。

「今日は、食事は如何致しましょうか? お部屋で摂られますか?」
「お部屋以外もあるのですか?」
「はい。スペンサー様はいつも食堂で摂られていらっしゃいます」
「それでは一緒にお願いできますか?」

 貴族の令嬢としての扱いに普段から慣れていない私としてはストレスが貯まりそうなので、スペンサー王子に町娘と同じ扱いにしてもらうようにお願いしよう。
 本当につくづく私は貴族令嬢からは程遠い存在だと苦笑してしまいそうになる。





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