公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(3)




「そうか…………」

 彼が何を考えているのか分からない。
 だけど、以前に確執があるのは確かなわけできっと恨まれている。
 
「なら、仕方ないな」

 続く彼の言葉に私は、恐怖を覚えて抱き上げられている腕から逃げようともがく。

「こら、落ちるだろ」
「いやっ! 離して!」
「――何もしない。無抵抗な女に手を出すような男と見損なってもらっては困る――、と、言っても以前の俺を知っているお前だと信じてはもらえないかも知れないけどな」

 彼は、暴漢達に向けていた眉間に皺を寄せていた表情ではなく少しだけ眦が下がった笑顔を私に向けてきたけど、私は男性を信用していない。
 近寄ってくる男性はみんな最低の人ばかりで――、自分の事しか考えていないから。
 
 いまの私は魔法を使うことを躊躇ってしまい、自分の身を守ることも出来ない。
 それは暴漢に襲われた時に十分分かったこと。
 だから、信じてもらえないかも知れないとスペンサー王子が言った時には私は「うん」と小さく頷いていた。
 そんな私を見て彼は「まったく」と小さな溜息をついていたのが印象的で――。



 それからすぐに、エルノの町の郊外へ移動した。
 アルドーラ公国の上級魔法師数人により敷設された転移系魔法陣を利用して移動を行うみたいだけど……。
 3人の魔法師による長い詠唱と魔法陣、そして言霊により発動した転移魔法の光が視界を奪う。

「ス、スペンサー様? ずいぶんと早い御戻りで――。そ、そちらのお方は?」
「カールデン。すぐにリーン達に湯浴みの準備をさせろ。それと部屋の用意も――、滞在は一ヵ月ほどだ」
「ハッ! すぐに!」

 何十人もの声が耳を通して聞こえてくる。
 初めての転移魔法と言う事もあり、ようやく視界が戻ってきたかと思うとスペンサー王子は、抱き上げていた私をソファーの上に下した。
 
「雨の中、ずっと居たからな。体が冷え切っている。すぐに湯浴みの準備が整う。それまで待っていてくれ」
「――あ、あの……。私……」
「さっきも言ったがレイルには許可を取っている。王位簒奪レースに関しては、始まるまでに戻れば問題はないだろう?」
「でも、細かい打ち合わせが……」
「それは俺の方でやっておく」
「でも……」

 私が始めた事を他人に任せるなんて、そんな無責任な事は出来ない。
 それに、王位簒奪レースで王位を奪うことは私なりの海洋国家ルグニカから出て行く前のケジメみたいな物で、それを別の誰かに任せるなんてそんなのは……。
 彼の手が、力が入らずにソファーで横になっている私の額に添えられた。

「あまり無理をするな。お前には貸しがたくさんあるんだから、少しは返済をさせてくれ」
「……スペンサー王子……」

 初めて出会った頃と違ってずいぶんと彼は変わったように私は思ってしまう。

「いまは王子じゃない。王位継承権からは外れたからな。だからこそ、見えてくるものがある」
「スペンサー様! 湯浴みの準備が出来ました」

 張りのある女性の声が聞こえてきた。
 ずっと彼にしか――、スペンサー王子にしか視線が向いていなかったけど、声のした方を見ると、自分が何処にいるのかという疑問が浮かんでくる。
 私が寝かされているソファーの周囲は、整えられた花壇があり、色とりどりの花が咲いていた。
 綺麗に整えられた木々は、差し込んでくる強い日差しを透過することで和らげている。

 周囲は、背丈の低い白で統一された大理石の建物に囲まれていることから、いま自分自身が居る場所が中庭に当たる場所だと言うのが大体察せられてしまう。

「そうか。彼女は、シュトロハイム公爵家令嬢のユウティーシアだ。しばらく、この白亜邸で休息をとることになった。リーン、任せたぞ」
「かしこまりました」

 小麦色の肌をした赤い髪を三つ編みした女性は頭を下げる。

「私が、ここの白亜邸のメイド長を務めていますリーン・グラッセルと申します。湯浴みの準備は出来ておりますので、ご案内致します」
「えっと……、スペンサー王子。ここは一体……」
「アルドーラ公国の王家が直接管理している領地に建ててある保養地みたいなものだ。俺の自宅でもある」
「そうなのですか。でも、私はルグニカに戻りませんと――」
「だから、それは俺がやっておく。お前は、少しは自分の体を休めておけ。リーン、任せたぞ」
「畏まりました」

 彼女は恭しく頭を下げると私を抱き上げた。
 おそらく身体強化魔法を使っているのだと思うけど……。

「リーンは、上級魔法師だ。一応、お前が此処にいる間は面倒を見てもらうことになる。何かあれば言ってくれ」

 リーンさんに抱き上げられている私を見ながらスペンサー王子は、それだけ言うと建物の方へと向かっていってしまった。
 その後、私は湯浴みを手伝ってもらったあと、用意された寝間着に着がえたけれど疲れからか何も食べずに用意された部屋ですぐに寝てしまった。
 





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