公爵令嬢は結婚したくない!
記憶と思いと(24)
エルノの町に向かう馬車の中で杖の仕様書を広げて目を通す。
大勢の怪我人を治療するという名目上、御者を務めてもらっているコルクさんには、なるべく早くエルノの町に到着するようにお願いしてあって――。
――ガタン
大きく馬車が揺れた。
普段は、ダンジョンと町を行き来するために、大きな岩や大き目の石などは進路から除外されている道だけど。
いまは機械の魔物が通ったこともあり、踏み固められただけの道はかなり荒れていると言っていい。
そのために、時折、小石に乗り上げたのか馬車に強い振動が加わってくる。
文字が読みにくい時があるけれど、私の魔力が強すぎた事が原因で魔物が復活したのだから、大勢の怪我人が出たのは全て私の責任であって、言い訳をしている場合ではない。
私は必死に杖の使い方が日本語で書かれた仕様書に目を通していく。
アガルタの世界には日本語というか漢字が一般的には普及していない。
ローレンシア大陸の共用語は、【ひらがな】と【カタカナ】で構成されている。
漢字は、魔法を空中に描く時に使うくらい漢字の持つ意味を知っている人は殆どいない。
リースノット王国の魔法研究所責任者でもあるウラヌス公爵様が知らないのだから、漢字やカタカナにひらがな――、さらには日本英語という文字まで使われている仕様書を読める人はいないと思う。
ある意味、かなりセキュリティの高いものであると言えるけど……。
「ユウティーシア様、どうですか?」
「大丈夫……」
私は眩暈を感じながらもレオナさんの言葉に事務的に答えると視線を手元の杖の仕様書へと戻す。
そこには、細かい文字で注意書きがビッシリと書き込まれていた。
「顔色が優れないようですが……」
レオナさんが気にかけてくれるけど、いまは話しかけないでほしい。
しばらく経ち概要をだいたい読み上げたところで、「町が見えてきました。どうやら夕刻までには到着できそうですね」と、レオナさんが語り掛けてきた。
「……そ、そうですか……」
ずっと下を見ていたことで、とても気持ち悪い。
必死に堪えている間に、馬車は冒険者ギルドの建物の前に到着し、夜の帳が落ちる頃には、怪我人の治療を終えることが出来た。
――コンコン
扉をノックする音が聞こえてくる。
――コンコン
2度目のノック。
私は、額に手を当てながら冒険者ギルドマスターの部屋のソファーから体を起こす。
ソファーと言っても身長が160センチにも満たない私からは十分寝られるくらい大きい。
起き上がった拍子に膝の上に濡れたタオルが落ちた。
誰かがタオルを私の額に乗せてくれたのかもしれない。
「はい。どなたですか?」
魔法の使いすぎもあって頭痛が酷い。
額に手を当てながら言葉を紡ぐ。
「コルクだ」
「…………ユウティーシアは現在、寝ています。何かご用件がありましたら、レオナさんにお伝えしておいてください」
いま会いたくない男性ナンバー1の人が訪ねてきたので思わず口にしてしまった。
「起きているだろ!」
ほら、突っ込みが入ってきた。
第一、最初はいい顔をしておいて途中から手のひらを反すような男性は信用できないというのが私の人生観で多々あったわけで――。
「いまは、疲れているので放置しておいてください。ボッチがいいのです」
私は、ゴロンとソファーの上に寝転がる。
その時に腰まである黒髪が床の上に垂れたので髪の毛を結わえてから、またソファーの上に寝転がり毛布を体の上に掛けた。
「二人が意識を取り戻した」
「本当ですか?」
バン! と扉を開ける。
そこにはコルクさんが立っていて、ジッと私を見ていた。
「……女性の顔をジッと見るなんてどうなのですか?」
「す、すまない……。そんなに慌てて出てくるとは思わなくて――、その……なんだろうか……。それだと――、人の目に――」
歯切れの悪い言葉でコルクさんは、私から目を背けたけど……?
まだ薄っすらと寝ぼけている眼で、彼が何を言っているのか理解していなかった私は自分の服装を見ていく。
――いまの私の服装は、ダンジョンに行った時のワンピースではない。
寝る時に、スカートや衣服に皺が寄ると困るので、この世界には珍しいキャミソールとショーツだけで寝ていた私は、その事実に気が付く。
顔が羞恥心で熱くなっていくのを感じる。
異性に、下着姿を見られるのがこんなに嫌とか思う前に自分でも理解する前に手が出ていた。
「コルクさんの変態!」
パーン! と子気味よい――。
私から聞いても、とてもいい音がしたと思う。
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