公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

記憶と思いと(10)




「何を言っているの? メリッサさんとアクアリードさんなら昨日、私と別れたばかりですけど……」

 レオナさんは一瞬、惚けた表情を見せたあと私の胸元の服を掴んできた。
 その表情はすごい剣幕で。

「何を馬鹿な事を言っているのですか? 貴女も! さっき! エルノの町の様子を、その目で確認しましたよね!?」
「確認しましたけど……」
 
 彼女との会話が噛み合わない。
 その理由は、きっと……。

「あの、私が本当に魔物から逃げたのですか? 魔力欠乏症で寝ていただけと聞いていましたけど……」
「――ま、まさか……」
「どうかしたのですか?」

 私は、間違ったことは言っていない。
 エルノの町に来てカベル海将様と話して、そのあとに熱で倒れただけで、魔物と戦った記憶なんて一切ないから。

「シャルロット・フォン・シュトロハイム様は、たった今、ご自身で語った事が全てと仰られるのですね?」
「はい」
「なるほど……」

 彼女は深い溜息をついたあと、私に頭を下げてきた。
 
「どうやら私の勘違いのようです。ご無礼をお許しください」
「いえ、誰にでも間違いはあることですから」

 良かった、どうやら彼女の勘違いだったみたい。
 魔物と戦ったなら、私だって何かしら覚えているはずだもの。
 それにしても、昨日の今日で魔物が攻めてくるなんて、ずいぶんと騒がしい町なのねと思ってしまう。
 それと同時に、少しだけ気になったことが出来てしまった。
 それは、このままミトンの町に帰る前にグランカスさんにお礼を言わないといけないと
思った。
 アクアリードさんやメリッサさんが魔物退治で出払っているのなら、とりあえず事付けだけでもお願いできないかと。

「レオナさん、急いでいるところ申し訳ありませんが冒険者ギルドに向かって頂くことは可能ですか?」
「構いませんが何か?」
「いえ、グランカスさんに用事がありまして」
「…………わかりました。長いをしないのであれば問題ないと思いますので」
「ありがとうございます」

 レオナさんの指示で御者の方が、すぐに進路方向を変えてくれる。
 そのまま中央通りに向かって馬車は走り到着したのは冒険者ギルド前だった。
 
「――え? こ、これは……」

 冒険者ギルドの中に足を踏み入れると、床には大勢の人が寝かせていて四肢の一部を失った人も多数いて――。

「魔法騎士? どうして魔法騎士様が、こんなところに……」

 レオナさんの鎧は目立つのかすぐに人の視線が向けられてきた。
 
「ユ……ユウティーシアさ……ま……」
「え? メリッサさん!?」

 声がした方を振り向くと、そこには血まみれのメリッサさんが床に横たえられていて、それを見た瞬間、私は彼女に駆けよると座りこむ。

「メリッサさん、どうしたのですか? 一体、何が……」
「ご無事だったのですね」
「ご無事って……」

 言いかけたところで私は、ハッ! としてレオナさんの方を振り向く。
  
「メリッサがここにいるとは思いませんでした」
「……どういうことなの?」

 どうして、メリッサさんが血まみれになるような怪我をしているのか、私の身をどうして案じているのか、それが一切分からない。
 
「記憶障害」
「え?」
「貴女は恐怖のあまり自分の記憶を封印してしまったのです。まさか、そのような状態になっているとは知りませんでしたが……」
「私が、自分の記憶を封印して――?」

 レオナさんは、ゆっくりと頷く。
 その瞳は真剣そのもので嘘をついているようには見えない。
 なら、私は……。

「ティア!」

 混乱していると私の名前を呼んで近づいてくる男性がいる。

「あ、あの……」
「丁度、良かった。君に手伝ってほしい事があるんだ」
「えっと……」

 一瞬、誰なの? と聞きそうになってしまった。
 だけど、レオナさんが言っていた記憶障害というのが本当なら、私も彼のことを知っているはずで……。

 





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