公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

商談(3)





「すまないな。困らせるつもりはなかった」

 彼は、そう呟きながら女性給仕が注いだコーヒーらしきものを口にした。
 
「いえ。皆さんに言われていますので……」
「そうであったか」
「はい。私としては、あまり代わったという感じはしないのですけれど……」
「そうか。まぁ、内面の事であるからな。当事者には分からないこともあるのかも知れないな」
「内面……」

 私としては何か、特別に変わったつもりはない。
 でも、同性だけでなく殿方からも指摘されてしまうということは何かしら私は変わったのかも知れない。
 
「さて――、私的な話はこのくらいにしておこう。話が進まないからな」
「そうですね」
「手紙は見させてもらった。王位簒奪レースで海洋国家ルグニカの王権を奪うというものであったが……、本気なのか?」

 カベル海将様の言葉に、私は間髪入れず頷く。
 
「なるほどな」
「どうかされましたか?」

 彼は私をジッと見てくる「いや、何でもない」と答えながらも指を組む。

「君は、どうして私に王位簒奪レースの協力を打診してきたのだ?」
「カベル海将様のお力が必要と思っておりますので」
「私が力を貸しても船の操船は一朝一夕では上手くはならないぞ?」
「いえ、そういう事ではなくて……」
「――なら、どういうことだ?」
「王位簒奪レースに勝ってからの事を考えて、カベル海将様にお願いに参りました」

 私の言葉に彼は椅子から立ち上がると興奮した面持ちで「勝ってだと!? 軍船を操船する手練れに民間の船乗りが操船や航海技術で勝てると思っているのか!?」と、怒りを滲ませた声色で問いただしてきた。
 彼が怒るのは当然で、操船技術や航海技術というのはすぐに身に着くものではない。
 そのくらいは私でも理解している。
 失礼な事を言ってしまったのは重々承知の上だけれど言わないと話が進まない。

「失礼ですが思っています」
「――そ、そうか……」

 彼は、私の瞳をジッとしばらく見たあと椅子に座った。

「嘘は言っていないようだな」
「はい。ご理解頂けまして――」
「いい。それで君は王位簒奪レース後のことを考えて私に協力を要請してきたということだが、どうして私に持ってきた? 別に私に話を持ってくる必要もないであろうに」
「どういうことでしょうか?」
「ミトンの町は、2大大国のアルドーラ公国とリースノット王国の二つの国が背後にいるのだろう? それなら、私に協力を求めるよりも公国と王国に話を通せば良いではないか? 大国ならば国土の拡張も考えているだろうに。特にリースノット王国などは海洋国家ルグニカを属国することが出来れば、この世界の覇者である帝政国や魔法帝国ジールと肩を並べる超大国になるであろう? どうして、私に話を持ってくるのか理解できないのだが……」

 私は「そういう事はしたくありません」と口にする。
 たしかに、リースノット王国やアルドーラ公国が海洋国家ルグニカに侵攻するなら国力の面から見ても征服は可能かも知れない。
 だけど、それって戦争になるってことで……。
 そうしたら誰が一番傷つくかと言うと、貴族じゃなくて力の無い立場の弱い人達が犠牲になるのは必然で――。
 
「私は、誰かが傷つくのは嫌です」
「なに?」
「理想と現実が違うのは理解しています。ですけど、他国が海洋国家ルグニカを支配した場合、元から住んでいた人達の生活がどうなるか……、私には想像がつきませんが……、その国の人間でない者が上に立つのを国民は納得してくれるでしょうか?」
「納得か……。ユウティーシア嬢、君は不思議な考え方をするのだな」
「そうでしょうか?」
「ああ。貴族としては、その考え方は異端であろう?」

 カベル海将様の言葉はストンと胸の内に降りてくる。
 そう、異世界アガルタにおいて私は転生者だから考え方は異端。
 アプリコット先生からも貴族とは何なのか? と言うことを教えられたけど、私は貴族や王族のために民が居るという考えにはどうしても賛同できなかった。

「カベル海将様、私は王族や貴族というのは国民のために居る者だと思っております。国民が働いて税を納めてくれるからこそ貴族や王族と言うのは生活が出来ます。その代わりに王族や貴族は民を守り経済を回すために法を作っていくと考えています」
「ふむ……」
「ですから、私は海洋国家ルグニカを治める人は、その国で育った人達でと考えています。海洋国家ルグニカはルグニカの民の物ですから。そして、カベル海将様は奴隷制度については難色を示していると聞き及んでいます。貴方様でしたら、王に成られれば海洋国家ルグニカをより良い国にしていけるのではないのですか?」
「――ゴホッゴホッ。ま、待ってくれ! 何か? 協力ではなく君は私を国王にと考えているのか?」
「はい」
「…………冗談ではないのだな。なるほど……、どうりで私との話し合いを望んでいた訳だ。それで、私を王にしたあと、君はどうするつもりだ? ミトンの町では商工会議の決裁権なるものを持っていると耳にしたが?」
「私は、この国から出ていきます。商工会議の株式については、全てレイルさんにお渡しする予定です」
「ばかな!? リースノット王国が、それで納得するわけが!」
「カベル海将様、誤解為されているようですけれど……、私はリースノット王国の命で海洋国家ルグニカに来た訳ではありません」
「それではミトンの町の現状をどうやって説明するつもりだ?」

 彼はかなり疑われているのが彼の言動から分かると同時に少しだけ悲しくなった。
 
「スメラギ領に存在するミトンの町は、総督府スメラギから目をつけられています。その為、食料品などを他の町から購入することが出来なくなりました。ですから、アルドーラ公国と貿易することになったのです」
「つまり……、商工会議もアルドーラ公国との交易も全てミトンの町は民の生活を守るために行った結果に過ぎないということか?」

 彼の言葉に頷くと、カベル海将様は「何ということだ」と額に手を当てていた。
 やはり彼を困らせることになってしまったのねと心の中で呟く。

「申し訳ありません」
「――ん?」
「本当は、海洋国家ルグニカに来ない方が良かったのかも知れません。私が来たことで、悪戯に多くの人の生活を乱してしまいました。それに、私のせいで病に苦しんだ方も……」
「……ユウティーシア嬢」
「はい」
「話したくないならいいが、出来れば教えてほしい。君は、どうして海洋国家ルグニカに来たのかね?」

 たしかに、彼の立場からすれば海を隔てた海洋国家ルグニカに、どうして公爵家の令嬢が一人だけ来たのか?
 理由を知りたいのは当たり前で。
 その理由を知らないで私の話を信じて欲しいと言うのは虫のいい話であった。た

「失念しておりました。私が海洋国家ルグニカに来た理由は、それは――」

 協力を仰ぐ以上、私はリースノット王国で、自分の身に何が起きたのかを説明する。
 
 ――ただし、私が転生してきた人間というのは伏せておく。



 全ての話をした後、カベル海将様は眉間に皺を寄せていた。
 
「…………事情は理解した。答えについては一日だけ待ってもらえるか?」
「よろしくお願いします」
「それで、今日の宿は、屋敷に泊まっ――」
「ご心配されなくても大丈夫です。町の中で休むような事は致しませんので……、それに私が居ると町の方に迷惑が掛かりますので……、私は町の外で馬車の中で休みますのでご安心してください」
「…………そうか。分かった……。そ、そうだ、あとで食事を届けさせるとしよう」
「ご厚意に感謝いたします。ですが、私には近づかない方がいいと思いますので大丈夫です」
「……そうか……」

 カベル海将様は無言になってしまう。
 やはり失礼な言い方だったのかも知れない。
 だけど、私のせいで誰かが傷つくのを見るのはもう嫌だから……。

 ――話が終わってカベル海将様の御屋敷を出た頃はすでに日が沈みかけてきた。




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