公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

幕間 公爵家夫妻の思い(3)




「それで、商工会議としては娘を返したくないということか?」

 動揺していた公爵夫人の代わりに公爵家当主が私に話しかけてきた。

「――! 帰したくないと言うよりも彼女――、ユウティーシア様は、それを望まないと話しているのです」
「なるほど……。つまり商工会議としては、自分達に利があるのなら娘をリースノット王国に帰すことに力を貸すのもやぶさかではない……、と――。そういうことだな?」
「利があるのならですが――」
「シェリーと言ったか?」
「はい」
「お前は、先ほど……、貴族は、女を道具のようにしか思っていないと……、家を守るためなら実の娘ですら何でもすると言ったな?」
「――それが?」

 公爵家当主は、私の返答が気にいらなかったのだろう。
 苛立ちを含ませた視線で私を見てくる。

「今よりも利があるのなら、私達の娘をリースノット王国に帰す手伝いを申し出てきておいて、それに対して貴様は……」
「勘違いされても困ります。私達、商工会議に所属しているギルドマスターとユウティーシア様は、あくまでも利害関係が一致したので手を組んでいるに過ぎません」
「……そんな!?」

 公爵夫人が、私の言葉に顔色を変える。
 私とて全て利害で動いている訳ではない。
 ただ、この場ではこちらのスタンスを明確に伝えておく必要があると思っただけに過ぎない。
 何せ、ミトンの町には1万人近くの住人が住んでいるから。
 それらの生活を商工会議のメンバーで支えている。
 甘えは許されない。
 
 ――でも、ユウティーシアを見てしまうと、どうしても……、娘のアリスの事を思い出してしまう。
 一瞬、思い浮かんだ自分の子供の事を――、意識して脳裏の片隅に追いやると私は……。

「本来、子供を無条件で庇護するのは親の役目ではありませんか? それを私達に望まれても困ります。まして、ここはリースノット王国ではなく別の国なのですから」
「つまり……、娘を説得して欲しいなら何かしらの譲歩をしろと……、そういうことか?」
「はい」
「…………望みは何だ?」
「王位簒奪レースは、ご存じでしょうか?」
「知っている。――だが、あれには他国に所属している人間は出ることは出来ないと聞いているが? それに王位簒奪レースは、海洋国家ルグニカを治める貴族たちの道楽であり諸外国にも自分達の権威を見せつけるだけの物になっているはずだが?」
「それに私達、商工会議のメンバーが参加することになっているとしたら?」
「――そういうことか……」
「貴方?」
「エレンシア。ミトンの町の有力者たちは、王位簒奪レースに出る事で国を、今いる貴族に変わって治めようと考えているのだ。娘が居なくなった後に抑止力が無くなった自分達の身を守るためには、そのためには……、国を治める体制側になるのが近道であるからな」
「――!? そんな……。本当なのですか? そんなことを? そんなことが出来ると本当に思っているのですか?」
「そのために、お力添えを頂きたいのです。そうして頂ければユウティーシア様がリースノット王国に帰るための説得を致します」
「ふむ……」

 公爵家当主は顎に手を当てながら思考する素振りをしたあと。

「分かった。――と、なると……、王位簒奪レースの開催が必要不可欠というわけか……」
「ご理解頂けましたようで――」
「もういい。娘を駒としか思っていない人間と話すことはない。それよりも――」
「王位簒奪レースに、リースノット王国が力を貸して頂けるのであれば、私達も必ず約束を守りましょう。そして、その事に関しましてもユウティーシア様には話が行くことが無いように致します」
「分かった」
「貴方!? グルガード様の許可を得なくてもいいのですか?」
「国王陛下ならすぐに許可を出すはずだ。アルドーラ公国の件もあるからな。娘が国に戻るなら安いものだ」

 シュトロハイム公爵夫妻の話を聞きながら、私は王位簒奪レース開催とレースの際の協力を取りつけた事に安堵する。
 それと同時に、やはりユウティーシアを夫妻に合わせなくて良かったと思う。
 今の彼女の精神状態は、大事な何かを無くしてしまったように、とても不安定に見えるから。

 夫妻の部屋から出た私は、階段を下りていく。
 すると、ブレンダが姿を見せた。

「どうでしたか?」
「上手く話しは纏めることが出来たよ。問題は……」
「ユウティーシア様ですか?」
「そうだね。その事に関しては事情が分からない以上、何とも出来ないね」
「……でも、男性が怖いだけであんなに怯える物なのでしょうか?」
「それは分からないね。人には人の数だけ悩みがあるものだからね。それよりも、あとは任せたよ」
「わかりました」

 私は手を振りながら休憩室に足を踏み入れると仮眠室のある部屋の扉を開ける。
 すると規則正しい寝息が聞こえてくる。

「これで15歳ね……」

 ベッドで寝ているユウティーシア・フォン・シュトロハイムの寝顔を見ながら私は頭を撫でる。
 柔らかく滑らかな質感を持つ黒髪が指の隙間を通り抜けていく。
 
「寝ている顔は、幼く見えるのにね。私の娘も生きていれば、この子の年齢くらいに――」

 寝ている少女の頭を撫でると無意識下であっても笑顔を見せてきた。
 その笑顔は――。
 巷で噂される女神からも最強の魔法師からも程遠い普通の少女が見せる顔であった。 

 


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