公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

もう一人のユウティーシア

 前世では、会社の時間に間に合わないといけないから、据え置きの時計を部屋に置き、ベルで起きるようにしていた。
 おかげで中々起きられないと、アパート住人が、部屋の扉をドンドンと叩いてきたりしたもので。
 それでも起きないと、近所迷惑になりますから、止めてくださいと不動産会社から赤紙が入ってたりした。

 そんなこともあり、俺はスマホのアラームで起きるようにしていたのだが、これがまた音が小さいこと小さいこと。
 2時間前から、細切れに時間設定をすることで最大限の効果を発揮し起きられるように色々と試行錯誤した。

 ――うん、いい思い出だ。

 そんな前世を、社畜人生を送っていた俺だったが、異世界に来てから状況は一遍する。

 なんと! 気がつけば公爵家の令嬢に生まれ変わっていた。
 ただ、一つ突っ込みを入れるならば、どうして男として転生しなかったのか? と言う点だ。
 女として性転換して生まれたものだから、色々と大変だったりするのだ。

 とくに話し方とか――。
 バレないように内心考えるときも女として思考するように、何時の間にかなっていたものだから本当に困ったものだ。
 ヤレヤレと言いたい。

 それでも16年も女の体だと、さすがに慣れてきてしまうわけで――。
 そこまで考えたところで、どうやら俺は、ここが夢の中だということに薄々と気がつき始めた。

「ようやく、話せるようになりましたね……」

 目の前に、突然、女が現れた。
 その女は、どこかで見たことがある。

「草薙さん、少し前振りが長すぎたと私は思いますけど?」
「前ふりも何も夢の中だろうに――。ところでお前、誰だ?」
「そうでしたわね」

 目の前の女性は、俺の前まで近づいてくる。
 目線の高さは同じくらいか?
 俺の身長が170センチ近いから、女としては、かなり高い部類に属するのか?

「いやですわ。草薙様だって今は女性ではありませんか?」
「――ん!?」

 私は自分の体を見下ろす。
 そこには、先ほどまであった男であった私の体は存在してなくて。
 ユウティーシアとしての私の姿が、そこには存在していた。
 突然の変化に戸惑いを隠せない。
 それに、目の前にいる女性は誰なのかわからない。

「本当に、お分かりになられませんか?」
「……」

 目の前の女性は、何もない空中から縦横2メートルほどの鏡を作りだすと、私の体全体を映し出してきた。

 鏡に映っているのは、大人に成り立ての少女であった。
 気弱そうな円らな大きな黒い瞳に、美しいラインを持つ顎に目鼻が通った顔立ち。
 それだけでなく、腰まで伸ばしている黒髪は艶やかに光輝き夜空の天の川を彷彿させるかのよう。
 肉体は均整が取れていて、大きく膨らんだ胸やお尻は、女性であることを殊更、強調するかのようにであった。

「――ッ!」

 自分の姿を、普段はチラリとしか見たことがない私は、マジマジと見てしまったことで、やっぱり今の自分は女だと自覚せざる得ない。
 それと同時に、目の前に存在している女性を見て私は眉を潜める。

 殆どというよりも私とそっくりの容姿。
 違うのは瞳の色と髪の毛の色が、お母さまと同じ赤い瞳に銀髪の髪を持っていることくらい。

「私はユウティーシア・フォン・シュトロハイムです。貴女が16歳の成人の日を迎えられましたので、ご挨拶に伺いました」

 彼女は私の前で、白いウェディングドレスの裾を摘むと見事なカーテシーを披露してくる。

「そういえば、そろそろ誕生日だったような――、ではなくて! どうして? ユウティーシア・フォン・シュトロハイムは私なのに、どうして貴女もユウティーシア・フォン・シュトロハイムなの?」
「――それをお答えするのは簡単なのですが――。以前、輪廻の乖離世界に飛ばしたアウラストウルスを覚えていらっしゃいますか?」
「ティアを言葉巧みに利用しようとしていた方の事ですよね?」
「――ええ、そうなります」
「それが何か?」
「そうですね。近くにダンジョンがありますわよね?」
「ダンジョン……冒険者ギルドから依頼がきている案件の?」
「はい。そこには、貴女が知りたい物が存在しております。ぜひ行かれることをお勧めいたします。それでは、それそろお時間のようですので、またお会い致しましょう」

 目の前の、もう一人のユウティーシアと名乗った女性の姿が急速に薄れていくと同時に、意識はドアを叩く音に起こされた。

 目を覚ますと、扉が叩かれている。
  ドアを開けるとアクアリードさんが立っていて「ユウティーシア様、たいへんです! エルノの住人代表の方が、お会いしたいと来ています」と、焦りを含ませた声色で話しかけてきた。




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