公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

壊れた日常

 部屋でアレクを待っていると、何だか宿? というか町全体から騒がしい感じを受ける。
 私はベッドから降りて痛む足を引きずりながら宿の両開きの戸を開けた。
 すると、通りには数百人もの鉄の甲冑を着た兵士達が女性を集めている光景が目に入ってくる。

「ティアさん!」

 部屋の扉が開くと同時にフェリスさんが部屋に入ってくる。
 そして私の腕を掴むと引っ張った

「痛いです! フェリスさん」

 私は、唐突の事に頭が回らずフェリスさんに引っ張られる形で同じ2階の部屋の納屋の天井に押し込められてしまう。

「フェリスさん! 一体どうしたんですか?」
「ティアさん、絶対にアレクが戻ってくるまで、そこから出てくるんじゃないよ? あと物音も絶対に立てないようにね」

 私の疑問を余所にフェリスさんは、天井の蓋を閉める。
 するとすぐに足音からフェリスさんが遠ざかっていくのが分かった。
 一体……何が起きているのかまったくわからない。
 宿内での喧騒が、少しずつ近づいてくるのが分かる。
 金属が擦れる音が近づいていき、扉を片っ端から力任せに開けていっているのが音で分かってしまう。

 怖い……怖い……。

 一体何が起きているの?
 しばらくすると納屋まで人が入ってくる気配を感じる。

「くそっ! どこにもいないな。本当にこの町で間違いないのか?」

 兵士達の声が聞こえる。
 彼らは何かを探して、この町に来たの?
 一体何を?

「スメラギ総督府から報告を受けているユウティーシア・フォン・シュトロハイム公爵令嬢と似た女がこの町に目撃されたと報告があったんだ! もしかしたら、もうこの町にはいない可能性があるな」

 ユウティーシア・フォン・シュトロハイム? この兵士は、その女性を見つけるためにこれだけの事をしていると言うの?
 多くの人に迷惑をかけて? 
 でも、たった一人の女性の為に、ここまでする理由がまったく思い浮かばない。
 それだけ重要な存在なの?

「スメラギ総督府から命令が下ったと言っても、ここまでする必要があるのか?」

 一人の兵士が、疑問を呈している。
 私も彼と同意見。だって、宿の外からも悲鳴に近い声が聞こえていると言う事は、その女性ただ一人のために町全体の屋内探しを強制的にしている事になる。

「良くは知らないが、第7王女殿下より直接の命令のようだ。どうやらリースノット王国からの依頼らしいが……」
「それで、捕まえたらリースノット王国へ帰国させるって事か?」
「さあな、だがリースノット王国と言えばここ10年で急激な成長を遂げた国だ。魔法帝国ジールに匹敵するほどの国力を持った国には逆らえないだろうさ」

 二人の兵士が話しているのを私は聞きながら溜息をつく。
 どうやら、リースノット王国がユウティーシアと言う女性を探しているみたい。
 それも、こんな荒捜しまでして探しだしたい人物……。

 一体、何をしてきた女性なの?



 気がつけば私は天井で寝ていた。
 ゆっくりと体を起こすと、足にまったく痛みを感じない。
 触ると、昨日まであった怪我が存在してないように見える。

「ティア! どこだ! ティア!」

 アレクの声が聞こえてくる。
 私は急いで納屋の天井の戸を開けて、新品の布団の上に下りると扉を開く。
 するとアレクと目があった。
 昨日まで無かった傷だらけのアレクが、私に駆けよってくると強く抱きしめてきた。

「アレク、痛い」
「す、すまない。無事か? 何かされたか?」

 私は否定的な意味合いを込めてかぶりをふる。
 そして気がつく。
 宿の通路の至る所に傷がついており扉も無理矢理開けられた影響からなのか圧し折れていたり扉の設置部分の金具が曲がったりしている。
 私は、その様子を見てアレクの服を強く握りしめる。
 こんなの普通じゃない。
 たった一人の女性の為に兵士を軍を動かして、ここまで探すなんておかしい。
 すごく怖い。

「アレク! 一体、町で何が起きているの? 私、怖い……」
「大丈夫だ。エイリカ村に戻ろう。町の人も解放されたからもう大丈夫だ」
「うん……」

 私は一度頷くとアレクが男性用の外套を頭からすっぽりと被せてくる。
 大きさが合わずに踝まで私の全体が隠れてしまう。

「アレク、よく前が見えない。私の外套があるから、それで――」
「ダメだ!」

 あまりにも強い物言いだった。
 今まで、アレクと暮らしてきて初めての強い物言いで、昨日の兵士達の件もあって体が硬直してしまって。

「ご……ごめんなさい」
「いや、違うんだ。スメラギ総督府の兵士達が町中で問題を起こしていたから、それをティアに見せたくないだけなんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから絶対に外套は取るなよ?」
「う……うん」

 よくは知らないけど外套を取ったらマズイってことだよね?
 頷いた私の手をアレクは握ると、そのまま宿屋の階段を下りていくと裏口から出て荷車を放置したまま町の外へ向けて歩き出した。
 私は、アレクに腕を引かれていたので着いていくだけ。
 来る時は、あんなに痛かった足が、今では信じられないほど軽く歩いていける。
 1時間以上歩いても全然痛くない、とても不思議。
 それにアレクと一緒にいるとなんだかすごく気持ちが落ちつく。
 やっぱり、私……アレクの事が……。

「よし、そろそろ外套を外していいぞ?」
「うん……」

 私は外套を外すと、小さく悲鳴を上げた。

「あ……アレク……その姿は……」

 日が入らなかった宿では分からなかった。
 でも日の光の元なら分かる。
 アレクが来ている服に赤い染みが、血が滴っている。
 私が口元に手を宛てていると、アレクがゆっくりと力を失っていくように地面に倒れた。

「ティア……」と、私の名前を呼びながらアレクが私の顔を力弱く触ってくる。
 私はアレクの右手を両手で包みながら茫然と今、置かれている現状を理解してしまう。
 腹部から流れている血は、アレクの服を赤く染めている。
 それは裂傷――刃物による物だと思う。
 そして、それは致命傷だと言うのが私には何故か分かる。
 でも、今はそれよりも……。

「ティア、よく聞くんだ」
「聞くって何を? 今は傷の手当てをしないと!」

 私は自分のスカートの裾を切ってアレクの腹部に当てるけど、血が出てくるのを止める事が出来ない。
 自分が無力なのが……何も出来ないのが悔しい。
 好きな人も守れないなんて。
 こんなに無力な自分が嫌い。
 腹部を必死に抑えつけている私の両手をアレクがやさしく触れてくる。

「ティア、もういいから――そんなに泣かなくていいから」

 私はアレクの言葉を聞きながら涙を零しながら、どうしようもない絶望感に打ちのめされていると。

「ティア、彼らが――スメラギ総督府が探している人物は、ティア・フラットだ。君を彼らは捜しているんだ」
「え? でも、あの人達が探しているのはユウティーシア・フォン・シュトロハイム公爵令嬢だって……」
「ああ、だから……彼らは……ユウティーシア・フォン・シュトロハイム公爵令嬢が市民の振りをするために作ったもう一つの名前であるティア・フラットと言う女性を探しているらしいんだ……兵士達がそう言っていた。」
「……う、うそだよね?」

 それって……ミトンの町に兵士が来たのもアレクが怪我をして死にかけているのも、全部……私のせいってこと?

「だからティア。これを……」

 アレクが力弱く私に渡してきたのは、金貨100枚が入った結婚資金用の袋で。

「アレク! 私、こんなの受け取れな……い……よ……アレク?」

 視線をアレクに戻した時にはすでに、目の前には力なく横たわって息をしていないアレクの姿が――。

「――や、いや……こ、こんなの……こんなの嫌……嘘でしょう? ねえ? アレク!」

 私はアレクの体を何度も揺さぶる。
 でも、アレクはまったく動かない。

「死んでる。私のせいで……私……好きだって言えてないのに……何も伝えられなかったのに……そんな……こんなの嫌だ……嫌だよ……誰か助けてよ!」
「ええ、助けてあげるわよ」

 唐突に背後から声が聞こえてきた。
 そこに立っていたのは私と同じ姿をした女性。
 彼女は私に微笑みかけてくると。

「私の名前は、アウラストウルス。私と約束を交わしてくれるなら、貴女が殺したその男性の時を蘇らせてあげるわよ?」

 彼女の言葉は、打つひしがれた私の心の中にスッと入りこんできた。





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