公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

人の思いが起す奇跡(ティアside)

 ゆっくりと私は瞼を開ける。
 そして周囲を見渡そうとしたら、私の大好きなアレクの姿が目に入った。
 私は、走って彼の元へ駆けつけて座ると、彼を膝枕する。
 ミトンの町から歩いてきた時には、軽かった体が嘘のように重く感じて一つ一つの動作がとても鈍い。
 きっと私は消えかかっているからかも知れない。

「アレク……」

 呟きながら私は、彼の髪の毛をやさしく撫でた。
 彼は、もう体のどこも怪我をしてないし血も綺麗に魔法で消されている。
 良かった……本当に良かった。
 自然と涙が瞳から零れ彼の頬に落ちていく。
 涙が止まらず次から次へと瞳から零れる。
 そんな私の頬に逞しい男性の――アレクの手が触れた。

「泣いているのか? ティア」

 アレクがいつものやさしい目で私を見上げてくれている。
 それが、何よりもうれしい。

「ううん……私、アレクに出会えてよかったと思って……」
「俺に出会えて?」

 私はアレクの問いかけに頷く。
 だって私は、ユウティーシア・フォン・シュトロハイム公爵令嬢が見ていた夢の産物だから、彼女が目覚めたら私は消えてしまう。
 だから、アレクに私はお別れを言わないといけない。
 だって、ユウティーシアさんが私にくれた時間が、この時間こそが私に与えられた最後の時間なのだから。

「私ね。最初、アレクは怖い人だって思っていたの……」

 でも、好きという言葉の前に出てくる言葉は、彼に出会った時の気持ち……そして思い出――。
 本当に、アレクと暮らしてきた時間は短かったけど……それでも私にとっては、何もよりも代えられない大事な大切な宝物。

「だって、アレクったらいつも怒ったような顔をしているんだもの」
「ティア……何を言って……」 

 私はアレクに精一杯の笑顔を見せて微笑む。
 涙が止まらない。
 自分が消えるのが怖い。
 でも……。

「村の子供達と海岸で遊んだのも、海を眺めて日が沈んでいくのを見ていたのも私にとっては大事な思い出」
「……ティア」

 アレクの髪の毛をさすりながら私は胸中に浮かぶ思いを口にする。

「本当はね。私は村から出て行く予定だったの」
「それは知っていた」
「だよね……でもね、アレクと成り行きでも夫婦になるって話が上がったときにね、最初はとても戸惑ったけど、一緒にいるうちに少しずつ貴方に惹かれていく自分が分かったの」

 アレクは私の話を無言で聞いてくれている。 
 きっと私が、自分の気持ちを吐露しているのは、私がもう自分が消えることを運命を受け入れていて彼もそれを分かっているからだと思う。

「私ね! 本当の気持ちに気がついたのは、アレクが、他の女性――フェリスさんと話している時だったの。すごく嫌だった! 私ね、その時に……」

 私は、かぶりをふる。
 きっとこれ以上言うと、アレクを苦しめてしまうから。
 私が好きだと言ったら、きっと彼を傷つけてしまうから。
 そんなのは嫌だから。

 それでも! 私は……私は……。

「俺はティアが好きだ。離れたくない!」

 アレクの力強い言葉が私の弱っている決心を揺らしてしまう。
 言わないようにしようとしていたのに。
 言いたくないのに……。
 でも、最後だと思うとどうしても……欲が出てきちゃう。
 だってこんな別れ方は嫌だから。

「えっとね、アレク。私、貴方の事が好きでした。大好きでした。」

 言ってしまった。
 もう消えるのに私は自分の気持ちを吐露してしまった。
 なんて自分勝手な、何て身勝手なんだろう。
 なんて私は弱いんだろう。
 誰かに十字架を背負わせるなんて私は本当に最後までダメダメ。

「そうか、ティアは俺の事が好きなのか」
「うん、大好き。」

 アレクはまだ体が治ったばかりだと言うのに起き上がると私を力強く抱きしめてきた。
 彼の鼓動が直接伝わってくる。
 ああ、良かった――。
 私の大好きな人に、最後に好きって言えた、伝える事が出来た。
 私の本当の気持ちを。

「そうか……」
「うん……」

 アレクの言葉に私は答える。
 彼が私にキスをしてくる。
 きっとこれが最後のキスだから――。

「ティア?」
「どうしたの?」

 私はアレクの問いかけに首を傾げる。

「いや……ティアの髪の毛って黒だったよな……」
「うん……」

 私は動かしにくい体で、自分の髪の毛を手に取り見てみると腰まであった私の髪の毛は白銀の色に変わっていた。
 これって……。

「やれやれ……うまくいったようだな」

 私とアレクは思わず声がした方へ視線を向ける。
 すると、そこには黒髪黒眼のもう一人の私が起き上がるところで……。

「一か八かだったが、アウラストウルスが使った術式をコピーしたんだが上手くいってよかった」

 もう一人の私がそんな事を言っている。
 え? つまり……どう言う事なの?
 混乱している私を見て目の前のもう一人の私は立ち上がると。

「簡単に言えば俺の体細胞クローンを作って、精神が完全に融合し切る前に魔法でクローンの方へと移動したって所だな! ほら人間の知識や精神や記憶ってのは電気信号だろ? それを模倣すれば何とかなると……いやーアウラストウルスの術式をパクったんだが上手くいって良かったな! 成功する確率が未知数だったから言え無かったんだが……おかげで魔力の大半が持って行かれたわ!」

 目の前のもう一人の私、ユウティーシアさんが笑って私とアレクに語りかけてくるけど言っている言葉の1割も理解出来ない。

「あ、あのユウティーシアさん……私は、どうなるんでしょうか?」
「――ん? とりあえずは消える事は無くなったと思うが無理矢理、俺の髪の毛から体を細胞分裂で作ってテロメアを補充したからな。もう魔力のゴリ押しだから、ハッキリ言って良く分からないが……すぐに消えるって事はないんじゃないか?」

 すぐに消える事がない……それって……私はまだ、生きていられるの?
 ユウティーシアさんの話を聞いてアレクが私を力強く抱きしめてきた。

「恩に着る。ユウティーシア殿」

 アレクの言葉を聞いたユウティーシアさんは頬を掻くと私達に向けて笑いながら。

「多いに恩に着やがれ! それでその分幸せになれ! それが、お前が俺の精神を覚醒させた時に見せた男気だろ?」
「ああ、助かる……」

 二人の会話に私は着いていけない。
 だけど、一つだけ分かる事は。

「私、アレクと一緒に歩んでいけるんですね」
「ああ、そうだ」

 アレクと私が抱きあっていると一枚のプレートが私に投げ渡されてきた。
 そのプレートには――。

「そのプレートな、特殊な魔法を流すと内容が変化するようになっているんだよ」

 名前 ティア
 出身地 エイリカ村

 ――と、だけ書かれていた。
 これって……。

「あ、あの……ユウティーシアさん、ありがとうございます!」
「恩に着る! ユウティーシアどの!」

 二人で彼にお礼を言うと彼は私達の結婚資金の袋を放り投げてきた。
 空中で二人して受けとめると、ユウティーシアさんは私達に微笑んできて。

「まぁ、幸せになれよ! それとしばらくは村から出るなよ! しばらく俺は暴れるからな!」と、言いミトンの町の方へと向かっていく。
 私は思わず苦笑してしまう。
 やっぱりユウティーシアさんは色々問題を起してるのかなと思いながらも、彼はやっぱりとても強い人だなと思ってしまう。
 だって彼は人の心の痛みが分かる人だから……。
 彼が誰かを守るために救うために尽力して、そして身を引く強さをもっているから。
 でも、ユウティーシアさんは自身の幸せを願ってない危うさも感じてしまう。

 それでも、ユウティーシアさんには幸せになってもらいたいと思う。
 いつかユウティーシアさんにも良い人が見つかればいいと。

 離れていくユウティーシアさんの背中を見ながら私とアレクは二人して笑顔で彼女を見送った。



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