【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

深層心理の迷宮(6)

「それで君の名前は?」

 どうしても男は俺の名前を知りたいらしい。
 まぁ、少し考えてみれば当たり前のことだ。
 見ず知らずの男――素性も定かではない人間の名前くらいは知っておきたいというのは予防策の上でも当たり前だろう。
 名前は、その人間を指し示す一つの指針でもあるわけだからな。

「ああ、俺の名前は――」

 俺は途中で言葉を止めリネラスの方を視線を向ける。
 よく考えれば、俺と一緒に旅したことは、リネラスにとって負担になっていなかっただろうか? と思ってしまう。
 今回、リネラスが仮死状態になってしまったのも、ウラヌス教国と俺が戦っていたのが要因だ。
 妹のアリアを守るために魔王として行動してきた。
 そして、ウラヌス教国は、俺が本当に魔王かどうかを確かめるために従属神とやらを派遣してきた。
 なら。仲間に迷惑をかけていたのは俺と言う事になる。
 それなら、俺がしていることは自分が起こした問題を自分で解決しようとしているだけに過ぎないのではないのではないだろうか? と考えてしまう。

「覚えてない」
「覚えてない?」

 男の言葉に俺は頷く。
 こういう時は……自分の名前を語るのが難しい場合は、記憶喪失の振りをするのが一番いいだろう。
 それに、どうせエルフガーデンの事に関しては俺も良くは知らないからな。
 むしろ、ユゼウ王国自体よく知らないまである。

「ふむ―ー」

 男は考える素振りを見せる。
 さすがに、記憶喪失というのは無理がありすぎるか?

「気が付いたら、この森にいたんだ。だから、悪いが今の俺は何も知らない」
「なるほど、たしかに……エルフガーデンは、エルブンガストの渓谷を抜けて来なければならないからな。しかも、エルフガーデンはエルフ族以外の男には、攻撃を仕掛ける魔物などもかなり前から生息するようになっているからな」
「そうなのか?」

 俺は疑問を投げかけながらも、エリンフィートがかなり前からエルフガーデンがおかしくなったという言葉を思い出す。

「君が、自身の名前を思い出せないなら仕方ない。それなら何と呼べばいいのか――」
「そうだな……」
「ユウマお兄ちゃんでいいよね!」

 俺は驚いて振り返る。
 そこには、ニコリと微笑みながら俺の顔をまっすぐに見てくる幼女化したリネラスの姿がある。
 青い瞳は、まっすぐに俺を見て来ていて――。

「あ、ああ……そうだな。それでいい――」
「ふむ……孫娘と君がそれでいいなら、君のことはユウマ君と呼ぶことにしたいんだが?」

 俺は頷くと男は、俺を抱き上げてきた。

「ちょっと、まてええええ。一人で歩けるから! 降ろせ!」
「遠慮することはないぞ?」
「いや、遠慮とかじゃなくてだな」

 俺は男に抱き上げられる趣味はないし、そんな性癖もない。
 身長は俺よりも20センチ高く筋肉もある事から、細身のエルフとは明らかに違う。  
 おかげで、魔法が使えないこともあり腕の中から中々、逃れる事ができない。
 そんな俺を見ながら男ははにかむと。

「それにしても…………ユウマ君。異性の事が苦手な孫娘が、君に普通に話しかけるとは思っても見なかった。自分の目を疑ってしまったよ」
「はあ? それはいいので降ろしてもらえますか?」
「それはよした方がいい」
「どうしてですか?」
「どうしても何も先ほども説明したはずだが? エルフ族以外の男には、エルフガーデンの森では、魔物やそれに類する生き物は、男に攻撃をしけてくるんだ。だから……」
「だから?」
「君がどうやって、エルブンガストを抜けてエルフガーデンまで来たか分からないが、その様子から見ても戦闘が得意とは思えないからな。私が抱き上げたまま移動した方がいいだろう。そうすれば君も魔物などには攻撃は、されないと思う」

 説明をしてくる男の顔は、真面目そのもので嘘をついてるようには思えないが、それが却って俺の中に苛立ちを募らせる。
 つまり、筋肉マッチョな男にお姫様抱っこされたまま、運ばれるか魔物に攻撃されるか、どちらかを選べかと言う事なのだから――。・

「はぁ……」

 思わずため息が出てしまう。
 本当に面倒な世界に来てしまったようだな。



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