【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

魔王ユウマ VS 残虐のマリウス 

 ネイルド公爵家が治める領地の北に位置する村フェンデイカは、人口1500人程度の村である。

「なるほど、ここがフィンデイカの村か……」

 俺は、ゼノンに案内されながら町の中を歩く。
 そんな俺の後ろをイノンが静かについてきていた。

「ゼノン隊長! マリウス様が広場にてお待ちです!」
「わかった……」

 一人の兵士が近づいてくるとゼノンに話しかけている。
 兵士はイノンを見たあと、俺を見て首を傾げた。

「ゼノン隊長、そちらの男性は? ネイレド公爵家の傭兵ですか?」
「あ、ああ……そんな所だ」

 ゼノンが歯切れ悪く答えるが、話を聞いた兵士は何ら不思議に思わずにそのまま立ち去っていく。

「ずいぶんと人望があるんだな?」
「そうでもない」

 ゼノンは俺の質問に素っ気なく答えると広場と思われる方へ向かっていく。
 それに伴い兵士の数も増えていくが、遠巻きに見ているだけで近寄ってこようとはしてこない。

 広場に到着すると、目算だが200人近い男達が甲冑をつけたまま陣取っていた。
 その中で一人だけ異彩を放っている男が居た。
 ぶくぶく太った樽のような腹をした人間。
 その人間が、俺を見るなり。 

「ゼノン!その黒髪の男は何者だ?」

 ――と、叫んできた。

「こ、この者は……」

 ゼノンが言いよどんでいるな。
 もしかしてこれは俺の充てが外れたか?
 ゼノンに任せて撤退をさせようと考えていたんだが、まあ無理なら無理で仕方無い。

「ゼノン。あのデブは、なんて名前なんだ?」

 俺は肥満の体現者である目の前のデブを指差しながら名前を聞く。
 名前が分からないと円滑な交渉が出来ないからな。

「あの方は、マリウス団長です、ネイルド公爵家第四騎士団を任せられている方です」

「ふむ……その騎士団ね……」

 俺は中央広場に無造作に打ち捨てられている死体を見て思う。
 そして、俺は目を動かしながら周りを見るが武器らしき物が落ちてる様子は見られない。

「なあゼノン、お前らは騎士のくせに武器すら持たない無抵抗な人間を殺したのか?」
「――!」

 ふむ、驚いているということはそう言う事なんだろうな。
 ふと横を見るとイノンが顔を真っ青にして震えている。

「まったく酷いものだな」

 俺はマリウスを見降ろしながら呟く。
 国民や力なき者を守る仕事についているのが騎士や兵士だろうに、それが弾圧する側に立ってどうするんだろうな。

「ゼノン、あのデブの次に此処で偉いのがお前か?」
「――あ、はい」

 ふむ、そうか……。
 なら最悪な事態になっても問題はないな。

「何をコソコソ話しておる!さっさとその者が何者か答えんか!」
「ゼノン下がっていろ、俺が交渉をする」

 今回は、交渉にはではなく煽りだ。
 さっさと此処からお帰り頂こう。

「おい!そこのマリなんていったけか? ああ、デブでいいか? おいそこのデブ! 一度しか言わないから良く聞けよ? 俺の名前は魔王ユウマだ。一応、あそこの娘と契約をしてお前らを駆除するって事になっている。だが、お前らのような屑にも生きる権利ってのがあるからな。そこでだ! 村人を解放して、すぐに村から撤退するなら命までは取らないで置いてやる」
「魔王? 一体なんだ! それは!?」

 マリウスが俺の言葉に突っ込みを入れてくる。
 仕方無いな……冥土の土産として教えてやるとするか。

「我が名は、魔王ユウマ! 全ての魔法を極めし最強の魔法師なり!」
「……もうよい……こやつを殺せ!」

 マリウスが青筋を顔に増やして大声で命令を下してくる。
 俺は、マリウスの言葉に薄くほほ笑む。

「交渉決裂でいいんだな? 最終警告だ、攻撃をしかけてきたらデブ、貴様を真っ先に殺す」

 俺の言葉にデブが怯んだが200人近い男達は武器を抜いてきた。

「もう一度聞くぞ? 俺と敵対するって事でいいんだな? すぐに獲物を腰の鞘に戻して撤退するなら五体満足で返してやるぞ?」

 俺の警告に男達の表情が緊張で引き締まるのが分かる。
 ただ――。

「マリウス団長!こいつの言っている事は本当です。こいつは攻撃魔法師です、撤退しないと全員皆殺しにされます。俺が預かっていた隊も全員こいつに皆殺しにされたんです!ですから撤退の指示をしてください!!」

 俺の言葉に反応したのはゼノンであった。
 周りの兵士達も鬼気迫るゼノンの言葉を聞いて鞘に武器を収めるかどうか迷っている。

「ゼノン!貴様、ユリーシャ派に買収されたのか? 攻撃魔法師だと? そんなのが居たとしても魔法が発動する前に殺せばいいだけだろう!貴様ら、その男を殺せ!」

「そうか。敵ってことでいいんだな?」

 なら仕方ないな。
 俺に向けて近づいてくる兵士を見ながら、【風刃】を発動。
 真空の刃を発生させマリウスの首を刈り取った。
 『ヒギィ』っと、言う言葉がデブの断末魔であったがそんなのはどうでもいいだろう。

 突然、自分達の指揮官が倒されたことに、空で回転しながら落ちてくる首に騎士や兵士達の目が釘付けになっている。
 そしてそれが切断された首だと理解した瞬間、兵士達は俺から距離を取った。

「ゼノン、俺は無駄な殺しをする気はない。お前がこいつらを纏めて撤退させておけ。それとネイルドって奴には俺がお前の部下を殺したって事はそのまま伝えていいぞ? あとは、そうだな……別に貴様の領内だ。どう治めようが俺の知ったことじゃないが、俺と敵対したら殺しに行くと伝えておいてくれ……いいな?」
「……わ、わかった」

 ゼノンはすぐに兵士達に視線を向けると語り始めた。

「お前達、見てのとおりだ。鞘に武器を収めてすぐ撤収の準備にかかってくれ。公爵様の兵力をこんなところで失うわけにはいかない」

 ゼノンが必死に力説しているが誰もが、ゼノンの言葉を鵜呑みにはしてないだろう。
 ただ目の前で起きた現実が自分に向けられた時の恐怖が彼らの行動を後押しした。
 捕まっていた村人達は全員解放された。
 そして、ゼノンに指揮された騎士と兵士達はそのまま村から撤退していった。

「さてと……こんなところでいいか? イノン――」

 俺は、言葉を喉元で留めた。
 そこには、積み重なった物言わぬ躯の前で泣いてるイノンの姿があった。

 俺は後ろ頭を掻きながら、すぐに頼む必要もないかと思う。
 どうせ、まだ日は高いからな。


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