お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

これ以上…誰も…ひどい目になんて…合わさせない…

「さあさあ、お嬢ちゃん」

「その可愛い顔と、いい身体…俺らの慰みもんに、させてもらうぜ?」



チンピラ達の下卑た笑い声が、辺りに響く。

その下卑た笑いに相応しい、欲望に満ち溢れた歪んだ笑みが、チンピラ達の顔に浮かんでいる。



そんなチンピラ達を前に、涼羽は先ほどまでその身を挺してまで自分と羽月を護ってくれていた…

今はあまりにもひどい状態で倒れているストーカー男をかばうように…

さらには、これからのことに巻き込まないようにと、自分から遠ざけた妹である羽月をも護ろうと、立ちふさがっている。



いつもの非常におっとりとした、優しげな雰囲気はまるでなく、その美少女顔を露にする前の、まさに研ぎ澄まされた真剣のような、触れるだけで切れそうな鋭い雰囲気に満ち溢れている涼羽。

そんな涼羽のことを手篭めにしてやろうと、チンピラ達がその手を伸ばし…

涼羽の華奢で儚げな身体に触れようとしてくる。



「……………」



そんなチンピラ達の、自分に向けて伸ばされた手を、涼羽はまるで萎縮することもなく、能面のような無表情で、自分の手でがしりと掴む。



「お?なんだ?」

「もうどうしようもないって、観念でもしたか?」

「安心しろよ、お嬢ちゃん」

「せめて、ヤッてるうちにお嬢ちゃんも気持ちよくなれるようには、してやるからよ」



自分達の手を掴んできた、涼羽の手の感触にチンピラ達はますます下卑た笑いを色濃くする。

そして、手の感触だけでも極上なのだから、これでその身体も、と思うとますますその鼻の下を伸ばしてしまう。



しかし、そんな下卑た妄想が現実になることなどなく…

逆に、これから自分達の身に降りかかることの恐ろしさを、その身に刻み込まれることとなる、そのことに…

今、この瞬間から気づかされることと、なってしまう。



「!!な、なんだ…これ…」

「!!う、動かねえ…」



自分達の半分もあるかどうかの、本当にか細い涼羽の腕。

そして、その小さくすべすべの手を振り払ってやろうと、自分の腕に力をこめたチンピラ達。

にも関わらず、微動だにしないチンピラ達の腕。



そのことに、チンピラ達はそれまでの欲望と下心と言う名の熱に満ち溢れた心境に氷を入れられたかのような…

言いようのない恐怖感が、芽生えてくる。



焦って、全力でその手を振りほどこうともがくも、まるで大きな岩と岩の隙間に挟まってしまったかのようにびくともしない。

これは、かつて志郎にその腕を掴まれた時も、同じ状況だったことをチンピラ達は思い出す。

二人にとって、思い出したくもない出来事を今、無理やりに思い出させられてしまい、ますますぽっと火がともったかのようなものだった恐怖感が、大きくなっていってしまう。



「マ、マジか!?…な、なんだこいつ…」

「こんな小さな身体と手のどこに、こんな力が!?」



当の涼羽は相変わらず能面のような表情のまま、ぱっと見ではろくに力も入れていないように見える。

しかし、にも関わらず涼羽の倍以上の体格で筋肉の塊のようなチンピラ達の腕は、動くどころかまるでびくともしない。



一見、箸より重いものなど持ったこともない、と言われても信じてしまいそうなほどに華奢で儚げな細い腕、そして小さく可愛らしい手。

そんな腕と手の、一体どこからこれほどの力が出ているのかと、チンピラ達はもう、恐怖の表情を隠せずにはいられなかった。



そして、その恐怖をさらに煽るかのように、涼羽のチンピラ達の腕を掴んでいる両手に、力が篭っていく。



「!!ぐ、ぎゃああああああああああああっ!!」

「!!ぎ、ぎひいいいいいいいいいいいいっ!!」



チンピラ達の腕に、まるで万力に挟まれて、そのままつぶされてしまうかと思うほどの、とんでもない圧力が加わっていく。

偶然にも、涼羽がその手で掴んでいる部分は、かつてこのチンピラ達が志郎に握りつぶされそうになったところ。

かつての、殺されるとまで思ってしまったほどのあの絶大な恐怖が、今この場でよみがえろうとしている。



「……………」



当の涼羽は、その何も浮かんでいない無の表情をひとつも変えることなく、淡々と作業をこなすかのように、その手に力をこめていく。

まだそこそこ程度の力の入り具合であるにも関わらず、チンピラ達の腕がみしみしと、悲鳴をあげてしまっている。



「!!!!ぎゃ、ぎゃああああああああああああああああ!!」

「!!!!ぐ、ぐひいいいいいいいいいいいいいいいい!!」



強引に腕を振り払うどころか、逆にその腕を握りつぶされそうになっているチンピラ達の顔が、その激痛に歪んでいく。

今の涼羽が放っている、その切れ味鋭い雰囲気の力もあり、かつてない恐怖感が、チンピラ達の心に襲い掛かっている。



「…す…すごい…お兄ちゃん……」



これまで見たこともない様子の兄の姿、そして、兄の倍以上はある筋骨隆々な体格の男達が、なす術もないほどにねじ伏せられている様を、呆気に取られた表情で見ている羽月。

兄、涼羽の、その可愛らしい容姿からは想像もつかないほどの腕っ節の強さ。

自分の前では常に、優しく恥ずかしがりやで、いつもその母性と包容力で包み込んでくれている兄の、初めて見る姿。



そんな兄に戸惑いを抱きながらも、決して恐怖を覚えることなどなく…

むしろ、自分を護るために戦ってくれているのだと思うと、ますます兄のことが好きになっていく。



今の羽月は、自分のことを護る為に戦ってくれている兄をただただ、見つめることに夢中になっている。



「……………きゃ…」

「!!ひ、ひぎゃああああああああああああああ!!」

「!!ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「………さなきゃ…」

「!!や、やめてくれえええええええええ!!」

「!!た、頼むうううううううううううう!!」

「………あの人をあんな目に合わせて…羽月にまでひどいことするなんて…」

「つ、つぶれるうううううううううううう!!」

「い、いでええええええええええええええ!!」

「………これ以上…誰も…ひどい目になんて…合わさせない……だから……」

「ご、ごめんなさいいいいいいいいいいい!!」

「ゆ、許してえええええええええええええ!!」

「………悪いのは……つぶさなきゃ………」

「!!か、勘弁してくれええええええええ!!」

「!!つ、つぶさないでええええええええ!!」



その身を挺して、自分と羽月を護ってくれたストーカー男と、大切な妹の羽月を護ろうと、ますますその手に力をこめていく涼羽。

ぼそり、ぼそりとつぶやかれる涼羽の声が、最初のうちはチンピラ達には聞こえていなかったのだが…

じょじょにじょじょに、嫌でも、と言った感じで腕を握りつぶされそうになっている二人の耳に入っていき…

涼羽が、ストーカー男と羽月を護ろうとする、その決意の声が聞こえてしまい、このままでは本当に自分達の腕を握りつぶされてしまうという恐怖と激痛から、恥も外聞もなく泣き叫んでしまっている。



自分がもっと、早く前に出てこうしていれば、あの男の人はあんなひどい目に会わなくてすんだのに。

自分がもっと、早くこうしていれば羽月にも、怖い思いをさせることなんてなかったのに。



そんな真面目すぎる性格から来る、するべきことができなかったせいで、本当なら傷つくこともなかった人が傷つき、さらには大切な妹にまで怖い思いをさせることとなってしまったという後悔。

その優しすぎる性格ゆえに、無意識にその力を無闇にふるうことができなかったという事実も、よりその後悔を増長させるものとなってしまっている。



そして、その後悔が、涼羽の手にさらに力をこめさせてしまう。

もうすでに、チンピラ達の腕は掴まれている箇所がドス黒く変色しており、凄まじいほどの握力で皮膚が破れて血が滲んできてしまっている。

にも関わらず、まだこれ以上の力があるため、ここからさらに力を込められると、チンピラ達の腕は間違いなく骨まで握りつぶされてしまうだろう。



以前の志郎と違い、涼羽は自分の背後にいる二人を護ることに集中しすぎて、チンピラ達のことをまるで見ていない。

ゆえに、このままでは本当にチンピラ達の腕を握りつぶしてしまうことにも、全く気がついていない。



涼羽の手の方が志郎よりも小さいため、余計にその力が一点に集中してしまう。

そのため、その圧力もよりクリティカルにチンピラ達の腕にかかってしまう。



その様を涼羽の背後から見ている羽月も、さすがにこのままではまずいと思い始めている。

このままでは、本当にあの心優しい兄が、人のことを傷つけてしまう。

それも、洒落にならないほどのレベルで。



「お、お願いしますううううううううううううう!!」

「も、もうしません~~~~~~~~~~~~~!!」



チンピラ達の腕に、さらに涼羽の力がこめられていく。

どれほど懇願しても、解放してくれるどころかますますその力が強まっていくことに、ようやくチンピラ達は、自分がどれほど恐ろしい人物の逆鱗に触れてしまったのかを実感することとなる。

ましてや、見た目これほどに儚げで幼げな美少女な涼羽の小さく可愛らしい手から、こんな人間のものとは思えないほどの剛力が出ていることに、もはや女性というものは、見た目では想像もできないほどの恐ろしさを秘めている、という認識がその脳にハンマーで杭を埋め込まれるかのように植えつけられていく。



これまで欲望の発散先であり、自分達の慰み者として見ていた女性と言う存在が、この世で最も恐ろしい存在に変わってしまう、その瞬間となってしまった。



しかし、これ以上はもうチンピラ達の腕がもたない。

握りつぶすどころか、千切り落とすところまでいってしまうかも知れない。

その目は開いているものの、自分の背後にいる二人を護ることに集中しすぎて、チンピラ達の腕が本当に取り返しのつかないところまで来てしまっていることを、涼羽は全く見えていない。



チンピラ達の懇願も、そのあまりの激痛に泣き叫ぶ顔も、今の涼羽にはまるで見えていないし、聞こえていない。

ただただ、その性格ゆえに普段ならば絶対にできないようなことであったとしても、今それをしなければ後ろの二人を護れない、という壮絶な覚悟の元、やりきろうとしている。



もう骨まできしんで、悲鳴を上げているチンピラ達の腕。

後一押しで、その骨まで握りつぶされることとなる、その寸前だった。







「…………め………だ………め………で………す………」







虫の息のような、その場の誰にも聞こえないだろうその声が、涼羽に向けて出されたのは。

その血塗れの手が、涼羽の靴を弱弱しく、崖の先へ飛び降りようとする自殺志願者を止めようとするかのように掴んできたのは。



その声、そしてその手の感触に、それまで能面のような無表情だった涼羽の顔に、ハッとした感じの、生気が戻ったような表情が浮かんでくる。

それと同時に、自分の背中にべったりと貼り付いて、やはり決して向かってはならない先へ行こうとする者を止めようとする力を感じる。



「お兄ちゃん!!だめ!!それ以上やったら、その人達の腕、本当にちぎれちゃう!!」



これ以上、優しい兄が弱い自分のために人を傷つけてしまうのを見ていられなくなった羽月が、その身を挺して、涼羽の行動を止めにかかってきたのだ。



そして、膝が壊れていて、全身はすでにボロボロの状態であるにも関わらず、這い蹲ってでも涼羽のことを止めにきたストーカー男。



その二人の、取り返しのつかないことをしようとしていた自分をなんとしても、と言わんばかりの思いに、涼羽はようやく我に帰ることができた。



「羽月!!大丈夫だった?」



目の前の障害物をつぶすことにしか意識が言っていなかった涼羽の手が、まるでそこに何もなかったかのようにチンピラ達の腕をあっさりと解放し、羽月のことを心配する声を響かせる。



「わたしは大丈夫!お兄ちゃんが護ってくれたから!」



そんな兄の声に、ようやく普段の兄が戻ってきてくれたと、安堵の思いになり、兄の問いかけに大丈夫だと笑顔で伝える羽月。

そんな妹を見て、涼羽の顔に安堵の表情が浮かぶ。



「!だ、大丈夫ですか!?」



そして、いまだ地面にその身体を横たわらせたままのストーカー男を見て、慌てて涼羽はその安否を確認しようとする。

だが、ぱっと見で分かるほどにひどい状態となっており、一刻も早く病院に連れて行く必要があることは明白。

涼羽はまず、その長い髪をもともと持っていたヘアゴムで、邪魔にならないように一つに結んで、右の肩口から身体の前に流すようにする。

そして、自身の血にまみれているストーカー男を、涼羽は自分の身や服が汚れることなどまるで構いもせず、その小さな背中に背負い上げる。



「早く、早く病院に連れて行かなくちゃ…」



自分の倍以上はある、肥満な体格の男を、まるでその重さを感じさせないほどに軽々と背負い上げる涼羽の姿を見て、ここまで散々恐怖を植えつけられてしまったチンピラ達の心は、さらに恐怖によるダメージを負ってしまう。



「こ…怖え…怖えよお!!」

「も、もうこんな怖えのはたくさんだあ!!」



未だに万力に挟まれて押しつぶされているかのような感覚と、激しい痛みに襲われている腕を、もう片方の手でかばうようにしながら、チンピラ達はその恐怖の対象が見える範囲にもういたくないという意思の元、その場から恥も外聞もなく、ただただ慌てて逃げ出してしまう。



どこからどう見ても慰み者にしかならないはずの美少女に、逆に自分達が壊されそうになってしまったというみじめさよりも、その腕どころか、下手をすれば何もかもが壊されてしまうという恐怖の方を圧倒的に、嫌と言うほど味わわされてしまったため、もはやこれまでのような行為はできないほどの精神的ダメージになってしまったことだろう。



そんなチンピラ達のことなど、まるで初めからいなかったかのように自分の認識から外してしまっている涼羽。

その意識は、自分が護ろうとした妹、羽月と今、背中に背負っているストーカー男だけに向いている。



「どうして…こんなになるまで僕達のことを…護ってくれてたんですか!?…」



妹の羽月に『お兄ちゃん』と呼ばれたこともあり、すでに意識が男の方に戻っているのか、一人称も先ほどまでの『私』から『僕』になっていることに気づかず、涼羽はストーカー男に問いかける。



自分が、変に怒ってあの二人組に突っかからなければ、この人はこんな目にあわなくて済んだのに。

自分が、もっと早くにこの人の前に出ていれば、もっと早く覚悟を決めていれば、この人はこんな目にあわなくて済んだのに。



そんな後悔の念が、涼羽の心を埋め尽くしてしまう。

そんな後悔の念が、涼羽にそんな問いかけをさせてしまう。



涙こそは出ていないものの、自分のしたことで他の人に迷惑がかかってしまったことを自覚させられた、泣き出しそうな子供のような表情を浮かべながら問いかけてくる涼羽に、ストーカー男は何とも言えない複雑そうな表情を浮かべ、お世辞にも豊富とは言えない、貧弱なボキャブラリーを駆使して答えようとする。



「……ぼ…ぼく…のことで……こんな……にも……怒って…くれて……それ…どころか……こんな…ぼくと……話してて……楽しそうに……してくれて……たから……」

「!!そ、そんな……それだけ…なのに?……」

「……それに……こんな……ぼく…でも……こんな…風に……あなた……のこと……護れる…んだ……って…思えたら……なん……だか……うれ…しくて……」

「!!……」

「……よかった……こんな……ぼく…の……ために……あなた…が……と……とり…かえし……の…つか…ない……ことを…しなくて……ほんとに……よかった……」



一つ一つ、途切れ途切れになりながら、蚊の鳴くような声で紡がれる、ストーカー男の本当に純粋な思い。

遠目からのストーキング行為で、じっと見つめて、見守っていた時から、本当に涼羽のことを自分の手で護りたいと、ずっと思い、願ってきた。

実際に手の届く距離で会話して、こんな自分とのおしゃべりを本当に楽しそうにしてくれたこと。

チンピラ達に、今までずっとぶつけられてきたような侮蔑と罵声を浴びた時、こんな自分のために本気で怒ってくれたこと。

自身がここまでボロボロになってしまったものの、その思いを果たすことができて、本当に嬉しかったこと。

そして何よりも、こんな自分のために、涼羽が本当に取り返しのつかないことをせずにすんで、本当によかったと、心から思っていること。



そんなストーカー男の思いが、痛いほどに涼羽の心に響いてくる。

自分のことを、こんなにも大切に思ってくれていたなんて。



その思いが、涼羽の目から形となって零れ落ちてくる。

本当に嬉しくて。

本当にありがたくて。

そして、その嬉しさとありがたさの分だけ、本当に申し訳なくて。



早く、病院に連れて行かないと。

ここからなら、救急車を呼ぶより自分がこのまま駆け込んだ方が早い。

絶対に、この人を助けてみせる。

絶対に、自分のためにこの人が今後の生活に支障があるようなことになんか、させたりしない。



「羽月、俺は今からこの人を病院に連れて行くから」

「!わ、わかった…」

「羽月は、このまま家に帰って、お父さんに今日ここで起こったこと、ありのまま全部と、俺がこの人を近所の病院に連れて行ってることも伝えて」

「!う、うん!」

「じゃあ、頼んだよ」



妹の羽月に父への言伝をお願いすると、涼羽はその足で真っ直ぐに病院へと走っていく。

自分よりも大きい人を背中に背負っているとはとても思えないほどの速さで。



そんな涼羽を見送りつつも、羽月も兄、涼羽からお願いされた言伝を果たそうと自宅の方へとぱたぱたと、足を進めていくので、あった。

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