お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

僕のモデルに、なってください!!

「で、その写真家さんが、俺達に何か用でも?」
「…何か、お困りのようですけど…」

本当に楽しむことのできた合コンを終え、その余韻を持ちながら二人で帰路についていた涼羽と志郎の二人。
そんなところに、突然現れて自分達を呼びとめ、名刺を渡しての自己紹介までしてきた目の前の写真家。
その写真家である、寺崎 光仁に対し、改めて涼羽と志郎は、一体自分達に何の用なのかを問いかける言葉を、声にする。

もともと写真撮影のために山に登ったり、結構な距離を歩き回ったりするため、それなりに体力はある光仁なのだが、先程の全力疾走はやはり堪えたのか、まだ少し息が乱れている。

まさに、どうしようもなくなったところに降って沸いたかのように現れた希望にすがりつくかのような必死さを見せる光仁に対し、涼羽は直感的に彼が何か非常に困っていることを感じ取ったのか、心底、光仁を気遣うような表情で、声をかける。

対する志郎の方は、涼羽と同じように光仁の必死さを見て、何かあったんだとは思うものの…
いきなり会った事もない自分達を呼び止めて、さらには自分達を品定めするかのような見方をされたこともあり、やや警戒心が先に出てしまっている。

そんな二人の様子などお構いもなく、光仁は、自分に課せられた依頼を果たすべく…
何が何でも、こんな自分によくしてくれる写真館の人間、そしてクライアントの企業の人間のためにも、今回の企画を絶対に成功させたいという思いから、ただただ真っ直ぐに、自分の思いを伝えるべく、真っ直ぐに二人を向き合う。

そして、ようやく呼吸が整ってきたこともあり、その思いを言葉に、変えていく。

「…ふ、二人にお願いがあります…」
「?お願い?」
「?お願い…ですか?」



「…お願いします!二人共、僕の写真のモデルになってください!!」



先程までの気の抜けるかのような声から一転し、その抑えられない思いの強さを示すかのような、お腹の底から目一杯の力を入れて響かせるその声。

そんな光仁の声に、そして、その声に乗せられた強い思いから来る願いに、涼羽も志郎も呆気に取られてしまう。

「……はあ?」
「……え?」

おそらく、この周辺に響き渡っているであろう、それほどにはっきりと聞こえた声だったのだが…
その伝えられた内容があまりにも突拍子で、一体何を言われているのか、本当に分からなかったため、しばらく静止してしまい、それからようやくと言った感じで出せた声も、本当に間の抜けた声と、なってしまっていた。

「お、お願いします!!お願いします!!」

もうこの機会を逃せば、自分の望むモデルは現れない。
もうこの機会を逃せば、絶対に納期に間に合わなくなってしまう。

何が何でも自分を支えてくれている人達に、こんな理不尽な偶然で、せっかくここまで進めてきた企画をつぶされるなんてこと、味わわせたくない。
何が何でもあの人達のために、この企画を成功させるために、この二人に自分の写真のモデルになってもらわねばならない。

これまで本当に何をやってもだめだだめだといわれ続け、常に劣等生としての自分を強要され続けてきた学生時代。
そんな自分を変えてくれた、救ってくれたのが、写真との出会い。
写真と出会ってからの自分の人生は、まさに楽しいと言えるものだった。

そして、そんな自分の写真を認めてくれる人間が現れた。
そして、その人から、また別の人とのつながりが、できた。
そうして、多くのつながりができ、今ではその人達全てが、自分のことを、自分の写真を認めてくれる。
だから、この人達のためなら、自分は何だって出来る。
何だってしてみせると、そう常に思っている。

そして、自分によくしてくれる人達が、今本当の意味で窮地に陥っている。
いつも自分を支えてくれている人達が、どうしよう、どうしようと、本当に困っている。

こんな自分の安っぽい頭を、地に擦り付けるくらいであの人達を助けられるのなら、安いもの。
そんなこと、むしろ喜んでしてみせる。

そんな思いを全て表すかのように、天下の往来であるにも関わらず、勢いよく地に膝をつけて、さらにはその頭をも地に擦り付けて、文字通りの懇願を、二人に向けて行う。
ただひたすら、お願いします、と、自分よりも一回り近くも年下の人間に対して。

「!!お、おい!?」
「!!ちょ、ちょっと!?」

突然目の前で自分達に対して土下座し、その懸命で必死の思いをぶつけるかのように懇願を続ける光仁に対し、驚きを隠せない涼羽と志郎。

そんな光仁に、真っ先に涼羽が駆け寄り、膝を折って視線を地に頭を擦り付けている光仁に、まるで手を差し伸べるかのように声をかける。

「一体、何が何なのか全く分かりませんが…よっぽどの状況なんですね…」
「!!!!………」

まるで本当に自分を労わってくれるかのようなその声に、光仁はハッとして、勢いよくその頭を振り上げ、涼羽の方へと視線を向ける。

「こんなことまでされて…本当に…」
「あ……」
「こんなところで、こんなことをしていても話が進みませんので…」
「………」
「よければ、最初からお話を、聞かせていただけませんか?」

まるで聖母のような慈愛と優しさが伝わってくるかのような涼羽の一声一声。
そして、その慈愛と優しさを余すことなく伝えようとするかのような、その眼差し。

しかも、いきなり呼び止めて、しかもわけも分からないまま変なお願いをされて、しかも土下座までされて…
にも関わらず、こんな自分の話を聞かせて欲しいと、本当の意味で歩み寄ってくれる涼羽が、まるで天使のように見えてしまっている光仁。

思わず、まるで自分を地の底から引っ張り上げようとするように差し伸べられている涼羽のその手を、まるで天使に触れるかのような思いで、おそるおそると掴むのだった。



――――



「…そういえば、自己紹介がまだでした。僕は高宮 涼羽と申します」
「…鷺宮 志郎って言います」

場所は変わって、三人がいたところからすぐ近くにあった、全国規模の展開をされているファミレスのチェーン店。
込み入った話になるということで、ちゃんと座って話せる場所にしようと涼羽が提案し、ここに入ることとなった。

そして、それぞれ飲み物だけを頼み、それが来たところで光仁が、話を切り出し始める。

「…僕は今、お世話になっている写真館経由で来た、僕宛の依頼で仕事をしています」
「…仕事、ね…」
「…それも、写真関係のお仕事なんですか?」
「はい…そのクライアントも、普段からお世話になっている企業でして…」
「そうなんですか…」
「そうです…今回の依頼は、その企業が社運をかけた企画のものなんです」
「!そりゃまた…」
「!すごいですね…」

あの必死な様子から、よほどのことなんだろうと思ってはいた涼羽と志郎だったが、実際に話を聞いてみて、自分達が思っていたよりもさらに大きい規模の話だということに、気づかされることとなった。
そして、今目の前で年下の自分達に対して非常に腰の低い話し方をしている、冴えない男が、実際には自分の写真の腕一本でこの社会に貢献している…
それも、一企業の社運をかけたプロジェクトに関わる仕事を任されるほどの存在であるということを、知ることとなった。

「企画自体はスケジュールが厳しく、担当の人達もかなりの無理をしてどうにか、といった感じでしたが、その甲斐あって、ようやく目処が立って、後は僕の仕事が、その企画の全てを決定付ける、というところまできてたんです…」
「………」
「………」
「僕自身も…自分が選んだモデルさん達としっかりすり合わせをしてイメージを固め、それに合わせて多くの人達に動いてもらって…後はイメージのままに撮影していく…そこまで準備は整っていたんです…」
「?…え?てことは…」
「?…そこで、何かあったんですか?…」
「…もう、撮影の当日という日だったんです…いつまでたっても、今回のモデルとなる二人の姿が現場に現れなくて…二人の連絡先にかけてもつながらない…そうしていたら、今度は病院の方から電話がかかってきて…そのモデルの二人が…交通事故にあって、意識不明の重体だと…」
「!!……」
「!!……」

光仁から口惜しそうに話された内容は、涼羽と志郎の顔を歪ませるには十分すぎるほどのものだった。
撮影の当日になって、肝心のモデルが交通事故で意識不明の重体…
しかも、そこまで進行している状況だということは、当然納期も迫っているはず。

しかし、それよりも交通事故にあった二人のことが気になって仕方がない涼羽は、反射的にその二人の容態のことを聞いてしまっていた。

「そ、そのお二人は、今はどうなっているんですか?」
「…不幸中の幸いか、命に別状はないそうです…」
「!…そ、そうですか…よかった…」

とりあえず、命に別状はなかったことを聞かされ、涼羽は思わずほっとしてしまう。
会ったことすらない人間であるとはいえ、涼羽の性格上、不慮の事故でその命が奪われるなどということには、非常に心を痛めてしまうからだ。

「…ただ、重症であることには変わりなく、まだ意識も戻らないので…今回の企画にはもう…」
「!!…そりゃあ…どうしようもない状況だな…」
「どなたか、代わりのモデルさんは、おられないんですか?」
「僕がこの手の仕事をする際、僕自身が僕のイメージにぴったりだと思える人間を選んで、モデルになっていただくんです…だから、基本的に代わりのモデルというのはありません」
「!!……」

そう、光仁は常にモデルを自分で選んでいる。
その仕事に対して思い描いたイメージにぴったり合う、そう断言できる人間を。
そして、これまでの経験上、そんな人間が二人、三人と見つけられるということは、なかったのだと、光仁は続けて言う。

それゆえに、光仁の仕事は取り直しのきかない、まさに一発勝負とも言えるものとなっている。
光仁の仕事に関わるスタッフも、決して誰でもできるというものではなく、今現在に至るまで、常に同じメンバーで撮影に望んでいる。
もちろん、モデルに対してもそれは求められるため、最初にそれをしっかりと飲み込んでもらう必要もある。
基本的に光仁は芸能人からとか、本職のモデルからとか、といった特定のくくりから自分のモデルを選ぶわけではなく、それが自分の感性に、イメージにぴったりと合う人間なら、たとえそれがモデルのモの字も知らない素人であろうと、その人を選ぶ。
だからこそ、余計に選ばれたモデルに対しての配慮も必要になるのだ。

それも含めて仕事に挑むため、どうしても光仁の仕事は時間がかかるものとなってしまう。
本当の意味で、一つ一つを丁寧に作りこんでいくから。

だが、だからこそ光仁が手がけたものは、本当の意味で魂込められた、渾身の一作となる。
だからこそ、世に出せば人々からの反響は非常にいいものとなる。

一歩間違えれば全てがアウトになってしまうようなリスキーな手法であるにも関わらず、それをこれまで大きな問題などなくこなしてこれたのは、まさに光仁の仕事に対する情熱、そして姿勢のたまものであり、それがあるからこそ、光仁に関わる人達もその情熱に、姿勢に、心を動かされて、同じように真剣白刃で挑んでくれる、というのがあったからだろう。

そして、これまでの中でも最悪と言えるほどのアクシデントが起こってしまい、プロジェクトに関わる人間も半ば諦めムードが見え隠れし始めている中、光仁だけは決して諦める素振りも見せず、もう時間が残されていないにも関わらず、無理だと、無駄だと分かっていてもこうして、自分のイメージに合う新たなモデルを探そうと、こうして朝から涼羽達と会うまでずっと町中を歩き続けていた。

そして、光仁の経験上、奇跡と言っても過言ではない出来事が起こったのだ。
それが、まさに今光仁の目の前にいる二人――――涼羽と志郎――――との出会いだったのだ。

そして、光仁はこの出会いは、本当に神様に与えてもらえたものだと、本気で思っている。



――――なぜなら、この二人は、前に自分が選んだモデルよりもずっと、自分のイメージにぴったりだから――――



この二人をモデルにすれば、自分が思い描いていたものを、より高い完成度で形にすることができる。
それを確信することができたからこそ、光仁はこの出会いに本当の意味で感謝せずにはいられない。

そして、だからこそ、どんなに拝み倒してでも、この二人に、自分のモデルになってもらわなくてはならないと、確固たる信念を持っている。

そして、そこまでの話を聞かされて、涼羽と志郎はしばらく無言のまま、何か考え込むようにしていたが、それもそれほど時間がたたずに終わり、涼羽の方から、その可愛らしい声を響かせていく。

「…事情はよく分かりました」
「!!で、では、モデルになっていただけます、でしょうか?」
「…僕でよければ、お手伝い、させていただいてもよろしいでしょうか?」
「!お、おい…涼羽…」
「!!ほ、本当ですか!?」

その童顔な美少女顔に、柔らかな優しい笑顔を浮かべながら、光仁の懇願に対し、肯定の意を伝える涼羽。
そんな涼羽に対し、志郎は心配なのか、ついつい待ったをかけるかのような声をあげてしまう。

まさか、こんなにもあっさりと肯定の意を示してもらえたことに、光仁の方は飛び上がってしまいそうなほどの喜びを見せてしまう。

「…なんかね、この人の話聞いてたら、お手伝いしなくちゃ、って思って…」
「そ、そりゃ話は分かるし、俺もむげにしたくはねえとは思ってるけどよ…」
「志郎…俺からもお願い。この人、助けてあげて?」
「!!…」

何か言いたげな志郎に対し、涼羽は素直に、自分が目の前の困っている人をただただ、助けてあげたいだけだという思いを言葉にする。
そんな涼羽に対し、志郎も当然ながら手伝えることはないかと思ってはいたのだが、ことがことであるだけに、そう簡単に首を縦に振れなかった、というのが本音だ。

だが、そんな志郎に対し、今度は涼羽の方から、自分よりも高い位置にある志郎の顔を下から見上げながら、真っ直ぐにお願いしてくる。

普段から涼羽にはいろんなことで世話になっているし、いろんなことで認めてくれていることもあり、その涼羽にこんな風にお願いされては、もはや志郎には断る、という選択肢はなくなってしまう。

そんな二人のやりとりを、光仁は何も言わずにじっと見つめており、どうかこの二人がセットでモデルになってくれることを、祈り続けている。

「…はあ…分かったよ、涼羽」
「!!じゃあ…」
「ったく…お前にそんな顔されて、そんな風にお願いなんかされたら、断るなんてできるわけねえじゃねえか」

もはや自分に勝ち目はないと判断し、完全な降伏宣言といった感じで、光仁のモデルの話に、しぶしぶながらも肯定の意を示す声を響かせる志郎。
自分にとっては、かけがえのない親友である涼羽にそこまでお願いされているのに、断るなどということは志郎の中では絶対にない選択肢であるからだ。

「よかった!ありがとう、志郎!」

苦笑いを見せながら、自分のお願いにうんと言ってくれた志郎に対し、よほど嬉しかったのか、自分の左隣にいる志郎の右腕に思わずべったりと抱きついてしまう涼羽。
いきなり自分の腕に抱きついてくる親友に対し、一瞬驚きを見せるも、すぐにその嬉しそうな顔を見て、穏やかな笑顔を見せてしまう。

「ったく…お前ってどうしてこんなに、人のことで喜んだりできるんだろうな…」
「で、では…そちらの、鷺宮さんも…モデルになって…いただけるのですか?」
「ん?ああ、正直俺もここまで聞いてはいさよなら、ってのも嫌だし…何よりこいつにこんなにもお願いされたら、絶対断れないしな」
「!!ああ、ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
「まあ、こいつもだけど…俺もモデルなんて全くやったことねえから…本当に右も左も分かんねえけど、よろしくってことで」
「!それでもです!ありがとうございます!ありがとうございます!」

自分のためにすればいいお願いですら、人のために使ってしまう涼羽。
そんな涼羽のお願いだからこそ、断るという選択肢を捨ててしまった志郎。

なにより、そのおかげで、自分よりも確実に年上であるはずの光仁が本当に絶望から救われたかのような喜びを見せてくれていることに、志郎自身ほっとしたかのような、それでいて言いようのない達成感のような、そんな言葉にできない妙な嬉しさを覚えていたので、あった。

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