お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話
もっと美味しい料理を二人に食べて欲しくて…
「…なあ、涼羽」
「…なあに?お父さん?」
食事も後片付けも終わり、一家の団欒の時間となっている今。
目の前で展開されている光景に対して、ややあきれ気味な口調で、最愛の息子である涼羽に問いかけの言葉を向ける父、翔羽。
ただ、あきれ気味なのは口調だけで、その非常に整ったイケメンフェイスには、デレデレとした、少々、いやかなり締りのない笑顔が浮かんでいる。
そんな父の声に対し、困り果てて疲れた、といった感じで声を絞り出す涼羽。
その童顔な美少女顔には、その声が示すような、明らかに困り果てた感じの表情が、浮かんでいる。
「…だいたい、想像はついているんだが…」
「…そうなんだ…俺には、全然わからないんだけど…」
当人である涼羽からすれば、一体なぜ、こうなっているのか見当も付かない様子。
だが、父、翔羽からすれば、おおよその見当は付いてしまうと、言える様子。
実際、目の前に展開されている光景を見てしまえば、この家のことを知っている人間からすれば、一目瞭然と言えるはずだからだ。
「もう!お兄ちゃん!」
「!な、なあに?羽月?」
「わたしのこと、ほったらかしにしたらだめなの!」
「う、うん…ごめんね…」
この家唯一の女性陣である、羽月が、自分の方から意識を逸らしている兄、涼羽を見て、ぷりぷりと怒り出す。
もう、その小柄な身体をべったりと兄、涼羽の身体に密着させ、兄のその、ぺったんこながら柔らかで温かな胸に顔を埋めて、これでもかと言うほどに甘えている。
それだけを見れば、普段のやりとりとなんら変わりはないように思えるのだが…
いつもなら、心底幸せそうな笑顔を浮かべて、にこにこしながらべったりと甘えている羽月が、この日に限っては、自分にとって最も幸せを感じることのできる状態であるにも関わらず、ぷりぷりと怒っているからだ。
この日、翔羽が帰ってきてから見てる限り、ずっと羽月は涼羽にべったりとしている。
しかも、ずっと今のようにぷりぷりと不機嫌にしながら。
食事の準備の時も、食事中も、後片付けの最中も…
さすがに、風呂の時はべったりとしていることはなかったのだが。
もう、自らの身体で最愛の兄、涼羽を縛りつけようとするような勢いで、不機嫌になりながら甘え続けている妹、羽月。
そんな妹、羽月をなだめようと、困った顔をしながらも、いつものように優しく包み込んで、その頭を優しくなで続けている兄、涼羽。
いつもと同じやりとりでありながら、いつもと違う様子の二人の子供に…
普段からずっとこのやりとりを見ている父、翔羽は違和感を感じずにはいられなかった。
ただ、なんとなくではあるものの、羽月がここまで不機嫌な理由は想像ができているのだが。
「…え~と、羽月?」
「?なあに?お父さん?」
「…今日は、なんでそんなに機嫌悪いんだ?」
「…お兄ちゃんが…」
「…涼羽が?」
「…わたし以外の子ばっかり優しくするから…」
「…(あ~、やっぱりそんな感じの理由か~…)」
基本的に、兄、涼羽とこんな風にべったりとしている時は、この世で一番幸せといわんばかりの幸福感を漂わせながら、思う存分に甘えまくる羽月。
それゆえに、兄、涼羽に対して非常に強い独占欲を抱いている、というのもある。
そんな羽月が、その一番幸せになれる行為の中で、こんなにもあからさまに不機嫌な様子を見せているとなると、つまりはやきもち、になってくるのだろうと。
翔羽は、なんとなくではあるが、そう思っていた。
「お兄ちゃん、どんな子でもすぐに優しくするから、どんな子にでも、すぐに好かれちゃうもん」
「うんうん」
「今日も、わたしのクラスの子が、学校帰りにお兄ちゃんにたまたま会って…」
「うんうん、それから?」
「お兄ちゃん、その子をまるでわたしみたいに優しくしたって、その子が言ってたもん」
「あ~…」
「その子、もうめっちゃくちゃに嬉しそうで…幸せそうな顔してみんなにしゃべってたし…」
「うんうん、そうだろうな~…」
「その子もお兄ちゃんのこと、『お兄ちゃん』なんて呼んでたから…」
「ほ~…よっぽど懐かれちゃったんだな~…」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんだもん」
「そうだよな~」
「なのにお兄ちゃん、誰でもわたしにしてるみたいに優しくしちゃうから…」
「そうかそうか…」
「そんなの、お兄ちゃんがわたしのこと、ほったらかしにしてるみたいで…お兄ちゃんが、他の子にとられちゃうみたいで…嫌で嫌でどうしようもないの!」
「羽月は本当にお兄ちゃん大好きだもんな~」
「だから、そんなお兄ちゃんなんて、もうぜ~ったいに離してあげないんだもん!」
「はは…」
今となっては、本当に誰にも愛される存在となっている涼羽。
それも、今羽月にしているようなことを他の子がされれば、間違いなく懐かれてしまうと、確信を持って言えるほどに優しいのだから。
聞いたところ、羽月の中学校では、涼羽のファンクラブのようなものがあるらしく…
そのファンクラブの誰もが、羽月の兄である涼羽に、羽月が普段されていることをされたい、とまで思っている、とのこと。
つまり、羽月からすれば、涼羽にとって特別な存在となりうる『妹』というポジションまで奪われかねない、と思ってしまうのだ。
その容姿、そして穏やかでおっとりとしていて、性衝動とは無縁な、非常に優しい性格ゆえに…
老若男女問わず、天然無自覚で愛されてしまう息子、涼羽。
そんな涼羽であるがゆえに、羽月としては、いつ、誰に涼羽を奪われても不思議ではない、という危機感が常に満ち溢れているに違いない。
それでも、自分は家族であり、同じ屋根の下に住んでいることもあって、常にこの兄と触れ合うことができるというアドバンテージがある。
だが、兄、涼羽がそばにいない時。
つまり、涼羽が一人で外で行動している時は、どんなことになってもおかしくない、と断言できてしまう。
その証拠に、一人歩いているだけで、いろいろな人間を惹きつけ、気がつけば非常に好かれたり、懐かれたりしてしまっている状態なのだ。
それにより、非常に希薄だった人間関係が、少しずつではあるものの、どんどん増えていってしまっている。
現に、涼羽が電話でもやりとりしたりする人間も増えており…
そんなに頻繁ではなく、自分から連絡することもほぼないのだが、涼羽と会話したくなって、涼羽に電話をかけてくる人間も、結構多くなってきている。
特に多いのは、クラスメイトの中で最も仲がいいと言える、柊 美鈴。
そして、他のクラスの人間ではあるものの、非常に仲のいい存在となっている、小宮 愛理。
今のところ、ほぼ唯一と言える、同性の友達である、鷺宮 志郎。
以前、父の会社に行ったときに知り合い、ものすごく気に入られてしまった、大原 菫。
みんながみんな、とにかく涼羽と触れ合いたくて、とにかく涼羽と関わりをもとうと、積極的に交流をしてくる。
そして、それを重ねるごとに、ますます涼羽のことが好きになっていってしまう。
休みの日に、涼羽がいないだけで泣き出してしまうほどに、涼羽のことが大好きで大好きでたまらない羽月からすれば、この状況は非常に面白くない。
それどころか、より羽月の大きすぎるほどの独占欲に拍車をかけてしまう。
だからこそ、ちょっとしたことでやきもちをやいてしまう。
ましてや、昨日、莉奈が涼羽に本当に優しく包み込んでもらえた、などということを聞かされては、羽月にとっては、妹は自分じゃなくてもいい、と言われているような感覚に陥ってしまったのだ。
自分は、大好きなお兄ちゃんである涼羽でないとだめなのに、涼羽は、妹は別に誰でもいいのだと…
どうしても、そう思ってしまうほどの出来事だったのだ。
もちろん、涼羽にとって妹は羽月一人であり、他の子はどんなに同じように優しく包み込んでいるとしても、妹は羽月一人だと、言い切れるのだが。
もうとにかく、涼羽は自分だけのものでないと気がすまない羽月であるがゆえに…
昨日の出来事は、羽月にとっては非常に琴線に触れることであったと、言わざるを得ない。
だからこそ、今こうして涼羽にべったりと甘えて、涼羽を自分一人が独占している、ということを行動で示さないと、気がすまないところまできてしまっており、もう今日は、自分の気が済むまでは絶対に涼羽を離すことはしない、とまで心に決めている羽月。
「(羽月は本当に涼羽のことが大好きなんだなあ…あ~、俺の子供達はなんでこんなに可愛いんだろうな~…)」
親馬鹿な翔羽からすれば、そんな羽月も可愛くて可愛くて仕方がなく…
ついつい、その顔を緩ませて、デレデレとしてしまうのだが。
「ね!お父さん!」
「ん?なんだ?」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんだから、わたしのこともっとぎゅ~ってして、なでなでしてくれないと、だめだよね!?」
もう、その溢れかえらんばかりの独占欲を隠そうともせず…
むしろ、それをとことんまでアピールするかのような台詞まで飛び出す羽月。
「…もう十分、ぎゅ~ってして、なでなでしてると思うんだけど…」
そんな妹の台詞に、本当に困っているという表情を浮かべながら、ぽつりと漏れ出てしまう、涼羽の言葉。
そんな言葉を耳にしてしまった羽月の不機嫌度が、またしても上がってしまう。
「だあめ!もっともっとわたしのこと、ぎゅ~ってして、なでなでしてくれないとだめ!」
「え~…」
「お兄ちゃん、大好きだもん!お兄ちゃん大好きだから、もっともっとしてほしいもん!」
兄、涼羽のぽつりと漏れ出た言葉に、過剰に反応してしまい…
もうこれでもかというほどに、してしてアピールと、好き好きアピールをしてしまう羽月。
ぷりぷりとずっと不機嫌になっているけど、大好きで大好きでたまらないことには変わりなく、むしろ、よりそれが大きくなっていっているとまで言えてしまう。
もう、これは自分だけのものだと言わんばかりに、兄の胸に顔を埋めて頬ずりしながら、さらにぎゅうっと、兄の身体を抱きしめて、とにかく離そうとしない。
「羽月…もう、いいでしょ?」
「や!もっと!」
「羽月…俺、何かしちゃったのかな?」
ここで、事態を正確に認識できていない涼羽の口から、ぽつりと出てしまう問いかけの言葉。
「(うわ…ここでそんなこと、いっちゃうか?)」
今の羽月にとっては火に油を注ぐも同然な言葉を、何も考えずに出してしまった息子、涼羽を見て、思わず苦笑いの翔羽。
そんな天然無自覚なところも、本当に可愛くてたまらないのだが。
「もお!お兄ちゃんぜ~んぜん分かってない!」
案の定、ぷりぷりと不機嫌だった羽月の機嫌が、さらに悪くなってしまう。
全くと言っていいほど、愛されキャラの自覚がない兄、涼羽のことがますます許せなくなってしまう。
「え…え~と…そんなに羽月に怒られるようなこと、したのかな?」
「もお!お兄ちゃん本当に可愛すぎるんだから!」
「そ、そんなこと…」
「お兄ちゃんは、本当に誰にでも愛されちゃうんだから!だから、誰にでも優しくするのなんか、だめなの!」
「え~…でも、人には優しくしないと…」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの!だから、わたしだけに優しくしてくれたらいいの!」
もうあからさまに、不機嫌オーラを出してぷりぷりとしながら、ますます涼羽にべったりとくっついてくる羽月。
自分の愛されっぷりにまるで自覚のない兄、涼羽にとにかく自分の思いをぶつけていくも…
その辺りに関しては、本当に自覚のない涼羽からすれば、一体何を言われているのかすら、よく分からない状態に、陥っている。
それでも、ぷりぷりと怒りながらもべったりと甘えてくる妹、羽月のことを優しく包み込み、その頭を優しくなで続けているのだが。
「…あ、そうだ」
ふと、何かを思い出したのかのように声を出す涼羽。
その声を聞いて、羽月も翔羽も、涼羽の方に改めて視線を向ける。
「?どうした?涼羽?」
「?どうしたの?お兄ちゃん?」
そして、二人共涼羽のそんな様子が気になったのか、揃って問いかけの声を、涼羽に向ける。
「今週の土曜なんだけど…」
「?今週の土曜?」
「?何かあるの?お兄ちゃん?」
問いかけられたことに対して、返しの言葉を紡いでいく涼羽。
そんな涼羽の言葉に対して、思わず鸚鵡返しになってしまう、翔羽と羽月。
そして、その次に出てくる涼羽の言葉に――――
「多分、夜遅くまでいないと思うから」
――――二人共、時が止まったかのように、唖然とした顔を見せてしまう。
そうして、静止すること数十秒。
まるで、その機能を失った精密機器のように固まっている二人が気になってしまう涼羽。
「え、え~と…二人共、どうしたの?」
自分が声に出した言葉が、二人にとってどういう意味をもたらすのか、全く自覚のない涼羽。
静止した精密機器のように固まったままの二人に、戸惑いながらも声をかける。
「………え、え~と…涼羽?」
そんな涼羽の声に、先に反応できた翔羽。
翔羽の口から、一体何を言われているか分からず、確認を求めるかのような声が漏れ出る。
「?なあに?」
「そ、それって…どこかにお出かけする、ということか?」
「う、うん…そうだけど…」
何を当然を、といわれても仕方のないような翔羽の問いかけに、戸惑いながらも肯定の意を返す涼羽。
そんな涼羽の言葉に、またしても翔羽と羽月が固まってしまう。
「(え…これは、あれか?ちょっと羽目をはずして、どこか夜の遊び場に行こうとか、そういうやつか?)」
「(え…お兄ちゃん、もしかして…男の子の友達の家に、遊びに行く、とか、そういうことなの?)」
「(いやいや!この可愛い涼羽がそんなところに遊びに行ったりなんかしたら、ぜ~ったいに悪い虫がつくじゃないか!)」
「(だめだめ!そんなの、お兄ちゃんがそのお友達にヘンなこと、されちゃう!)」
もう高校三年生ということで、ちょっと羽目を外して夜の店等に遊びに行くのか、と思ってしまう翔羽。
そんなところに行ったりなんかしたら、この可愛い息子に悪い虫がついてしまうのはもちろん、下手をすれば、そのままいかがわしいところに連れて行かれてしまう、などと考えてしまう。
羽月の方も、翔羽とは少し違った思考になっているものの、悪友の家に遊びに行くのか、と思ってしまっている。
しかも、そのせいで、涼羽がその悪友にいかがわしいことをされてしまうのではないか、という考えまで浮かんできてしまっている。
父、翔羽も妹、羽月も、涼羽に関しては度を越して過保護になってしまう。
特に、この可愛いの化身である涼羽に、悪い虫がついたり…
変なところに、連れて行かれたり…
下心丸出しの輩に、手篭めにされてしまったり…
スレた遊びを覚えさせられて、その性格までスレてしまったり…
などと、悪いことを考え出したらきりがない、と言えるほどに…
涼羽の行動一つ一つに対して、常に注意を払っている。
特に、自分がどれほど愛されキャラなのか、まるで自覚がない涼羽なだけに…
二人のその過保護っぷりは、日々エスカレートしていく状態なのだ。
「あ、あの…二人共、どうしたの?」
またしても固まってしまっている二人に対し、心配そうに声をかける涼羽。
当の二人が、そんな風に自分に対して非常に過保護な思考になっていることなど、露ほども思わずに。
「りょ、涼羽!」
「お、お兄ちゃん!」
「!は、はい!?」
「い、一体どこに何をしに行くんだ!?」
「それって、一人で行くの!?それとも、誰かと行くの!?」
それまで固まっていた二人がいきなり再起動を果たし、ものすごい勢いで呼びかけられる声が響いてくる。
そんな二人の声に、驚いてぎこちない反応になってしまう涼羽。
そして、二人としては、涼羽にとって危ないところに行くことになるのか…
自分達の知らない悪友などと、一緒に行くことになるのか…
息子が可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらない父、翔羽。
兄が可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらない妹、羽月。
特に涼羽は、何度か男性に告白されていることもあり…
そのことを知っている翔羽も羽月も、余計に警戒せざるを得ない状態になってしまっている。
「え、えっとね…今週の土曜、お昼から学校の先生のところにお邪魔しにいくの」
「?学校の?」
「?先生?」
「うん。その先生のお母さんが料理上手だから、ちょっと料理を教えてもらいに…」
「え?でも十分すぎるくらいに料理上手じゃないか、涼羽は」
「ありがとう、お父さん。でもそんなことないよ、もっとレパートリーとか増やしたいって思ってたし…」
「お兄ちゃんのお料理、すっごく美味しくて好きだもん!」
「ありがとう、羽月。でも、もっと美味しい料理を二人に食べてもらえたらって思ったら、教えてもらいたくなっちゃって…」
言って、少し照れくさそうにはにかむ涼羽。
そんな様子も、本当にさらってしまいたいくらいに可愛らしく、翔羽と羽月の顔も、思わずデレっとしてしまう。
まして、自分達のためにもっと美味しい料理を作れるようになりたい、などと言われては…
翔羽と羽月としては、ますます涼羽のことが好きになってしまう。
そして、涼羽のこんな台詞を聞いていると、そんないかがわしいことに染まるイメージなどまるでなく、変な悪友に悪い遊びにハマらされるようなイメージも、浮かんでこないと言えてしまう。
高校三年生の男の子でありながら、本当に女子力に満ち溢れている涼羽が可愛くて、ますます二人の顔が緩んでしまう。
「あ~もう!涼羽は本当に可愛いなあ!」
「お兄ちゃん、本当に可愛い!」
涼羽が本当に可愛くて可愛くてたまらなくなり、とうとう翔羽も羽月もろとも、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめてしまうのも、もはや日常茶飯事な光景。
羽月も、先ほどまでの不機嫌な様子がなくなって、本当に幸せそうに涼羽にべったりと抱きついている。
「ふ、二人共…」
いつまで経ってもこういうことに慣れないのか、恥じらいに頬を染めて困った表情を浮かべてしまう涼羽の姿も、もはや日常茶飯事な光景となっている。
「そうかそうか、そういうことなら仕方ないな」
「お兄ちゃん、なるべく早く帰ってきてね」
休日となる土曜日に涼羽がいないのは非常に寂しいのだが、それが自分達のため、などと言われては、無闇にダメだと言うこともできなくなってしまう。
なので、そういうことなら、と、二人共肯定の意を、言葉にする。
羽月の方は、それでも早く帰って欲しいと、可愛らしくお願いをしてくるのだが。
「うん、ありがとう」
自分の出かける理由に納得をしてくれた二人に、笑顔で感謝の言葉を贈る涼羽。
そんな顔も、また可愛らしくてたまらない、と言えるものとなっている。
「ふふ…かなちゃんもいるから、楽しくなりそう」
水蓮の家にお邪魔する、ということで、当然いるであろう香奈のことを思い浮かべ…
より一層、眩いばかりの笑顔が浮かんでくる涼羽。
自分にべったりと懐いている香奈のことが可愛くて、ついつい甘えさせたくなってしまう涼羽。
今から、香奈とのやりとりが楽しみになってしまう。
「お兄ちゃん、かなちゃんって?」
そんな涼羽のぽつりと漏れ出た言葉が聞こえたのか、香奈という名前に反応してしまう羽月。
やはり、自分にとってライバルになるであろう存在に対して、非常に過敏になってしまうようだ。
「え?ああ、先生の子供で、今四つの可愛い女の子だよ」
「!その子…お兄ちゃんのこと好きなの?」
「うん。ものすごく人見知りなんだけど、なんでか俺にはすっごく懐いてくれて…本当に可愛くて、ついつい可愛がりたくなっちゃうの」
自分にべったりと懐いている香奈のことを思い出して、本当に嬉しそうな笑顔で香奈のことを話す涼羽。
そんな涼羽の顔を見て、またしても羽月の顔が不機嫌になってしまう。
「もお!お兄ちゃん本当に愛されすぎ!」
「え?は、羽月?」
「お兄ちゃんはわたしだけのお兄ちゃんなんだから!」
「羽月…なんでまた怒ってるの?」
まさか自分の妹が、四歳の幼子にまでやきもちをやいているなどと思いつくはずもなく…
急にまた不機嫌モードになった羽月に対し、何が何だか、といった顔になってしまう涼羽。
「んっ!」
「!ん、んう~~~っ!」
涼羽の胸に埋めていた顔を上げたかと思えば、その小柄な身体を目一杯伸ばして、またしても兄、涼羽の唇を強引に奪ってしまう羽月。
そして、最愛の兄の口腔内に自分の舌を潜り込ませると、兄の舌に自分の舌を絡ませて、思う存分に味わおうと激しく動かしてくる。
「んっ、んん~~~~~~っ!!」
「ん、んん…」
兄の全てを味わおうとせんがごとくに、自分の舌を動かす羽月。
そんな羽月に対し、抵抗らしい抵抗すらできずに、なすがままとなってしまう涼羽。
「あ~、本当に俺の子供達は可愛いな~」
そんな二人を見て、心底幸せそうな表情を浮かべてしまう翔羽。
妹、羽月の口付けは兄、涼羽が涙目になっても続くこととなり…
妹にこんなことされて、背筋をなぞるかのような感覚に、ますますその恥ずかしさを刺激されてしまう。
一度解放されたかと思えば、さらに自分の唇を奪ってくる妹、羽月にまるで抵抗できず…
涼羽は、ひたすら妹、羽月に涙目になりながら愛され続けることと、なってしまうのであった。
「…なあに?お父さん?」
食事も後片付けも終わり、一家の団欒の時間となっている今。
目の前で展開されている光景に対して、ややあきれ気味な口調で、最愛の息子である涼羽に問いかけの言葉を向ける父、翔羽。
ただ、あきれ気味なのは口調だけで、その非常に整ったイケメンフェイスには、デレデレとした、少々、いやかなり締りのない笑顔が浮かんでいる。
そんな父の声に対し、困り果てて疲れた、といった感じで声を絞り出す涼羽。
その童顔な美少女顔には、その声が示すような、明らかに困り果てた感じの表情が、浮かんでいる。
「…だいたい、想像はついているんだが…」
「…そうなんだ…俺には、全然わからないんだけど…」
当人である涼羽からすれば、一体なぜ、こうなっているのか見当も付かない様子。
だが、父、翔羽からすれば、おおよその見当は付いてしまうと、言える様子。
実際、目の前に展開されている光景を見てしまえば、この家のことを知っている人間からすれば、一目瞭然と言えるはずだからだ。
「もう!お兄ちゃん!」
「!な、なあに?羽月?」
「わたしのこと、ほったらかしにしたらだめなの!」
「う、うん…ごめんね…」
この家唯一の女性陣である、羽月が、自分の方から意識を逸らしている兄、涼羽を見て、ぷりぷりと怒り出す。
もう、その小柄な身体をべったりと兄、涼羽の身体に密着させ、兄のその、ぺったんこながら柔らかで温かな胸に顔を埋めて、これでもかと言うほどに甘えている。
それだけを見れば、普段のやりとりとなんら変わりはないように思えるのだが…
いつもなら、心底幸せそうな笑顔を浮かべて、にこにこしながらべったりと甘えている羽月が、この日に限っては、自分にとって最も幸せを感じることのできる状態であるにも関わらず、ぷりぷりと怒っているからだ。
この日、翔羽が帰ってきてから見てる限り、ずっと羽月は涼羽にべったりとしている。
しかも、ずっと今のようにぷりぷりと不機嫌にしながら。
食事の準備の時も、食事中も、後片付けの最中も…
さすがに、風呂の時はべったりとしていることはなかったのだが。
もう、自らの身体で最愛の兄、涼羽を縛りつけようとするような勢いで、不機嫌になりながら甘え続けている妹、羽月。
そんな妹、羽月をなだめようと、困った顔をしながらも、いつものように優しく包み込んで、その頭を優しくなで続けている兄、涼羽。
いつもと同じやりとりでありながら、いつもと違う様子の二人の子供に…
普段からずっとこのやりとりを見ている父、翔羽は違和感を感じずにはいられなかった。
ただ、なんとなくではあるものの、羽月がここまで不機嫌な理由は想像ができているのだが。
「…え~と、羽月?」
「?なあに?お父さん?」
「…今日は、なんでそんなに機嫌悪いんだ?」
「…お兄ちゃんが…」
「…涼羽が?」
「…わたし以外の子ばっかり優しくするから…」
「…(あ~、やっぱりそんな感じの理由か~…)」
基本的に、兄、涼羽とこんな風にべったりとしている時は、この世で一番幸せといわんばかりの幸福感を漂わせながら、思う存分に甘えまくる羽月。
それゆえに、兄、涼羽に対して非常に強い独占欲を抱いている、というのもある。
そんな羽月が、その一番幸せになれる行為の中で、こんなにもあからさまに不機嫌な様子を見せているとなると、つまりはやきもち、になってくるのだろうと。
翔羽は、なんとなくではあるが、そう思っていた。
「お兄ちゃん、どんな子でもすぐに優しくするから、どんな子にでも、すぐに好かれちゃうもん」
「うんうん」
「今日も、わたしのクラスの子が、学校帰りにお兄ちゃんにたまたま会って…」
「うんうん、それから?」
「お兄ちゃん、その子をまるでわたしみたいに優しくしたって、その子が言ってたもん」
「あ~…」
「その子、もうめっちゃくちゃに嬉しそうで…幸せそうな顔してみんなにしゃべってたし…」
「うんうん、そうだろうな~…」
「その子もお兄ちゃんのこと、『お兄ちゃん』なんて呼んでたから…」
「ほ~…よっぽど懐かれちゃったんだな~…」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんだもん」
「そうだよな~」
「なのにお兄ちゃん、誰でもわたしにしてるみたいに優しくしちゃうから…」
「そうかそうか…」
「そんなの、お兄ちゃんがわたしのこと、ほったらかしにしてるみたいで…お兄ちゃんが、他の子にとられちゃうみたいで…嫌で嫌でどうしようもないの!」
「羽月は本当にお兄ちゃん大好きだもんな~」
「だから、そんなお兄ちゃんなんて、もうぜ~ったいに離してあげないんだもん!」
「はは…」
今となっては、本当に誰にも愛される存在となっている涼羽。
それも、今羽月にしているようなことを他の子がされれば、間違いなく懐かれてしまうと、確信を持って言えるほどに優しいのだから。
聞いたところ、羽月の中学校では、涼羽のファンクラブのようなものがあるらしく…
そのファンクラブの誰もが、羽月の兄である涼羽に、羽月が普段されていることをされたい、とまで思っている、とのこと。
つまり、羽月からすれば、涼羽にとって特別な存在となりうる『妹』というポジションまで奪われかねない、と思ってしまうのだ。
その容姿、そして穏やかでおっとりとしていて、性衝動とは無縁な、非常に優しい性格ゆえに…
老若男女問わず、天然無自覚で愛されてしまう息子、涼羽。
そんな涼羽であるがゆえに、羽月としては、いつ、誰に涼羽を奪われても不思議ではない、という危機感が常に満ち溢れているに違いない。
それでも、自分は家族であり、同じ屋根の下に住んでいることもあって、常にこの兄と触れ合うことができるというアドバンテージがある。
だが、兄、涼羽がそばにいない時。
つまり、涼羽が一人で外で行動している時は、どんなことになってもおかしくない、と断言できてしまう。
その証拠に、一人歩いているだけで、いろいろな人間を惹きつけ、気がつけば非常に好かれたり、懐かれたりしてしまっている状態なのだ。
それにより、非常に希薄だった人間関係が、少しずつではあるものの、どんどん増えていってしまっている。
現に、涼羽が電話でもやりとりしたりする人間も増えており…
そんなに頻繁ではなく、自分から連絡することもほぼないのだが、涼羽と会話したくなって、涼羽に電話をかけてくる人間も、結構多くなってきている。
特に多いのは、クラスメイトの中で最も仲がいいと言える、柊 美鈴。
そして、他のクラスの人間ではあるものの、非常に仲のいい存在となっている、小宮 愛理。
今のところ、ほぼ唯一と言える、同性の友達である、鷺宮 志郎。
以前、父の会社に行ったときに知り合い、ものすごく気に入られてしまった、大原 菫。
みんながみんな、とにかく涼羽と触れ合いたくて、とにかく涼羽と関わりをもとうと、積極的に交流をしてくる。
そして、それを重ねるごとに、ますます涼羽のことが好きになっていってしまう。
休みの日に、涼羽がいないだけで泣き出してしまうほどに、涼羽のことが大好きで大好きでたまらない羽月からすれば、この状況は非常に面白くない。
それどころか、より羽月の大きすぎるほどの独占欲に拍車をかけてしまう。
だからこそ、ちょっとしたことでやきもちをやいてしまう。
ましてや、昨日、莉奈が涼羽に本当に優しく包み込んでもらえた、などということを聞かされては、羽月にとっては、妹は自分じゃなくてもいい、と言われているような感覚に陥ってしまったのだ。
自分は、大好きなお兄ちゃんである涼羽でないとだめなのに、涼羽は、妹は別に誰でもいいのだと…
どうしても、そう思ってしまうほどの出来事だったのだ。
もちろん、涼羽にとって妹は羽月一人であり、他の子はどんなに同じように優しく包み込んでいるとしても、妹は羽月一人だと、言い切れるのだが。
もうとにかく、涼羽は自分だけのものでないと気がすまない羽月であるがゆえに…
昨日の出来事は、羽月にとっては非常に琴線に触れることであったと、言わざるを得ない。
だからこそ、今こうして涼羽にべったりと甘えて、涼羽を自分一人が独占している、ということを行動で示さないと、気がすまないところまできてしまっており、もう今日は、自分の気が済むまでは絶対に涼羽を離すことはしない、とまで心に決めている羽月。
「(羽月は本当に涼羽のことが大好きなんだなあ…あ~、俺の子供達はなんでこんなに可愛いんだろうな~…)」
親馬鹿な翔羽からすれば、そんな羽月も可愛くて可愛くて仕方がなく…
ついつい、その顔を緩ませて、デレデレとしてしまうのだが。
「ね!お父さん!」
「ん?なんだ?」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんだから、わたしのこともっとぎゅ~ってして、なでなでしてくれないと、だめだよね!?」
もう、その溢れかえらんばかりの独占欲を隠そうともせず…
むしろ、それをとことんまでアピールするかのような台詞まで飛び出す羽月。
「…もう十分、ぎゅ~ってして、なでなでしてると思うんだけど…」
そんな妹の台詞に、本当に困っているという表情を浮かべながら、ぽつりと漏れ出てしまう、涼羽の言葉。
そんな言葉を耳にしてしまった羽月の不機嫌度が、またしても上がってしまう。
「だあめ!もっともっとわたしのこと、ぎゅ~ってして、なでなでしてくれないとだめ!」
「え~…」
「お兄ちゃん、大好きだもん!お兄ちゃん大好きだから、もっともっとしてほしいもん!」
兄、涼羽のぽつりと漏れ出た言葉に、過剰に反応してしまい…
もうこれでもかというほどに、してしてアピールと、好き好きアピールをしてしまう羽月。
ぷりぷりとずっと不機嫌になっているけど、大好きで大好きでたまらないことには変わりなく、むしろ、よりそれが大きくなっていっているとまで言えてしまう。
もう、これは自分だけのものだと言わんばかりに、兄の胸に顔を埋めて頬ずりしながら、さらにぎゅうっと、兄の身体を抱きしめて、とにかく離そうとしない。
「羽月…もう、いいでしょ?」
「や!もっと!」
「羽月…俺、何かしちゃったのかな?」
ここで、事態を正確に認識できていない涼羽の口から、ぽつりと出てしまう問いかけの言葉。
「(うわ…ここでそんなこと、いっちゃうか?)」
今の羽月にとっては火に油を注ぐも同然な言葉を、何も考えずに出してしまった息子、涼羽を見て、思わず苦笑いの翔羽。
そんな天然無自覚なところも、本当に可愛くてたまらないのだが。
「もお!お兄ちゃんぜ~んぜん分かってない!」
案の定、ぷりぷりと不機嫌だった羽月の機嫌が、さらに悪くなってしまう。
全くと言っていいほど、愛されキャラの自覚がない兄、涼羽のことがますます許せなくなってしまう。
「え…え~と…そんなに羽月に怒られるようなこと、したのかな?」
「もお!お兄ちゃん本当に可愛すぎるんだから!」
「そ、そんなこと…」
「お兄ちゃんは、本当に誰にでも愛されちゃうんだから!だから、誰にでも優しくするのなんか、だめなの!」
「え~…でも、人には優しくしないと…」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの!だから、わたしだけに優しくしてくれたらいいの!」
もうあからさまに、不機嫌オーラを出してぷりぷりとしながら、ますます涼羽にべったりとくっついてくる羽月。
自分の愛されっぷりにまるで自覚のない兄、涼羽にとにかく自分の思いをぶつけていくも…
その辺りに関しては、本当に自覚のない涼羽からすれば、一体何を言われているのかすら、よく分からない状態に、陥っている。
それでも、ぷりぷりと怒りながらもべったりと甘えてくる妹、羽月のことを優しく包み込み、その頭を優しくなで続けているのだが。
「…あ、そうだ」
ふと、何かを思い出したのかのように声を出す涼羽。
その声を聞いて、羽月も翔羽も、涼羽の方に改めて視線を向ける。
「?どうした?涼羽?」
「?どうしたの?お兄ちゃん?」
そして、二人共涼羽のそんな様子が気になったのか、揃って問いかけの声を、涼羽に向ける。
「今週の土曜なんだけど…」
「?今週の土曜?」
「?何かあるの?お兄ちゃん?」
問いかけられたことに対して、返しの言葉を紡いでいく涼羽。
そんな涼羽の言葉に対して、思わず鸚鵡返しになってしまう、翔羽と羽月。
そして、その次に出てくる涼羽の言葉に――――
「多分、夜遅くまでいないと思うから」
――――二人共、時が止まったかのように、唖然とした顔を見せてしまう。
そうして、静止すること数十秒。
まるで、その機能を失った精密機器のように固まっている二人が気になってしまう涼羽。
「え、え~と…二人共、どうしたの?」
自分が声に出した言葉が、二人にとってどういう意味をもたらすのか、全く自覚のない涼羽。
静止した精密機器のように固まったままの二人に、戸惑いながらも声をかける。
「………え、え~と…涼羽?」
そんな涼羽の声に、先に反応できた翔羽。
翔羽の口から、一体何を言われているか分からず、確認を求めるかのような声が漏れ出る。
「?なあに?」
「そ、それって…どこかにお出かけする、ということか?」
「う、うん…そうだけど…」
何を当然を、といわれても仕方のないような翔羽の問いかけに、戸惑いながらも肯定の意を返す涼羽。
そんな涼羽の言葉に、またしても翔羽と羽月が固まってしまう。
「(え…これは、あれか?ちょっと羽目をはずして、どこか夜の遊び場に行こうとか、そういうやつか?)」
「(え…お兄ちゃん、もしかして…男の子の友達の家に、遊びに行く、とか、そういうことなの?)」
「(いやいや!この可愛い涼羽がそんなところに遊びに行ったりなんかしたら、ぜ~ったいに悪い虫がつくじゃないか!)」
「(だめだめ!そんなの、お兄ちゃんがそのお友達にヘンなこと、されちゃう!)」
もう高校三年生ということで、ちょっと羽目を外して夜の店等に遊びに行くのか、と思ってしまう翔羽。
そんなところに行ったりなんかしたら、この可愛い息子に悪い虫がついてしまうのはもちろん、下手をすれば、そのままいかがわしいところに連れて行かれてしまう、などと考えてしまう。
羽月の方も、翔羽とは少し違った思考になっているものの、悪友の家に遊びに行くのか、と思ってしまっている。
しかも、そのせいで、涼羽がその悪友にいかがわしいことをされてしまうのではないか、という考えまで浮かんできてしまっている。
父、翔羽も妹、羽月も、涼羽に関しては度を越して過保護になってしまう。
特に、この可愛いの化身である涼羽に、悪い虫がついたり…
変なところに、連れて行かれたり…
下心丸出しの輩に、手篭めにされてしまったり…
スレた遊びを覚えさせられて、その性格までスレてしまったり…
などと、悪いことを考え出したらきりがない、と言えるほどに…
涼羽の行動一つ一つに対して、常に注意を払っている。
特に、自分がどれほど愛されキャラなのか、まるで自覚がない涼羽なだけに…
二人のその過保護っぷりは、日々エスカレートしていく状態なのだ。
「あ、あの…二人共、どうしたの?」
またしても固まってしまっている二人に対し、心配そうに声をかける涼羽。
当の二人が、そんな風に自分に対して非常に過保護な思考になっていることなど、露ほども思わずに。
「りょ、涼羽!」
「お、お兄ちゃん!」
「!は、はい!?」
「い、一体どこに何をしに行くんだ!?」
「それって、一人で行くの!?それとも、誰かと行くの!?」
それまで固まっていた二人がいきなり再起動を果たし、ものすごい勢いで呼びかけられる声が響いてくる。
そんな二人の声に、驚いてぎこちない反応になってしまう涼羽。
そして、二人としては、涼羽にとって危ないところに行くことになるのか…
自分達の知らない悪友などと、一緒に行くことになるのか…
息子が可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらない父、翔羽。
兄が可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらない妹、羽月。
特に涼羽は、何度か男性に告白されていることもあり…
そのことを知っている翔羽も羽月も、余計に警戒せざるを得ない状態になってしまっている。
「え、えっとね…今週の土曜、お昼から学校の先生のところにお邪魔しにいくの」
「?学校の?」
「?先生?」
「うん。その先生のお母さんが料理上手だから、ちょっと料理を教えてもらいに…」
「え?でも十分すぎるくらいに料理上手じゃないか、涼羽は」
「ありがとう、お父さん。でもそんなことないよ、もっとレパートリーとか増やしたいって思ってたし…」
「お兄ちゃんのお料理、すっごく美味しくて好きだもん!」
「ありがとう、羽月。でも、もっと美味しい料理を二人に食べてもらえたらって思ったら、教えてもらいたくなっちゃって…」
言って、少し照れくさそうにはにかむ涼羽。
そんな様子も、本当にさらってしまいたいくらいに可愛らしく、翔羽と羽月の顔も、思わずデレっとしてしまう。
まして、自分達のためにもっと美味しい料理を作れるようになりたい、などと言われては…
翔羽と羽月としては、ますます涼羽のことが好きになってしまう。
そして、涼羽のこんな台詞を聞いていると、そんないかがわしいことに染まるイメージなどまるでなく、変な悪友に悪い遊びにハマらされるようなイメージも、浮かんでこないと言えてしまう。
高校三年生の男の子でありながら、本当に女子力に満ち溢れている涼羽が可愛くて、ますます二人の顔が緩んでしまう。
「あ~もう!涼羽は本当に可愛いなあ!」
「お兄ちゃん、本当に可愛い!」
涼羽が本当に可愛くて可愛くてたまらなくなり、とうとう翔羽も羽月もろとも、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめてしまうのも、もはや日常茶飯事な光景。
羽月も、先ほどまでの不機嫌な様子がなくなって、本当に幸せそうに涼羽にべったりと抱きついている。
「ふ、二人共…」
いつまで経ってもこういうことに慣れないのか、恥じらいに頬を染めて困った表情を浮かべてしまう涼羽の姿も、もはや日常茶飯事な光景となっている。
「そうかそうか、そういうことなら仕方ないな」
「お兄ちゃん、なるべく早く帰ってきてね」
休日となる土曜日に涼羽がいないのは非常に寂しいのだが、それが自分達のため、などと言われては、無闇にダメだと言うこともできなくなってしまう。
なので、そういうことなら、と、二人共肯定の意を、言葉にする。
羽月の方は、それでも早く帰って欲しいと、可愛らしくお願いをしてくるのだが。
「うん、ありがとう」
自分の出かける理由に納得をしてくれた二人に、笑顔で感謝の言葉を贈る涼羽。
そんな顔も、また可愛らしくてたまらない、と言えるものとなっている。
「ふふ…かなちゃんもいるから、楽しくなりそう」
水蓮の家にお邪魔する、ということで、当然いるであろう香奈のことを思い浮かべ…
より一層、眩いばかりの笑顔が浮かんでくる涼羽。
自分にべったりと懐いている香奈のことが可愛くて、ついつい甘えさせたくなってしまう涼羽。
今から、香奈とのやりとりが楽しみになってしまう。
「お兄ちゃん、かなちゃんって?」
そんな涼羽のぽつりと漏れ出た言葉が聞こえたのか、香奈という名前に反応してしまう羽月。
やはり、自分にとってライバルになるであろう存在に対して、非常に過敏になってしまうようだ。
「え?ああ、先生の子供で、今四つの可愛い女の子だよ」
「!その子…お兄ちゃんのこと好きなの?」
「うん。ものすごく人見知りなんだけど、なんでか俺にはすっごく懐いてくれて…本当に可愛くて、ついつい可愛がりたくなっちゃうの」
自分にべったりと懐いている香奈のことを思い出して、本当に嬉しそうな笑顔で香奈のことを話す涼羽。
そんな涼羽の顔を見て、またしても羽月の顔が不機嫌になってしまう。
「もお!お兄ちゃん本当に愛されすぎ!」
「え?は、羽月?」
「お兄ちゃんはわたしだけのお兄ちゃんなんだから!」
「羽月…なんでまた怒ってるの?」
まさか自分の妹が、四歳の幼子にまでやきもちをやいているなどと思いつくはずもなく…
急にまた不機嫌モードになった羽月に対し、何が何だか、といった顔になってしまう涼羽。
「んっ!」
「!ん、んう~~~っ!」
涼羽の胸に埋めていた顔を上げたかと思えば、その小柄な身体を目一杯伸ばして、またしても兄、涼羽の唇を強引に奪ってしまう羽月。
そして、最愛の兄の口腔内に自分の舌を潜り込ませると、兄の舌に自分の舌を絡ませて、思う存分に味わおうと激しく動かしてくる。
「んっ、んん~~~~~~っ!!」
「ん、んん…」
兄の全てを味わおうとせんがごとくに、自分の舌を動かす羽月。
そんな羽月に対し、抵抗らしい抵抗すらできずに、なすがままとなってしまう涼羽。
「あ~、本当に俺の子供達は可愛いな~」
そんな二人を見て、心底幸せそうな表情を浮かべてしまう翔羽。
妹、羽月の口付けは兄、涼羽が涙目になっても続くこととなり…
妹にこんなことされて、背筋をなぞるかのような感覚に、ますますその恥ずかしさを刺激されてしまう。
一度解放されたかと思えば、さらに自分の唇を奪ってくる妹、羽月にまるで抵抗できず…
涼羽は、ひたすら妹、羽月に涙目になりながら愛され続けることと、なってしまうのであった。
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