お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

涼羽先輩、め~っちゃ好き~♪

「いたた…」

平日の高校の昼下がり。
ちょうど昼食休憩となる時間。

古い造りのため、食堂が存在せず、購買しかないこの高校。
ゆえに、昼食時はほとんどの生徒が自身のクラスの教室にいることとなっている。

そのため、廊下は誰もいない状態となっており…
教室内のにぎやかな声が聞こえては来るものの…
まるで、誰も来ていないかのような、静寂で閑散とした感じになっている。

そんな、誰もいない廊下の中…
一人、膝を抑えてうずくまっている女子生徒の姿が、ある。

どうやら、廊下を歩いている際に転んでしまったようで…
その際に、床に膝を強打した様子。

高校生というには、非常に小柄で、幼さの色濃い、あどけない感じの顔立ち。
しかし、造詣そのものは整っており…
美鈴のような人目を惹く、目立つ顔立ちではないものの…
地味ではあるが、美少女と言えるタイプではある。

ただ、無造作に伸びた、すだれのような前髪と…
お世辞にもファッション性があるとは言えない、黒縁の丸眼鏡のおかげで…
そのせっかくの整った顔立ちを覆い隠してしまっている形になっている。

学年は、最高学年である涼羽や美鈴よりも二つ下の一年生。

女性らしい起伏に乏しく、一言で言ってしまえば幼児体型なスタイルだが…
それも、造詣そのものは悪いわけではなく…
無駄なものが一切ない、スリムと言えるスタイルではある。

「あうう……」

強打してしまった膝から来る激痛のおかげで、立ち上がることもできずにいる少女。
患部を押さえている指と指の隙間からは、うっすらと血が滲んできてしまっている。

だが、他の生徒はもちろんのこと…
教職員も、昼休憩で昼食に勤しんでいることもあり…
人っ子一人いない廊下の中で、ただ一人、怪我をしてしまった状態で、取り残されてしまっている。

そんな、寂しさを感じてしまう状況もあって…
どんどん強く感じてしまう心細さに、ついつい、その幼げで大きな瞳から、涙が滲み始めている。

その幼げな容姿のおかげで、クラスの女子達からは可愛がられることが多いものの…
内向的で、口下手なこともあり、うまく接することができていない今の現状。

成績も、ギリギリクラス平均をキープできている程度で…
さらには運動神経も悪く、身体もお世辞にも丈夫とはいえないため…
体育の授業は半分ほどは見学となってしまっている。

どちらかと言えば、劣等性に位置する生徒であり…
それでも、今の自分を変えたくて、日々努力はしているものの…
なすことなすこと全てがうまくいかず、なかなか自身を変えることができずにいる状態である。

「…うち、なんでこんなにできひん子なんやろ…」

ちなみに、中学の時に関西から引っ越してこちらに来ている彼女。
それでも、言葉遣いそのものは、ずっと暮らしてきた地元のもののままなので…
典型的な関西弁が、素の口調となってしまっている。

要領も悪く、不器用で、やることなすことうまくいかない…
そんな自己嫌悪に陥っていた、まさにその時だった。



「大丈夫?」



その声だけで、いかに相手を心配しているかが分かる…
その口調だけで、いかに相手を心配しているかが分かる…

そんな声が、聞こえてきたのは。

「…え?」

膝を押さえて蹲っている自分に目線を合わせるかのように腰を下ろし…
心底、今の自分を気遣うような、包み込んでくれるかのような…
母性と慈愛に満ち溢れた、心配そうな表情で、じっと自分の方を見つめてくる人物。

「(あ……この人……)」

その小柄で華奢な身体を包んでいる制服は、男子のものではあるのだが…
どこからどう見ても、童顔な美少女にしか見えないその顔立ち。
そして、さらりとして、癖もなく、瑞々しい、腰の辺りまで真っ直ぐに伸びたその黒髪。

一見すると、男装した美少女にしか見えないであろう、その容姿。

しかし、実際には男子と言うことで、この校内では知らない者の方がごく小数、とまで言えるほどに有名人となってしまっている…
柊 美鈴と並んで校内のアイドルとなってしまっている、高宮 涼羽その人であった。

「あ…の……」

少し涙の滲んだ顔を、まっすぐに涼羽の方に向ける少女。
しかし、思っていること、伝えたいことが、なかなかその口から出すことができず…
おどおどとした、小動物のような雰囲気をかもし出してしまっている。

「…あ、膝、怪我しちゃってるね?」

そんな少女が、ほっそりとした脚を押さえている手の方に視線を向け…
そこから、血が滲み出ていることに気づく涼羽。

「ちょっと、失礼するね」

言いながら、涼羽は自分が手に抱えていた、ミネラルウォーターのペットボトルのキャップを開け始める。
そして、右手だけでペットボトルのキャップを開けながら、左手で制服のポケットの中を探り…
ポケットの中から、普段から持ち歩いている、どこにでもありそうなシンプルなデザインのハンカチを取り出す。

そして、そのハンカチに、ペットボトルの水を少し落として染み込ませると…
その少女が膝を押さえている手を優しく取って、患部を露にし…
躊躇いもなく、血の滲んでいる膝に、水に浸したハンカチを覆わせ…
繊細に、優しく撫でるように拭い始める。

「!……ふあ……」

傷に触れられた瞬間は、びくりとしたものの…
その優しい手つきがくれる心地よさに、次第に身を任せていく少女。

怪我をしている部分に触れられているのに、なぜか心地よさを感じてしまう。

それほどに、涼羽の触れ方が優しく、心地のいいものであるということが、分かってしまう。

同時に、目の前の、自分の怪我を手当てしてくれている人物が…
今この時、初めて顔を合わせただけの自分に、本当に親切にしてくれていることが…
まるで、乾いた砂が水を吸収するかのように、心に染み渡っていく。

他の女子生徒よりも長めの、膝丈のスカートから伸びる脚に、その優しさ、そして心遣いが…
まるで、物理的にそうされているかのように染み渡っていく。

最初はいきなりな涼羽の行動に驚いてしまったものの…
今ではむしろ、もっとしてほしいとさえ、思ってしまっている。

「(この人……この高校ですっごく優しくて可愛い男の娘って有名な、高宮 涼羽先輩やん……今初めて、顔合わせただけのうちにまで、こんなにも優しくしてくれるなんて…ホンマにええ人やわ…)」

周囲の生徒が常に噂していて…
常にお近づきになりたいと願っている、この高宮 涼羽。

自分のクラスでも、男子女子問わず、常に涼羽とお近づきになりたいという声が、ひっきりなしに上がっている。

ましてや、自分にとっては異性となる男子であるはずなのに…
まるで、その異性という感じを抱かせることなく…
むしろ、女子である自分から見ても、女性の理想像としか見えない、涼羽のその姿。

これなら、誰だってこの人とお近づきになりたくなってしまう。
これなら、誰だってこの人と仲良くなりたくなってしまう。

先ほどまで、感じていた心細さ…
それもすっかり、霧散したかのように、いつの間にかなくなっており…
涼羽がくれるその優しさ、温かさに、心が満たされていくのを、感じてしまっている。

「…うん、あとはこれで…」

そして、患部を拭っていたハンカチを綺麗に折りたたみ始めると…
今度は、ポケットティッシュを一枚取り出し、患部に優しく当て…
その上から、折りたたんだハンカチで覆って、軽く膝の裏で結び、固定する。

簡易的な応急処置をしたのを確認すると、今度は少女の顔をまっすぐに見るように…
自身の視線と共に、そのまばゆいばかりの優しい笑顔を、少女に向ける。

「!…(わあ…めっちゃ可愛くて、優しい顔…ホンマに…女神様みたいやわ…)」

見ているだけで、心が満たされるかのような、涼羽の笑顔に…
内心、驚きを隠せないでいる少女。

そして、そんな涼羽の笑顔に完全に見惚れている自分がいることを…
嫌でも、自覚させられてしまう。

「あ、ごめんね…いきなり女の子の膝を触るような真似、しちゃって…俺は高宮 涼羽っていうの。君は?」

本人としては、ただただ、怪我をしている女子生徒を放って置けなくて、手当てをしただけなのだが…
終わってから、男子である自分が、いきなり女子の膝を触ってしまったことを気にして…
そのことに対する謝罪の言葉を声にしてしまう涼羽。

そんな涼羽の言葉…
そして、この容姿で一人称が『俺』というギャップに…

「………くすっ………」

どこかおかしくて、思わず笑いを見せてしまう少女。
むしろ、こんなにも親切に、丁寧に怪我の手当てをしてくれて…
お礼を言いたいくらいなのに、と思っていた矢先に、涼羽のそんな台詞。

それがよほどツボにはまったのか、そのあどけない顔から、次々と笑顔がこぼれてくる。

「?…?…どうしたの?…」

そんな少女に、一体何が何やら、といった表情の涼羽。
それでも、まるで気を悪くした、といった感じはなく…
ただただ、少女の笑顔に対する疑問符が飛び出してきている、といった感じだ。

「あ…ごめんなさい…こんなにも優しくしてもうたのに、いきなり笑いはじめて…」
「!い、いや…それは別にいいんだけど…もしかして、関西の人?」
「はい…中学の時に、こっちに引っ越してきたんです」
「そうなんだ…なんだか、その地方特有のものって感じがして、いいね」
「!そんな風にゆーてくれたんって、高宮先輩が初めてです…」
「ふふ…俺は、思ったことを言っただけだよ?」
「!くす…くす…」
「?え?え?」
「ご、ごめんなさい…先輩みたいな、ごっつ可愛らしい女の子な顔立ちの人が、一人称が『俺』って…なんかえらいギャップがあって…めっちゃ面白いんで…」
「!うう…」

少し威圧的で、喧嘩腰な感じもある関西弁。
そのおかげで、あまり周囲とも馴染めずにいる、というのがあるこの少女。

ゆえに、言葉を発する機会そのものが少なくなってしまい…
人とうまく接することができずにいたのだ。

声自体は可愛らしい感じなので、幼い感じの容姿も手伝って…
周囲の人は、『それがいい』と思っている人も結構いるのだが…
肝心のこの少女が、そのことに気づいていない、という現状。

どうしても、初めての人には構えてしまうのが、こちらに来てからの、この少女の癖となってしまっていたのだが…
どうしてか、涼羽に対しては、あっさりとありのままの自分を出すことができてしまっている。

しかも、当の涼羽は、ありのままの自分を見ても、まるで驚きも嫌悪も見せず…
それどころか、その地方独特の感じがして、いい、とまで言ってくれている。

それがまた嬉しくて、ついつい、涼羽と話したくなってしまう。

そして、再び飛び出した涼羽の一人称である『俺』に…
またしても、そのギャップにくすくすと、笑い出してしまう。

そんな少女の笑いの理由を聞かされ、涼羽はちょっとした精神的ダメージを受けてしまうのだが。

「あ…名前ゆーの忘れてました。うち、1-2のクラスの篠塚 皐月(しのづか さつき)っていいます。それと、こんなにも丁寧に手当てしてもうて…ありがとうございます」

ふんわりとした、天真爛漫な笑顔で、自己紹介とお礼を言う少女改め、皐月。
地味目だが、顔立ちそのものは整っていることもあり…
見るものの目を惹く、花が咲き開かんばかりのいい笑顔となっている。

「そっか…篠塚さんだね…ふふ…君のお役に立てたのなら、よかった」

涼羽も、皐月のそんな笑顔を見て、心がほっこりとしたようで…
同じように、優しげな笑顔を、皐月に向ける。

「皐月」
「?え?」
「うちのことは、皐月って呼んでほしいです」
「!え…でも、女の子の名前をそんな気安く…」
「先輩には、そう呼んでほしいんです…うちも、先輩のこと、名前で呼びたいから…」
「そ、それは全然構わないけど…」
「なら、うちのことも名前で呼んでくださいね?涼羽先輩?」
「じゃ、じゃあ…皐月ちゃん?」
「!はい!涼羽先輩!」

内向的で、口下手な印象の皐月が、これまでの姿だったのだが…
それがまるで嘘のように、涼羽に対してはぐいぐいと押してくる。

どことなく、涼羽に甘えてるような感じまでしており…
この一件で、よほど涼羽に心を許すようになったのかも知れない。

そんな皐月に、たじたじとしながらも…
皐月が望むままに、彼女の名前を呼ぶ涼羽。

そんな涼羽に自分の名前を呼んでもらえたことで…
普段、周囲に対して見せることのない、可愛らしい笑顔が、皐月の顔からこぼれて来る。

「………」
「?…ど、どないかしました?涼羽…先輩?」

自身でも無自覚な笑顔をさらけ出している皐月を、静かにじっと見つめる涼羽。
そんな涼羽の視線が気になったのか、きょとんとした表情で涼羽に問いかける皐月。

すると、涼羽の左手がそっと伸びてきたかと思えば…
非常に優しく、温かに、皐月の頭が撫で撫でされ始める。

「…ふふ…皐月ちゃん、可愛いね」

幼げで、無邪気な笑顔を自分に見せる皐月が可愛くて、その母性を刺激されたのか…
幼い娘を包み込むかのように見つめる母親のような眼差しと笑顔を、目の前の皐月に向ける涼羽。

容姿、口調、性格などはまるで違うものの…
どことなく、自身の妹、羽月と接しているかのような感覚になってしまい…
ついつい、皐月のことを可愛がりたくなってしまう涼羽が、ここにいた。

「…ふわ~…」

そして、見た目童顔な美少女とはいえ、仮にも異性である涼羽に対していきなり頭を撫でられたことで…
子供扱いされたことや、女の子の髪にいきなり触られたことが出るのかと思いきや…
不思議と、まるでそういったものが出てくることはなく…
むしろ、その手がくれる優しさ、温かさ、心地よさに…
もっと、もっとしてほしいとまで思ってしまう皐月。

「(涼羽先輩のなでなで、めっちゃ気持ちい~…こんなんされたら、誰でも涼羽先輩のこと、めっちゃ好きになってまうって~…)」

自身の周囲のクラスメイト達が、目の前の先輩とお近づきになりたい、という気持ちがすごく分かってしまう。
しかも、女子である自分が思わず羨んでしまうほど、垢抜けて可愛らしい、童顔な美少女な容姿。
加えて、スタイルもよく、髪も凄く綺麗。

何より、一緒にいてすごく癒されるし、優しいし、満たされてしまう。

その心地よさに、目を細めて、幸せそうに涼羽の撫で撫でを堪能する皐月。
そんな様子も、本人が無自覚な可愛らしさを生み出してしまう。

当然、そんな母性を刺激される可愛らしさを見せられた涼羽は…
ますます、皐月のことを可愛らしく思い、よりいっそう可愛がってしまう。

ついには、涼羽のことを離したくなくなってしまい…
思わず、涼羽の胸にべったりと抱きついてしまい…
その平坦だが、華奢で柔らかな胸に顔を埋めてしまう。

「!さ、皐月ちゃん!?」

そんな皐月の行動に、驚きの表情を隠せない涼羽。

そんな涼羽に構わず、べったりと甘えてくる皐月。
男子であるはずなのに、まるでそんな感じがせず…
今こうして抱きついてみても、まるで女子としか思えない。

抱き心地はよく、いい匂いはして、しかもとても安心感がある…
だから、ついつい甘えたくなってしまう皐月。

「涼羽せんぱ~い…もっと…もっと撫で撫でして~?」
「皐月…ちゃん…」
「…うち、涼羽先輩のこと、め~っちゃ好きになってもうてん」
「………」
「…せやから、もっと、も~っと涼羽先輩に甘えさせてほしいねん」
「………」
「…あかん?」

その幼げな容姿から、幸せ全開オーラをかもし出しながら…
本当に母に甘える幼子のように、嬉しそうな笑顔で…
涼羽の胸元から、上目使いで覗き込むようにおねだりしてくる皐月。

普段、耳にすることのない、地方独特の方言が、可愛らしい声で聞こえてくる。
それもまた、言いようのないギャップを感じて、それがまた可愛らしく思えてしまう。

そんな皐月の姿が、本当に妹、羽月と同じように思えてしまい…

「……うん、いいよ」

普段から、妹、羽月に向けているそのままの笑顔を皐月に向け…
優しい声で肯定の意を返しながら、目一杯、とろけるかのような甘やかしで、皐月を包み込んでしまう涼羽。

「…えへへ~、うちめ~っちゃ幸せや~♪」
「ふふ…可愛いね、皐月ちゃん」
「…涼羽先輩」
「なあに?」
「うち、涼羽先輩め~っちゃ好き~♪」
「ふふ…ありがとう」

もうすっかり、涼羽のことが大好きで大好きでたまらなくなってしまった皐月。
その思いを示すかのように、皐月の両手が、涼羽の制服を掴んで離そうとしない。

誰も通ることのない廊下の中で二人…
しばらくの間、お互いに本当に幸せそうな雰囲気で…
母と娘のようなほのぼのとした空気を、展開し続けるのであった。

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