お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

連絡先、交換しよ?

「帰るのか?涼羽…羽月…」

騒がしい昼食も終わり、最愛の息子と娘である涼羽と羽月が帰ることとなり…
それを見て、父、翔羽はどこから見ても分かるくらいに落ち込んだ顔をしてしまっている。

普段の淡々と仕事に取り組む、能面のような表情からは想像もできないほどに…
子供達と別れるのが本当に寂しい、と言わんばかりの表情となってしまっている。

「(わ~…あの高宮部長があんな顔しちゃうなんて…)」
「(本当に部長、あのお子さん達のことが大好きなのね~…)」
「(でも、見てたらなんだか…部長が可愛いって思えちゃうわ)」
「(あんな風に私のことで寂しがってくれたら……いいわ~…)」

ひたすらに子供達と別れることに寂しさ満開の翔羽を見て…
二人の受付嬢達は、まさに内心驚きの心境であったものの…
もし自分のことであんな風に寂しがってくれたら、と思うと…
途端にその整った顔をだらしなく崩して、悦に浸ってしまう。

「もう…お仕事終わったら、帰ってくるでしょ?お父さん」

全力で寂しい、と顔に出てしまっている父を見て、くすりと笑ってしまう涼羽。
父のそんな姿が、涼羽の母性をくすぐるような感じとなってしまい…
母の懐に甘えていたい子供を包み込むかのような、母性と慈愛に満ち溢れた笑顔が浮かんでくる。

「それはそうなんだがなあ…」

そんな息子、涼羽の笑顔を見て、より離れることに抵抗感が出てしまったのか…
どうしても一緒にいたい、と言わんばかりに口ごもってしまう翔羽。

頭一つは低く、小柄で華奢な息子をじっと見下ろしながら…
まるで、普段なかなか会えない恋人に会えたのに、すぐに別れてしまう時のような寂しさを感じてしまっている。

妹の羽月はもう、兄、涼羽とずっと一緒にいるのが当たり前で…
今では、片時も離れたくないと言えるほどに涼羽にべったりとしている。

そんな羽月と似たような感じで、父、翔羽も涼羽とずっと一緒にいたいと思ってしまっているのだ。

そんな父の姿が妙に可愛く思えてしまうのか…
涼羽の手が、父の顔へと伸び…
そのまま、その頬に優しく触れていく。

「お父さん、ちゃんとお仕事頑張って帰ってきたら、うんと美味しいもの作ってあげるから…」
「…涼羽…」
「だから、早く帰ってきてね。お父さん」

その小さく、柔らかな手で触れられることに心地よさを感じながら…
涼羽の励ましの台詞が、笑顔が凄く嬉しくて…
だんだんと、急降下していたやる気が急激に上がっていく。

「…よおし!!お父さんちゃんとお仕事頑張って、すぐにお前達のところに帰ってくるからな!」

普段は何を考えているのか分からない、といわれるほどに能面のような表情が主な翔羽なのだが…
最愛の子供達がそばにいるだけで、こんなにも感情豊かでいきいきとした感じになってしまうのか…
傍から高宮親子のやりとりを見守っている受付嬢達は、この日一日で自分達が知らない翔羽を非常に多く見ることができたことで、より翔羽に対する恋心がくすぐられてしまう。

「…仕事に一直線な部長もいいけど…あんな風に感情豊かな部長もいいわ~」
「…私も、あの子みたいに部長に愛されたら…絶対耐えられなくなっちゃうわ~」

息子、涼羽が父、翔羽から注がれる愛情…
それが、本当にうらやましく思えてしまう。

あんな風に、翔羽に愛されたい…
失った妻に一途な想いを抱きながら、その忘れ形見である子供達をこれでもかと言うほどに愛し抜く翔羽に振り向いてもらうことなど、本当に至難の業であると分かっていても…
二人は、それを求めずにはいられない。

「えへへ♪お父さん元気になった~♪」
「もう大丈夫だ!お父さんやる気になったからな!」
「お仕事、頑張ってね」
「もちろんだとも!少しでも早く終わらせて、早くお前達の元へ帰りたいからな!」

やる気に満ち溢れ、見るからに元気を取り戻した父、翔羽を見て、羽月の顔にも笑顔が浮かんでくる。
そんな娘の笑顔も翔羽の立派な活力源となり、よりやる気に満ち溢れていく。

そして、おっとりとしていて、翔羽にとっては本当に今は亡き妻である水月を思い出させるその笑顔で、父に励ましの言葉を贈る涼羽。
そのおかげで、ますます翔羽のやる気がうなぎ上りに上がっていく。

「じゃあ、俺達は家に帰るね」
「帰るね♪お父さん」

昼休憩が終わったら、文字通り仕事の鬼となるであろう父に一言入れ…
そのまま、その足で自宅へ帰ろうと進みだす涼羽と羽月。

「あ、そうだ」
「?」

進みだしたところで、何かを思い出したかのように足を止める涼羽。
突然の兄の行動にわけが分からない、といった顔の羽月を置き去りに、受付嬢達の方へと、とてとてと近づいていく。

「?何かしら?」
「?こっちに来るわね…」

自分達の元へと近づいていく涼羽に対し、疑問符を大量に浮かべながら…
じっと、涼羽の方を見つめる。

「今日はいろいろ案内や応対をしてくださって、ありがとうございました」
「!!…」
「!!…」

裏も表も何もない…
純粋で素直な笑顔で、二人にお礼の言葉を述べる涼羽。
そんな涼羽に、二人は心を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えてしまう。

「それと…いつもうちのお父さんがお世話になってます」
「!そ、そんなこと…」
「!むしろ、私達の方がお世話になってるくらいで…」
「これからも、お父さんのこと、よろしくお願いします」
「!!…」
「!!…」

天使のような純粋で可愛らしい笑顔のまま、礼儀正しく…
父、翔羽のことも含めて感謝の言葉を述べる涼羽。

突然の涼羽のそんな言葉に、しどろもどろになりながらも…
内心は、そんな風に言ってもらえて本当に嬉しいと思っている二人。

さらには、まるでしっかり者の妻のように、父のことをお願いまでしてくる涼羽が…
もう、本当に可愛らしく、できた子だと思えて…

「もお~!!本当に可愛い!!それも、すっごくいい子~!!」
「もうこの子マジ天使!!可愛い~!!」

とうとう我慢できずに、自分達よりも少し小柄な涼羽のことをぎゅうっと抱きしめてしまう。

「!!ちょ、ちょっと…」
「うふふ、お父さんのことは、お姉さんにまかせてね」
「お父さん、す~っごくお仕事できる人だけど、ちゃあんとサポートできるように頑張るからね」
「は、離してください…」
「お願い、もうちょっとだけ…ね?」
「あなたが可愛すぎるのが、いけないんだから…ね?」

いきなり美人なお姉さん達にべったりと抱きつかれて、盛大に驚き、戸惑ってしまう涼羽。
重度の恥ずかしがりやであることも手伝って、その顔を羞恥に染めてしまう。

そんな風に恥ずかしがる涼羽がまた可愛いのか…
さらにぎゅうっと抱きしめて、その抱き心地を堪能してしまう受付嬢達。

社内の女性社員が結婚したい男性ナンバーワンに選んでいる…
文字通り憧れの存在である翔羽が、恋愛の対象であることに変わりはないのだが…
その息子である涼羽のことは、本当に可愛がってあげたい弟のような…
親愛の対象となってしまっている。

もう、無条件で可愛がってあげたくなる…
そんな可愛らしさに満ち溢れており、ついつい困らせたくなってしまう雰囲気に満ち溢れているのも、またたまらないようだ。

「も、もう帰りますので…」
「ちぇ~…名残惜しいけど、あんまり引き止めたらかわいそうよね」
「うふふ、ごめんね。引き止めちゃって」

先程から涼羽の妹である羽月の恨みがましい視線がこちらに向いていることにも気づいている受付嬢達。
それもあり、何よりあまり無駄に引き止めるのもまずいので…
それでも、この可愛いの化身とも言える涼羽から離れることに名残惜しさを覚えながらも…
ようやく、涼羽のことを解放する二人。

「…ふう……あ、じゃあこれで、失礼します」
「ええ、また来てね」
「そうそう、あなたなら、大歓迎よ」

ようやく解放された安堵感に浸りながら一息ついて…
折り目正しく、これまで自分をもみくちゃにしていた二人に礼をする涼羽。

そんな涼羽を優しい眼差しで見つめながら、笑顔で送り出す二人。
また来てほしい、という言葉がさらりと出てくるあたり…
今回の出会いで、涼羽のことが心底お気に入りになったようだ。

「ま、待って!」

受付嬢の二人に背を向け、再び帰路につこうとしたところで…
ハイトーンなアニメ声が涼羽を呼び止める。

「?」

声の方向へと振り向くと、先程までテーブルの後片付けをしていた菫が…
ぱたぱたと、慌てて涼羽のところへと駆け寄ってくる。

「?あの、何か?」

自分の目の前で、少し息を荒げながら立ち止まる菫を見て、きょとんとした表情で声をかける涼羽。
そんな顔が、周囲の人間の目を…
そして、心をも奪っていることに、本人はまるで自覚なし。

「(ああ~、そんな顔も本当に可愛い~…じゃなくて!)」

当然、菫もそんな涼羽の顔に内心とろけそうになってしまうものの…
それを抑えて、どうにか本題に入ろうとする。

「あ、あのね…」
「?」
「あ、あたしと連絡先、交換してくれないかな?」

少し俯いた、神妙な表情から、上目使いで懇願してくる菫。
年頃の男子や男性達なら、それだけで心を奪われてしまうこと必至と言えるあざとさを惜しげもなく発揮している。

ただ、目の前でそのあざとさを見せ付けているのは…
どこからどう見ても一般の男子とは程遠い存在である、高宮 涼羽。

菫のそんな仕草や声も、『この人、可愛いな』くらいで済ませてしまう。

「連絡先…ですか?」

普段から美鈴やクラスメイトの女子達にさんざん同性扱いされてべったりと抱きつかれたりしているため…
女の子の方から連絡先の交換を要求してくる、ということに特別な意味を感じない涼羽。

それでも、今学校の中で涼羽の連絡先を知っている女子は美鈴と愛理だけなのだが…
他の女子達は遠慮なしに連絡先を要求してはくるものの、そこで美鈴と愛理が徹底的にブロックをしているので、涼羽のスマホに一定以上の連絡先がなかなか増えない状況であり…
余計にそういったことに、特別な意味を感じなくなってしまっている。

なので、目の前の菫に対しても、『女の子って、連絡先を交換するのが普通なのかな』という心境しかない状態である。

「そう、もしよければ…本当にたまにでいいから、あたしとメールとか、電話とか、してもらってもいい?」

少し不安げな色も混じった、懇願の表情を見せる菫。
菫にとっては、自分を変えるきっかけとなりうるであろう存在である涼羽。

この会社に雇用されている人間でないこともあり…
今、この機会を逃せば、次いつ会えるのか、分からなくなってしまう。

ましてや、連絡先も何も分からないとなると、もうどうやってコンタクトをとればいいのか、なおさら分からなくなってしまう。

ここで、涼羽の父親である翔羽から聞き出せばいいや、という発想に至らないのも、猪突猛進な菫クオリティ。

もっとも、翔羽自身が、最愛の息子である涼羽の周囲からの愛されっぷりを知っている。
たまに涼羽と商店街で鉢合わせて、一緒に帰ることもあるのだが…

その時は、周囲からの涼羽の愛されっぷりをずっと目の当たりにすることとなってしまう。

自分の部下である佐々木 修介も、以前に涼羽にプロポーズしてしまった、などという出来事もあり…
周囲の男達の、涼羽を見る目が明らかに好みの異性に向ける目であることも、しっかりと観察している。
ましてや、周囲の女性陣まで、涼羽をさらってお持ち帰りしてしまいそうな熱い眼差しを送っていることもあり…
本当に、涼羽が誰かに取られてしまいそうなので、外出している時は、常に気が気でない状態なのだ。

ゆえに、自分から涼羽の連絡先などを聞き出そうとする輩に、それを教えるつもりなど毛頭なく…
何が何でも、この可愛すぎる息子をそんな欲望に満ちた存在達から護り抜いてやる、と…
心に固く誓っている。

そういう意味では、この菫の真っ直ぐな行動は正解と言える行動であり…
後は、涼羽本人の意思次第、というところなのだ。

涼羽本人が、そういった交流を望むのであれば、さすがに父、翔羽も無闇にシャットアウトすることもできなくなってくるからだ。

かつての美鈴のように、自ら行動を起こして、涼羽との交流を勝ち取ろうとする菫に対し…
涼羽の答えは…

「いいですよ」

特に思うこともなく、あっさりと連絡先の交換に肯定の意を表してしまう。

「!ほんと!?」
「ええ、でも僕、アルバイトとか、家事とかもあるから、連絡といっても受けるだけになると思いますし、ちゃんと出られるかどうか分からないですけど…」
「!いいの、そんなの!あたしがあなたとお話とかしたいんだから!」
「そ、そうですか…」
「!やった!ねえ、早く連絡先、交換しよ!」
「は、はい…」

目の前で大はしゃぎで喜ぶ菫に対し、その勢いに少し退いてしまう涼羽。

そんな涼羽にお構いなしで、早く早くと、自らのスマホを制服のポケットから取り出し…
連絡先の交換を促す菫。

そんな菫にたじろぎながらも、自らのスマホを取り出し…
お互いの連絡先の交換を進めていく涼羽。

菫はプライベートではLINEをしているので、そちらも、と言ってくる菫だったが…
涼羽がLINEを好まず、使っていないという返答になってしまったため…
そのあたりで、少ししょぼんとしてしまう。

むしろ、今売り出し中の人気の美少女声優である菫の連絡先など…
ファンからすれば、のどから手が出るほど欲しいと思わせるものなのだが…

やはり、涼羽にとっては成り行きで交換しているだけであり…
そこに、特別な意味も持たないし、価値も見出さない、という状態になってしまっているのだが。

「えへへ♪やったやった♪」

逆に、菫の方が大ファンであると言えるほどの存在の連絡先をもらってしまったかのような喜びに満ち溢れ…
普段のどこか計算高さを感じさせる、あざとい感じの可愛らしさから…
本当に自然で純粋な可愛らしさに満ち溢れている状態であることに、当の菫は全く自覚がない。

「…そんなに喜んでもらえるなんて…僕の連絡先なんて、そんな価値ないと思うんですけど…」
「!何言ってるの!涼羽ちゃんの連絡先なんて、あたしにとっては宝物だよ~♪」
「そ、そうですか…」
「じゃあ、涼羽ちゃんとお話したくなったら、ぜ~ったいに電話とかするから!」
「は、はい…」
「涼羽ちゃんの声、いつでも聞きたいんだもん!」
「お、お手柔らかに…」

美鈴と連絡先を交換した時も、そういえばこんな感じだったな、と…
愛理の時も、あからさまではなかったとはいえ、顔は非常に嬉しそうだったな、と…
たじたじしながら、思い返す涼羽。

実際、美鈴と愛理を含め、クラスメイトにとっては涼羽はもはやアイドルといっても過言ではない存在となってしまっているため…
そんな風にミーハーな感じになってしまうのも、無理もないと言えるのだが。

「お兄ちゃん、早く帰ろ!」

傍から見ると、本当にゆりゆりしいいちゃつきぶりとなってしまっていることに…
とうとう、妹である羽月が我慢できなくなったのか…
自分の存在をアピールするかのように、鈴が鳴るような可愛らしい声をあげて、兄を呼ぶ。

とにかく大好きで大好きでたまらないお兄ちゃんを常に独り占めしていたい…
そんな筋金入りなブラコン妹である羽月にとっては…
兄、涼羽がこんな風に自分以外の女子、女性と仲良くするのは本当に耐え難いものとなってしまっている。

「はいはい、すぐ行くね」

そんな妹のヤキモチにまるで気づくことなどなく…
いつまで経っても幼い感じの、可愛い妹だな、という思いで、妹の声に応える涼羽。

「じゃあ、もう行きますね」
「!じゃ、じゃあまた連絡するから!」
「はい、待ってますね」

そして、目の前にいる菫に一礼をして、今度こそ、といった感じで…
妹のそばまで足を進める涼羽。

そして、その妹、羽月にがっしりと腕を掴まれると…
そのまま、べったりと抱きつかれてしまう。

「ど、どうしたの?羽月?」
「もう!お兄ちゃんったら、ほ~んとに愛されすぎ!」
「え?」
「お兄ちゃんがどっか行っちゃわないように、わたしがこうして捕まえててあげるの!」
「俺、別にどこにも行かないよ?」
「だあめ!お兄ちゃんは、わたしのそばにいてくれないと、やなの!」
「…本当に甘えん坊さんなんだから、羽月は…」

どこまでも甘えん坊な妹である羽月に、思わず苦笑が漏れ出てしまう涼羽。
妹の不機嫌の原因を知る由もなく、ただただ、優しくその頭を撫で始める。

そして、その優しい撫で撫でのおかげで、ぷんすかと膨れていた顔がすぐに幸せそうな笑顔になってしまう羽月。

実の兄妹とは思えないほどのいちゃらぶっぷりを見せつけながら…
二人は、仲良く社員食堂を後にしていくのであった。

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