お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

高宮部長をお呼び致しますので、少々お待ちください!

「ここなの?お兄ちゃん?」
「え~と…うん、ここだよ」

眼前に聳え立つオフィスビルの前。
もうすぐ誰もが昼食の時間を迎える、その手前の時刻。
涼羽と羽月の高宮兄妹が、昼食となる弁当を忘れていってしまった父、翔羽のために…
この日初めて、父の職場に赴いた。

妹、羽月が兄の右腕にべったりと抱きついたまま、ここで合っているのかを問いかける。
問いかけられた涼羽は、自宅から持参してきた父の名刺を見て、ここで間違いないと確信する。

初めてきた父の職場となるオフィスビルを目の当たりにして…
自分の父が、本当の意味でサラリーマンであることを、思わず実感してしまう涼羽。

学生アルバイトであるとはいえ、現在自分も働いていることもあり…
父の職場が一体どんなものであるのか…
それを目の当たりにしたい、という思いまで芽生えてきている。

「よし…じゃあ、中に入ろう」
「お兄ちゃん…大丈夫かな?わたし、なんだか怖い…」
「ふふ…大丈夫だよ。お父さんにこのお弁当、届けるだけなんだから」
「ほんと?ほんとに大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫」

父の昼休憩の時間が迫っていることもあり…
意を決して、中に入ろうとする涼羽。

そんな兄、涼羽にべったりと抱きつきながら、不安げな表情を隠せない羽月。

やはり、根は人見知りということもあり…
どうしても、こういった初めての所に足を踏み入れるのは、不安感の方が勝ってしまうようだ。

特に、最近では兄、涼羽がとにかく母親代わりとして妹、羽月のことをよく甘えさせてしまっていることもあり…
もともと幼げだった性格が、より幼げになってしまっている傾向がある。

そんな羽月を見て、可愛いと思ったのか…
微笑ましい、といった感じの笑顔を妹に向け…
優しい口調で、大丈夫だと安心させようとする涼羽。

いつでも、羽月のことは可愛くて可愛くてたまらない妹だと思っている涼羽。
羽月がこんな風に甘えてくれるのを、心底嬉しいと思っており…
ちょっと甘やかしすぎかな、とは思いながらも…
結局は、とろけるような母性と慈愛で、とろっとろに甘やかしてしまうのだ。

そんな兄の自分に対する扱いが本当に嬉しくて…
不安げな表情が、すぐに嬉しそうな表情になってしまう羽月。

「(えへへ…お兄ちゃんがそばにいてくれたら、すごく安心できちゃう…)」

羽月にとっては、そばにいてくれて当然の存在とまでなっている兄、涼羽。

もともと、兄妹二人だけの暮らしだったため、かなりのお兄ちゃん子ではあった羽月。
今ほどではないにしろ、いろいろなことで兄、涼羽に頼って、甘えてきた。
そして、怖いときや不安なときは常にそばにいてもらっていたのだ。

それが、兄に対し、母親のように胸を吸わせてほしい、と…
意を決してお願いしたあの日。

それを受け入れてくれた兄、涼羽の胸にまさに赤ん坊のように吸い付き…
母の懐が恋しい幼子のようにぎゅうっと抱きしめてもらってからというもの…

もともと家庭的ではあったものの、どちらかと言えば男っぽさに満ちた振る舞いが多かった涼羽。
それが、日に日に母性的に、慈愛に満ちた振る舞いが増えていき…
今では、常に優しいお母さんとして、妹である自分を優しく温かく包み込んでくれるようになったのだ。

それからというものの…
兄に対する愛情、信頼というものはもうどうしようもないほどに膨れ上がっていき…
今では、兄がそばにいないだけで寂しくて寂しくてたまらなくなってしまうほど。

自宅にいるときは、常に、と言っていいほど涼羽にべったりと抱きつき…
その胸に顔を埋めて、思う存分に甘えてくる羽月。

夜寝る時も、兄、涼羽はいい加減自分の部屋で一人で寝るように促してくるのだが…
そんなの知らない、と言わんばかりに兄の布団に潜り込んで…
それが当然と言わんばかりに、兄と同じ布団の中で兄のそばで眠るようになっている。

もう、そうしないと眠れないほどに、その習慣が当然、そして必然となってしまっているのだ。

そして、こうして一緒にお出かけする時も…
まるで、仲睦まじい恋人のようにべったりとくっついて…
行動を共にしている羽月。

もともと童顔な美少女顔ではあったものの…
どこかとっつきづらいと思わせる、能面のような無表情のおかげで…
いまいち、その造形美に気づかれることのなかった涼羽。

それが、その秘められた母性が目覚めて…
その母性がどんどん表に出て行けば出て行くほど…
それまでのとっつきづらい印象がなくなっていき…
本当に穏やかで、清楚でお淑やかな印象の…
誰が見ても思わず振り返ってしまうほどの、優しくも可愛らしい美少女な雰囲気に満ち溢れるようになていったのだ。

その変化も、男嫌いの気がある妹、羽月にとってはより兄、涼羽にべったりとべったりと甘えてしまう要因となってしまい…
自分を決して欲望の対象として見ない…
それどころか、まるで母親のように優しく包み込んでくれる…
まさに、絶対的に信頼できる存在となっている。

加えて、妹である自分にべったりと甘えられながら愛されることで…
その顔を羞恥に染めて、恥らってしまう兄、涼羽。
それがあまりにも可愛すぎて、ついついいじめるように可愛がってしまうのだ。

大好き、なんて言葉ではもう足りない。
愛してる、という言葉でももう足りない。
もう、行動でその激しく湧き上がる想いを表現したくてたまらない。

ゆえに、羽月の涼羽への愛情表現は、とどまることを知らないのだ。
自分のそんな兄に対する想いを、とにかく少しでも知ってほしい。
自分のそんな兄に対する想いを、もう目いっぱいアピールしていきたい。

だからこそ、周囲から見ればもうとろけるかのような甘さで…
人目もはばからずにいちゃいちゃとしてしまっているのだ。

そんな、幸せいっぱいといった感じの兄妹がビルのエントランスに入ってきたことで…
社外からの顧客に対応する、受付担当の女性社員達が…
そんな二人の美少女姉妹、もとい兄妹に気づいて、視線を向ける。

「(わ~…なんて可愛らしい女の子達…顔そっくりだし、姉妹なのかしら?)」
「(もう見てるだけでおなかいっぱいになっちゃうくらい、べったりしながらいちゃいちゃしてる!なんだが、すっごく可愛い!)」

容姿から見て、中学生くらいの姉と、小学生くらいの妹の姉妹だと思ってしまう二人の受付担当の女性社員達。
そんな、可愛すぎるくらいに可愛らしい姉妹に思わず頬が緩みそうになってしまうが…
いけないいけない、と顔を引き締めて、どうにか事なきを得る。

「え~っと、お父さんに会いに来たから…」

この時初めて来訪することとなった父の会社。
当然、中の勝手も分かるはずもなく…
周囲を、何かを探すかのようにきょろきょろと、見舞わず涼羽。

そんな中、自分達のことを見つめている女性社員が、まさに受付対応の担当としてそこにいるのが目に入り…
まずは、あの人達に聞いてみよう、と…
その受付カウンターの方へと、足を運ぶ。

「(わ…わ…あの美少女姉妹ちゃん達、こっちに来るわよ)」
「(なに?なに?ここに何の用できたのかしら?)」

世間では休日となっている土曜日…
そんな日に自分達は仕事ということで、なかなかモチベーションも上がらなかった女性社員達。

そんなところに、ふと現れた二人の美少女姉妹がこちらに向かってくることで…
一体なんなのだろうと、興味津々になっていた。

「すみません、少しお聞きしたいのですが…よろしいでしょうか?」

カウンターのすぐそばまで歩いて近づいてきた涼羽が…
人当たりのいい、優しい笑顔を向けながら…
声変わりをしているとは思えない、耳あたりのいいソプラノな可愛らしい声で…
しっかり者だということをすぐに分からせる、しっかりとした口調で…
眼前の二人の女性社員達へと、問いかける。

「(うわ~…何この子!すっごく可愛い!もうぎゅってしたくてたまんないんだけど!)はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」

そんな涼羽を内心可愛すぎると身悶えながら、表面上は勤めて落ち着いた様子で、柔らかな笑顔で対応する女性社員。

「(もう、めっちゃ可愛い!こんなお姉ちゃんにおどおどしながらべったりしてる妹ちゃんも、すっごく可愛いわ~!)」

横でそのやりとりを見ている女性社員も、内心涼羽と羽月の二人の可愛らしさに身悶えしてしまっている。

目の前のお姉さん達が内心そんな状態になっているなどとは露知らず…
涼羽は、そのお姉さん達に、自分の用件を切り出していく。

「はい…僕の父が、ここで働いているんですけど…」
「(あら…こんな可愛い顔して『僕』なんて!でも、それも可愛い!)お父さんが、ですか?」
「(わ~!こんなに可愛いのに一人称『僕』って!ボクっ娘可愛い!)」
「今日もこちらに出勤しているのですが…その、お昼に用意してたお弁当を忘れて出て行ったので、届けにきたんです」
「(!そのお父さん、うらやまし~!こんなに可愛い娘さんに、お弁当を持たせてもらえるなんて!)あら、そうなんですか」
「(いいな~いいな~!こんなに可愛い娘に、お弁当作ってもらえるなんて!)」
「はい…それで、父と会わせて頂くことは、できますでしょうか?」
「(も~、こんなに可愛いのにしっかり者さん!すっごくいい娘!)はい、それは大丈夫ですよ」
「(こんなに可愛いのにしっかり者で…ああ~、こんな妹、ほしいわ~!)」

涼羽の一人称に対しても、疑問に思うどころか余計に可愛い、と…
さらに涼羽に対する好感度を上げてしまっている二人。
そして、その中学生くらいの年代とは思えないほどにしっかりとしたやりとりを見て…
さらには、お父さんのためにお弁当まで作ってくれているなんて…
表面上はいかにも、といった感じの受付嬢という対応をしているが…
内心は、こんなにも可愛くて家庭的でしっかり者な涼羽のことを妹にしたい、などと思ってしまっている始末。

ここが職場で、さらに就業時間中でなければ、もう今すぐにでも涼羽と羽月のことをめちゃくちゃに可愛がってしまうことを、二人は確信してしまっている。

「では、あなたのお父さんのお名前と…それと、あなたのお名前を、教えていただいてよろしいでしょうか?」

もう内心悶絶状態になりながらも、受付のプロとしてそれを顔に出すことなく…
しっかりとした態度で、涼羽に該当の人物の名前を伺う女性社員。

「(でも、この会社にこんなに可愛い姉妹が子供にいるお父さんなんていたんだ~…一体、誰なのかしら?)」

その隣では、こんなにも可愛くていい娘達のお父さんが一体誰なのか…
それが、すごく気になってしまっている、もう一人の女性社員。

「はい、僕の名前は高宮 涼羽といいます。そして、父の名前は、高宮 翔羽です」

そして、目の前の可愛らしい美少女の口から出されたその名前。
それは、この女性社員達の驚きを誘うには十分すぎるほどのものとなった。

「!え?…」
「!え?…」

思わず、涼羽の口から出されたその名前に対して間の抜けた声を上げてしまい…
一瞬、その名前を認識することができないでいた。

「?あ、あの…どうか、しましたか?」

そんな女性社員達の反応を怪訝に思ったのか…
涼羽の方も、思わず彼女達に、一体なんなのかと問いかけてしまう。

「あ…し、失礼しました」
「も、申し訳ございませんが、もう一度、あなたと、あなたのお父さんのお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」

内心驚愕の渦に巻き込まれながらも、どうにか体裁を整えようとする女性社員達。
しかし、その驚きが消え去っていないようで、まだ動揺を隠せないことが、口調に現れてしまっている。
それでも、改めて、涼羽に先ほどと同じ問いかけをする。

「は、はい…僕の名前は高宮 涼羽といいます。そして、父の名前は、高宮 翔羽といいます」

そんな女性社員達の様子に少し動揺しながらも…
改めて、自身の名前と、父の名前をその口から音にする涼羽。

「………」
「………」

それを聞いた瞬間、完全に思考が停止してしまったようで…
呆然とした表情になってしまう二人の女性社員。

「(…え?え?聞き間違いじゃ、なかった?)」
「(…てことは、まさか本当に、高宮部長のお子さんなの?)」

高宮 翔羽。
この会社では、その名を知らぬ社員はいないとまでされるほどの…
非常に優秀で稀有な存在である、その名前。

一時は沈没確実だとされていた拠点を見事に再生させ…
今では、その拠点は右肩上がりに業績が上昇中。

さらに、この本社に栄転してからも…
その類まれな能力を遺憾なく発揮し続け…
社内の多くの問題を解決し、改善にまで至らせ…
今なお、多くの功績を残し続けている、間違いなく社内一の能力者。

その将来性、そしてその容姿からも…
社内での『恋人、もしくは夫にしたいランキング』でダントツの一位となっている…
女性社員達の、憧れの的。

その翔羽の子供達が、今自分達の目の前にいる、という現実。
その現実を、まだしっかりと把握できないでいる受付の女性社員達。

「お兄ちゃん…この人達、どうしちゃったのかな?」
「さ、さあ…お父さん、この会社で何かしちゃったのかな?」

無論、そんな父の社内での功績、評価などはまるで知らない涼羽と羽月の二人は…
父の名前が出ただけでこんな反応をされることに…
一体何があったのかと、思わざるを得なくなってしまっている。

「(…!もしこの子達に好印象を与えておけば…)」
「(…!高宮部長の心を射止めるのに、大きなアドバンテージを得られるかも!)」

社内の噂で、翔羽が現在、妻を亡くしていること…
そして、その翔羽が愛してやまない、二人の子供がいること…
そして、その二人の子供に首っ丈で、とにかく家族との時間を優先したがること…
それらが、社内のネットワークで非常に広範囲で流れてしまっている。

当然、今ここにいる二人の受付嬢もその噂を耳にしている。

だからこそ、今ここで、翔羽の子供だと名乗るこの二人に好印象を与えておけば…
翔羽の気を引くことができて、大きなアドバンテージを得られるかも知れない。

そう思った二人の行動は、早かった。

「は、はい!高宮部長ですね!今、お呼び出ししますので、少々お待ちください!」

それまで、呆気にとられていた状態が嘘のようにきびきびと動き出し…
すぐさまに、翔羽の方へと内線で連絡を取りにかかる。

そして、もう一人の女性社員は…

「さあ!お待ちになっている間はそちらの来客用のソファの方にかけてください!どうぞ!」

いきなりのきびきびとした動きに、逆に呆気にとられている涼羽と羽月の二人を来客用のソファの方へと案内し始める。

「は、はい…ありがとうございます…」

いきなりの二人の変わりように、動揺を隠せないまま…
それでも、お礼の言葉を音にして、案内してくれる受付嬢に贈りながら…
そのまま、案内されるがままに、ソファへと、羽月と一緒に座っていく。

「では、高宮部長をお呼び致しますので、しばらくお待ちください!」

そして、社のエントランスということで…
当然と言わんばかりに整ったその美人な顔に、最高級の笑顔を浮かべながら…
その想いを寄せている相手の子供達に、今できる最高のおもてなしを行う女性社員達。

「?なんだろね?お兄ちゃん?…」
「さあ…なんなんだろね?…」

そんな女性社員達に圧倒され、頭に疑問符を並べ立てる涼羽と羽月の二人。

そうしながら、父、翔羽がこの場に来るのを待つこととなった。

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