お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

よかったじゃねえか、いいんちょ…

「さて…着いたな」

時間は少し遡り…
涼羽が着替えの真っ最中に園長である祥吾と鉢合わせ…
そのことがきっかけで、祥吾からその無防備さを指摘されている頃…

秋月保育園の門の手前に、三人の男女の…
同じ高校であろうことが分かる制服に身を包んだ高校生達の姿が見える。

一人は、涼羽を親友として非常に大切な存在だとしている、鷺宮 志郎。
一人は、涼羽に想いを寄せ、そのためにうまく接することができないでいる小宮 愛理。
一人は、涼羽のことが大好きで大好きでたまらないクラスメイトの柊 美鈴。

涼羽がアルバイトをしていると聞いた志郎が、ぜひその仕事っぷりを見てみたいと思い…
それを愛理に提案したのが始まり。

愛理自身も、涼羽に悪いと思いながらも…
結局のところ、志郎の巧みな誘導に抗うことができず…
非常にツンツンとした感じで、嫌々ながらに一緒に行くこととなった。

ただ、その嫌々とした感じが建前で…
本音は、涼羽のアルバイト姿を見に行きたくてたまらなかったということは…
周囲の誰の目から見ても一目瞭然と言えるものだったのだが。

そして、そんな二人の話に便乗する形で、同行してきたのが…
涼羽のクラスメイトである美鈴。

大好きで大好きでたまらない涼羽の…
小さな子供達と仲良く、そして優しく触れ合うその姿…
それを見たくて見たくてたまらないと…
素直になれずにツンツンとした感じの愛理と比べ…
本当に分かりやすく、あっさりと公言したのだ。

「へえ…こんなところに保育園って、あったのね…」

愛理にとっては、意外なところにあったようで…
そんな、この保育園の場所にあっけにとられた印象の声を出してしまう。

愛理は、自分でもちゃんと自覚しているのだが…
そのしっかり者の表面上からは意外と言えるくらいの…
結構な方向音痴である。

何度も行ったことのあるところなら、それなりに普通に行くことはできるのだが…
それが、初めて行くところ、あまり行った事のないとなると、まず間違いなく迷ってしまう。

それも、普通に行けば十数分で到着するような距離のところでも…
下手をすれば数時間レベルで迷ってしまうほどなのだ。

ゆえに、その方向音痴があるがゆえに、彼女自身の行動範囲は極めて狭い。
まず第一に、普段から登校している学校。
その次に、普段から当然のように買い物に行っている、商店街。
その次に、気分転換のためにちょくちょくと行っている、緑の多いあの公園。
そして、当然と言えば当然だが、自宅。

そういった、結構なレベルの方向音痴と…
以前までは、こんな風に一緒に行動してくれる友達もいなかったこともあり…
さらには、自宅での家事手伝いもあって…
その狭い行動範囲を広げられる機会が、なかったのだ。

ゆえに、今こうして、気心知れた人間とどこかに出歩いてみる、ということが…
愛理にとっては非常に新鮮な感覚で、いいようのない楽しさまで感じている。

「へえ~、この保育園って、涼羽ちゃんのお家のすぐ近くにあるんだ~」

期待に満ち溢れた笑顔を崩さないまま、美鈴がぽつりと漏らした言葉。

その言葉に、志郎も愛理もはっと、美鈴の方に視線を向ける。

「え?そうなのか?」
「そうなの?柊さん?」

この近くに、涼羽の自宅がある。

その言葉は、志郎と愛理の興味をおおいに惹くこととなる。

「え?うん、そうだよ。涼羽ちゃんのお家、ここからすぐだもん」

もう結構な頻度で涼羽の自宅にお邪魔していることもあり…
近辺の地理まで把握している美鈴。

秋月保育園は、涼羽の自宅から徒歩五分ほどの位置になっているため…
美鈴からすれば、本当に涼羽の家から近いと、感じてしまう。

「柊さん…もしかして、高宮君の家に行ったこと、あるの?」

美鈴が涼羽の家を知っているということが気になって…
おずおずとした感じで、美鈴に問いかける愛理。

やはり、その想いを寄せている相手の家に、自分以外の女の子が行ったことがある、というのは…
恋愛に関しては全くと言っていいほど無関心で…
これまで、そんな機会にも恵まれなかった彼女でも…
どうしても、気になってしまうようだ。

「うん!もう何回も涼羽ちゃんのお家に、お邪魔してるよ!」

そんな愛理の問いかけに対し…
天真爛漫な、それでいて嬉しそうな笑顔で答える美鈴。

美鈴にとっては、大好きな料理を…
本当に大好きで大好きでたまらない人に教えてもらえる…
本当の意味で、貴重で楽しい時間。

それを思い出して、美鈴の顔に眩いばかりの笑顔が浮かんでくる。

「そうなの…」

そんな美鈴の答えに、どこかしょんぼりとしたような感じの愛理。

この時、心の中で、浮かび上がってきた一言…



――――いいなあ…――――



愛理にしても、涼羽との触れあいはもっともっとしたい、というのが本音。
ましてや、そうすることで、自分が本当に癒されるかのような、ほんわかとした気持ちになれるのであれば、なおさらのこと。

美鈴のように、素直で真っ直ぐにその想いをぶつけられるのは、本当にうらやましく思ってしまう。

自分も、涼羽にあんな風にべったりとしたい。
自分も、涼羽に大好きだと、言いたい。
自分も、涼羽に好きだと、言われたい。

最初のうちは、他愛もないやりとりだけでも本当に幸福感を感じていたのだが…
次第に、もっと、もっとと言った感じで…
もっと親密なやりとりを、求めてしまうようになっている愛理。

でも、生来の生真面目で堅物な性格が邪魔して…
どうしても、そういったことができないでいる。
どうしても、そういった想いをストレートに表すことができないでいる。

だから、普段から涼羽にべったりとくっついて、思うが侭に触れ合って…
さらには、涼羽の自宅にまで行った事のある美鈴が、愛理にとっては本当にうらやましく思えてしまう。

「涼羽ちゃんね、すっごくお料理上手なの」
「お、そうなのか?」
「え?そうなの?」

にこにこと嬉しそうに涼羽のことを語りだす美鈴。
涼羽が料理上手だということは、クラス内ではもう周知の事実となってはいるものの…
つい最近になって、交流を持つようになった志郎と愛理は、そのことを知らなかったようだ。

「うん、だから、涼羽ちゃんのお家にお邪魔して、お料理教えてもらってるの」
「へ~…あいつ、そんなに料理上手なんだ」
「だって、涼羽ちゃんのお弁当って、涼羽ちゃんが作ってるものなんだから」
「!マジで!?あれ、涼羽が作ってんのか!?」
「うん」
「マジか…あの美味そうな弁当、涼羽が作ってたもんなのか…」

志郎はちょくちょくと昼休みに涼羽に会いに来ることも多くなっているため…
涼羽の弁当を目にすることも割りと多い。

だが、涼羽の家庭環境や事情を知らないため…
それを涼羽が作っている、ということまでは分からなかったようだ。

「え?高宮君、自分でお弁当作ってるの?」

愛理の方は、その性格が災いして…
志郎のように、昼休みに気軽に涼羽に会いに来る、ということができないでいる。

そのため、涼羽が普段から弁当持参していることすら知らなかった。

しかも、それを涼羽自身が作っている、ということを聞き…
思わず、食い入るように反応してしまう。

「うん。涼羽ちゃん、自分だけじゃなくて、妹ちゃんのと…最近、単身赴任から帰ってきたお父さんのお弁当も作ってるんだから」
「!!マジでか…すげえな…」
「!!高宮君って…本当にお母さんみたい…」

美鈴が、愛理の食い入るような問いかけに嬉々として答える。

そこで、涼羽が自分のみならず、父と妹の分まで弁当を作っていることを聞き…
志郎も愛理も、思わず驚き、そして、感心してしまう。

「涼羽ちゃんのお家、いつ行ってもすっごく綺麗で、お片づけもされてるの」
「ほうほう…」
「うんうん…」
「涼羽ちゃんがいっつもこまめに、上手にお掃除とお片づけもしてて…」
「!マジ?」
「!本当?」
「お洗濯とか、お裁縫とかも、すっごく上手にできちゃうの、涼羽ちゃん」
「!うわ…マジかよ。あの容姿で家事万能とか、反則じゃねえか」
「!高宮君…そこら辺の女の子よりよっぽど家庭的で女の子らしい…」
「それに、お弁当だけじゃなくて、朝ごはんも晩ごはんも、全部涼羽ちゃんが作ってるし」
「?え、なんで涼羽が一人でそこまでやってるんだ?」
「?高宮君のお母さんって、普段何されてるの?」

美鈴が実際に涼羽の家にお邪魔して、見てきたこと…
そして、涼羽の妹である羽月とお話して聞いたこと…
それらを、すごく嬉しそうな表情で話していく美鈴。

その一つ一つを聞く度に、志郎と愛理の顔に驚きの表情が浮かんでくる。

志郎は、あの容姿で家事万能な涼羽に、さぞかしいいお嫁さんになれるな、などと思ってしまい…
愛理は、今時の同年代含む近い年代の女子より、涼羽の方がよっぽど女子力が高い、などと思ってしまう。

だが、話を聞いていくうちに…
涼羽が自宅での家事全般を全て一人で取り組んでいることに気づき…

その辺りが気になってしまい、改めて美鈴に問いかける二人。

特に愛理は、涼羽の母親のことが気になったようで…
その辺りも含めて聞いてしまう。

「涼羽ちゃんね…お母さんがいないの」
「え?…」
「え?…」
「涼羽ちゃんのお母さん、妹ちゃんが生まれてすぐに、亡くなっちゃったんだって」
「!……」
「!……」

涼羽の母親のことを問われて、それまで笑顔だった美鈴の顔が、悲しげなものとなってしまう。

涼羽の母、水月が、涼羽の妹である羽月を産んで…
それと引き換えに、その命を落としてしまったこと。
それを、二人に話してしまう。

それは、美鈴が初めて涼羽に話しかけた時に涼羽自身から言われたこと。
そして、美鈴が涼羽の家にお邪魔した時に、羽月とお話してて改めて聞かされたこと。

「涼羽ちゃんね…家にお母さんがいないから、いつも自分がそのお母さんの代わりに、って頑張ってるの」
「………」
「………」
「自分だって、物心つく前にお母さんがいなくなっちゃったから、お母さんってどんなものかよく分からなかったはずなのに…それでも、妹ちゃんにお母さんとしてもお兄ちゃんとしても接してるの」
「………」
「………」
「妹ちゃん、そんな風にお母さんとしても接してくれる涼羽ちゃんのことがもう大好きで大好きでたまらなくて…いつ見てもお兄ちゃんにべったりしてるの」
「………」
「………」
「涼羽ちゃんのお父さんも、お母さんが亡くなった直後に会社から単身赴任の辞令出されて…それで、お父さんともずっと離れ離れで暮らしてたから…だから、涼羽ちゃんしか家事をする人がいなかったんだって」
「…マジかよ…」
「…高宮君…」

物心つく前に母親を失ってしまい…
さらには、頼りとなる父親も単身赴任でそばにいない状況…

しかし、それでも健気に母代わりとして頑張ってきた涼羽の人生。

そんな、自分達の知らない涼羽のことを聞かされて…
志郎は、親友と呼べるほどの存在である涼羽がそんなにも苦労してきたことに、思わず辛そうな表情を浮かべ…
愛理は、思わず涙ぐんでしまう顔を手で押さえて、必死に溢れる涙を堪えようとする。

「でも…」
「?」
「?」
「そんな風に、お母さんの代わりで頑張ってる涼羽ちゃんがすっごく幸せそうな顔するから…」
「!…」
「!…」
「だから、涼羽ちゃんのお家って、あんな風にいるだけで癒される雰囲気なのかなあ、って思っちゃうの」
「…涼羽…」
「…高宮君…」
「そんな風に健気で優しい涼羽ちゃんがすっごく可愛くて…妹ちゃんも、お父さんも涼羽ちゃんのこと、もうこれでもかっていうくらいに愛して、可愛がって…もう、本当に仲良しな家族なんだよ?」

そんな風に母親代わりとして日々健気に頑張る涼羽が、いつも幸せそうな顔をしているから…
今はいない母親の代わりに、父のことを懸命に支えて…
妹のことを目一杯の母性と慈愛で包み込んで、愛して…

だから、涼羽の家族はとてもとても仲が良くて…
とてもとても、周囲にとって癒される雰囲気に満ち溢れている、と。

「…なんか、話に聞いてるだけでも、すっげえいい家族なんだろうなって、思っちまうな…」
「…高宮君…本当に健気で、本当に頑張り屋さんなのね…」

そんな涼羽の家庭環境のことを、一部ではあるが伝え聞いた二人には…
涼羽が、本当に健気で頑張り屋であること…
そして、そんな涼羽が、どれほど家族に愛されているのか…
話に聞いているだけでも、嫌と言うほどに伝わってくる。

「でね…そんな風に妹ちゃんやお父さんにべったりされながら可愛がられちゃうと…」
「?」
「?」
「涼羽ちゃん基本的にすっごく恥ずかしがりやさんだから…すぐに顔を真っ赤にして俯いちゃうの」
「…ああ~…」
「…もう、すぐに想像できちゃったわね…」
「でも、別に嫌じゃないから、ろくに抵抗もしなくて…でも、やっぱり照れくさくて恥ずかしいから、どうすることもできなくて、ただただ恥ずかしがって困ってるの、涼羽ちゃんったら」
「…はは。あいつらしいな」
「…ほんとね」
「そんな涼羽ちゃんがめちゃくちゃ可愛いから、妹ちゃんもお父さんももっともっとって感じで、めちゃくちゃにべったりして、可愛がって…もうこれでもかってくらいに、涼羽ちゃんのこと、愛しちゃってるの」
「分かるな、それ」
「高宮君、本当に愛されキャラなんだもん」
「私も、そんな涼羽ちゃんが可愛すぎて…一緒になってべったりして、思いっきり可愛がっちゃうの」
「なんだそりゃ…って、柊からすれば、いつも学校でしてることと一緒か」
「…む~…(いいなあ…柊さん…いっつもそんな可愛い高宮君にべったりできて……私も…)」

どこからどう見ても愛されキャラの涼羽が、どれほどに家族に愛されているのか…
そして、そんな風に愛される涼羽が、どうしても恥ずかしがって困ってしまうことも…
余すことなく伝えていく美鈴。

そんな美鈴の話を聞いて、志郎と愛理の顔に笑顔が浮かんでくる。

そんな涼羽のことを思い浮かべていると、なんか簡単に想像できてしまうし…
最近では、割と普段から交流のある志郎も、男友達であることを重々承知していながら、ついつい可愛がりたくなってしまう時が多々ある。
愛理も、クールでしっかり者な普段とは裏腹に、可愛いものが大好きなため…
涼羽のことは、ついつい可愛がりたくなってしまう。
ただ、この辺は愛理の性格が災いして、それを実行に移すことはできていない現状なのだが。

だから、素直にあっけらかんと涼羽のことを思いっきり可愛がって、愛して…
なんてことが普通にできてしまう美鈴のことを、本当にうらやましく思ってしまう愛理。

ただでさえ、涼羽本人と顔を合わせただけでおたおたとしてしまうことの多い愛理なのだ。
そのせいで、なかなか自分から涼羽に会いに行くことができずにいる。

この日も、志郎に無理やり連れてこられなければ…
自分一人では、涼羽に会いに行くことなど、できなかったに違いない。

志郎も、それが分かっているからこそ、わざわざ愛理を涼羽のところに連れて行ったりするのだが。

まあ、涼羽の前でおたおたと慌てふためいたり…
ついつい心にもないことを言って、涼羽をしょぼんとさせたりする愛理を見るのが楽しみ、というのもおおいにあるのだが。

「…いいんちょ」
「!な、何?」
「…柊がうらやましいんだろ?ん?」

傍から見れば、分かりやすいほどに分かりやすく…
その心境が顔に出ていた愛理。

そんな愛理をからかうように、ニヤニヤとしながら…
美鈴のことがうらやましいのか、と、愛理に問いかけてくる志郎。

「!!!!!!そ、そんなことあるわけ…」

当然、そんなことを素直に認められる性格ではない愛理ゆえに…
目一杯の否定が返ってくるのだが。

「父親や妹にべったりされて、可愛がられる涼羽…すっげ~可愛いんだろなあ~」
「!!!!!」
「もし自分が、そんな風に涼羽のこと可愛がられたら…もう、すっごく幸せなんだろなあ~」
「!!!!!!!!!」
「だろ?いいんちょ?本当は涼羽のこと、そんな風にして可愛がりたくなるんだろ?」
「!!!!!!ち、ちが…そんなわけ…」
「柊にべったりされて、恥ずかしがってる涼羽…」
「!!!!!!!」
「あんなん見せられたら、自分が柊に取って代わって、そんなことしたくなるんだろ?ん?」
「!!!!!!!~~~~~~~~~」

ニヤニヤとしながら、執拗に愛理に問いかけてくる志郎。
そんな志郎の意地の悪い問いかけに、もはや言葉もうまく返せないでいる愛理。

ちょっと意地悪に涼羽を困らせて…
それでいて、べったりとくっついて、思う存分に涼羽のことを愛して…

そんなことを想像しただけで、その顔がだらしなく緩んでしまいそうになるのを、懸命にこらえる愛理。
その作業の、なんと労力にいることなのかと、必死になって耐えている。

傍から見れば、頬が緩んだり、それに気づいて懸命に引き締めようとこらえたり…
コロコロと表情が変わり続ける愛理。

そんな愛理が面白くて、ついつい意地悪な問いかけもしてしまう志郎。

とても、かつてお互いの主張の押し通しから、暴力沙汰になりかけていた関係とは思えない…
今の二人の関係とやりとり。

それを傍から見ていた美鈴だが…
そんな風にコロコロと表情が変わり続ける愛理がなんだか可愛らしく見えてきたのか…

「…えへへ~♪」
「!ひ、柊さん!?」

いきなり、べったりと愛理の身体に抱きついてきたのだ。

「小宮さん、なんだかすっごく可愛い♪」
「!!か、かわ、可愛い??わ、私が??」
「うん、前までみたいな近寄りがたい雰囲気が全然なくて…なんか、本当に可愛い♪」
「!!う、うそ…」
「うそじゃないよ。本当だもん」
「!!……」
「本当に可愛い♪愛理ちゃん♪」
「!!ひ、柊さ…」
「美鈴」
「え?」
「私達、もうお友達なんだから、名前で呼ぼうよ」
「!!!!……」
「ね?愛理ちゃん?」
「と、友達…わ、私と…柊さんが…」
「ほら、名前」
「!あ……」
「私のことも、名前で呼んで?ね?愛理ちゃん?」

よほど今の愛理がお気に召したのか、べったりと抱きついて離そうとしない美鈴。
そして、ついには馴れ馴れしく、愛理のことを名前で呼び出す始末。

しかも、愛理のことを友達とまで言い出す美鈴。

その言葉が、なんだかすごく嬉しくて…
でも、突然のことに対応できなくて、ただただおろおろするばかりで…

今まで、友達どころか、こういった触れあいすらなかった愛理なだけに…
いきなりこんな風に抱きつかれて…
さらには、こんな女の子同士のじゃれあいになって…

もしかしたら、夢かもしれない。

そんな半信半疑のまま、目の前の可愛らしい女の子の希望通りに…

「……み……美鈴…ちゃん……」

妙な照れくささと、恥じらいを感じながら…
その頬を真っ赤に染めながら…

自分にべったりとくっついてくる女の子の名前を、自分の口から音にして、伝える。

言った途端、身体の震えが止まらなくなってしまう。

もし、普段から他人に煙たがられているこんな馴れ馴れしい呼び方をして…
目の前のこの女の子に、うとましく思われてしまったら…

そんなネガティブな考えが、どうしても消えてくれない愛理。

「……えへへ~♪」

しかし、そんな愛理の思考を…
そんな恐れを吹き飛ばしてくれるかのような…
天真爛漫で、本当に嬉しそうな笑顔を、その美少女顔に浮かべる美鈴。

そんな満開の美鈴の笑顔を見せられて…
愛理の恐れでいっぱいだった心が、ほんわかとしてくる。

「愛理ちゃん、本当に可愛い♪」

しかも、こんな風に自分のことを可愛いと言ってくれるのが…
本当に嬉しくて嬉しくて…

おたおたと落ち着かず…
そして、恐れで暗く沈んでいたその顔に…

ふわりと、ごく自然に柔らかく、優しい笑顔が浮かんでくる。

「…美鈴ちゃん…」
「?なあに?」
「…こんな私が、お友達でいいの?」
「ううん、愛理ちゃんだからいいの」
「美鈴ちゃん…」
「愛理ちゃんの笑顔、すっごく可愛い♪」
「…ありがとう、美鈴ちゃん」

美少女同士の、本当に仲睦まじいじゃれあい。

お互いに、綺麗さと可愛らしさのバランスが違ってはいるものの…
どちらも、本当に人の目を惹く笑顔を浮かべながら…

見ている人間の心を癒してくれるかのような、優しく温かなやりとり。

「…ふん…よかったじゃねえか、いいんちょ」

二人のそんなやりとりに、そばで見ている志郎の顔にも、笑顔が浮かんでくる。

そんな二人のやりとりを見つめながら、今か今かと、涼羽が園児達の元へ…
その姿を現すのを、待ち続けるのであった。

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