お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

涼羽ってほんとに、天然無自覚なアイドルなんだな…

「よお!涼羽!」

涼羽にとって人生初のアルバイト…
そして、父である翔羽の部下、佐々木 修介とその娘、香澄が自宅に招待されて…
羽月と香澄の間でひともんちゃくがあったものの、お互いに非常に仲良く触れ合えた…
など、いろいろと中身の濃い一日だった昨日。

その昨日から一日明けた、火曜日の昼休み。

その昼休みのチャイムが鳴り終わったとほぼ同時に…
涼羽のクラスである3-1の教室にその姿を現したのは…

「あ、志郎」

この学校どころか、この町で最強の不良と称され…
そのあまりの強さに、今では喧嘩を売ってくる者すら、まずいないとされている…
まさに、キング・オブ・不良な扱いになっている…
鷺宮 志郎その人である。

以前は、誰をも寄せ付けないような、氷のような瞳に…
全てを切り裂くような、凄みを帯びた表情と雰囲気に満ち溢れ…
ゆえに、誰をが近寄ろうともしなかった。

だが、そんな志郎が、まさか、今目の前にいる…
普通に見ても、どう見ても華奢で小柄な、童顔な美少女にしか見えないこの高宮 涼羽に…
その拳による一撃で、倒されることとなったその日。

その日から、涼羽に対しては本当に心を開くようになり…
割と普段から、涼羽のところへと自分から寄っていくようになっている。

クラスの皆も、初めは校内で真っ先に話題とされる危険人物がこの教室に出入りするのを見て…
恐ろしいほどの緊張感の中、涼羽とのやりとりを見ていたのだが…

涼羽と他愛もないやりとりをして、本当に楽しそうにしている志郎を見て…
じょじょに、じょじょにではあるが、その緊張感も和らいでいき…

今となっては、まるで尻尾を振って全力で飼い主に懐いているかのようなその姿に…
妙な可愛らしさを覚える者すらいるような状態となっており…

昼休みの時は普段から涼羽にべったりとしている、美鈴を始めとするクラスの女子達も…
割と気軽に接するように、なってきているのだ。

「どうしたの?志郎?」

いきなり自分のクラスに現れて、まるで恋人に会えたかのような嬉しそうな表情を惜しげもなく晒し…
周囲の視線などお構いなしに自分のそばに近寄ってくる志郎に、きょとんとした表情で…
その真意を問いかける涼羽。

涼羽の方も、今となってはクラスメイトを始めとする、校内の人間とのやりとりが多くなってはいるものの…
基本的に、用がないのに誰かと何かをする、ということがない性格なので…
一体何の用なのかと、ついつい確認してしまうのだ。

「ん?ああ、別にこれと言った用ってのは、ないけど…」
「??じゃあ、なんでわざわざここに?」

志郎の方も、涼羽のそんな性質を今では十分に熟知しており…
とりあえずは、用があるのかないのか、くらいの返答はするようになった。

当の涼羽は、用事もないのにわざわざ自分に合いに来る志郎の考えが分からず…
きょとんとして、小首を傾げる仕草のまま、再び志郎に問いかける。

その仕草が、ごく自然に、非常に可愛らしいものとなっており…
ひたすら、教室内にその溢れんばかりのチャームを振りまいている状態になっているのだが。

「(ああ~…涼羽ちゃんったら、本当に無自覚天使なんだから~)」
「(もう…いつも見てるけど、見るたびにぎゅうってしたくなっちゃうよ~)」
「(可愛い~…涼羽ちゃん、ほんとに可愛い~)」

いつものように、すでに涼羽の周囲を取り囲むように勢ぞろいしている女子達は…
そんな涼羽の仕草にもうメロメロの状態となっている。

「(高宮…なんであんなに可愛いのに、男なんだよ…)」
「(くっそ可愛い…抱きしめたい…でも、あいつは男なんだよなあ…)」
「(あ~…なんかもう、男でもいいよ…めっちゃくちゃに恥ずかしがらせて、めっちゃくちゃに可愛がってあげて~…)」

普段から女子達のブロックに阻まれて、なかなか涼羽と接することのできない男子達も…
その涼羽のチャームにまたしても、心を惑わされることとなっている。

あんなに可愛いのに、なんで男なんだ、と。
もう、日を、そして時間を重ねるごとに、男子達の中でそんな想いが募っていく。

もう、一部の男子に至っては…
涼羽が男でも全然構わないと言わんばかりに、その危険な視線を向けることとなってしまっている。

といっても、さすがにその想いを実行に移すことができないでいる状態なのだが。

「…お前も本当に変わんねえな~…ま、それもいいところなんだけどな」
「??」
「あのな、俺らダチなんだからよ」
「?うん、友達だよね?」
「別に、ダチに会いに来るのに、理由なんかいらねえだろ?」

志郎からすれば、相手が友達だから会いに来ている。
ただただ、それだけの話なのだ。

特に、ひたすらアウトローな人生を歩み続けて、ひたすら自身を破滅に追いやっていた志郎にとって…
そんな道から自分を救い出してくれた涼羽は、本当に恩人と言える存在なのだ。

しかも、そんな恩人が、自分のことを友達だと言ってくれた事。
それが、何よりも嬉しかった。

何より、志郎自身…
涼羽とこうして他愛もない触れあいをすることで…
とても心が癒されて、落ち着くことができるのだ。

だから、そう毎回、というわけではないが…
結構な頻度で、志郎は涼羽のところに足を運ぶようになっている。

「…そっか。友達だし、別に用事とか理由とか、なくてもいいんだよね」
「そうそう…って、俺、前からそれをお前に言ってんじゃねえか」
「なんかごめん。わざわざ俺に会いに来るのって、ついつい何か用でもあるのかな?って思っちゃって」
「…は~…ま、そんなところもお前らしいんだけどな」

涼羽の反応に、少し非難めいた言葉が混じってしまう志郎ではあるが…
その顔には、少しもそんな色の表情はなく…
むしろ、このくらいの他愛もないやりとりでも、非常に嬉しそうな表情となってしまっている。

志郎は、かつての涼羽が自分と同じように…
ひたすら、この学校の中で孤立して生きてきたということを知っている。

志郎がこのクラスにちょくちょくと足を運ぶようになってから…
ある程度時間が経って、志郎のことに慣れてきた…
涼羽の取り巻き状態となっている女子達に、それを聞かされたからだ。

それを聞いた時、志郎は非常に驚いた。

あんなにも可愛らしくて、あんなにも包容力の塊のような涼羽が…
まさか、かつての自分と同じように、ずっと孤独だったということに。

だから、いつ行ってもついつい用があるかのような対応をしてしまうのか、と。
自分に、何の用もなしに会いに来るなんてこと、ありえないから、と。

涼羽本人の意識が、そうなってしまっているのか、と。

そう、思ったのだ。

涼羽と殴り合って、自分の過ちに気づかせてもらえた志郎。
自分にとって、まさに恩人とも言える涼羽の、そんな悲しい習性。

さらに聞いていけば、今となっては女子との触れあいは多くても…
同性である男子との触れあいが全くといっていいほどにないということ。

喧嘩ばっかりしてきて、これといった、人に誇ることのできる取り得など…
自分には何もない、と思っている志郎。

でも、そんな自分でも、この恩人と友達として触れ合っていくことはできる。

何より、自分が涼羽ともっと触れ合って…
友達として、今度は自分が涼羽のことを助けていきたいのだ。

「ははは…ごめんね。鷺宮君…」
「!はい、それだめ!」
「え?…」
「また俺のこと、『鷺宮君』なんて、よそよそしい呼び方してんじゃねえか」
「!あ、ごめん…」
「俺だってお前のこと、『涼羽』って呼んでんだからさ…俺のことも『志郎』って呼んでくれ、な?」
「う、うん…なんか、なかなか慣れなくて…ごめんね?」

涼羽の口から、志郎に対しての呼び方がよそよそしくなってしまったこの瞬間。
即、志郎からのダメ出しが飛んでくる。

涼羽自身、志郎のことを名前で呼ぶことを、相当無理していたようで…
ふと、気が抜けるとこんな風に、他人行儀な呼び方になってしまう。

涼羽ともっと仲良くなっていきたい志郎としては、これは我慢がならない…
そして、志郎が最初に変えたかった、涼羽の習性の一つ。

人に対して、ついつい他人行儀な呼び方をしてしまう、というところ。

半ば無理やり強引に返させた美鈴の場合は、それが功を奏したのか…
もう、息をするかのように自然に『美鈴ちゃん』と呼べるのだが…

実のところ、他のクラスメイトに対しても、苗字呼びになってしまっており…
それが、涼羽を取り巻く女子達にとっての不満となっているのだ。

「そうそう!涼羽ちゃんって、そこがよそよそしいの!」
「私達だって、ずっと『涼羽ちゃん』って呼んでるのに!」
「なのに、涼羽ちゃんいつまで経っても私達のこと、名前で呼んでくれないんだから!」
「ほんと!いけずな涼羽ちゃん!」
「美鈴だけ名前で呼んであげてるなんて、ずるい!」

志郎に便乗するように、他の女子達から不満の声が沸きあがってくる。
涼羽のことが可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらない女子達からすれば…
そんな感じでよそよそしくされるのは、嫌で嫌でたまらないのだ。

ましてや、美鈴だけ名前呼びをしてもらってる、なんてことになっているのだから…
余計に、その不満を煽られてしまう。

「そういやそうだな…涼羽、なんで柊とだけ、名前で呼び合ってるんだ?」

涼羽と美鈴だけ名前で呼び合っている、というところに興味を持ったのか…
志郎が、食い入るようにその点を涼羽に追求してくる。

「え?」
「だって、俺を呼ぶ時みたいに無理してる感じもなく、自然に呼び合えてるじゃねえか」
「あ、え~っと…」
「まさか、柊と付き合ってんのか?」

少しいたずら坊主のような、意地悪な表情で…
まさに爆弾とも言えるような言葉を音にする志郎。

もちろん、女の子に対してがっついているどころか…
むしろ、一線を引いている印象の涼羽なだけに、そんなことはないと断言できるのだが。

だからこそ、志郎もちょっとしたいたずら気分で、この言葉を音にしたのだ。

だが、そんな志郎の言葉を聞いた美鈴はというと…

「(え?…涼羽ちゃん、私のこと、そんな風に思ってくれてるのかな?…)」

…と、まさに恋する乙女と言わんばかりの思考。
当の涼羽が、一体どんな反応を示してくれるのかを、ものすごく期待してしまうのだが…

「え?そんなことないよ」

…と、涼羽の方からはあっさりと、否定の声が返ってくる。

「(…あ~…まあ、そうだろうな…)」
「(うんうん、そうよね)」
「(あの無自覚天然の涼羽ちゃんに限って、そんなことあるわけないもんね)」
「(涼羽ちゃんは、そういうところも含めてほんとに男の子っぽくないんだもん)」
「(そんなところも可愛いから、ついつい可愛がりたくなっちゃうんだもん)」

そんな涼羽の反応に、志郎と他の女子達も納得の表情。

これだけ普段から異性に囲まれているにも関わらず、まるでそんな気配のない涼羽。
恋愛というものへの発展がまるでなさそうな、本当にぽやぽやとした性格。

今流行の草食系男子を通り越して、本当に女子のような感じなのだから。

男の子なのに、その辺の女子以上に貞淑で清楚な性格も手伝って…
余計に、女子に異性のような感じをさせなくなっている。

もちろん、せっかく期待していたところに、そんな反応を見せられてしまった美鈴としては…

「……む~~~~~~~~……」

…頬を膨らませ、唇を尖らせて…
普段からあれだけべったりとして、積極的にその好意をアピールしているにも関わらず…
当の涼羽自身が、まるでそんな意識などない、なんて反応を見せられては…
ものすごく不満に思ってしまうのも、無理のない話なのである。

そんな不満が、美鈴にいつも通りのことをさせてしまう。

「んっ!!」

涼羽の背後から、まるで襲い掛かるかのようにべったりと抱きつき…
その抱き心地を堪能するかのように、涼羽の頬に目一杯頬ずりしてくる。

「!!ちょ、ちょっと、美鈴ちゃん!?」

もう普段から当たり前のようにこんなことをされているにも関わらず…
未だにこんな初々しい反応を見せてしまう涼羽。

この辺は、もう性格としか言いようがなく…
どこまでも、異性に対して免疫ができないようである。

「…涼羽ちゃんのばか…」
「え?え?」
「…私が普段からこ~んなにも、涼羽ちゃんのこと大好きだって、い~っぱいアピールしてるのに…」
「??俺も、美鈴ちゃんのことは好きだけど?」

普通に聞けば、本当にタラシの男のような台詞が、涼羽の口から飛び出してくる。
しかし、同じ好きでも、やはりそのニュアンス、そして温度が、双方で全く違ってきているのだが。

「違うの!涼羽ちゃんに好きって言ってもらえるのは嬉しいけど、違うの!」
「????え?え?…」
「~~~~~~~~~だから、違うの~~~~~~!!!!」

確かに、今となってはこの世で一番大好きだと言える存在である涼羽に、好きだと言ってもらえるのは、美鈴にとっては本当に嬉しいことなのだが…

その好きのニュアンスが、美鈴の求めているものではない、ということ。

それが、美鈴にずっともどかしい想いをさせてしまっている。
それゆえに、美鈴はとにかく涼羽に対して、言葉のみならず、その身体も目一杯使っての積極アピールに出ているのだが…

やはり、涼羽の好きは、あくまで家族に対する親愛の好きである、ということ。
そのスタンスが、いつまで経っても変わらない。

涼羽にとっての美鈴は、実の妹である羽月と同じような…
要は、自分にべったりと甘えてくる可愛い妹のような存在となってしまっているのだ。

根が本当に母性的で、誰にでも優しいお母さんな性質の涼羽であるだけに…
どうしても、この辺が変わらない。

そんな涼羽の性質ゆえに、美鈴も涼羽に対してべったりとできたりはしているのだが…
それゆえに、本当の意味で異性として見てもらえないという…
美鈴にとっては、非常にもどかしい状態が、続いている。

「ハハハ…全く、本当に涼羽らしいよな」

そんな二人のやりとりを見ていた志郎から、思わず、と言った感じの笑い声が飛び出してくる。

「え?俺らしいって…何が?」

そんな志郎の言葉に、意味が分からず疑問符を抱えた反応をしてしまう涼羽。
一体、今のやりとりの中の何が自分らしいのか…

当の本人が、一番理解できていないという状態になってしまっている。

「む~…笑わないでよね…」

この状況に関して言えば、ある意味被害者となってしまっている美鈴から、志郎に対しての恨みがましい声が上がってくる。

それでも、涼羽のことが本当に大好きだと言わんばかりに…
涼羽の身体をぎゅうっと抱きしめて、まるでお気に入りのぬいぐるみにそうするかのように、すりすりと頬を擦り付けている。

「ああ、涼羽はそのままが一番いいってことだよ」
「????」
「ああ、別に分からなくてもいいから」
「??なんか釈然としないけど…ま、いっか」

気さくな感じで、笑いながら話しかけてくる志郎の言葉にモヤモヤとしたものを感じるものの…
結局のところ、考えても分からないのは確かなので…
もうこれ以上は考えないように、そのことに蓋をしてしまう涼羽だった。

「で?」
「?で、って?」
「何で柊だけ、そんなに自然に名前で呼べてるのか、ってことだよ」

ここで、志郎が最初に聞きたかった疑問に話が戻ってくる。

「そうそう!それそれ!」
「私達もそれ聞きたい!」
「ねえ!涼羽ちゃん教えて!」
「どうして美鈴だけそんな風に名前で呼んでるの!?」

そして、この件に関してはかなり必死な様子が見られる女子達も…
非常に関心を持っていることをアピールするかのように、ぐいぐいと追及してくる。

「え…え~と…」

美鈴にべったりと抱きつかれたまま、困ったような表情で言葉を濁す涼羽。

涼羽からすれば、半ば脅されたような形で無理やり名前呼びを強要させられて…
ただ、それが定着してしまっているだけなのだが…

かといって、それをそのまま答えるのもどうかと思い…
どう答えるべきか、悩んでしまう。

「そんなの、私と涼羽ちゃんがい~ちばん仲良しさんだからに、決まってるからなの♪」
「!み、美鈴ちゃん…」
「ね~♪涼羽ちゃん♪」

なかなか言葉を出せずにいる涼羽に代わって、と言わんばかりに言葉を発する美鈴。
それも、涼羽にべったりと抱きついて、頬ずりしながら。

まるで、自分と涼羽がこんなにも仲良しであることを見せ付けるかのように…

当然、周囲の目があるこの状況でそんなことをされて…
恥ずかしがりやの涼羽が困らないはずもなく…
その童顔美少女顔を真っ赤に染めて、恥じらいに顔を俯かせてしまう。

「ちょっと美鈴!何自分だけ涼羽ちゃんにべたべたしてるのよ!」
「涼羽ちゃんは私達みんなのアイドルなんだから!」
「美鈴だけ独り占めなんて、許されるわけないでしょ!」

もはや周囲をけん制どころか、挑発しているようにしか見えない美鈴に…
当然のことながら、女子達は過敏に反応してしまう。

彼女達にとって、その可愛らしさと優しさでいつも心を癒してくれる涼羽は…
本当の意味で、このクラスではアイドル的な存在として扱われるようになっている。

その涼羽を独り占めするなんて真似、許せるはずもなく…
むしろ、自分が涼羽を独り占めしたい、などと、誰もが思っている状況なのだ。

「ほら美鈴!涼羽ちゃん離しなさいよ!」
「涼羽ちゃんすっごく恥ずかしがって、困ってるじゃない!」
「そんな涼羽ちゃんもすっごく可愛い!でも美鈴が独り占めなんてだめ!」
「いや♪涼羽ちゃんは、私だけの涼羽ちゃんなの♪」
「な、なんですって~!」
「美鈴ったら…いくら涼羽ちゃんと誰よりも先に仲良くなったからって~!」
「調子に乗らないで!もう!」

かなりヒートアップしてきている、涼羽を取り巻く美鈴と、クラスの女子達。
涼羽を解放しろと詰め寄る女子達に対し…
頑として、べったりと涼羽に抱きついたまま、独り占めの姿勢を崩さない美鈴。

まさに、涼羽のことが大好きで大好きでたまらない女子達の…
本気のバトルが今、ここに繰り広げられそうになっている。

「お…おお…こりゃあ、すげえな…」

かつては喧嘩に明け暮れ、相当の修羅場を潜って来ている志郎ですら…
この状況に思わず退いてしまっている。

志郎自身、こういった女子達の交流というものに明るいわけではないので…
こんな風な、彼女達の一触即発な諍いの状況は、初めてお目にかかることとなる。

ゆえに、それが想像していた以上のものとなりそうなので…
ついつい、警戒心が働いて、その身を後ろに引くこととなってしまっている。

「あ…あの…」

そんな中、その修羅場の中心に巻き込まれる形となってしまっている涼羽の、儚げな声が響く。

「け…喧嘩しちゃ、だめ」

そして、おどおどとしながらも、自分を囲んでいる…
妙に殺気立ってしまっている感じの女子達を諌めようと…
美鈴にべったりと抱きつかれて恥らいながらも、懸命に仲裁に入ろうとする。

「!涼羽ちゃん…」
「!でも…美鈴が…」
「!涼羽ちゃんは、私達のアイドルなのに…」
「!涼羽ちゃん独り占めなんて、だめなんだから…」

そんな涼羽の声に、美鈴も女子達も即反応してしまう。

しかし、それでも自分達の正当性を主張しようとする、彼女達の声が響いてしまう。

「みんなが喧嘩するのなんて、俺、見たくないから…」
「涼羽ちゃん…」
「涼羽ちゃん…」
「涼羽ちゃん…」
「だから…みんな、仲良くしよ?」
「………」
「………」
「………」

まさに、子供達の争いを諌める母親のような、涼羽の儚げで…
それでいて、懸命な、懇願の声。

大好きで大好きでたまらない涼羽にそんなことを言われて…
先程までの張り詰めた空気が、一瞬にして消え去ってしまい…

さらには、そんな風にお願いしてくる涼羽が…
もう、本当に可愛すぎて…

「…涼羽ちゃん可愛すぎ!!」

女子の一人が、たまらず涼羽にべったりと抱きついてしまう。

「もう!どうして涼羽ちゃんはこんなに可愛いの!?」
「あ~ん!もう!涼羽ちゃんったら!」
「可愛い~!可愛すぎるよ~!」

そして、そこからはもうなし崩しに、周囲の女子達が我も我もと…
涼羽にべったりと抱きついてしまう。

「ひゃ…あ、あの…は、離して…」

美鈴一人だけでも、恥ずかしがっておろおろとしてしまっていた涼羽が…
そんな風に他の女子達にまでべったりと抱きつかれてしまって…
もう暴発せんほどの羞恥に耐えられるはずもなく…
離してほしい、と、またしても儚い懇願をしてしまう。

しかし、そんな懇願がより、女子達の心を鷲掴みにしてしまうことに、当の涼羽が気づくはずもなく…
案の定といった感じで、より全員が涼羽のことをぎゅうっと抱きしめてしまうこととなる。

「涼羽ちゃんほんとに可愛い!」
「もう!可愛すぎ!」
「こんな涼羽ちゃん、離してなんてあげないんだから!」
「涼羽ちゃんが可愛すぎるのが、悪いんだからね!」

もはや、美鈴含む女子達にもみくちゃにされてしまっている涼羽。
そんな涼羽の姿を見て、志郎は思わず苦笑してしまう。

「…はは…涼羽は本当に、天然無自覚なアイドルなんだな…」

自分にとってかけがえのない友達である涼羽。
その涼羽の、そんな愛されっぷりを見て…

本当に、自分の友達が涼羽でよかったと、思ってしまう志郎なのであった。

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