お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

涼羽ちゃんだあい好き♪

「えへへ~、今日はハンバーグ~♪」

さて、涼羽と美鈴が台所に入っていった頃…

羽月は、一度自室のある二階の方に移動していた。

今時のドア式の部屋ではなく、襖で区切られた兄妹のそれぞれの部屋。
プライベートも何もあったわけではなく、今時の子供からすれば不満だらけかも知れない。

だが、特別やましいものを何も持たず、かといってそんなことをするはずもない兄、涼羽。
ここ最近では、自室よりも大好きで大好きでたまらない兄の部屋にいることの方が多い妹、羽月。

涼羽からすれば、部屋に鍵などの必要性を感じず、特に妹を拒むこともないので、現状で十分。
羽月からすれば、むしろ鍵なんて邪魔でしかなく、常に兄のそばにいたいので、現状がいい。

木造で、歩くたびに音のする床。
天井も、同じ木材を削りだしたもので、コンクリートなどの建造物と比べると、どこか和やかさを感じる。

そんな廊下を中心に挟んで、左右に二つずつ、合計四つの襖で区切られた空間。

一つは、今は単身赴任でいない父親のもの。
一つは、今はもういない母親のもの。

廊下を挟んで向かい合わせになっている、階段のすぐそばの並びの部屋。
日頃から、涼羽が小まめに掃除をしているため、物も整頓されており、目立つゴミや汚れなども皆無。

その隣の並びが、兄妹の部屋。
この二つの部屋も、涼羽が小まめに掃除をしているので、ゴミや汚れもなく、整然としている。

そして、今羽月がいるのは、自分の部屋ではなく、兄である涼羽の部屋。

学習机代わりにしている、小さな長方形の、黒塗りのテーブル。
この上に、金属製のプレートの曲げ加工によって作られた本立てに挟まれて、必要最低限の参考書類が整然と置かれ、その横にボールペンやシャープペンなどが立てられているペン立てがある。
また、テーブルの上には涼羽がそれなりに使っているA4タイプのノートパソコンが、テーブルの角に水平垂直に合わせるように整然と置かれている。

そこから反対側の壁側に、涼羽が普段使用している衣類が収められているタンス。
そして、部屋の中央に、整然と乱れなく敷かれている布団。

無駄を好まない涼羽らしい、物の少ない部屋。

そんな殺風景な部屋の中央にある、涼羽が普段から使っている布団。
最近では、涼羽が寝ているところに潜り込んでばかりの羽月もお世話になっている布団。

その布団に、吸い込まれるかのようにその小柄な身体を預ける羽月。

「えへへ…お兄ちゃんの布団♪お兄ちゃんの布団♪」

整然と敷かれた布団の上に身を預け、さらに掛け布団で自身の小柄な身体を覆う。
そうするだけで、まるで兄に包まれているかのような感覚。

そんな感覚が大好きで、愛おしくて…
涼羽が料理などでべったりとできない時は、ついつい涼羽の布団に潜り込んでしまうクセが、最近の羽月にはついてしまったのだ。

「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」

慈愛の女神のごとき包容力と母性で、いつも自分を甘やかしてくれる兄。
その男とは思えないほどの美少女顔、そして可愛らしい容姿な兄。
ふんわりと優しく、いい匂いがして、ぎゅうっとするだけでたまらなく幸せになれる兄。
そして、大好きで大好きで、絶対に離れたくない兄。

そんな兄が普段使っている布団。
その布団に包まれるだけで、兄にぎゅうっとされているかのような感覚。

四六時中べったりとしていても足りないくらい、兄にべったりとしていたい羽月。

もう、兄に包まれていることが、この世の一番の幸福とさえ思っている羽月。

そんな羽月だからこそ、こういった何気ない行為でも、言いようのない幸福感を感じることができるのだろう。

「お兄ちゃん…だあい好き…ん……」

それほどの幸福感が、羽月にまどろみとして侵食していく。
その大きなくりっとした瞳が、徐々に閉じられていく。

「お兄ちゃん…」

幸せすぎるほどの心地よさが、まどろみとなって羽月の機能を切り落としていく。
そして、静かな寝息を立てながら、夢の世界へと意識を移動させてしまう羽月だった。



――――



「りょ、涼羽ちゃん…お願いだから機嫌直して~」
「………(ふいっ)」
「涼羽ちゃ~ん…」

場所は再び台所。
羽月が大好きでたまらない兄の布団で夢の世界へと旅立ってしまっている頃。

その大好きな兄は、その可愛らしい美少女顔を膨れさせて怒っていた。
美鈴が慌ててご機嫌をとろうとするも、取り付く島もない状態。

先ほどまでの、もはや美少女同士がゆりゆりしているようにしか見えないあのやりとり。
美鈴は、これでもかと言うほどに可愛すぎる涼羽を思う存分見られて…
そんな涼羽に思う存分触れられて、非常に満足げだったのだが…

一方の涼羽はいきなり腰を鷲掴みにされたかと思えば…
そこからなし崩しに抱きつかれ…
無理やり頬にキスの雨を降らされ…
さらには耳に甘く噛み付かれて…

本来ならば他人に触れられることを極端に嫌う涼羽が、これでもかと言うほどに触れられ。
さらにはその見せたくない反応をとことん見られてしまい。
おまけに、無理やり迫られるかのようにとことん恥ずかしくさせられてしまい。

そのおかげで、まさに激おこな状態となってしまったのだ。

涼羽にとってはまさに人生の黒歴史といえるほどのことになってしまっている。
それゆえに、その原因となった美鈴が許せないのだ。

「だって~、涼羽ちゃんが可愛すぎるのがいけないんだもん~」
「………」
「あんなに可愛い涼羽ちゃん見てたら、ついやりたくなっちゃったの~」
「………ふんっ…」

言い訳がましく、涼羽の可愛さを強調し始めた美鈴。
そんな美鈴に対し、涼羽は態度を改める様子をまるで見せることなし。

「お願いだから、機嫌直して?涼羽ちゃん?」

とうとうその美少女っぷりを見せ付けるがごとくに、上目遣いでのお願い。
涼羽にとってはガード不能とも言える攻撃が、ついに飛び出した。

「!………」

さすがに今の状態では、すぐに態度が変わるまでにはならないが…
それでも、涼羽の動揺を誘うものとなっている。

「涼羽ちゃんが可愛いから、もっと可愛い涼羽ちゃんを見たくなって…」
「!!………」
「涼羽ちゃんがあまりにも可愛すぎて、我慢できなくなっちゃったの」
「!!!………」
「涼羽ちゃんが大好きだから、可愛すぎるから、ついやっちゃったの」
「!!!!………」

一言一言を、上目遣いで懇願するかのようにその唇から音として吐き出し、涼羽にぶつけ続ける美鈴。
その一言一言をぶつけられる度に動揺し、思わず許してしまいそうになる涼羽。

根っからのお母さんな涼羽が、いつまでもこんな拗ね方を続けられるかどうか…

「ね?だから許して?りょ~おちゃん?」

許したくないけど許してしまいそうになる涼羽にさらに畳み掛ける美鈴。
ただでさえ周囲の目を惹く美少女なのに、それが上目遣いまでして可愛らしく懇願してくるのだから…

「も、もう分かったから…」

結局はそんな美鈴の攻撃に耐え切れず、折れて許してしまうこととなるのだった。

「えへへ♪ありがとう♪涼羽ちゃん♪」

結局はそのわだかまりを解いてくれた涼羽に天真爛漫な目いっぱいの笑顔を見せる美鈴。
さらには、涼羽の華奢な身体に再び抱きついてしまう。

「!ちょ、ちょっと!柊さん!?」
「えへへ~♪涼羽ちゃんだあい好き♪」

目線一つか二つほどの身長差。
なので、必然的に涼羽の肩口に顔を埋める美鈴。

もはや自然と『大好き』という言葉が出てくるあたり、すっかり涼羽の可愛らしさに骨抜きにされてしまったようである。

「ちょ、離れて!年頃の女の子が、そんな気安く同い年の男に抱きつくなんて…」

抱きつかれているのは自分だというのに、妙に他人事のような感覚で説教臭い言い回しをする涼羽。
世間一般的な男子なら、迷うことなく美鈴を頂いてしまっているだろうこの状況で、こんな反応。

やっぱり涼羽は、根っからのお母さん体質のようだ。

「え~、他の男の人だったら絶対にこんなことしないよ~」
「だからって俺にしていいわけじゃないでしょ!?」
「ん~ん、涼羽ちゃんだからいいの。むしろ涼羽ちゃんだからしちゃうの」
「な、なんで!?」
「だって、涼羽ちゃんって全然男って感じがしないし」
「!う…」
「それに、こうしててもぜ~んぜん女の子に無理やりなんてことしないもん」
「そ、それは…」
「今こうしてても、まるで女の子抱きしめてるみたいだし」
「!!ぐ…」
「抱き心地すっごくいいし、おまけにすっごくいい匂いするし」
「そ、そんなこと…」
「そんな風に恥ずかしがっちゃう涼羽ちゃんがすっごく可愛くて」
「~~~~~~~…」
「むしろいつまでもこうしていたくなっちゃうんだもん」

まばゆいばかりの、極上のにこにこ笑顔で、ことごとく涼羽の言い分を封じ続ける美鈴。
対して、ことごとく言い分をねじ伏せられ…
自分がどれほど可愛いか、抱き心地がいいか、などをとにかく強調され…
そしてひたすらぎゅうっと抱きしめられて…
もうどうすることもできず、俯いてその男とは思えないほどの美少女顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる涼羽。

そんな顔や仕草を見せれば見せるほど、美鈴が涼羽のことを離してはくれなくなるのだが…
そういうことに、人との関わりが希薄な涼羽が気づくわけもなく…

何がなんだか分からないまま、最近関わりを持つようになったばかりのクラスメイトに抱きしめられてしまうことになっている。

「い、いい加減に、離して…」
「や」
「お、お願いだから…」
「や~」
「ひ、柊さん…」
「涼羽ちゃんも、私のことぎゅってして」
「え?」
「私のことぎゅってして、なでなでして」
「な、何言って…」
「私のことも、羽月ちゃんみたいにい~っぱい甘やかして」

先ほどの高宮兄妹のやりとりがよほど素敵に見えたのか、自分にもそれをしてくれるように要求してくる美鈴。

本当に幼児退行してるんじゃないだろうか…

ついついそう思ってしまうほど、目の前のクラスメイトが、甘えん坊に変身しつつある。
美鈴自身、自覚なしの状態での自然な行動なのだから、余計に性質が悪い。

こんな風に甘えてくるのは、羽月だけで十分なのに…

まさにそんな心境が、その顔にも出てしまう涼羽。
そんな涼羽に、美鈴が追い討ちをかけるようにおねだりをしてくる。

「お願い、涼羽ちゃん」

べったりと涼羽の華奢な身体に抱きつき…
唇と唇が触れてしまうかのような距離で上目遣いで…
執拗におねだりを繰り返す美鈴。

いけない、これは罠だ。

頭では分かっている。
理性では、これにうなずいてはいけない。
それは分かっている。

しかし、その日々大きくなっていく母性本能が、抗えない。
こんな風に自分に可愛らしくおねだりしてくる女の子をむげにできない。

結局、非常に困った表情をその可愛らしい美少女顔に浮かべながら…

「わ、分かったから…」

首を縦に振るという結果になってしまう、という。

「!ほんと?」
「う、うん」
「えへへ~♪うれし~♪」

おかしい。
確かこの子は、自分と同学年の同い年だったはず。

なのに、なんで羽月と同じような扱いでこんなにも喜ぶんだろう。

理性では、そんな疑問と絶えず向き合わされている。
しかし、本能では…

なんか、幼い子供みたいですっごく可愛い。

こんなことでこんなにも喜んでくれるなら、羽月にしてあげていることをしてあげたら、もっと喜んでくれるのかな?
この子の嬉しい顔、もっと見たいな…

と、今の涼羽では決して抗うことのできない母性本能が、理性を抑えつけている。
しかし、理性も完全に抑えられているわけではなく、天秤がお互いに傾き合うかのように押し合っている。

そんな理性と本能のやりとりが、涼羽の顔に戸惑いを浮かび上がらせてくる。
しかし、戸惑いながらも、涼羽の手が、優しく美鈴を甘やかし始める。

「…ほら、柊さん」
「!…ふあっ…」
「あ…嫌だった?」
「う、ううん、違うの…」
「?」
「涼羽ちゃんの手が、す~っごく優しくて、す~っごく心地よかったの…」
「…よかった…」
「だから…もっとして?涼羽ちゃん?」

本当に、幼子が母親に甘えるような仕草で涼羽に甘えてくる美鈴。
そんな美鈴に、涼羽がついにお母さんモードにスイッチしてしまう。

「ふふ…いいよ」

妹である羽月にだけ向けていた、あの慈愛に満ちた女神のような笑顔。
それが今、クラスメイトである美鈴にも向けられている。

「!…うれしい…」

それが嬉しくてたまらない美鈴の顔に、まさに幸せの絶頂といった感じの笑顔が浮かぶ。
同時に、美鈴は気づいてしまう。



――――羽月ちゃんは、こ~んなに可愛くて綺麗で優しいお兄ちゃんに、いつもこんな風に甘やかしてもらってるんだ――――



と。

「ふふ…よしよし」

完全にスイッチが入ってしまった涼羽の甘やかしが始まった。
美鈴の身体をその細い右腕で優しく抱きしめ…
艶やかな黒髪に覆われた美鈴の頭を左手で髪を梳くかのように優しくなで…

普段、妹である羽月だけの特権が、今このクラスメイトにも発動している。

「…あ…ふあっ…」

もう、言葉にならない。
もう、言葉にできない。

身体も心もとろけてしまいそうなほどの幸福感。
その温かさ。
その柔らかさ。
その優しさ。

全てが、美鈴を溶かしてしまう。

もう、ずっとこのままでいたい。
ずっと、こうしていてほしい。

そんな想いが、美鈴の両腕をより強くさせ、より涼羽を束縛しようとする。

「涼羽ちゃん…」
「なあに?」
「だあい好き…もっとして…」
「ふふ…はいはい…」

年頃の男女が抱き合っている光景なのに、色事になりそうな雰囲気が全くといっていいほどない。
むしろ、母娘というべき雰囲気に満ち溢れている。

完全にお母さんな今の涼羽に、美鈴はもう目いっぱい甘えようとしている。

そんな和やかな光景は、しばらく続くこととなった。

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