お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

…スタイル、いいなあ…

「ふ~ん…」

そんな声が響くのは、一つの和室。
それほど広くはない部屋の中には、必要最低限の物しか置かれていない。

そんな必要最低限の物の一つである、学習用のテーブル。
その上にあるノートPCの画面を覗き込み、いろいろと操作をしている人物。

この部屋の主である、高宮 涼羽である。

風呂上りの艶めいた肌を寝巻き代わりに使っている青のジャージ上下に包み…
テーブルのところに腰を下ろし…
ひたすら、カタカタと音を響かせながらキーボードを打ち込んでいる。

「あ、そっか…ここがこうなるから…ここをこうすれば…」

涼羽が視線を向けているディスプレイの中に映っているもの。
それは、英単語の羅列だった。

ただし、それは人間が読む文章としてのものではなく…
コンピュータに読み込ませるためのもの。

涼羽のここ最近の趣味の一つである、プログラミングである。

料理や家事などもそうだが、一度何かをやりだすととことんまでやりきるタイプの涼羽。
しかも、一つ一つを積み重ねていくことを全く苦と思わない。

地道な努力家と言えるそんな性質が、今向けられているのは、コンピュータのプログラミング。

きっかけは、家計簿をPCでつけようとしたことから始まる。

もともと料理上手で倹約家なのだが、自分の家の収支をきっちりとした形で管理したいと思い始め…
その時にちょうどいいと思ったのが、自室にある自分用のノートPC。



――――せっかくだから、パソコンで家計簿を付けてみよう――――



そこから、検索サイトで家計簿ソフトについて調べ始め…
いろいろなものが存在していることを知った。

だが、自身で調べた中で、自分がお気に召すものが今ひとつなく…
他に何かないかと調べた先に行き着いたのが、プログラミングだったのだ。



――――パソコンって、こんなことができるんだ。面白そう――――



なければ、自分で作ればいい。

料理などもかなり凝ってしまうこともあり、物づくりに関してはもともと向いていたこともあったのだろう。
その発想に行き着いた途端に、方針を転換させてしまった。

『どんなものがあるのか』ではなく…
『どうやって作るのか』に。

一月ほどかけて、じっくりとプログラミングそのものの情報収集に勤しみ。
十分に知識が集まったところで、自分の作りたいもののイメージを設計として書き出し。
そして、実際にプログラミング。

家事や妹、羽月の相手もあり、一日に取れる作業時間はさほどでもなかったが…
約二週間ほどで、自分専用の家計簿ソフトを作り上げてしまったのだ。

そして、自分が作ったものが自分のイメージ、意図通りに動くことにいたく感動。

感情表現に乏しいところがある涼羽が、諸手を上げ、声を出して喜んだといえば、その感動具合が分かると言えよう。

以来、涼羽にとってプログラミングは楽しさ、面白さに満ち溢れた趣味として成り立ったのだ。

こうして、いろいろ試行錯誤しながら何かを作り上げていくこと。
この行為を、非常に楽しみながら、日々自身の技術力を向上させていっている状態だ。

「よし!うまくいった!」

ここまででうまくいかなかった部分が、試行錯誤の末、うまく動くようになったことに満面の笑みを浮かべる涼羽。

学生の趣味による作業なので、品質(クオリティ)はまだまだといったところ。
しかし、全くの無知から、たった一人で約二ヶ月で一つのものを作り上げるまでになっていることを考えると、もともと素質はあったのかもしれない。
もしくは、よほど性に合っているのか…

とにかく、涼羽にとっては(今後)実益にもつないでいけそうな趣味が追加された。

ちなみに、涼羽の学校での成績は中の上といった感じだ。
これといって得意科目があるわけでもなく、かといって不得意があるわけでもない…
全てがいい意味で平均的にまとまっているのだ。

そして、それらを少しずつではあるが、伸ばすことができている状態なのだ。
現に、テストの結果も少しずつではあるが、右肩上がりに伸びている。

基本的に努力することを当然だと思っている性質の涼羽だからこそ、日々の学習態度そのものは真面目そのもの。
自宅での勉学が難しい状況にあるため、学校での授業に取り組む姿勢は真剣そのもの。

ゆえに、担任の教師や、涼羽の授業を担当したことのある教師は、皆涼羽の評価が高い。

単純なテストの結果以上に。

ただ、だからこそ涼羽の最も目立つ欠点である、『人間関係』の部分。
この点を、涼羽を知っている教師の誰もが懸念に思い、しかしそれでもままならない状態を過ごしている。

「あれ?エラーになっちゃった。なんでだろう…」

今度は別の動きのところでエラーが発生したらしい。
それを見た涼羽が、コテンといった感じで首をかしげる。

しかし、その表情そのものは非常に楽しそうで…
またここから試行錯誤を繰り返して、目の前の問題を解決し…

そうして、自らの技術力、そして能力を向上させていくのだろう。



――――



「は~、きもちい~」

場所は変わり、高宮家宅の風呂場。
決して広いとは言えない湯船の中にその身をつからせ、ほうっと幸せそうな言葉を音にするのは、涼羽の妹、羽月。
その小柄な身体は、湯に濡れてほんのりと桜に色づいている。

「ふんふふ~ん♪」

その湯船の外。
洗い場となるスペース。

そこで、泡にまみれたタオルを左手に持ち、自らの身体を洗っているのは、涼羽のクラスメイトである柊 美鈴。
全体的に細身でスレンダーなイメージだが、しかし出るところは出ている。

細いほうがいいところは、無駄がなく細い。
反対に、出ていた方がいいところは、これまた無駄がないように出ている。
そんな、女子としては理想的なスタイルの身体。

それを、まさに磨き、清めるように洗っていく美鈴。

そうして、自らの身体を洗っているところに感じる視線。

「?…」

ふとその視線を感じる方に顔を向けてみると、羽月が湯船の中から自分の身体をじっと凝視していることに気づく。

「?羽月ちゃん?…」

怪訝そうに声をかけてみる美鈴だが、羽月はじっと見つめたまま、反応が返ってこない。

いくら同性とはいえ、生まれたままの姿をじっと見られることには流石に抵抗がある美鈴。
じょじょに気恥ずかしさの方が大きくなり、その頬が羞恥に染まっていく。

「は、羽月ちゃん…そんなにじっと見られると、恥ずかしいんだけど…」

その抵抗が、言葉となって美鈴の口から飛び出す。
思わず、洗っている最中の自分の身体を抱きしめるように両腕で覆い隠してしまう。

「………」

無言のまま、じっと美鈴の身体を見つめる羽月。

羽月もスタイルがいいことはいいのだが、そこはまだ中学生。
胸の方は同年代では大きめではあるが、高校三年生で大人の一歩手前の年齢である美鈴と比べると、流石に見劣りしてしまう。

それに、美鈴のようなボディラインのメリハリが少し乏しく、どことなく幼い部分が残っている。
それでも、中学生としては十分女性的になっているほうではあるが。

年齢からしてもかなり小柄であることもあり、少し肉付きがいい感じに見えてしまうのではないか。
運動が苦手で、体育もあまり取り組むことができていない羽月は、地味にそういった部分を気にしている。

だが、客観的に見れば全体的に程よい肉付きで、女性として十分に魅力的なスタイルではある。
だからこそ、校内の、クラスの男子の思春期特有の視線を集めることができているのだが。

だが、意図的にそういった視線を意識の外に追いやってしまっている羽月は、自分のスタイルが十分に魅力的であることに気づかない。

そのため、やはり目の前に比較対象となる存在と比べ、それと見劣りしてしまうと…
どうしても、自分のスタイルの悪い(と思えてしまう)部分が目立ってしまう。

ただ、これは羽月のスタイルが悪いのではなく…
目の前の比較対象である美鈴のスタイルが女性として理想的に完成しつつあるというだけの話。

結局は、比べる対象が良すぎるため、自分の見劣りする部分が気になってしまうだけなのだが。

残念なことにここにはそれを教えてくれる存在もなく…
唯一それになりえる存在である美鈴は、羽月のそんな容赦ない視線に羞恥を膨れ上がらせてしまっている状態。

ただでさえ、最愛の兄である涼羽が、自分以外で唯一その懐に入れた存在なのだ。
本来、自分だけの居場所であった兄のそば。

そこに、自分以外の…
それも、自分から見ても魅力的な女の子が加わってきたのだ。

それゆえに、どうしても危機感を感じてしまう。



――――自分だけの兄が、他の人にとられてしまう―――――



そんな危機感を。

過去のこともあり、家事を手伝うことさえさせてもらえない自分。
そこに、教わることが前提であるとはいえ、料理を手伝うことをできている存在である美鈴が来た。

それに、自分と同じようにべったりとしてくる美鈴を、兄は恥ずかしがることをしながらも、決して拒絶はしなかった。

大好きな兄が、奪われてしまう。

そんな思いが、羽月の中で膨れ上がっていく。

そんな時に、そんな自分の自信を失うような魅力的なところを見せ付けられては…

より、そんな思いが焦燥感として膨れ上がっていく。

「……キレイ……」

しかし、それとは別に音として漏れ出てしまう。



――――美鈴のスタイルが、自分から見ても素敵で綺麗である、という思いが―――――



悔しいけど、認めてしまう。

それが、そのまま羽月の口から音となって風呂場に淡く響く。

「え?」

そんな羽月の声がよく聞こえなかった美鈴の、少し間の抜けた反応。

思わず、そんな疑問の声が漏れ出てしまう。

「…美鈴センパイの身体、すっごくキレイ…」

そんな美鈴に聞かせるように、羽月の口からハッキリとした声が出る。

「そ、そお?」

周囲の男子の品定めするかのような視線に不快な思いをしながらも…
自分のスタイルのよさに対する自覚がまるでない美鈴。

だから、羽月の言葉に、思わず問いを返すような声が出てしまう。

「…どうしたら、そんなキレイな身体になれるんですか?」

悔しいが、今のままだといつまでたっても女の子として勝てない。
でも、日頃兄に甘えているだけの自分では、いったいどうすればいいのか皆目見当もつかない。

なら、敵と言える存在に頭を垂れることとなってでも…
どうすればいいのかを聞きだそう。

ただ、自分のポジションに甘えていただけの羽月が、初めて覚えた危機感。
それが、ようやく羽月に自立のきっかけとなる機会を与えることとなる。

それに、兄を巡るライバルと言える存在であるとはいえ、美鈴のことは決して嫌いとはいえない羽月。

それもあり、自分で思っているよりも素直にそんな言葉を出すことができたのだ。

そんな羽月に、美鈴は…

「どうしたら…ねえ」

いきなりそんなことを言い出した羽月に戸惑いを見せながらも、考え出す。

美鈴から見れば、羽月は女性として十分に魅力的なスタイルだと思っている。
まだ中学生だということも考えれば、将来性は十二分に高いといえるほど。

むしろ、自分と比べるといい意味で肉付きがよく、より女の子らしさが出ているとさえ思える。

ふんわりとした可愛らしさもあり、校内ではさぞ人気のある女の子だと思える。

そんな羽月が、なぜ自分にそんなことを言い出すのか。
彼女は、自分のスタイルに自信がないのだろうか。

「…でも、私から見ても羽月ちゃんってスタイルいいと思うよ?」
「そ、そうですか?」
「うん。むしろなんでそんなこと言い出すのか、気になっちゃったんだけど…」

羽月も決して自分のスタイルに自信を持っているわけではない。

というよりは、自分のスタイルが十分に魅力的だということに自覚がない、というべきだろうか。

自分もそうだけど、彼女も周囲の友達にそれを評価されるようなことを言われているはず。
自分の場合、異性のそういった視線を意図的に意識から外しているだけ。

だから、気になる。

目の前の小さくて可愛い女の子が、どうしてそんなことを言い出したのか。

「…でも、美鈴センパイと比べたら、わたし、ぷにぷにしてて…」
「え?」
「そんな、カッコいいスタイルじゃないし…」
「え?」
「美鈴センパイって、全体がすごく細くて、でも、胸とかお尻とか、出てるとこはキレイに出てるから…」
「え?え?」
「女の子として、すっごくあこがれちゃうスタイルなんだもん…」
「……」

少し俯いたまま、つらつらと語りだす羽月。
美鈴のスタイルが、いかに魅力的なのか、を。

同性に自分のスタイルを褒められることはあることはあったけど…
それでも、今、目の前の女の子に言われた時のようなくすぐったさを感じることはなかった。

まさか、女の子としてあこがれるスタイルだなんて。

「わたし、お兄ちゃんのご飯が美味しいから、いつもいっぱい食べちゃうし…」
「……」
「運動も苦手だから、あんまりできないし…」
「……」
「だから、このままじゃどんどんぷにぷにになっちゃうのかな、って、不安になっちゃって…」

羽月から漏れ出す想いの言葉。

キレイになりたい、というのは、女の子である以上、絶対に願いたくなるもの。
だからこそ、自分にあんなことを言い出したのだろう。

羽月にとって最も頼りになるであろう兄は、どんな美少女に見えても結局は男の子。
ゆえに、こういった相談はできないでいたのかもしれない。

だから、美鈴に相談するしかなかったのだろう。

そこまで考えて、美鈴は、それまで疑問にとらわれていた表情が…
まさに雲が晴れたかのようなふわりとした笑顔になる。



――――妹って、こんなに可愛い存在なんだ――――



涼羽があんなにも目の前の少女を可愛がる気持ちが分かるような気がする。
美鈴は一人っ子であるゆえに、兄弟姉妹のいる人間の感覚を知ることはない。

だが、今それを初めて知ることができたような気がする。

そして、目の前の少女が妙に可愛く見えてしまう。

ついつい、甘えさせたくなってしまう。

そんな思いが、美鈴の中で大きくなっていく。

「…実は私もね、ちょっと太りやすい体質なの」
「!え!?」
「だから、いつも気にして簡単な運動とか、カロリーのコントロールとか、してるの」
「そ、そうなんですか!?」
「うん。だから、私がしてることでよかったら、羽月ちゃんに教えてあげる」
「!ほ、ほんとに!?」
「えへへ。だから、一緒にキレイになろうよ、ね?」
「!は、はい!」

ちょっと前まで、ピリピリとした雰囲気に覆われていた二人。
その二人の間に、ふんわりとした穏やかな雰囲気が発する。

お互いが、お互いの秘密を共有できたことに、二人の顔に満面の笑みがこぼれる。

どことなく、仲のいい姉妹のような雰囲気の二人。

その二人が、同じ想い人のために、女を磨くことを共に始めようとする、そんな一時を過ごしていた。

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