お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

や、やっちゃった…

「失礼します」
「失礼しま~す」

聞き心地のいい、ガールソプラノが二つ、職員室の中に響き渡る。
それと同時に、中にいた職員の目が、声のする方へと、向く。

一人は、この学校の最高学年である三年生である、柊 美鈴。
もう一人は、制服は確かにこの学校の女子のものではあるのだが…
しかし、学年もクラスも一体どこなのか…
そもそも、こんな生徒、この学校にいたのか…
今この場にいる職員全員が疑問に思いながらも…
隣にいる、柊 美鈴と並んでいても遜色のない、可愛らしい美少女。

一度見たら、忘れることなどないであろうほどの美少女なのだが…
やはり、職員の誰もが、この謎の美少女に心当たりなどなく…

しかし、この学校指定の制服を着ているということで、ここの生徒なのだろうと。

誰もがそう、思うことにした。

加えて、その見覚えのない女子生徒が抱きかかえている、幼い少女。

その幼子も、職員達の疑問符を増やしている要因となっている。

とにかく、話を聞かないことには始まらない。

そう判断し、すぐさま椅子に降ろしていた腰を上げて、今入ってきた生徒達の元へと歩を進める一人の職員。

「どうしたんだ?」

ぶっきらぼうだが、決して威圧感などを感じさせない、優しげな口調。
その声が示すかのように、温和で涼しげな顔立ち。
明らかに美形と言うわけではないが、かと言って不細工というわけでもない。
地味だが、それなりに整っている造詣の顔立ちをしている。
身長も175cmと、成人男性のほぼ平均値。
どちらかというと痩せ型だが、目に見えてというほどではない体型。

あまり人の印象に残らない、地味な感じの男性教諭。
具体的な特徴で言えば、その顔を飾るようにかけられている、ごく普通の眼鏡くらいのもの。

そんな彼の名は、新堂 京一(しんどう きょういち)

現在二十七歳で、恋人募集中な一人暮らしの独身族。
ちなみに、今ここにいる美鈴と涼羽のクラスの担任でもある。

「ええと…」

さて、どう話せばいいものか…
少し悩むかのような声を漏らしてしまう美鈴。

そんな美鈴の前に踏み出し、いかにも、なしっかり者の顔で、涼羽が言葉を紡ぎ始める。
いつもと違う、聞き心地のいいソプラノを響かせて。

「実は、この子が、学校の中に迷い込んできてまして」

そう言って、視線を今、自分が胸に抱いている少女である、かなちゃんの方へと向ける。

「ふむ…その子が?」
「はい」

はきはきと、そしてしっかりとした口調で話す目の前の謎の美少女の声に耳を傾ける京一。
そして、そんな京一の反応を確かめながら、涼羽は続けて言葉を紡いでいく。

「この子の話では、お母さんがこの学校の職員の方ということらしいんです」
「!その子の、お母さんが…」
「はい、そうです」
「…ということは、その子はお母さんを探して、ここに?」
「そうです。普段はこの子のお婆さんが面倒を見てくれているらしいのですが、今日はそのお婆さんが急に来れなくなったそうです」
「!それで、その子のお母さんに連絡は?」
「それが…連絡自体が取れているのかどうかも怪しい状態で。現に、朝仕事に出かけてから、今の今までこの子のお母さんはこの子の前に姿を見せていないそうです」
「…そうか」

内容を簡潔に、分かりやすく丁寧に話していく涼羽の言葉を耳にしながら…
京一の顔に曇りが見え始める。

「たまたま、どうすることもできなくなって泣いているところを、俺と彼女が見つけたので…」
「(俺?)で、君達がその子の面倒を見てくれていた、ということか」
「はい」

実際に面倒を見ていたのは涼羽一人なのだが…
そこは特に言う必要もないところだったので、涼羽も特に言及することはなかった。
ただ、後ろで二人のやりとりを見ている美鈴は言いたくてたまらなそうだったが。

京一の方も、美少女な女子生徒と化している涼羽の口から『俺』という一人称が出ていたことに疑問を持ちながらも、その時は特に追及することもなかった。

「話は分かった。よくその子を保護して、面倒を見ていてくれた。感謝する」
「いえ…泣いている子供を放ってはおけませんでしたから…」

無骨だが真っ直ぐな京一の感謝の言葉に、涼羽は少し頬を赤らめてしまう。
そんな涼羽の表情に、その場を見ている職員達全員が、ほうっと溜息も漏らしてしまう。

京一も、その一人となっている。

「(それにしても、清楚で、奥ゆかしくて…それでいてしっかりした、可愛らしい子だな。彼女は、どの学年のどのクラスの子なんだろう…)」

不意に、そんなことを思ってしまう京一。
目の前にいる、所在の分からない美少女のことが気になって…

「それと…さっきからずっと気になってはいたんだが…」
「?はい、なんでしょう?」

ついに、こんな台詞が飛び出してしまう。



「君は、一体どこのクラスの生徒なんだ?」



京一のこの台詞が飛び出した瞬間…
今この場にいる、全ての職員の心で、スタンディングオベーションが起こった。

「(新堂先生!よくぞ、聞いてくれました!)」

まさに聞こうとして聞くきっかけを掴めないでいた職員達。
そんな職員達の心が、一つとなった瞬間でもあった。

ちなみに、涼羽の胸の中に抱かれているかなちゃんは、他の大人達が怖いのか…
涼羽の胸に顔を埋めて、べったりと涼羽に抱きついたまま、一言も発さずにいる状態だ。

「え?俺ですか?」

きょとんとした表情で、少し間の抜けた声を上げてしまう涼羽。
今の涼羽には、自身の容姿に対する自覚が全くなく…
それゆえに、まさにいつも通りの受け応えをしてしまっている。

すぐそばにいる美鈴は、この状況が面白くて、そのままにしておこうという心と…
いくらなんでもこれはマズい、という心とで葛藤が起こっている。

「(俺?最近の女子高生は、口調が男に近いのが多いのか?)」

改めて聞こえた涼羽の一人称に、『俺っ娘』や『僕っ娘』といった…
一部の人間が激しく興奮しそうな要素を思い起こさせるものを感じてしまう。

実際、今この場の職員にその属性を持っている者が、いるのだ。

「(うひょ~~!!あんな可愛い美少女が、あんな可愛い声で『俺』って!!まさか学校でリアル俺っ娘を見られるなんて!!今日はいい日だあ~~~!!)」

その人物は、机の上で書類整理をするふりをして、必死に顔が緩みそうになるのをこらえている。
そういったオタク要素を日常の生活では完全に覆い隠しているため、今ここでそんな表情を出すわけにはいかないためだ。

そんな、水面下で今後の自分の運命を左右するような出来事に直面している彼をおいて…
涼羽は、今の状態で、いつもの通りに、その言葉を紡いでしまう。



「どこのクラスって…俺は3-1の高宮 涼羽ですよ?新堂先生のクラスの」



少し、きょとんとした表情で。

そんなあっけらかんとした涼羽の言葉に、職員室全体の時が、一瞬止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

「…え?」

目の前でその言葉を聞いてしまった京一が、普段見せることのない唖然とした表情で、間の抜けた声を発してしまう。

それもそのはず。

今、目の前のこの美少女はなんと言った?
今、この子は自分のことを高宮 涼羽だと言った?

京一の知る高宮 涼羽と言う生徒は…
確かに小柄で華奢で、可愛らしい感じはあるが…
決して、こんな見栄えのいい生徒ではなかったはず。

というより、そもそもこんなにも女子の格好が似合う生徒ではなかったはず。

今時の子供にしては珍しいほどに真面目な授業態度。
成績は十分にいいと言える方だが、それを少しずつながら、右肩上がりに伸ばしていっている。
宿題や提出物もきちんとこなし、きちんと期限までに提出し…
その内容も、しっかりしたものだ。

唯一にして、非常に目立つ欠点である、人間関係の面。

それにより、クラスメイトに勉強を教えてもらうといったことも叶わず…
それでも、一人で真面目に勉強しているところには好感を持てた。

だから、涼羽がどうしても分からない、という部分を、京一がさりげなく抑えておき…
涼羽をさりげなく呼び出して、分からないことに関しての質疑応答を、行なっていたのだ。

そのおかげかは分からないが…
他の教師に対してはどこかぎこちない感じが否めない涼羽が…
京一に関しては非常に当たりが柔らかくなっていたのだ。

ここ最近では、食生活に難のある京一を見かねて、涼羽がさりげなく弁当を渡したりするほど。

そうするほどには、涼羽にとって、頼りがいのある人物になっていたのだろう。

自分を常に男だと…
そういう意識が非常に強かった涼羽。

その涼羽が、驚くほどの美少女な姿になっていることに、京一は混乱を隠せなかった。

「え?…お前…涼羽、なのか?」
「?だから、そういってるんですけど…」
「ホントのホントに、涼羽なのか?」
「?だから、そうだって、いってるじゃないですか」

そんなやりとりを見ている他の職員達も、まさに混乱の極みに陥っていた。

「(え?え?あの美少女が、あの高宮君?)」
「(え?マジ?あの高宮が、こんな美少女に?)」
「(マジ?高宮って、あんなに可愛かったのか?)」
「(うわ~マジかこれ!!まさかのリアル男の娘キタ―――――――――!!!!)」

さすがに声にこそ出さなかったものの…
誰もが、そんな驚愕の目で、涼羽を見つめている。

一人、まさにオタク思考に陥っている人物もいるようだが。

「い、いや…お前な」
「?なんですか?」
「今のお前の格好見て、お前が涼羽だって分かる人間はいないと思うんだが…」
「?……!!!!!!」

京一からの、そんな指摘に、涼羽は今やっと気づいた。



――――自分が、今女子の制服に身を包んでいることに――――



今このときまで、まるで自覚のなかった自分の今の容姿。
それを自覚させられて、その美少女な顔が、まるで火がついたかのように真っ赤に染まる。

「あ………あ………」

やってしまった。

今の涼羽の心境は、まさにこれに尽きる。

まさか、女装した状態で、自分は高宮 涼羽だと名乗ってしまうなんて。

自分の中で、最も避けたかったこと。
それを、まさか自分自身でバラしてしまうなんて。

「りょ、涼羽?」
「!!~~~~~~」

急にその顔を真っ赤に染めて固まってしまった涼羽に、京一が声をかける。
しかし、その声を聞いた涼羽は、今自分自身を溶かしてしまうかのような羞恥に襲われ、ふいと顔を逸らしてしまう。

「~~~~~み…見ないで…ください…」

正直、今更と言えば、今更な涼羽の懇願。
そんな涼羽の姿があまりにも可愛らしく映ってしまったのか。

それまでずっと机に座っていた、涼羽の授業を担当したことのある教師達がものすごい勢いでその場にわらわらと集まってきた。

「え?え?ホントに高宮君なの?うわ~、すっごく可愛い~」

現代国語の教師で、涼羽の授業を担当したことのある若い女性教師が、今の涼羽を見て、その目を輝かせてしまう。

「た、高宮…お前、可愛すぎるぞ…」

無骨で筋肉に満ち溢れた、ゴツい感じの体育教師が、美少女と化した涼羽をまじまじと品定めするかのように見つめる。

「うわ~~、高宮マジ可愛いな~~」

今時の若者のような軽い感じの、飄々としたイケメンの科学教師が、まるで好みの女の子を見つけた時の様な眼差しを涼羽に無遠慮に向けてくる。

「だ、だから見ないで…」

自分の懇願も届かず、無遠慮に自分を見つめてくる教師達にさらなる懇願の声を上げてしまう涼羽だが…

「いやいや、こ~んな可愛い子、どうしたって見たくなっちゃうわよ。高宮君」
「信じられん…あの高宮が、こんなになるとは…」
「や~だって、今の高宮マジ俺の好みだし?」

そんな涼羽の儚い懇願も、今の涼羽に興味津々の教師陣には全く届かず…
逆に、さらにじろじろと見られてしまうこととなる。

ひたすらに恥ずかしがりつつも、そこを動くことのできない涼羽。

そんな涼羽を見かねて、京一が助け舟を出すのは、涼羽が涙目で京一に懇願してきてからのこととなるのだった。

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